103
声が、感情が、想いが、圧となって大地を激震させた。
本当に揺れているのではと見紛うほどの熱を見て、振り上げた腕をまた高らかに見せ付ける。
勝った。
勝った、のだ。
あの神父に。勝った。
「っ――!」
振り返り、皆を見た。
目が合った。
皆震えている。
どうすればいいのか分からないようだ。
俺も、どうすればいいのか、興奮しきった頭でふらふらと視線を彷徨わせる。
「ぁ…………」
けれど、皆の更に向こう、赤毛の少年が立っているのに気付いた時、思わず涙が滲むのを感じた。
本当に、こんな勝利などどうでもよくなるくらい嬉しくて、ようやく心が纏まった。
「来い!!」
叫ぶ。
飛び出してくる。
皆魔術も忘れ、雪に足を取られてすっ転びながら、手足の動きも定まらないまま駆け上がってくる。
そうして己の背後が静まり返っていることに気付く。
最早虚ろな目で膝を付く神父すら通り越して、王都守備隊へ目を向けると、待機していた全軍が弛緩し、一歩を引いた。
そうだ。
まだ終わりじゃない。
決闘は終わった。
休戦の約定は最早ない。
だから言うべき言葉がある。
ハルバードを高く振り上げ、斬られた胸に激痛を覚えながらも息を吸い、命令を叩き付ける。
いつかのような、敗北から踏み止まる言葉ではなく、我に続けと、率いる言葉を。
「進軍せよ!!」
兵が、軍が、動く。
雄たけびをあげ、動き始めた。
戦場が、動く。
その景色を眺めながら息をつくと、ちょうど皆がやってきた。
「ハイリアさまあああああああ!!!」
飛びついてきたくり子を受け止め、その後ろからヨハンが突進してきて倒れこむと、更にセレーネやジンやヘレッドやウィルホードやセイラやクラウドが重なり、押し潰してきて、思い切れなかったオフィーリアが物凄く混ざりたそうに興奮した様子で飛び掛るタイミングを量り、先輩が静かにこちらを眺めていた。
「おいっ、止めろっ!? まだ傷が!? 痛いっ、本気で痛いっ、頼むから治療をさせてくれええ!?」
けどやっぱり、しばらくは開放してくれそうになかった。
そんな皆を見ながら、足りない者を想い、その気持ちごと力一杯抱え込み、笑う。
「ふ――ははははは、ははははははははっ!!」
雪まみれになりながら、笑うほど痛みが増すのに、それでも止まらなかった。
「勝った。勝ったぞおおおおお!」
応、と答える声が重なり、俺と同じか、もしかしたらそれ以上に傷だらけな皆もまた、痛みを堪えながらも大笑いしていた。
「俺たちの勝ちだ!!」
想いは空へ届く。
まだ、この戦いはまだ終わらない。
それでも口に出来る事が嬉しくて、しばらくは皆とそうしていた。
雪まみれというか、血まみれになりかかってる奴も居たんだけどな。
※ ※ ※
クレア=ウィンホールド
今はまだ、私はあそこへ行けない。
けれど口惜しいとは思わない。
いずれ皆に並び立つ。
あの景色に加わる自分を思い浮かべ、そっと脚へ触れる。
そして、足音を聞いた。
「エリックか」
杖にしがみ付き、引き摺るように歩いてきた少年の名を呼ぶ。
彼は荒い呼吸をしていて、私を見ると、立っていることも出来なくなったのか、崩れ落ちる。
手が届く所に居たから、背に手を添えて、こちらへ寄り掛かるようにしてやった。
「よく頑張った」
心から思い、荒れて固くなった髪を撫で、酷く、枯れたような頬へ触れて、気付く。
「…………約束、しました、から」
背後、オスロと呼ばれていたフーリア人の老人と、近衛兵団の副団長を名乗っていた男が居る。
二人は揃って、それぞれの形で、少年への最敬礼を捧げ、そっと身を引いた。
「そうか」
「はい……、もう一度、生きて、会う……って」
「そうだな。お前は凄い奴だ。本当に……本当に、凄い奴だよ」
力の抜けていく彼の頭を膝上に乗せる。
