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アリエス=フィン=ウィンダーベル
フロエという女との出会いは、私が入学してさほど間の無かった頃。
入学前からお兄様の結成した小隊に私も入れてもらえるものだと思っていたから、実家でしていたような、人と会う約束は全て断って時間を空けていたのよね。まさかお兄様が駄目だと言うなんて思わなくて、ちょっとだけ反発してしまったけれど、変わりに部屋で添い寝を許してくれたり、他にもいろいろと甘えさせてもらったから、すぐに仲直りをした。
えぇ、その後に起きた出来事なんて些事だけど、結果として私は初めて訪れた街中を、こっそり隠れて護衛をしているらしい人たちを連れて探索していた。
この先はちょっと、なんて言われてしまうと好奇心も湧くもので、きっとお父様のお膝元やお兄様が居ては入り込めない場所とあって、我侭を言って、最終的には振り切ってしまった。ただ街中を馬車も使わず歩き回るなんて慣れていなかったから、迷ってしまったのよね。
薄暗くなり始めた街中を、昼間とは違う風体の人たちを避けて噴水のある広場で見つけてもらうのを待っていたら、通り掛かったジークと会った。
「あれ? えーと……なんだっけお前」
一度と言わず既に二度三度と彼の振る舞いを注意してあげたというのに名前を覚えていなかった愚か者へ、私は優しく教えてあげたのよね。
「私の名前を二度尋ねるような愚か者は万死に値するわね。今すぐその首を自ら落として詫びなさい」
「ふぅん」
ジークは私の物言いを軽く流すと、少しだけ周囲へ視線を巡らせ小さく肩を落とした。
何かを、誰かを探す素振り。
「あのさ、多分取り込んでるんだと思うんだけど、真っ白な髪の女の子、見なかったか?」
敢えて、フーリア人であることは隠したんでしょう。
真っ白な髪自体が珍しいから、見ていれば分かるだろうと。私へ不用意に奴隷階級の話題を振るのは避けたということかしら。
「見なかったわね」
「そっか……」
それで姿を現したのとは別方向へ身体が動きかけたのを、こちらを見て止まる。その手には紙が握られていて、私はもうしばらく夜空を眺めていることに決めたのに、彼は頭を掻きながら言ったのよ。
「迷ってんなら案内するか?」
「結構よ」
さして親しくも無い、むしろ度重なる指導と威圧で彼は私を見れば面倒くさそうにしていたくせに、あっさりと手を差し伸べてきた。
なぜかしら。私もそう言われる事が分かったから、彼が迷わないよう即座の返答をしたのに、ジークはまた少し悩んで、私の座っていた噴水の縁へ、ちょっとだけ距離を空けて腰掛けた。
「不要と言った筈よ」
「走り回って疲れたんだ。どこで休憩しようと俺の勝手だろ?」
それなら特別言う事もないからと、ぼんやり星を眺めていたら、ふと言葉がこぼれ落ちた。
「力になりたいと望んでいる人から……それは必要ないと言われてしまったら、それより身を引いて安全な場所に居てくれと望まれてしまったら、どうするべきなのかしらね」
お兄様は何かを始めている。
私には分からない目的を、私を必要としない手段で、やっぱり一人で進んでいってしまう。
とても優秀だから、誰かに頼るより自分で全て片付けてしまう方が早いことを知っている。きっと、その方が犠牲も少なくて済んで、苦しみの全てを自分の中で完結してしまえるからだ。
メルトに尋ねることはしたくなかった。
きっとお兄様は私に話してくれるから。だから彼女に尋ねることは、私とメルトの立ち位置をはっきりさせてしまうことで、もし彼女が知っていて、話さなかったのであれば、私はどうすればいいのか分からない。
ただこの時はお兄様なのだから、きっと無事で、何もかも綺麗に片付けて戻ってくるのだと楽観できていたから、慌ててもいなかった。胸の内にもやもやが溜まっていくだけの事よ。
不覚だとは思わなかった。
不思議なことに、今も隣で同じように夜空を眺める、会って間もない少年へは、つい言葉が出てしまう。
「HA!」
ジークは軽快に笑うと、腰掛けて手を置いていた噴水の縁で手だけを支えに逆立ちし、起用に足をつけて両手を広げた。
「やりたいことが決まってんなら迷う必要なんてないだろ」
