98
手の中でハルバードを回し、掴んで矛先を地面へつける。
すぐ手は離さず、重みがゆっくり手から抜けていくのを感じながら呼吸を落ち着けた。
残心、と呼ばれるものとして良いものか。
とにかく訓練中、区切りをつけた瞬間に意識を途切れさせるのではなく、ゆっくりと時間を掛けて心身を休ませていくことにしている。
ただ最後に付け足した行為である筈なのに、不思議とその前提なら動き全体に締まりが出る。勝って兜の緒を締めろとも言うし、決着の後でも意識せず緊張を維持していられるなら、不意打ちへの対処もしやすくなるだろう。
シン――と、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、最後にもう一度息を抜いて、言った。
「よし。今日の鍛錬は終了とする」
故に移行も違和感がない。
脱力でも、緩むのでもなく、ただそれぞれが新たに動き始めた。
初日はとにかく意見を出し合い、試しの時間とした。
二日目と三日目はそれらを応用発展させ、より精度を高める為に訓練の時間はずっと延ばした。皆を相手に上々の結果と問題点が浮上し、解決策が探られている。とりあえず、ウィンダーベル家が使える最高の鍛冶職に打たせたハルバードは『剣』の切断の加護で断ち切れたりはしなかった。素材は概ね鉄だろうが、色が黒く、何かしらの工夫がされているのだろう。
俺が魔術で扱っていたハルバードに出来うる限り似せて作らせていたおかげで重心に違和感は少ない。問題は重量だが、春から続けている筋力トレーニングの甲斐あってか十分に振り回すことが出来た。成長期とは凄まじいことだ。
また時折やってくるオスロが研ぎを始めとした手入れをしてくれるおかげで切れ味は凄まじいの一言。
『刃の状態を見れば使い手の癖がよう分かる。フン、これでヌシは丸裸よ』
ツンデレか。
とはいえフーリア人地下組織であるカラムトラの長、などと呼ばれる前は刀匠として様々な名刀を生み出してきた男だ。彼が面倒を見てくれるというのは、魔術を使えない俺にとってはこの上ない支援となる。
用意してくれていた手拭いで汗を拭き、服を着替えることにした。
吐く息は白い。ここ何日かは快晴が続いているから陽の当たる場所なら心地よいと言えなくもないんだが、やはり丘陵地帯からの風を受ければあっという間に身体が冷える。よもや風邪を引いたから延期してくれなどとは言えない。体調管理は必須だ。
さて着替えは用意していた筈だが。
「じゃーん! ハイリア様のお着替えはこちらでーすっ!」
「わかったそのままそこに置いて下がってくれ」
元気一杯に人の肌着を掲げるセレーネへ静かに言うが、彼女はノンノンと指を振り、怪しげな視線を向けてきた。
「お着替え、お手伝い致しますよ?」
「いや、不要だ」
「つれないっ! そんなこと言わずに服を脱いでさあどうぞ――あのオフィーリアさん今いいところなのヨハンは髪引っ張ってくんな乱れるでしょうっがぁっあああ!?」
ともあれ静かになったのでさっさと着替えて上着を羽織った。
拳を握り、今は手の中にないハルバードの重みと感触を確かめた。
意識すれば、自然と身体が感じてくれる。重心はすぐ掴めたが、紙一重の勝負になった時どうなるかは分からない。重量の増加は間違い無く動きを鈍らせるし、工夫にはまだまだ発展の余地がある。大勢で知恵を合わせ、すり合わせるほどに研ぎ澄まされていく感覚はあるが、五日間を人数分で掛け算したとしても神父の経験には及ばないだろう。
最初の戦いでは、聞きかじりの知識から不慣れな武器を用いた。
管槍は確かに効果を上げたが、常ならばともかくここぞという場面では扱いを誤ってしまう結果となった。
次の巫女の力によって次々属性を変えていくという戦術でも同様。
今回、また同じような失敗をしてしまうのだろうかと、不安は拭い難く残っている。
いや、きっと魔術が扱えたとしても、俺だけでは神父に届かない。
振り返れば、皆が居た。
少しだけ笑みをこぼし、しかし改めて背を向ける。
それだけではいけないのだと、いい加減俺もわかって来ているつもりだ。
※ ※ ※
ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト
