男の子を育てる
ラミアは女性体の種族だから、ラミアの里で男の子を育てるということは今まで無かった。
それではラミアは男の子を育てたことが無いのか、というとそんなことは無く、大火の前は普通に人間の妻の産んだ男の子を一緒に育てていたのだ。 ラミアの里には人間の女性どころか人間の男さえ居ないという状況が長く続いたので、もうラミアで男の子を育てた経験がある者はいなかった。 それ以前に、人間の男を見る機会さえ限られていて、幼い男の子なんて見ることも無かったのだ。
ラミアの里に、アレクたち、今ではラミアの里の騎士と呼ばれているみんなが来て、状況は大きく変化したのだけど、彼らの最初の子は私とラーリアのみんなが産んだ子たちなので、当然ラミアだから女の子である。 この子たちも、レンスと私だけは例外だけど、母親が出産後も変わりなく生きているという、大火後のラミアでは初の事態であったので、色々と戸惑ったりすることもあったのだが、その時はまだ人数も少なく、産んだのが最上位で年齢も上のラーリアたちでもあったので、大きな混乱にはならず、まあ、良い予行練習にもなったと言えなくも無い。
大騒ぎになったのはその次からだった。
その次は、今度はラーリアたちを除く上位ラミアがナーリアたちも含めて一斉に子どもを産んだので、人数も増えて、ラミアの里が一気に賑やかになったのは良いことだと思うけど、生まれたばかりの赤ん坊と、私とラーリアの代のまだ赤ん坊をやっと脱したばかりの子たちの世話で、ラミアの里の中は上を下をの大騒ぎとなったのだ。
まあ、それも今では良い思い出だ。
それからも子どもたちは、どんどん増えているけど、もう慣れてきているので、前のように騒ぎになることもない。 それに上の子たちが子育てに協力するような年齢になり、メリー世代が奮闘することも無くなった。
今では、ラーリア、ミーリア、ミーレア、アーリア、アーレア、アーロア、それにナーリアという上位と呼ばれていたラミアたちだけでなく、ナーリアの姉妹たちに加え、もうアーブとサーラの世代さえかなりの数が伴侶を持ち、子を持つようになった。
ラミアに限って言えば、この流れが続けば、心配していた種族絶滅の危機を回避出来たのではないかと思う。 父祖様の願いは、なんとか達成出来たのではないだろうか。 父祖様から見れば孫にあたる私も、なんだか託されていた大きな課題を一つ達成したような安心感を持ってしまうのだ。
さて、私やラーリアたちとは違い、ナーリアたちが子を持った時には、少しだけ変則的ではあるけれど、ラミアの昔からの伝統にきちんと則っている。
どういう事かというと、同じ男を夫とする人間の妻の出産に合わせて、ナーリアたちも子を産んだのだ。 アレクとキースの二人はそれに加えてハーピーの妻も子を産んだ。
ちょっと変則的ではあるけれど、ラミアの伝統に則っているということは、これからの安定的なラミアの種族繁栄のためには良いことで、重要なことだ。 ただ、この最初の時にはどういう訳か、少し残念に私は感じてしまうのだが、男の子の人数が極端に少なかった。 人間やハーピーは、確率的に半分は男の子であることが普通のはずなのだが、実際はウスベニメの産んだハーピーの男の子を含めても、3人だけだったのだ。 13分の3という訳で、私は少なくとも6であるのが普通だろうと、何かしら問題があるのだろうかと考えてしまったのだが、その次からは男の子の人数も増えて、ほぼ半分は男の子になったので、単純に彼女たちの最初の子が女の子が多かったのは、偶々のことだったのだろうと、私は二人目の時に密かに胸を撫で下ろしたのだ。
まあそんな私の密かな杞憂はともかくとして、目に見える形での問題もやはり出たのだった。
ラミアにとって、男の子の赤ん坊というのは、珍しいこともあって、大きな興味の対象で、その3人は、ま、なんと言うか、ラミア全員からアイドルのような扱いを受けることになったのである。
ラーリアが
「男の子が珍しくて、見たり構ったりしたい気持ちは理解出来るが、その為にあまりわざわざ集まって寄ってきたりしないように」