口元に笑みを浮かべ、カウボーイハットのツバへ手をやった。
風に揺れる枯れ草色の髪。横顔に見える瞳の力強さは、揺ぎ無く前ばかりを見ていて、
「助けてやりなよ。嫌だって言ってても、望まれていないものであっても、アンタに助けて貰って絶対に良かったっていう結末を作り出せばいい」
「身勝手な意見よ、それは」
「問題ない」
「なぜ」
「アンタが良い女だからだよ」
即座の返しに詰まって、不覚にもジークを見れば、彼は不敵に笑って私を見下ろしていた。
「アンタは良い女だ。そのアンタが助けたいって思えるような奴が、アンタを思って身を案じるくらいなんだからさ、絶対上手く行くに決まってる」
「……不要なのよ。私が居なくても、お兄様は一人で全てを成し遂げてしまえるわ」
「いいや、アンタが必要だ」
「何も知らないくせに……っ」
「そうだ。俺は何も知らない。だから見せてみろよ、アンタが居た事で良い結果が絶対に訪れるって。それとも、出来ないとでも言うつもりか?」
私は勢い良く立ち上がった。
けどすぐに安い挑発だと悟って、けれど噴水の縁に立つジークと、石畳の上から彼を見上げる私とで、段差の分だけ下がった視線が彼の握る紙の一部を捉えた。
誘拐、そう書かれていたものが脅迫状の類であることを察して、彼の手から奪い取る。
「あ、おい!?」
広げ、素早く目を奔らせる。すぐジークに奪い返されたけれど、内容はほぼ理解した。
「アナタ……!」
噴水へ突き落としてやりたかったのに、ひらりと避けられ突き出した手首を掴まれる。
「っ!?」
お兄様以外の男性から触れられるなんていつ以来だったのか、あまりの無作法に驚いて身を引くと、なぜかジークが引き摺られて降りてきた。
今すぐ手打ちにしてやりたかった。でも、状況を考えれば、そしてそんな状況で自分に時間を使わせたという事実に思い留まり、問うべきを問うた。
「白い髪の女の子、それが誘拐された人ね」
「…………あぁー、いや、これはまあ別にさ」
「黙りなさい!」
いっそこちらから手首をとって、引き寄せ、睨み付けた。
「このアリエス=フィン=ウィンダーベルを舐めるなと言ったのよ! 自身の身内の危険を差し置いて、たかが迷子の相手に貴重な時間を潰すだなんて……!」
「あぁやっぱり迷子だったんだな」
お黙り! 迷子じゃないわ人を待っていたのよ!
「探しているということは逃亡できたということかしら!? それともまだ届いたばかりで事実の確認をしている? アナタの振る舞いからして後者ね。脅迫状にも具体的な身代金額や引渡しが書かれていなかったから、今後何かしらの接触があるという事ね!」
「あーーーー、うん、逃げたんだよ、うん。もう犯人は関係ないから、後は本人探し出せば多分大丈夫だ」
歯切れ悪く、何か事情が隠されているのは分かったけれど、言葉通りならむしろ今は急ぐべき。
「さあ行くわよっ! 白い髪の女の子をこの私が見つけてあげるわ!」
「迷子が何得意気に言ってるんだか」
だから迷子じゃないのよ!
そしてジークは少し困ったような笑みを溢して、けれどすぐいつも通りの、愉しげな笑みを浮かべて言ったの。
「あぁっ、力を借りるぜ――アリエス!!」
えぇ、でも結論だけ言うとすべてはフロエという小娘の狂言だったのよね。
度々こんな騒ぎを起こして身を隠す彼女は、私とジークがすっかり夜が更けるまで街中を走り回った後、二人が下宿しているという三本角の子羊亭へ戻った時、平然とお店の制服に身を包み、給仕じみた仕事をこなしていたのよ。
「あはは、ごめんごめん。ちょっとした冗談だって――」
脱力するジークの横を抜け、彼女の前へ立った私は、肌の色にすら気付かぬ内に頬を張っていた。
驚いて、怯えて、更に浮かび上がった感情をすぐに殺して、こちらを睨んだ白髪の少女の手が来るのを察して受け止める。
「っ!?」
思ったよりどんくさいのかしらね、振りほどこうとするけれどへっぴり腰のせいで私でも大して苦労せず掴んでいられたわ。
「頬を張られた理由については理解しているのでしょう? だったら後は、その痛みが消える時まで反省することよ」
「なんなのいきなり現れてっ」
「だから――」
言い返そうとした時だったわね。
ポカン、ポカン――!
