13.ぶどうとみかんのはちみつ
私は蜂蜜が好きだ。
紅茶やコーヒーに入れてもいい。パンに塗ってもいい。ヨーグルトに入れてもいい。肉にまぶして焼いてもいい。
とにかく、子どもの頃から蜂蜜に目がなかった。
なぜなのだろうと今更ながらその歴史を紐解いていくと、父方の祖母の顔が浮かんで来る。
私が初めて蜂蜜に出会ったのは、祖母の家だった。
蜂蜜の瓶に蜂が描かれており、その下にはひらがなで「ぶどう」と書かれている。
ある時、幼い私は急にその蜂蜜の魅力にハマってしまったのだ。
紅茶に入れ、トーストにぬりぬり。
するとその紅茶やパンからは、ふんわりと甘いマスカット風味が立ちのぼった。
何て美味しいのだろう!
「私、この蜂蜜が欲しい」
祖母にそう告げると、彼女は思わぬことを言った。
「ほな、一緒に蜂蜜買いに行くか?」
幼い私は目を輝かせて頷いた。どうやらこの蜂蜜を売っている店は徒歩圏内にあるようだ。
祖母の家を出て、夏の熱い日差しの中、日傘を差して商店街に向かう。
とんでもなくさびれた古い小さな商店の前で、祖母は日傘を畳む。
「ごめんください」
すぐに店主が出て来た。
「この子蜂蜜が好きやさかい、選ばしたってよ」
選ぶ?と私は思った。
すると店主は商店の一角に私を案内した。
「れんげ、みかん、ぶどうの蜂蜜があるんやわ。どれにしましょ」
私は目を丸くした。蜂蜜って、種類があるの?
「どれが美味しい?」
と私が尋ねると、店主は言った。
「蜂が蜜を採る花によって、味が変わるんやわ。ぶどうならほんのりぶどう味、みかんならほんのりみかん味」
私はすぐに決断した。
「じゃあ、みかんで!」
「おーきに」
私はみかんの蜂蜜をゲットした。淡い色の蜂蜜が、ビニール袋に入れられてずっしりと重たい。
そのお値段、なんと当時2500円。
今思えばとんでもない高級蜂蜜であった。
私は祖母の家に帰ると早速、それを開けて香りを嗅いだ。
確かに、ちょっとみかんの花の香りがする!
口に含んでみると、微かにあの甘いみかんの味がした。
スーパーで買う百花蜜より癖がなく、軽い口当たり。鼻に抜けるフルーティな香りが格別だ。
次の日から、私はその蜂蜜をおいしいおいしいと食べた。
東京へ帰る頃、祖母はもうひとつ、みかんの花の蜂蜜を持たせてくれた。
それ以来、祖母は何か贈り物の荷物を送ってくれるたび、私の好きなぶどうやみかんの蜂蜜をついでに箱の隅に入れてくれるようになったのだ。
そんな祖母も十年前に亡くなり、あのぶどうの蜂蜜もみかんの蜂蜜も入手困難になった。
私は今でも蜂蜜が好きで、旅行に行った時はその土地の蜂蜜を買うようにしている。
あの頃の和歌山には、みかん畑とぶどう畑があったのだろう。
そこで蜂を飼っていて、蜂蜜を採っていたのだ。
このように、どの地域にも、その土地ならではの蜂蜜がある。
特に今は、道の駅などでその土地ならではの蜂蜜を売っている場合が多い。
しかしながら日本産の蜂蜜はかなり高額であることが多く、一介の主婦にはお気楽には買えないのが実情だ。旅行気分でも手伝わなければ、おいそれと買える代物ではない。
○○県産蜂蜜。2500円。
その重たい瓶を旅先で買い物かごに入れるたび、私はあのとき買って貰った蜂蜜の重さと美味しさ、それから祖母の笑顔をふと思い出すのだ。