「だからですね、やっぱ上司ってのはこう、部下を甘やかすくらいがいいんですよ」
赤毛の男がくだを巻いている。
顔色は以前見た時より悪く、話の通り中々の苦労を抱えていることが伺えた。
しかし放っておけば延々と愚痴るつもりなのだろうか。私一応王様なんだけど。
近衛兵団副団長は、深い深いため息と共に不満を垂れ流す。
「大体監視ってなんですか監視って。捕らえたフーリア人を邪魔だから解放しとけってんなら分かりますよ。それを援軍扱いで差し向けるとか正気じゃないですよ。しかも武器まで返して、監視が俺一人ってどういうことですか? 一斉に襲い掛かられたら勝てるわきゃないんですよ。しかも地下組織だかなんだかって怪しげじゃないですか、普通なら逃がさないよう分散して最低でも倍の護衛を付けるところですよ? 今だって先行した爺さん追いかけるしかなかったから、残った連中なんて自由そのものっ、俺は知りませんからねっ、最初に説明散々したんでーっ」
「へ、へぇ」
話を聞かせて欲しいと言ったのは私だけど、礼とか一時置いといていいからと言ったのも私だけど、
「今回の戦いは面倒そうだなってデュッセンドルフ行き決まった時から思ってたんですよ。だってあそこの学園、ホルノス以外の国からもいろいろ貴族が集まってるんですよ? 占領なんてまともに出来る筈ないんですって。普通に戦うだけでも面倒だっていうのに、ウィンダーベル家のアンちゃん助けとけだとか余計な注文バンバンつけてくるんです。無茶言わんで下さいよねぇ? 俺副団長ですよ? あの馬鹿団長が気分でモノ言ってるのを誰が調整してると思ってるんですか」
この人本当に私の事分かってるんだよね……?
「あぁすみません長々と。いや普段こんなこと言わないんですけど、陛下って聞き上手ですよね、ついつい余計なことばっかりを」
「ん、ううん、平気」
「さすが器が違う! いや俺も近衛入って初めてまともに近衛するんだなって緊張してたんですけど、よかった話しやすい方で」
多分私は返答を間違えた。
「それでですね、あの馬鹿団長はいっつもこうなんですよ。そもそも――」
どうにもマグナスは、デュッセンドルフでハイリアと共に捕らえたフーリア人の一団を懐柔し、南方から援軍にやってくるだろうウィンダーベル家の軍勢への出迎えに彼らを使ったらしい。聞く限り意味不明なくらいとんでもないことをしているけれど、結果的に私たちは途中メルトの探知で彼らを見つけて連絡が取り合えたし、あのオスロという人物もハイリアに協力的だ。
偶然都合よく事が運んだ感が否めないけど、その偶然の上で綱渡りを先導させられたらしい副団長さんはさっきから愚痴が止まらない。
幸いにもというか、彼が居たおかげでオスロを始めとしたフーリア人の先行部隊はこちらと戦いになることなく迎え入れられ、またそこで彼と会ったことで私は今や近衛に守られる立場になった。
最初は、担ぎ出されるのかと思った。
けど今戦場の主導権を握っているのはハイリアだ。
後二日で決闘の日になる。そこでの勝敗次第では、私を北方領主たちが利用しようとするんだろう。もし今回は撤退となるなら、私を連れ帰って旗印とすれば自分たち以外からの増援も見込める。宰相がソレを許すとは思わないけど、既に身の回りの世話と称して北方領主側の出してきた侍女がついている、監視だろう。
前ほど焦りはない。
ただ少し、ハイリアから離れたことが不安なだけで。
先行きの不安は拭えないし、知識としての戦術や戦略ならともかく戦いの腕なんて分からないけれど、周囲の反応を探っていれば自然とどちらが有利なのかは分かってくる。ハイリアが勝てると思っている者はあまり居ない。ここへ来るまで散々あの虐殺神父に痛い目を見せられたらしく、余計に。それでも勝手を許しているのは、劣勢となった戦況を仕切りなおしさせた張本人であるからと、私とマグナス、両名の承認があると公言されているからだ。
決闘の勝敗がどちらになるかにせよ、こちらにとっては敵に追い散らされながら逃げるより、この戦いの締めとして決闘を位置づけて負ければではさようなら、と素直に下がってしまえばいい。勝てるのであれば勝機も出る。神父が不在であれば、とそういう話を漏れ聞いた。