足りない脚でも、なんとか彼を休ませることは出来た。
頬を撫でて、赤毛をくしゃりとする。
「あぁ……まぶしい、な……」
あぁ、本当に。
「エリック!!」
気付いた彼が駆け下りてくる。
皆を引き連れ、走ってくる。
もう少しだ。
もう少し、頑張れ。
手が落ちる。
でもまだ、口が動く。
「よかった……ほんとうに、こうして……あえて、よかった……」
――辿り着いた。
そう、彼は辿り着き、少年が迎えた。
再会を果たし、言葉を伝え、そうして、逝った。
彼は、つい先ほど、世界がひっくり返るくらいの快挙を成し遂げた人とは思えないほどの姿を見せたが、それは私たちだけのものだ。
私は大切に、仲間の頬を撫で、言った。
「さあ、戦場はまだ続いている。まさか、十分戦ったからもう良いか、などと思ってはいまいな?」
行け。
戦いはこれからだ。
立ち上がった背中を見ながら、つい手を伸ばしたくなって、けれど今はいい。
「行くぞ」
声に皆が続く。
私はそんな彼らを見送り、せめてこの戦いで散った仲間たちへ向けて、鎮魂の祈りを捧げよう。
未だ行く先は険しい。
神父を討ったとて、まだアイツが残っている。
私の考えへ応えるように、王城から魔術光が広がっていく。
『王冠』(インサイスドクラウン)。
ビジット=ハイリヤークが、動き出した。
※ ※ ※
ビジット=ハイリヤーク
瞑目していたのはどれくらいだろうか。
神父は倒れた。
失望も、歓喜も無い。
配置は終えている。
仕込みは終えている。
状況は把握した。
南方に位置する敵の進軍は最早抑えきれない。
マグナスとの戦闘を経て思い知らされてきた。あの神父を倒し、進んでくる者を前に兵は戦えない。
オラントの揃えたウィンダーベル家の軍勢といえど、この衝撃を前に純然たる力は発揮できないだろう。
視線一つで全軍を後退せしめた事実を冷静に分析し、だからまず打つべき手を進めさせた。
初手に兵は使わない。
この土地は元より丘陵地帯から流れ込む河川に水の供給を依存している。
王都北部では古くから川の氾濫が続き、その灌漑には多くの国費が使われているが、今では氾濫を起こさせないというより、計画的に氾濫を起こさせ被害の規模を縮小する方針を取っている。それはつまり、故意的に氾濫を起こし、規模の操作もある程度は可能であるという事実を意味する。五日間、たっぷり溜め込んだ水を決壊させれば、敵の分断は容易。
そしてティレールは城塞都市。
丘の上に陣取るこの城壁を川の氾濫は越えてこれない。
南方へと誘導された事実にどれだけの者が気付けたか。
気付いたとして、この手があるからこそ徹底して防備を固める北方へ攻め入るには数が足りない。
休戦の協定が破壊工作すら封じ、精々が高台を確保できる位置への緩やかな動きを見せたくらいだ。
加えて『王冠』によって生み出された城壁が溢れ出した川の水に流れを作る。
容赦はしない。
狙いは敵中央。
最も勢いのあるハイリア達と、その先鋒を行く近衛兵団を押し流す。
なあハイリア。
神父を倒し、今や戦場を我が物とした上でまだ思う。
お前は甘い。
お前の考えでは、間に合わない。
それじゃあ、遅いんだよ。
※ ※ ※
ハイリア
川の氾濫。『王冠』を利用した即席の堰による誘導。
変幻自在に城壁を築ける『盾』の上位能力の力をこれでもかと利用した手にようやく手にした勢いすら消え失せそうだった。
「敵陣へ食い込め! この流れはこちらを押し流す為のモノ! 乱戦へ持ち込めば手が鈍る!」
しかし、そしてやはりという思考を経て、現実が姿を現す。
敵の後方、迂回路を設けて水を堰き止めていた城壁が掻き消える。
味方ごとやるつもりか!!
即座に逃げ込める高台を探すも、近辺にそれらしい場所はない。
どうする!?