と、不意の衝撃に、それが私たちの隣に立った女の手にする調理器具らしきもので放たれたからだと理解しつつも、私は自分がされたことを理解できなかった。
微かな頭の痛み。そんなもの、もう随分と味わっていなかった。お兄様は勿論の事、お父様も、お母様だって私に手をあげたことはない。なのに見ず知らずの、明らかに私よりも身分の低い女から受けたという事実に理解が追いつかなかった。そんなことが起きることさえ知らなかったのね。
「ここは私の店だ。私がルールだ。だから見ろ」
言って、調理器具で指し示した先には、ヤギの剥製が飾られていて、咥える形で垂れ下がっている紙には喧嘩両成敗という意味の記述があって。
「だからどうしたって言うのよ……! こ、この私に手をあげただなんて知れたら、明日にはこの一帯焼け野原になっていてもおかしくないのよ!?」
ポカン、ポカン――!
「なんで私まで叩くのぉ!?」
「二度もっ!? 二度までもこの高貴なる私の頭を――!」
「あのさ、そっちの子は大貴族の娘さんらしいから、あんまアンタみたいな理不尽なのに慣れてないんだよ。手加減してやってくれ」
「ジーク!」
言って、女は飢えた野犬でもまだ温厚に思えるような怖ろしい目で彼を見て、
「いつものだな」
「あ、あぁ……」
「フロエ!」
「……うん」
「それでお前」
「お、お前……!?」
「アリエスだ」
「アリエス!」
「……」
「返事しろ返事」
「っ、な、なにかしら!?」
一瞬振り上げた調理器具が毒々しい剣に見えて、不覚ながら応じてしまう。
そして彼女はお店の置くを指し示し、言った。
「罰として皿洗いだ。ディナー分が丸々溜まってる。汚れ一つ残さず綺麗にしろ」
「はぁい……もう、折角もうじき終わりだったのに」
「この私に下女のするような事をし――きゃあ!?」
「店主、手加減してやってくれ」
結局フロエと一緒に皿洗いなんてものをすることになって、けれどそんなことまるでやったことのない私にとっては何をどうすればいいのかも分からなくて、
「なんでこの程度も出来ないの」
「貴人にこんな技術必要ないのよ。大体なによこの食器は。ひび割れていたり汚れが染み込んでいたり、粗末にも程があるじゃない」
「世の中綺麗なものだけで完結しないの。汚れたって壊れたって使える内は使うの。あぁ、また洗い残してる」
「うるさいわね、私はしっかり擦ってるわよ」
「はいはい、大貴族様だから仕方ないんだよね」
「その言い方癇に障るわね。散々迷惑掛けておいてちゃんと謝ることも出来ない自分をまず恥じなさいな」
返答は、彼女自身の皿を重ねる音に消えて、でも盗み見た表情から言われた事は察した。
だからちょっとだけ評価を改めようとしたのに。
「頼んでないし」
「アナタね……!」
「お前らとっとと仕事しろ――!!」
これが彼女との出会い。
素直に道理を通すことも無く、つっけんどんに皆を突き放して、なのに何故か、頬を張られた瞬間に救われたような目を見せた、フーリア人の女。
勤勉で努力家で礼儀正しいメルトとは真逆の、同じフーリア人の女。
私を前に媚びるでもなく、対等にものを言ってくる、珍しい、同年代の女の子。
あの目と、物珍しさが興味を引いて、たまにこっそりお店へ顔を出すようになった。
別に……皿洗いというのも、普段出来ないことだからよ。
※ ※ ※
王都ティレールより北方、大昔に城塞都市としての役を果たしていた時代の名残がある。
地下水脈によって出来た洞窟を利用し作られた砦。詳しい経緯は知らないけれど、一時はティレール北方をぐるっと守る長城として在ったそうよ。今や大半が度重なる川の氾濫で埋没し、地下通路も突破された際に『槍』による攻撃で崩落して久しい。
王都の北方に陣取るウィンダーベル家は、彼らイルベール教団の動向をかなり詳細に掴んでいた。
『機神』(インビジブル)によって姿を消していると思われるフロエの所在は掴めなかったけど、儀式とやらに彼女が重要な役割を果たすと分かっている以上、教団が多くの人員を割いて守りを固めるのが彼女の居場所。
嘘を交えてかく乱してくることもあるけれど、一人分の空白というのは確かな存在を示すものよ。
教団や宰相もまさか彼女を自由にしたまま現地集合だなんて間抜けなことはしないでしょうし、彼女の監視は必須。見えなくなっている人間の監視なんて、方法は分かり易いわ。首輪に繋いでおくこと。そういう仕草を見出せば、後は裏づけを取っていけば明らかになる。多少懸けの要素があったことは否めないけど、天に愛されたお兄様の妹であるこの私に掛かれば楽勝。そう、楽勝よ!