今は、そう……邪魔になりたくはなかった。
引っかかれた手の甲の傷を強く握り締め、未だに彷徨い続ける自分を見詰める。
可能性を思索する。
私はもう、彼を止めるつもりがないのではないか。
王としての自分を始めて、もし彼が近くに居てくれるのであれば、いいと思っているのではないか。
このまま違うと否定し続けることは、嫌だと呟いたあの人へ向けた言葉を自分で否定することになってしまわないだろうか。
あるいはやっぱり流されているだけで、湧き上がった感情もまたその場の雰囲気に乗せられてしまった幼稚なものなのだろうか。
王として振舞う未来を想像出来ない一方で、いつも宰相から渡される情報の中からああすればいいこうすればいいと考えてきた自分が居る。
王は孤独というけれど、それだってやり方一つなのではないだろうか。
愉しく笑って、真面目に考えて、そうやって進める国策が全て否定されるものではないと思う。
大仰に飾り付けられているだけで、王とその他の勤めに隔絶と呼べるほどの差異が本当にあるのだろうか。
分からない。
考えるほど分からなくなっていく。
ハイリアは言った。
その言葉を信じてる。
一方で彼の背を胸を張って見ていられない自分が居て、同じ場所に立った自分が酷くみすぼらしく感じられた。
理屈を、言葉を羅列するだけでは分からないものがある。
けど分かってしまったら、きっと苦しみは想像を絶するものになる。
少しでも多くを助けようと少数を切り捨てたとき、そうやって見放されて死んでいった人の苦しみを考えてしまえばもう駄目だ。
小鳥一匹殺せない私は、けれど彼が信じてくれる私は、この戦場の行く末を見た時に何を感じているんだろう。
あと二日。
成し遂げられるか、果てて朽ちるか。
決着だけが何よりも明確に未来を定める。
※ ※ ※
ヨハン=クロスハイト
見ている。
じっと、隊長殿と誰かとの戦いを見詰め、言われるまま意見する。
俺の言葉は思っているより重んじてもらえているみたいで、そいつがまあ、やっぱり嬉しいんだろう、ついつい口が滑る。
けど。
「っ」
斬られた腹はまだ随分と痛む。
そこだけ余計に冷たく感じる時もあれば、焼かれてるみたいに熱く感じる時もある。
飯も食いでの無いものばっかりを回されて腹がすく。
「神父の警戒心の強さは尋常じゃない。余裕に見せてこっちの失敗を見逃すこともあれば攻め手を緩めることもあるが、本当は何かの可能性を読んだ結果の間なんだ。だからついついこっちにも余裕が出ちまうが、今みてえに甘い斬り返しをすれば目敏く察して斬りにくる。その間が本当に絶妙なんだ。相手が三人四人と居ても期を読み違えてこない」
いいのか。
「それとやっぱり、鎧通しの理屈については理解してねえんだと思う。何度も試したが、あからさまな隙であっても狙ってきてねえ。けど印象としちゃ捉えてるんだよな。フーリア人相手の戦いも十分経験してるだろうからどうだって思うけど、少なくとも魔術を使わないことの利点も確かにあるんだ」
語るほど思う。
声が聞こえる。
勝ってね、とアイツの言葉が耳の中で響く。
再びの手合い。
終わった先でまた語る。
「行動の全てにどれだけ意味を持たせられるか、なんだと思う。つま先の角度、膝に掛ける重みと反発する力、腰の捻り、足の開きは半歩違うだけで意味が大きく変わるし手の握りも指それぞれに力加減を調整すればかなり違ってくるのが分かった。見た目同じように剣を振ってても、早くする為の捌きと重くする為の捌きじゃ大きく違うし、結果出る振りも中身が別物になる」
別に俺一人で集めた考えじゃねえ。
くりくりとか、他の頭のいい奴らがあれこれ考えて、俺にうんざりするくらい叩き込んできたんだ。
俺が、神父に勝つ為に。
だから。
「隊長殿は多分、重くする動きが合ってるんだと思う。『槍』の特性もあるし、筋力もそれに合わせて鍛えてんだもんな。だったら考え方は相手の上をいく攻撃じゃなくて、相手が受け止めるしかない攻撃なんだよ。早くて小器用な手段も悪くねえけど、そういうのは『剣』に及ばない。そこで勝負する限り、神父には勝てねえ。けど――」
いいのか?
現実的に傷がどうとかじゃなくて、ここで委ねて、また一歩下がっちまって、本当にいいのか?