「『盾』構えええええええ!!」
叫んだ声に驚く。ジンだ。
彼は素早く味方の『盾』の術者へ配置を伝え、護衛を割り振り、号令をかけていく。
「『盾』の守りを敷く前方へ『槍』で穴を! 水路を作って流れを少しでも逸れ易くするんです! そして設置線を描いて位置をしっかり合わせないといけません!」
くり子の叫びに即座の反応がある。
「この流れが収まるまで戦況は膠着します。ハイリア様は今の内に治療です!」
はいはいはいっ、と包帯その他を抱えたセレーネが現れて椅子に座らされる。
「お、おい……」
「大丈夫ですよー、ぐふふふ私がねっとりすっきり癒して差し上げます!」
「いやそれは必要ない」
「そんな天井の沁みを数えていたらすぐですからオフィーリアさん今しかないの邪魔しないでオイヨハン髪引っ張ってくんじゃないよおおお!!」
「斥候に出る。味方を巻き込む動きに相手からの裏切りを引き出せるかもしれないな」
「俺はここを動けない。お前が仕切れ」
ヘレッドがジンへ断り、手勢を連れてどこかへ去っていく。
左右について『剣』の紋章を浮かび上がらせるのはウィルホードとセイラ。
「こちらが動けない状態を察して、城壁を延ばし『弓』による攻撃を仕掛けてくるかもしれない」
「護衛は必須ですよね……!」
次々組みあがっていく状況に俺の方が目を丸くしていた。
「さあハイリア様は治療です。どうせ今は動けません。身体を休めるのも長としての務めですよ」
諦めて息をつく。
「分かった。分かったよ。お前たちに任せる。全く……頼りになり過ぎて寂しいくらいだよ」
笑い、そして思う。
この状況でも、おそらく動いてくる一軍がある。
今最も追い詰められている者。
俺たちの南西部へ陣取っていた連中の方へはこの氾濫も届かないだろう。
まず、そこを止めなければ話にならない。
「まあ……問題ないだろうけどな」
任せている者が居る。
正直、こっちもこっちで頼りになり過ぎて、最近困っているくらいだ。
※ ※ ※
ビーノ=ラインコット
ティア=ヴィクトールの出奔を許した事実、それがオラント=フィン=ウィンダーベルの軍勢へ牙を剥いたことで、致命的に我らの立場は危うくなった。
だがいい。
こちらにはまだラ・ヴォールの焔がある。
聖女セイラムが残した奇跡の石とされるソレさえあれば、上位能力者を幾らでも量産できる。
適合出来ねば揺らめく白と黒の炎に飲まれて死ぬのだとしても、大望の前の犠牲に過ぎない。
三騎の『騎士』と、それらを率いる我が『旗剣』。
これだけあれば十分だ。
この氾濫を利用した手を教えられていなかったことに憤りを覚えつつも、危険を承知で飛び込まなければならない。
『騎士』を先行させ、王都へ駆け上がる敵の後背を貫く。
当然警戒はしているだろうが、上位能力者を前に常道の戦闘など無意味。
雪は予めある程度取り除いてある。
あちらも集めた雪を即席の壁としているが、『騎士』を前にそんなものは木の葉を払うのと変わらない。
「さあ進め! 姑息な手段で勝利を絡め取っただけの小僧に遅れを取るな!!」
雪原へ、降り立つ姿がある。
浅黒い肌の女。
この寒さの中でも侍女服に身を包み、完璧と言える所作でこちらへ礼をする。
「お待ち申し上げておりました。ビーノ=ラインコット様ですね」
問われてしまえば、答えぬ訳にはいかない。
静止の指示を与え、堂々と言い放つ。
「さよう。我こそはビーノ=ラインコット。フーリア人の女よ、何故ここで我らを阻む? 宰相は諸君らを虐げるイルベール教団の殲滅を私へ誓った。同胞を想うのならば道を空けよ。共に歩む未来にこそ、諸君らと手を取り合える日々が待っている!」
しかし女は目を伏せたまま、
「主人より、貴方がたのお相手をするようにと仰せつかっております。そこな三騎を始末し、男爵軍の勢いを止めろ、と」
その手に持った長柄の武器をゆるりと構える。
身の丈の倍はあろうかと言う柄と、先端部には大降りの刀身。
フーリア人らが好んで使うと言われる武器の一種、薙刀だろう。
「至上命令を前に、その程度の言葉は児戯にも等しいというもの。せめて漢としての教示あるならば、この挑戦受けないとは仰いませんね?」
「良かろう。三騎と言ったな? よもや上位能力たる『騎士』を三人、同時に相手するつもりか?」
問えば、すまし顔に僅か違う色が混じる。
「…………我が主に比べれば三下に等しい雑魚相手に、数の不利がどの程度意味があると?」
侮蔑。
道端でふいに不快なものを見つけたかのような目に憤りが湧き上がって来た。
大地を踏み鳴らし、宣言する。
「良かろう……! その思いあがりをすぐさま叩き潰してくれる! 行け!」
白の甲冑に身を包んだ我が『騎士』たちが突っ込んでいく。
その突撃は城門を容易く打ち砕き、敵の守りの尽くを蹂躙する。
一糸乱れぬ突撃を前に、たった一人で何が出来る!