銀色の魔術光が揺らめいて、時折巨大な全貌を薄れさせる。
放つ攻撃はおそらく『槍』の打撃にすら匹敵し、あの巨体にして『剣』の速度を越えて動き回る。
けれどそれは平地でのこと。
この遺跡、大半が氾濫で流れ込んだ土壌に覆われているとはいえ、真っ直ぐ進むにはちょっと邪魔なのよね。
単純な壁が連なる『王冠』とも違う。踏んだ地面がいきなり陥没し、ただの丘だと思っていたら尖塔が顔を出す。川の氾濫も短所ばかりじゃないのよ。溢れ出た泥と一緒に魚なんかが流され、耕作で力の弱った土地を豊かにしてくれる。そして濁流にすら耐え抜く巨木と、水に覆われても顔を出し続ける為に背の高い葦なんかの植物がこちらの姿を隠してくれる。
私は土砂で入り口の埋まった遺跡の影から声を掛けてみた。
「ねえフロエ=ノル=アイラ」
「っ!?」
見当違いの方向を睨みつけ(たぶんね)、フロエが声を張る。
「邪魔しないでっ! アナタだってお兄さんを死なせたくないでしょ! まだっ、まだ間に合う内に全部終わらせてっ、それで――っ」
えぇ。
えぇ……!
私もそれを望んだわっ!
だってそうでしょう!?
誰が最愛の人が傷付く姿に納得出来るの!?
信じていても尚不安が過ぎる。相手は余りにも強大で、馬鹿げていて、挑むお兄様はどんなに打ちのめされても止まってくれないんだから!!
訳知り顔で信じるなんて言葉一つを飾って見送る、そんな自分で居ることに耐えられなかったのよ!!
「終わり? 何を勘違いしているの? 終わりなんてないわよ。お兄様が諦めない限り、アナタは問答無用で救われるのよ」
「そんなの私は望んでない……!」
出鱈目に振り回された腕が遺跡を破壊し、瓦礫を飛ばす。
あらやだ危ないわね。すぐ頭上を抜けていった石壁を見送り、葦の中から落ちた破片を放り投げる。
「っ!?」
ぶつかり音を立てた方向へ『機神』の注意が向く。
その間に背後へ回り、矢を放つ。駄目ね、多少の衝撃はあるようだけど、傷らしい傷も付きそうにないわ。
『機神』の守りは『盾』に匹敵すると考えるべきかしら。攻撃に対する反発はないようだけど、『弓』で『盾』は抜けない。鎧通しなる技術については聞いているけれど、あれの隙間を狙った所でフロエには届かない。というよりどうなってるのかしらアレ、巨大化して皮を被った訳ではなさそうだし、背や肩に乗っている様子もない。内部に元の大きさのまま浮かんでいるのかもしれないわね。
防御を突破できない上にフロエの居る位置も分からない。矢での攻撃は無意味。
さて、と口元を緩ませる。
「そうね。アナタは望んでないかもしれない。一人で気持ちよく犠牲になって満足できたのかもしれない。あぁなんて可愛そうな私、悲しくて切ない私の人生、でもいいの、皆の為だから……? っは! 一人で生きてきたつもりでいるのかしら!? 自分の死が自分だけのものだって、そんな幼稚な考えでいるから私がアナタの頬を張ってやりにきたのよ!!」
矢を放つ。
二の腕に当たったソレは容易く弾かれて、ようやくフロエがこちらへ向く。
「もう店主はいない!! 私を助けようとして、その流れの中で死んだ!! 逃げてよっ、アナタまで死んじゃうじゃない!!」
腹立たしいのでもう一発。
けど流石にフロエはともかく教団の術者が寄ってきた。
『弓』の魔術は魔術光の隠蔽に優れている。
やろうと思えば魔術を使ったまま、光を極めて視認しにくい状態にまで抑えることが出来る。
平地であれば『剣』を相手に容易く討ち取られていたでしょうけど、この視界の悪さと地形の複雑さは『弓』の得意分野よ。罠の発動時に漏れる僅かな魔術光、『剣』はそれを知覚出来るけれど、遮蔽物を透過して見るのとは違う。背の高い葦や物陰に隠してやれば反応は遅れる。
もし、彼らが全員凄腕の術者であれば違ったのでしょうね。けれどイルベール教団というのは軍隊ではなく、ただの民兵。確かな魔術の運用方法を知識として知っているのではなく、彼らなりの思考と経験によって作られてきた強さの上に立っている。突出した強みを磨いてきた我流相手は面倒だけど、受け継がれてきた正統派でないが故に粗は多い。
