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三世銀夜物語  作者: 春猫
第一章【嫉】

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第七話{難きことにこそあなれ}

 静岡市内の山奥。車があまり通らない道路から、少し外れた場所。生い茂った草や、人が手を加えていない木々に囲まれている空間に、赤い鳥居がぽつんと立っている。そして、その鳥居の前には、松葉色の袴を履いた男女が五人。


「やったやった!秋輝とおんなじ班や!秋輝、よろしく!」


「うん、よろしく」


 優子が大喜びをしているそのすぐ傍で、不機嫌を無理矢理押し殺したような顔でそっぽを向いている三人組。秋輝は一昨日、あの団地でこの三人に絡まれてからというもの、何か嫌な予感はしていた。しかしそれでも、まさかこんなに早くに予感が当たるとは思っていなかった。


「あれ。アンタら、一昨日秋輝に悪絡みしとった奴等やん?」


 優子のその言葉には、敵意のない悪意が込められていた。即ち、彼女は三人を見下しているのだ。敵とさえみなしていないようなその軽蔑の眼差しに、三人のうち最も秋輝に対する反発心が強いスパイクヘアの男が眉をぴくっと震わせた。しかし、直ぐに表情を柔和にして言った。


「ああ、その件はすまなかった。志月大社ここに入ってから全く新しい環境になって、ストレスが溜まっていたみたいなんだ」


「ちょっ、針原はりばら!?」


 二日前の嫉妬の顔と同一人物だとは思えないほどに素直な面構えをしている針原。彼の様子に、取り巻きの二人も戸惑っている様子だ。しかし秋輝からすれば、その振る舞いが偽物であることは一目瞭然であった。何故ならば、今も彼から、相も変わらず瞋恚の気が溢れ出ているからだ。


「大丈夫」


 秋輝はできる限り彼らを刺激しないよう、当たり障りのない返答をした。

 この男の手のひら返しの思惑が何なのか、秋輝には分からない。しかし彼らが一層不機嫌な理由なら分かる。



──────今朝、志月大社の説法室にて。


「さて、昨日は丸一日、結界術について学んだな。今日は、その実践をする。今までは行の見学をしていったが、今回はお前たちにも行に参加してもらうぞ」


 貴堂が簡単にそう言うので、皆は戸惑いの声を上げた。


「幾つかの班に分かれ、静岡県各所にある祠の結界のメンテナンスを行う。安心せい。各班に講師がついておるわ。お前たち出仕は、講師の補助をしなさい」


 皆は詰まっていた息を一気に吐いた。その後クラス全員が出発の準備に取り掛かる為に退室していく中、貴堂は秋輝の班だけに説法室に残るよう指示をした。


「お前たちの班には、一番危険な祠を担当してもらう」


「危険って、どう危険なんですか?」


 優子の問いに、貴堂は真剣な表情で答えた。


「【手魔しゅま】という魔物を知っておるか。顔や胴体、足などは見られず、人間の上肢の姿をしておる。……正に魔の手じゃ。お前たちが担当するのは、強力な手魔を封印している祠じゃ」


「そんな危険な案件を、何故俺たちが……」


 針原の真っ当な疑問に、貴堂は顎を若干上向かせて言った。


「お前たちへの特別稽古じゃ」


「特別稽古、ですか」


「ああ。お前たちは志月大社ここに入ってまだ二ヶ月も経っていないにもかかわらず、他の班の者たちよりも優秀な成績を収めておる。特に姫廻は、既に単独で結界を張れるほどの実力が備わっておる」


 貴堂を含めた講師陣によって、姫廻秋輝のレベルであれば、リスクのある修行もこなせると判断されたのだ。

 貴堂は秋輝の肩に手を置いて言った。


「姫廻。四人を頼んだぞ」



 貴堂は特別稽古のことを、他の班の者に聞かれないようにこっそりと伝えてくれた。ただ、最後の秋輝への一言は、班のメンバー全員の前で言ったのだ。あからさまに依怙贔屓をしているような貴堂のその言葉に、針原たちが嫉妬するのは仕方のないことなのかもしれなかった。


「まーまー、折角クラスの中で特に優秀な五人に選ばれたんやから、仲良く協力していこうや」


 そう言うと優子は、石階の先に聳え立つ立派な鳥居を見上げた。


「ていうか、秋輝。先生は祠って言ってたけど、これは立派な神社やないの?」


 優子が苦笑いで秋輝に呟いたのを聞き、引率の講師が口を開いた。


「あの鳥居を潜り、真っ直ぐ進んだ先に拝殿・幣殿・本殿がある。本殿には、結界術を得意としている聖守天様が祀られている。そして、手魔を封じている祠は本殿の裏側にある部屋に隠されている」


 邪物の封印のみが目的であるにもかかわらず、祠ではなく一つの神社を建てる例は、他にも幾つか存在する。理由も幾つかあり、小さな祠だけでは邪気を抑えきれなかったり、悪心を持った人間から邪物の存在を隠す為に神社に扮していることなどが挙げられる。つまり、ここに鎮められている手魔はそれだけ危険ということだ。


「鳥居の潜り方や邪物封印の作法については習ったな?行きは一列、帰りも一列。帰り方は最も重要だ。鳥居を潜って神社の外に出るまでは、決して後ろを振り返ってはならない。横も下もできれば見るな。いいな、ただ前だけを見て歩くんだぞ」


「もし振り返ったら、どうなるんですか……?」


 針原の取り巻きの一人、原田は恐る恐るといった様子でそう質問した。


「振り返った本人は、何日も高熱に魘されたりすることが多い。ましてや相手が余程強力な邪物であれば、そのまま死に至らしめることもある。下手をすれば周りの者たちにも何かしらの被害を被る可能性もあるから、責任感を持って臨みなさい」


「はい」「はーい」「「はい!!」」「……はい」


 五人がそれぞれ違う様子で返事をすると、講師は一瞬針原の目を見て、片側の口角を少し上げた。


「ところで姫廻君」


「はい?」


「君は本当に優秀だ。入学してまだ一ヶ月と少し。にも拘わらず、君は出仕等の中で誰よりも活躍している」


「ありがとうございます」


 秋輝は講師の突然の褒め言葉の嵐に少し戸惑いながらも、褒められているので本心からの謝意を示した。


「私は君を信頼している。だから、今回私は鳥居の外で見守っておくことにする」


 横で優子が「はっ?」と小さく声を漏らした。


「姫廻君ならば、ここの強力な手魔でさえも封じ込めることができるだろう。君が結界を張り直し、他四人は彼の補助をしなさい」


「ちょっと先生!!それありなんすか!?」


 優子は顔と声いっぱいに疑問と不安を乗せて訴えた。


「大丈夫だ。何か異変があれば助けに行く」


 優子は講師の譲らない圧に黙らされ、心配の目を秋輝に向けた。


「分かりました」


 秋輝は感じ取っていた。この引率の講師からも、瞋りを向けられていることに。



──────今日は朝からずっと、嫌な予感がしていた。

今回はちょっと短くて申し訳ないです。本文を書く時、Wordで話数の区切りを考えずに書いてしまいまして……(涙)

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