はぁ、というため息を聞いた。
「敵集団への圧力を求める突撃ならまだしも、個人へそのような寄せ方では、あまりにも動きを読みやすく、御し易いというもの」
ぶつかる。
正面に構えた薙刀を戦闘の『騎士』が矛先で軽く払う。
打撃の加護は容易くそれを弾き飛ばし――首が舞った。
そっと乱れたスカートを整える所作すら美しく、崩れ落ち、ただ雪の壁へ激突していく『騎士』を見送る。
「な………………」
即座の散開を選んだ彼らを褒めるべきだろう。
なんだ?
今、何が起こった?
正面から一人が寄せる。
その背後へもう一人が回りこみ、しかし、薙刀を身体へ張り付けるように回した女の矛先が寸分違わず甲冑の脆い部分、肘裏を捉え、腕が舞った。魔術光による防護があるというのに何故ああも容易く……? 『騎士』が武器を取りこぼし、魔術が解ける。数歩を下がり、荒く息を整えているのが分かった。
今の攻撃、視線すら向けていない。まるで相手の居場所を空から眺めているかのように、続く動きの尽くを読んでくる。
だが続けて仕掛ける。
味方の負傷すら超えて、残る一人が一心不乱の突撃を仕掛けた。
突撃槍による一撃はしかし、滑るように身を回した女を貫くこと敵わず、
「勢いを乗せすぎです。ですからこうして利用される」
槍を突き出した手首を掴み取り、そして、甲冑を着込んだ大の男を片手一つでひっくり返した。
「――――――――――」
最早私のみならず、いざ戦いへと意気込んでいた友軍までも呑まれていた。
「これがフーリア人……」
魔術を以ってしても排除が叶わぬ敵。
彼らとの戦いへ向けて用意させた甲冑も、意味を持たなかった。
「いいえ」
女は雪原にシン――と立ち、宣言する。
「私は、メルトーリカ=イル=トーケンシエル。ハイリア様と共に、今の時代を終わらせる者です」
背後から片腕を奪われた『騎士』が強襲する。
しかしそれすら見えていたのか、メルトーリカと名乗った女は突き出された矛先に己の刀身部の背をぶつけ――放たれる打撃の威力を乗せて打ち出された神速の薙ぎ払いは正確に彼の首を捉え――白兜が舞う。それが、初手で首を落とした業だとでも言うのか。
「ただ分厚くしただけの鉄と、鍛え上げた鉄は全くの別物です。張り合わせた継ぎ目の粗い部分、厚みが不均一であれば掛かる負担に脆くなり、熱処理の甘い部分は色合いから見て取れます。そこを狙えば断つのは容易い。どうにもこちらの方は、単純な部分を突き詰め丹念に仕上げるという事が苦手なご様子。形状を作る細工と鉄を鍛え上げる鍛造は別物ですよ」
こちらを見据える黒の瞳に吸い込まれそうだった。
なんと美しい姿か。
しかし彼女は目を細め、不快さを示してくる。
「この業、この力、姑息であるなどと言い放てますか……?」
あぁ、
「ふふ、はははははは……」
そうか。
彼女は最初から怒りを覚えていたのだな。
主人を姑息と称し、侮辱した私へ。
なんと気高い。
なんと溢れんばかりの忠誠心。
「前言を撤回しよう。君のような者を従えているのならば、彼はやはり傑物だ」
すると彼女はそっと怒りの表情を引っ込め、こちらが戸惑うほど素直に笑みを浮かべて言うのだ。
「はい……、心より、お仕えしております」
素敵だ……。
「よかろう。我が僕よ、下がりたまえ、次は私自ら相手をしよう!」
「いえ」
意気込み、出ようとした正面から彼女は身を引いた。
薙刀を雪原へ突き立て、片手で以って雪の壁を示す。
「準備が整いましたので、一時下がらせていただきます」
灰色の魔術光が周囲へ満ちる。
「あ……」
前へ出過ぎていた。
あの雪の壁、行く手を遮るものだとばかり思っていたが、あくまで目くらまし、引き寄せたこちらを術の範囲内へ引き込む為の――
「それでは皆様、どうぞお楽しみ下さいませ」