皆どんどん強くなっていきやがる。
真っ向勝負じゃ負けねえにしても、こういう考えとか、道具を作る器用さとか、今まで大したことぁ無えと思ってきた事で同じだけの高さに達してる奴はきっと思ってる以上に多い。
俺はまた誰かに先を譲って、後ろから追い抜いていく奴をそんなもんかと見送るようで、そんな奴があの言葉を受け取る資格があるってのか?
答えろよ……。
『勝ってね』
馬鹿の一つ覚えみたいに同じ言葉言ってくるんじゃねえよ馬鹿。
あれか、誘ってやがるのか、それじゃあまたちょっと揉んでくるか。
「ヨハン」
「……ん」
隊長殿が俺を見る。
冷たい風に目を細めた。
俺はこの人の後ろでいいのか? 剣で、いいのか?
「お前との決着はまだ付いていなかったよな」
……………………は?
「クレアの小隊として戦った時に乱入があって、結局白黒はっきりしないままだった。それから訓練として相手をすることもあったが、最初の時のように戦うことはなかっただろう?」
「あ……あぁ」
「いずれ決着をつけよう」
「っっっ!!」
声が出なかった。
息が詰まって、身体ん中で熱が暴れて、手が震えた。
ぐっと握った手になんでかズシリと重い感触があった。
「ああっ! そんときゃ俺がアンタを倒す! 神父を倒したアンタを倒しゃあ俺が野郎を倒したも同然だ! だからっ――だからなァ」
ぐっと手で両目を覆う。
「勝ってくれ……! 俺の全部をアンタに託す! 頼んだぜ、隊長!」
その時隊長殿を見ていられなかった俺は、手の向こうでどんな顔をしているのかを知らねえけどよ。
「任せろ」
声は、しっかりと胸に響いてきた。
※ ※ ※
フィオーラ=トーケンシエル
陽も暮れ始め、空は薄暗く月明かりはまだ薄い、そんな時間。
天幕はそこそこ大きく、けれど粗末で穴を内側から布や荷物で塞いでいるような状態。床はむき出しの草地で一部だけを布で覆っているだけという始末。私はそこで胡坐を掻いて、中央に立つ相手へ声を掛ける。
「そんなに根つめてもしかたないじゃない。ほどほどにしときなよ」
蛍の光、と私たちが称する白の魔術光を発するのは、小さな時から巫女としての訓練を受けさせられてきたメルトだ。
私はこんな服装嫌で着崩しているのに、雇い主の目の無いところでも生真面目にメイド服の襟首を正して力を使ってる。
「戦いが止まっているといっても、決闘が終わればすぐに動き出すだろうから、今の内に相手の配置を把握して動きを読んでおきたいの」
「愛しのハイリア様がそう言ったの?」
「おちょくらないで」
むすっとした顔で言われて姉としては悔しい限り。
「大体、なんでこんな所にいるの。私たちとは違う方法を取ったんじゃなかったの」
「拗ねないでよ。お姉ちゃんはメルトの味方だぞー?」
「そうやって口では味方って言いながら今度ハイリア様の邪魔したら……」
「うわ怖っ。あんた今自分の表情鏡で見てみなよ、下心抱えて寄ってきた男がこぞって逃げ出すわ」
ぷいと顔を背けられる。
まあなんというか、再会したときよりずっと遠慮がなくなって嬉しいけどさ。
「…………大丈夫なの」
「なにが?」
「ここにはいろんな人がいるから。私たちみたいなのを見ると、その……」
「あぁ、売春女と間違えて声掛けてくるのもいたよね。フーリア人なら支払い踏み倒しても殴って無理矢理押し倒しても許されるって思い込んでる奴なんていくらでもいるから」
あっけらかんと言ったつもりだったけど、まあそうだよね、私が言うと冗談にならないか。
「今の所なにもないよ。天下のウィンダーベル家所有の奴隷だっていう証明書もあるし。逆に間諜じゃないかって疑われたくらい」
「別に……姉さんは違うのに」
「お優しいハイリア様が何かあったときにって随分前にくれた奴だからねー。おかげでカラムトラを潜入させたり待機させたりするのに沢山活用できたけど」
うわおっかない顔しないでよ。
「善意で頂いたものを悪意で返すのはもう止めて。次にそんな使い方をしたら私が許さないから」
言いつつやるべきことが終わったのか光が消える。
大きくゆっくり息を吐き、身を整える。
静止していても、未だ意識が続いているのが分かった。
死んだお父さん、厳しかったもんね。メルトは途中で巫女としての道を進んだけど、私と同じくらいそういうのは叩き込まれてたし。
