第一章 職業不明の少年
十二歳になった子供は、春になると教会へ連れて行かれ、神の祝福を受ける。
そこで授けられる【職業】は、その者がどのような才能を持って生まれたのかを示すものであると同時に、これから何者として生きていくべきなのかを周囲に知らせる印でもあった。
剣士であれば剣を学び、魔術師であれば魔術学院を目指し、農夫であれば土地を継ぐ。商人や鍛冶師にもそれぞれ進むべき道があり、職業を与えられるということは、十二歳の子供にとって、自分の未来が初めて形を持つことでもあった。
ベルカ村の古い教会にも、その年十二歳になった子供たちと、その家族が集まっていた。
「エリシア・レインフォード。前へ」
名前を呼ばれた少女は、普段の彼女を知る者なら少し意外に思うほど慎重な足取りで祭壇へ向かい、神官の前に立つと、胸の前で両手を重ねた。
金色の髪が肩のあたりで揺れている。
神官がその頭へ手を置き、短い祈りを唱える。
祭壇の水晶に光が宿った。
やがて、その光は教会の壁や柱まで白く染めるほど強くなり、目を細めていた神官が、しばらく水晶を見つめてから低く息を吐いた。
「……【剣聖】」
ざわめきが広がった。
ベルカ村のような小さな土地では、剣士が出るだけでも十分に祝い事になる。それが、王都にも数えるほどしか存在しない剣聖となれば、村人たちが互いの顔を見合わせるのも無理はなかった。
しかしエリシア自身は、周囲の騒ぎにはほとんど目を向けず、祭壇から降りると人垣の中を探し、幼馴染の姿を見つけた途端に表情を緩めた。
「レオン」
「聞こえてたよ」
「私、剣聖だって」
「らしいな」
レオン・アルヴェインがそう答えると、エリシアは少しだけ眉を寄せた。
「もう少し驚いてもいいでしょう」
「十分驚いてる」
「そう見えない」
言いながらも、彼女の口元には笑みがあった。
幼い頃から二人は、いつかベルカ村を出て冒険者になるという話をしていた。きっかけが何だったのか、今となってはどちらもよく覚えていない。ただ、村の外へ続いている街道を眺めながら、まだ見たことのない土地へ行きたいと話した日のことだけは、二人とも覚えていた。
「これなら、本当に冒険者になれる」
「最初からなるつもりだっただろ」
「レオンもよ」
エリシアは、それを疑ったことなど一度もないように言った。
ほどなくして、レオンの名前が呼ばれた。
同じ祭壇へ立ち、同じように神官の手を頭に受ける。
けれど、水晶には何も現れなかった。
神官は少し待った。
もう一度祈りを唱え、魔力を流す。
それでも変化はない。
三度目の確認が終わった頃には、先ほどとは性質の異なるざわめきが教会を満たしていた。
「職業が……読み取れない」
神官は困惑を隠さないまま、水晶とレオンを交互に見た。
「祝福そのものは受けている。しかし、職業名が現れない」
「それは、職業がないってことですか」
レオンが尋ねると、神官はしばらく考えた後、首を横に振った。
「分からない。少なくとも私には、これまで見たことのない状態だ」
その日から、レオンは村で【職業不明】と呼ばれるようになった。
教会から家へ戻る道で、彼はほとんど口を開かなかった。
エリシアも、しばらくは何も言わず隣を歩いていたが、村外れの小川へ差しかかったところで足を止めた。
「私が前で戦う」
レオンは顔だけを向けた。
「何の話だよ」
「冒険者になった時の話」
「まだなる気なのか」
エリシアは少し不思議そうな顔をした。
「ならないの?」
その問いには、慰める響きも、同情もなかった。
レオンはしばらく答えなかった。
「……職業も分からないのに」
「分からないなら、分かるまで待てばいいでしょう」
エリシアは川面を一度見てから、再びレオンへ視線を戻した。
「私は剣聖になった。だったら、私が前に立てばいい。レオンは後ろにいればいいわ」
その言い方があまりに自然だったので、レオンは少しだけ笑った。
「じゃあ、俺がお前の後ろを守る」
「私が守るって言ってるのに」
「お前、前しか見なさそうだからな」
エリシアは眉を寄せ、やがて小さく笑った。
「二人で冒険者になる?」
「ああ」
「世界一の?」
「それは今決めただろ」
「なるの?」
少し間を置いてから、レオンは頷いた。
「ああ」
それからの六年間で、多くのことが変わった。
二人は十四歳でベルカ村を出て、冒険者都市リューデンへ向かった。
最初は本当に二人だけだった。
エリシアが魔物の正面に立ち、レオンが周囲を調べる。罠を見つけ、道を選び、野営地を決め、傷を負ったエリシアに薬草を当てた。
二人でEランクから始め、D、C、そしてBへ上がった頃、【賢者】セドリック・アルノーと【聖女】ミレイユ・セレスティアが加わった。
四人のパーティには『白銀の翼』という名前が付いた。
そこから、少しずつ何かが変わり始めた。
エリシアの剣は、年齢を重ねるたびに人の技を離れていった。
セドリックは上級魔術を次々と修得し、ミレイユの祈りは、以前なら死を待つしかなかった傷さえ癒すようになった。
レオンだけが、十八歳になっても職業不明のままだった。
剣を学び続けた。
魔術も覚えようとした。
野営、索敵、罠解除、薬草、魔物の生態、地図の作成。役に立てそうなことなら何でも身につけた。
けれど、白銀の翼がAランクへ達した頃には、その多くが魔道具で代用できるようになっていた。
ある日の討伐依頼。
巨大な鉄甲オーガが腕を振り上げた時、レオンは一歩前へ出ようとした。
その前に、エリシアの声が飛んだ。
「レオン、下がって」
彼は反射的に足を止めた。
その横を、エリシアが抜けていく。
銀の剣が硬い甲殻を裂き、セドリックの炎が傷口を焼き、ミレイユの加護が三人の身体を包む。
戦闘は短かった。
レオンは鞘から剣を抜かなかった。
リューデンへ戻ると、冒険者ギルドの中からいくつもの声が上がった。
剣聖。
賢者。
聖女。
三人の名が次々に呼ばれる。
少し後ろを歩いていたレオンは、誰にも気づかれないまま受付へ報告書を置いた。
その夜。
宿へ戻ろうとしたところで、背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、エリシアが立っていた。
「少し、話があるの」
彼女はいつものように笑ってはいなかった。
レオンは何も聞き返さなかった。
その表情だけで、六年前に交わした約束が、今夜ひとつの形を失うのだと分かってしまった。