囲い込まれた大盾の向こう、武器を握りこんだ『槍』が姿を現す。
先陣は『剣』、やや遅れて『弓』。
芸はなかったが、基本を忠実に守った、そして準備の整わぬこちらを追い詰めるに十分な、北方の領主たちが率いる兵たちが雪原を踏み越えやってきた。
寒冷地での戦闘に慣れた彼らの動きはこちらを、完全に翻弄してきた。
※ ※ ※
ヴィレイ=クレアライン
聖女の像がある。
王都ティレールにある大聖堂、今は宰相によって封鎖され、関係者以外が排除されている中、また新たに頭が落ちて、足元のそれを飛び散らせた。
くそっ、くそっ、くそがァ……!
あれだけ息巻いておきながらどうして負ける!?
ハイリアというキャラクターが高い戦闘力を持っていることは分かっているが、それが教団のピエール神父以上であるなどという設定は無かった!
ふざけるなクソが!
…………。……。そうだ。所詮アレも負ける為に配置されたNPCに過ぎない。プレイヤーにとって都合の良いやられ役なのだから当然の結果だ。
考え方を変えればアレの監視が無くなるということだ。邪魔だったクレアライン家当主ももう居ない。後はこちらの好きなようにやれる。大昔の阿呆の集まりが、裏切りの罪を背負ったクレアラインの死を以ってすれば聖女の再臨が成るに違いないなどと、思い込み一つで定められた自分の死の回避が大いに楽になる。元よりそのつもりでハイリアを逃がし、神父を俺から引き剥がしていたのだから。
切った人差し指を親指で抑え、止血をする。
本来はそれだけでいい。
あの狂った愛情の持ち主なんぞの為に死んでたまるか。
クレアライン、クレインハルト、ノル・アイラ、ノートン。
かつて聖女を支え、そして運命神との契約を経て暴走したソレを封印した四英雄の血によって封印は完全に破られる。
血の紋など最初から不要だ。証明のしようがない事だけにとりあえず条件を満たそうとする。とかくすぐ血を流すことで解決を図る蛮人らしい発想だが、同時に御し易くもあった。産まれながらに死の運命を悟り、聖女の再臨を予言した天才児を演じてきた甲斐もあったというもの。本来であれば、何も知らないヴィレイ=クレアラインを神父が殺して贄と捧げられる道化となる筈が、こうして状況を動かせるまでになっている。
要石となるラ・ヴォールの焔も一部は回収出来たが、まさかあんな状態になっているとは思わず運び出せてはいない。入り口は崩しておいたが、この件が落ち着いたら改めてなんとかするべきか。
しかし神父という手駒を失ったのは惜しい。
残るは有象無象の雑魚と、フロエ……か。
アレには幼い頃からあらん限りの手段で以って恐怖を植えつけてきた。
催眠、薬物、拷問、時にはジーク=ノートンという飴を与えつつ、従うことだけが希望に繋がるのだと本能へ刻み付けた。
まだ……まだいける。
後は聖女の再臨さえ成れば、あの狂人を従わせお望み通りの愛を振り撒かせればいい。
そうだ。
何も問題なんてない。
既に儀式は始まっている。
かつて掛けられた封印式の逆位置にて血を流し込み、聖女の封印の器としてリンクを持つフロエを通り道として現代へ引き摺り上げ、肉体へ留める。
この苛立ちをぶつけられる肉人形を失うのは惜しいが、背に腹は変えられん。
妨害が入ったという話は聞いた。奇襲部隊などではなく、単独だという。
だがあの『機神』を単独で撃破出来る者など居ない。
アリエスルートでもメインどころの総出演でなんとか倒すに至った相手だ。
「……ははっ」
ハイリアは間に合わない。
あんな所で呑気に決闘などやっているからだ。
フロエに聖女を敢えて降ろし、撃破を望んでいる可能性もあるが、それも俺が何も知らぬNPCでなければ成立しない。
こんな作り物の世界などどうなろうが知ったことか。
下らない。
何もかもが下らない世界だ……!