「終わった?」
「姉さんがうるさいから集中できないの。指定されていた分は昨日の内に終わってるから、今日は私で選んだ場所と重要地点を再確認していただけだから」
「それって本当は五日掛けて全部回る予定の奴だよね。熱心なのはいいけど、やりすぎると流石のハイリア様も引いちゃわない?」
言うとメルトは少し固まった。
「…………問題ありません。使い潰すべき道具をあの方は優しく扱いすぎですから」
「そんなこと言って。アンタ昔から大人しいくせして物怖じしないから、結構ぐいぐい無茶してるんじゃないの?」
唐突に言葉遣いが変わってることは言わないでおこう、おもしろいし。
「そんなことしません」
「嘘だあ? 絶対お背中お流しします、とか言ってあのでっかい浴場へ布一枚巻いたまま突入したり、お下の世話もメイドの務めでこざいますとか言って昼間から――」
「姉さんっ」
はーい。
「でも実際脈ありだと思うんだよね。無かったらそもそも傍に置かないだろうし、アンタびっくりするくらい育ってるし」
はい姉さんはこれ以上えっちな話で妹をからかわないからそんな怖い顔しないで。
「それじゃあ真面目な話をするけどさ」
と、不意にメルトが懐中時計を取り出して慌て始めた。
「どうしたの?」
「ううん、それより、話って何?」
「いや、あんたはハイリア様が王様になるって話どう思ってるのかなって」
「私は…………っ」
急になんだろ。
いや、これは、
「メルト」
手を取って、額にこちらの額を当てる。
熱い? いや、冷たくなってきてる。
目を合わせると途端に弱気な表情になって、ちょっとだけ強めに身を離された。
「姉さん。今すぐ出て行って」
「駄目だよ。そんな顔色悪くして……そういえばアンタ、巫女の力自体はちゃんと覚えてなかったよね。もしかして我流? それって禁止されてた筈だよね。その力は扱いが難しいから、定められた方法以外で使うなって昔から言われてきた奴だよ。もしかしてそれハイリア様に説明もしてない訳? ふざけないで、そんなことされてあの人が喜ぶとでも思ってるの? 献身なんて言うと美談だけど、自分勝手に好意を押し付けるのって、私がこっちに来てからされてきたことと何が違うの?」
「違うから! ちゃんと、二人で危険かどうかを見極めてやってる!」
「だったらなんでそんな真っ青になってるの! もういい、アンタじゃ話にならない。ハイリア様に――」
「止めて!!!」
カッと、頭に血がのぼった。
そうだ。元々そんなに仲の良い姉妹じゃなかった。巫女に選ばれたメルトと、選ばれなかった私。特別いがみ合ったりはしなかったけど、私はこの子に嫉妬して、それを感じ取ったメルトはそっと距離を取って、その間に私は彼と――。
ううん。今はいい。
だとしてもメルトは私の大切な妹だ。
全部失って、一人だけ残って、だから思うのかなんて都合良く都合の悪い言葉で自分を突き放す必要もないくらい、この子が大切なんだから。
「どうすればいい?」
だから聞いた。
時間がないのかもしれない。
具体的に何がどうなるか分からない。
詳細は後で聞く。どうするべきかを聞こう。その先での判断は、保障できないけど。
メルトは私を見て、躊躇って、けれど出てきた言葉は驚くほど滑らかで、だからこれは私だけが知るのではなく、何度かしてきた説明なのだと悟った。
「必ず、また明日に話をします。誰かに伝えるのは止めてください。本当に大した問題じゃないんです。驚かせてしまうと思います。けれど大丈夫です。もう何日も続けてきたことですから、だから、このままそっとしておいてください。明日、目が覚めたら、私は必ずアナタにおはようと言います。ハイリア様には、まだ、説明の出来ない状況です。これ以上あの方の不安を増やしたくありません。いずれ、時をみて私自身が説明します。だから、お願いします」
「分かった」
「…………ありがとう、姉さん」
それから冷たくなったメルトの身を抱いて、ちっちゃく身を丸めたこの子の頭を何度も撫でた。
メルトは震えていた。身体はどんどんと冷たくなって、だから私は寒いのだと思った。
けど違った。
程なくして、メルトは糸が切れたように動かなくなった。
力の抜けた両手が、首が、手足がくしゃりと広がる。
「メルト?」
呼びかけても、返事はなかった。