と通達を出すようなことになってしまったのだ。
通達に「あまり」なんて曖昧な表現が入っているのは、ラーリア自身がウチのウォルフを構いたがる自覚があるからだろう。
デイヴの息子の次兄の名を継いだバンタインは、ラリオがとても過保護に徹底的に護る姿勢を示していて、ラーリアでも構いにくいようだ。 キースの息子はウスベニメの子であるだけじゃなくて鳥型だったので、さすがに構いたいけど、どう構えば良いのか迷うらしい。 もう少し大きくなれば、また違うのだろうが。
でもキースの子も安穏と出来ている訳ではない。 こちらはこちらで、ハーピーはラミア以上に種族滅亡の危機にあるので、ウチのハナシュもだが、久しぶりの人間との間の子でもあるので、ハーピーたちの訪問が相次いでいるのだ。
そんな感じで、当初はその男の子3人は周りから特別な注目を集めてしまっていたが、周りも慣れたり、次の時には男の子が増えたのもあって、徐々に特別視は薄れてはいった。
当の本人たちは、そんなことはどこ吹く風で、周りの多くのラミア姉妹たちと一緒にスクスクと育っていた。 彼らにとっては、人間もラミアもハーピーも同じことだったのだろう。
正直に言えば、私はなんとなく立場的に表に出すことは出来ないのだけど、ウォルフは人間のしかも男の子ということで、少し子育てに戸惑っていた。 産んだアンが、他の子に接するのと全く同じ態度であったことも、それで良いのだろうかと思ってしまうくらいだった。 モエギシュウメが、産まれたハナシュに対してとても神経質だったこともあって、いや産まれる前の卵を温めていた時から神経質であったのもあって、余計にそう感じたのかも知れない。
しかし、アンだけでなく、他の人間の妻たちも、それに奥方様やキースの母君、婆やさんなんかも、他のラミアの子たちと接するのと変わらないので、それで良いのだろうと思った。
キースの母君は、アレクやデイヴの子や、他の女の子に接するのは平然としていたが、自分のハーピーの孫は少しどうしたらいいのか困っているみたいだったけど。 ま、これは私もだけど、ウチではアンが、キースのところではマリが、すぐにハーピーの子にも普通に接するようになって、モエギシュウメの神経質なところも消えたので、私も慣れて、みんな同じに接することが出来るようになった。 メリーだけは最初から、みんな同じに普通に接していたこともある。
「ま、ほんの少しの時間が過ぎてしまえば、どうということもなかったわね」
「何がどうということもなかったのよ?」
私の独り言を、耳聡くレンスが聞きつけて、そう言ってきた。 他の誰かだと、私の独り言を聞いても、聞かないフリをしてくれたり、「何のことだろう?」と少し考えてから言葉を発するのだろうけど、レンスだと即座に、それも少し強い調子で反応してくる。
「どうっていうことじゃないわよ。 私も男の子を育てるのは初めてだから、ウォルフの子育ては他の子と少し違うかと思ったのだけど、何も違わなかったと思っただけ。
あなたを産んで、初の子育てをした時の方が余程戸惑ったわ」
「あれっ、お母さんは他のラミアの子の子育てを手伝ったことはなかったの?」
「あなたたちだって、ティッタが初めてだったでしょ。 私はあなたたちより一歳若く、あなたを産んだのだから子育ての経験はなかったのよ」
「あ、そうか。 言われてみれば、そうだわね」
私とレンスが話始めてからは、声も普通に大きくなって、周りにも広く聞こえていたのだろう。 会話に加わってきた。
「イクス様が、レンスを育てる時には、子育てに戸惑ったって、言われてみれば、そうだろうなぁって思いますけど、想像出来ないです」
サーブの言葉に私はもう少しだけ意外と思われるだろうことを付け加えて答える。
「それは私だって初めてのことだから、普通に戸惑ったわよ。 それに子育ての手伝いはラーリアだったのよ。 ほとんど役に立たなかったわ」
「ラーリア様にも、そんな時があったのですね。 私たちは、どうしても何でも出来ると思い込んでしまっていますから」
ディフィーが、そう言った。