何も問題などない。
まずは妨害者の始末だ。
そして聖女を再臨させれば最早詰みとなる。
精々喜びに浸っているがいい。
その表情が絶望に歪むのを見るのが楽しみだ。
「……………………」
ピチャリ、と水音がした。
この場へ踏み込んでくる者が居たからだ。
「おいおい、なんだよコイツは。随分と……随分な状況じゃないか」
石造りの床を濡らす血の海を、まるでレッドカーペットを行く主演みたいに堂々と歩いてくる。
枯れ草色の髪、カウボーイハット、不遜極まりない表情……なにもかもが癪に障った。
「お仲間だよな? 死んでるのは。宗旨替えでもしたか?」
「…………ジーク=ノートン」
「おう。余計なことをされても厄介だろうってな、邪魔しに来たぜ……?」
奴がここに居るという事は、フロエを襲撃しているのは別の者?
リース=アトラは大休止の間に戦場を脱しいずこかへと消えた。
ティア=ヴィクトールが事を起こしているのなら、もっとあからさまに『魔郷』の影響が出るはず。
「……っは!!」
まさか。
「まさか、アリエス……!? あんな雑魚に『機神』の相手を任せたと!? ははははっ! 冗談だろうジーク!? ヒロインの中で唯一ただの『弓』の術者に過ぎないあの女如きが、聖女の力持つフロエを打倒できると本気で考えているのかァ!?」
まさか。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか!?
こんな都合良く回るなど思いもしない!
あァそうか、所詮ゲーム!! プレイヤーにとって都合良く展開するように出来ているんだ。
なんて退屈な世界。
だがそうなるとやはりハイリアは邪魔だ。
プレイヤーたる奴だけはオレを打倒し得るということになる。
「お前さ」
木偶の坊が何かを言う。
下らないテキストデータを眺めるような気分でそちらを向いた。
向いて……息を止める。
「学園で見て、嫌な野郎だとは思ってたけど、違ったよ……」
ジーク=ノートンが怒りの表情でこちらを睨みつけている。
眼前に浮かび上がる『銃剣』(ガンソード)の紋章。
「くっだらねぇ……! こんな薄っぺらな野郎にアイツが今まで苦しめられてきたなんて思うとな、テメエ以上に自分が許せなくなるよ……っ、ああ……! そうだよ! けど今は気持ちよく後悔に浸ってる暇なんてねェ……!」
「…………キサマにだけは言われたくないな。薄っぺらな紛い物のヒーロー気取り?」
『盾』の紋章を浮かび上がらせる。
幸い準備運動も終えている。『銃剣』に対して『盾』の魔術は極めて有効だ。加えて鎖鎌による攻撃もある。
ジーク=ノートンは短剣を掴み取り、笑って見せた。
「ヒーロー気取り……? 違うな。俺がヒーローだ。勘違いするなよ三下」
「女を寝取られておきながら気付きもしないヒーローが居るか」
「足りない部分は仲間が補ってくれる。あの人のように。俺も自分一人で何もかもどうにかしようなんてもう思わない。それに随分と見下してくれるが、実際お前はどうなんだ?」
「はァ?」
「あの人は果たしてみせた。お前が何をどれだけ知っているか分からないけどさ、結局お前に何が果たせるんだよ?」
十字天秤を浮かび上がらせる。
鎖鎌を手に、射程内へ入り込んでいる迂闊な阿呆を哂った。
この閉所、キサマの利点を自ら潰しているぞ……?