ほら、私の放った矢に注目するあまり、すぐ近くの物陰から放たれた石弓の攻撃に気付いていない。
葦から罠が出てきたと注意を向けすぎるから、そこの凹凸を利用した死角へ簡単に踏み込んでしまう。
気付かれても、対処不能なほどの物量をぶつけて一気に崩す。
例えば連携だとか、それぞれの得意に合わせた役割分担をしていたら、八割以上は回避されていた。けれど不十分。集団での練兵不足。足並みも揃わず命令系統もあやふや。行き違えば各自の行動に移ってしまう甘さ。集団行動というものを舐めているから一人一人は優秀でも能力を使いきれない。
そうして転がった敵を見て、『機神』がこちらを押すようにして詰めてきた。
早い。それに規模も大きい。なんとか避けたけれど、跳ねた泥で服が汚れた。
「どうして……! やめてよ……っ、嫌だよっ、私なんかの為に誰かが犠牲になっていく辛さがアナタに分かるの!?」
「だったら最初から安らぎなんて求めなければいいじゃない!!」
下がった足に痛みを感じて姿勢を崩す。
いつの間にか切られていたみたい。血の滲んだ裾へ目をやったのも数瞬、意地でもフロエへの攻撃は止めない。
放った。
「いつか死ぬと決まっていて、それを本当に受け入れているならっ、誰とも関わらずに生きてこれば良かったでしょう! なのにアナタはジークの罪悪感に寄り掛かって、自分を通して罪を見続ける彼を……彼に、そうじゃない自分を見て貰いたがっていたじゃない!!」
狂言誘拐、病気のふり、下らない嘘で周囲を振り回す彼女は今まで、きっとあの日からもずっと、ジークにもあの女店主にも叱られてこなかった。
どっちも何かでつっかえたまま言葉を飲み込んで、悪い自分を突き放してもくれなかったから、自分から離れることも出来なかったアナタはいつまでもあそこに居たのでしょう!?
「そうやって勝手に私を決め付けないで……!」
「ふらふらと自分を隠して逃げるのは止めなさい……!」
「だから!!」
『機神』が金切り声をあげた。
大きく開いた口や、歯車の翼に銀の光が集まっていく。
「せめて私から、価値を奪わないでよ……っ、アナタの言うように、どうしようもない私だから、最後の最後に皆を救えるから、ジークから正義を奪った私が唯一持ってる価値だから――!!」
「本当にそれしか自分に価値が無いなんて思っているの……?」
「アナタなんかには絶対分からない……、アナタにだけは絶対に分からない……、皆に愛されて、優しくされて、真っ直ぐ正義を謳えるアナタなんかじゃ絶対に分からない……っ!」
「っ!!」
「もういいよ。もう……いい。邪魔をしないで。救われたいって、何か小さな事でもいいから救われたいって思ったのかもしれない。けど無理だよ。アナタをさ、アナタのお兄さんとか、皆を見てると、私はすぐにでも消えて無くなりたくなる。光の中から手を差し伸べられても私は恐くて掴めないよ。いいよ。言い訳だよ。お兄さんを救うとか、そんなことどうでもいいんだよ。汚い私は、せめて出来るだけ綺麗に結末を飾り付けて消えたいだけなんだから」
「フロエ!!」
「希望なんて見せないで。ただ、泥の中に沈んでいさせてよ」
目の前が光で埋まっていく。
横合いから突っ込んでくる『剣』の術者が居る。敢えての行動……そういう命を張ることと命を捨てることを履き違えているのが嫌いなのよ!!
持っていた弓が断ち切られた。弦が弾け、頬を掠め、血が飛んで――迫る『機神』の攻撃へ目をやり――返す刃がわき腹を貫いてくる感触を覚えながら相手の身を包むようにして、引きずり込む。
「私はきっとアナタに――」
視界も、音も、身体を感じる外の全てが、消し飛んでいく。
それでも最後の呟きだけは、意地でも聞き逃してなんてやらなかった。
次回、フロエ視点より