今はラミア卿をミーリアが継いでいるように、ラーリアは引退扱いで、ラミアの代表はミーリアが務めているのだが、ミーリアの弱点はナーリアたちには良く知られていることもあってか、自分たちがラミア全体のことに関わることになった時の代表だったからか、どうも逆にラーリアはナーリアたちには完全無欠というイメージがあるらしい。 私には、色々なことが出来ないのに、上位扱いされて困っているラーリアのイメージの方が強いんだけどね。
「それにしても、イクス様がウォルフをそんなに特別視していたとは思わなかったです。 私にとっては単純に私たちの子の中の一人でしかないですから。 もちろん自分で産んだ子という意識はありますけど、それだけです」
「人間だと、そうなのかも知れないわね。 きっとそれが普通の感覚なのでしょう。 でもラミアは自分では男の子を産めないから、どうしてもちょっと興味を感じるというか、身構えてしまう部分があったのよ。
実際は男の子であっても、いえそれ以前に、人間であっても、ハーピーであっても、ラミアであっても、育ててみたら少しも違いが無いようなことだったのだけど」
そんなことを言っていたウォルフたち、ナーリアたちが最初に産んだ子どもたちも、一年先に学校に行くようになったティッタたちに続いて、学校に通う年齢となった。
今までは家で姉妹たちと一緒にずっと行動していたのだが、ラミアの里の習慣に従って、学校に入る年齢になると、同年代の子どもたちとの共同生活に移る。 昨年のティッタたちは、人数も多くないし、全員がラミアだから、問題なく里の洞窟の部屋での共同生活が始まった。 まだ自分たちで食事の用意をしたりする訳でも無いので、何の問題もなかった。
ところがウォルフたちの代となると、人数が多いだけでなくて、人間とハーピーも混ざることになる。 人間たちはともかく、ハーピーの二人も洞窟の部屋で暮らすのは、暗過ぎて無理があるので、人間とハーピーは地上の宿舎ということになった。
ま、それは大した問題ではない。 問題は、ウォルフ、バンタイン、カイリングの3人が常に一緒に行動するようになったことだ。
名前で分かるだろうが、カイリングというのがキースのハーピーの息子の名だ。 ちなみに親と同じように普段はリングを略してカイと呼ばれている。 バンタインは父親とは違って、バンの方で呼ばれている。 ウォルフは流石にそのままだ。
呼び名はともかくとして、3人が常に接するようになったら、私の子育ての常識がひっくり返ったのだ。
ラミアの子たちは、禁止されたり、注意されると、それ以降はきちんと言われたことを守るのだが、この3人は、怒られると、その場ではきちんと殊勝な態度を見せるのだが、禁じられると余計にその裏をかいて、冒険するようなことを仕出かすのだ。
怒られたことを忘れている訳ではないのだが、変な理屈を考え出して、怒られた前回とは違うと主張したりもする。
ため息が出るような事態だ。
「いえ、それでもイクス様の言う事は、あの3人も良く聞いている方ですよ。
私たちの言うことなんて、どこ吹く風という調子ですから」
アンが笑いながらそんなことを言った。
「あ、でも、レンスが教師として叱ったことは、しっかりと守っているようですし、メリーとティッタに怒られると、それ以上は後が怖いと思っているのか、何もしなくなるようですから、まあ、大丈夫ですよ。
大きな怪我でもしない限りは、少し痛い目を見るのは悪く無いですし、本当に怒らなけけばいけない時には、罰としてサーブの監視付きで特訓をさせますから」
「という調子で、アンも呑気なんですよ。
これで良いのでしょうか?」
「イクスさん、男の子なんてそんなものですよ」
「いえいえ、まだまだ大人しい方ですよ。 ウチのクラッドリングなんて、小さい頃はもっと手に負えないイタズラ小僧でしたよ」
私がボヤくと、奥方様とキースの母上はそう言って、ばあやさんは笑っていた。
そう、ここにはしっかりと男の子の子育ての先達がいるのだ。 今までのように、自分だけで悩むことはない。 きちんと話を聞いてくれて、アドバイスしてくれる人がいるのだ。
それにしてもクラッドリング、キースの方じゃないのね。