「道化がっ! まずはキサマを殺してっ、奴もたっぷりと嬲ってやるさァ!」
放つ。
十字天秤による支点変更、受け止めた敵への絡め、すべてを想定しながら奴を見据え――ジーク=ノートンは引き絞りを終えている。その初弾は何故か、この大聖堂の天井へ向けられていて――押し潰すつもりか? いや、いざとなれば四方天井と大盾で安全を確保できるこちらに対してそんな手は悪手、自らを危険に晒すようなもの。
粉砕した。大聖堂の天井が崩れてくる。目晦ましだ。まず見るべきはジーク=ノートン。この無駄に派手な攻撃で目を惹き付け何かを狙ってくる。
だが……だが奴は動かない。
上の守りに大盾を張り、一時鎖鎌を引き戻す。
まさか本当にこんなもので俺を倒すつもりだったのか?
「魔術ってのは面白いよな」
……なにを、
「俺もあの人と戦った時に初めて知ったんだけどさ、『槍』の魔術って横の制限は結構大きいんだけど、上下にはかなり緩いらしい」
破城槌を叩き付けたアレの事か。
教団でも術者を使い捨てにして実行させようとしていたが、自転する惑星の動きに合わせることが難しく、何より自らあんな大破壊の渦中に立つという恐怖に打ち克てず、実行出来た者は一人も居ない。結局ハイリアもあの一度きりで以降は脅しに使えど実行などしてこない。
いくら魔術による破壊力が術者同士の精神力で左右されるといっても、あんな攻撃に耐えられたのは偶然か設定による効果に違いない。
最早使ってくることなどない。
必要以上に怖れるのは愚かというものだ。
第一、キサマは『槍』の術者でもなく、縦横無尽に動き回る『銃剣』だ。
そんな話に何の意味がある。
なのにジーク=ノートンは眼光をギラつかせ、口端を歪めた。
「やっぱり気付いてなかったか。『槍』の術者は横への移動を大きく制限されるが、飛び上がったり飛び降りたりする分には、結構普通に出来るんだってことだよ」
「っっっ!?」
大盾が降り注ぐ瓦礫を弾く。
幾度も、幾度も、幾度も。
今、これを解除することは出来ない。
上の様子を探れない。
防ぐのではなく、逃げるべきだった。
間を置いてしまった今、『銃剣』による狙撃がこちらの移動を許さない。
後方へ逃げようとした途端、奴の目がそれを狙っていると訴えてきた。
正面など論外だ。鎖鎌では間に合わない。左右も同じ。この状態は盾の枚数に制限がある。通常の状態であればやりようもあったというのに……!
くそっ、くそっ、くそがァ……!
そうだ。ジーク=ノートンはヒーローではない。
奴はカウボーイ。
必要とあれば卑怯な手段も、だまし討ちも平然とやってのける、善悪を蹴り飛ばす類の男だ……!
この会話も俺の意識を逸らし時間を稼ぐ為の――
「さあっ、アンタには紹介してなかったよなっ。我が小隊の一番星! おっきい顔のお友達こと――ポーキー君の一撃を受けやがれクソったれ!!!」
天井の崩落に合わせて飛び降りてきた『槍』の術者が、その突撃槍が、『盾』の守りを粉砕してきた。
「っっっ――ジィィィイイイイク!!!」
男は涼しい顔でこちらを見下し、
「お前さ、どうせ俺たちを作り話の登場人物だとか思ってたんだろ」
言い捨てた。
「あの人はこんなに甘くなかった。お前の敗因なんて、それだけで十分だ」




