17.手土産協奏曲
さて、長年日本で社会人として人生を歩んでいると、
〝一番「食」に悩む瞬間は「手土産」を買う時なのだ〟
と分かってくる。
私は──この手土産選びが苦手なのだ。
手土産はとても奥深い。
まず、自分が食べたいものではなく、他人が食べたいものを想像しなくてはならない。
たとえば、若い女性に買って行く手土産と老人に買って行く手土産とでは大きく違いが出るだろう。
酒を飲む人、飲まない人でも変わってくる。
横浜の人にチルドシュウマイを渡してもいけないし、みかもの月を仙台の人に渡してもいけない。
ホスピタリティを発揮しなければならず、なおかつセンスまでもが試される。
それが手土産なのだ。むずい。
さて、何やら作家と言うものになると、編集者と会う際に手土産を持って行くのが通例となった。
相手も持って来るパターンが多いからである。手ぶらでは気まずいではないか。
さすがは出版社と言うべきか、彼らは〝外さない〟ものを持って来るので、こちらも更に緊張感が伴う。
〝手土産経験値〟の差が如実に表れる瞬間なのだ。
作家としては適当過ぎてもいけないし、かといって作家の方がやたら高級品を持参するわけにもいかない。
相手に気を遣わせない価格設定というものもあろう。
つまりこの場合の手土産には、かなり複合的な知識と経験則が要求されるのだ。
例えば、若い女性の編集者。
「若い×女性=甘いもの」
このパターンは安牌で、割とお互いすんなり受け入れられる。そこまで大外しはしない。
だが、若い男性の編集者。
「若い×男性=?」
このパターンはさっぱり分からないので、とりあえずおせんべいを持って行ってみた。
やはり反応が悪い。
ごめんね、おばさん何も分かんないから、ごめんね。
そして、40代以降の編集者。
「中年×男性=??」
もうこれは……分からない。(匙ぶん投げ)
絶対に甘いものを欲していないのは確かだ。
同年代となると多分歯が悪いので(私がそうだから)、固いものは候補から外す。
しかも、ちょっと何だか健康が気になるお年頃であることは間違いない(私がそうだから)。
え?何が食べられるの?(混乱)
結局、悩みに悩んで、ちょっといいふりかけセットを持って行った。
相手はめっちゃ喜んでいた。
最近おかずを用意する暇がないので、ふりかけがあると助かるということだった。(でもそれはそれで不安になるのでちゃんと食事してくれ)
てなことを繰り返していたある時、父の友人Aが実家に遊びに来ることになった。
私が実家に遊びに来ていた際、ちょうど偶然彼と居合わせたのだった。
Aは長らく大企業の営業畑で働いてきた。既に定年を延長した末に退職し、今は全国に散らばる旧友に会う旅を続けているのだと言う。
Aは、うちにも手土産を持参していた。
先に言ってしまうと、内容は〝茅乃舎の創作茶漬けセット〟。
これは、なかなかに凄いセレクトだ。年齢の高い家族層にはもってこいのチョイスではないか。
高齢者はたくさん食べられないし、何か貰っても消費期限内に消費し切れないことが多い。しかしこれは一食ずつ個包装保存が効くので、少しづつ食べられる。
そして、お茶漬けなら朝食にも夜食にも使える。
しかも、見た目の包装がなんだかめでたい。
私は思わず「素晴らしいお土産ですね~」と言ってしまった。
するとAは、はにかみながらこう答えたのだ。
「なあに。会社員時代、ほうぼうへ謝罪行脚しまくって鍛えられただけですよ」
私は衝撃を受けた。
そう。彼はバブル期の営業職。
会社の顔として日本中を飛び回り、花形を担って来たところもあるが、謝罪のために飛び回ったことも多かっただろう。
彼は会社を背負って頭を下げる際、謝罪相手のことをたくさん考えて、手土産を何度も選び抜いた。
その経験が、退職後もなお残っているということなのだ。
手土産の選定眼に、人の歴史あり。
私のようなぺーぺーが上から目線で偉そうに誉めそやすものではなかったのだ。
私がひっそりと感動していると、父が言った。
「ははは。謝罪なんて全部〝虎屋のようかん〟でいいんじゃないのか?」
……はあ。
この親あって、この子ありなわけか(絶望)




