始まり
私は気がつくと真っ白な空間にいた。
見渡す限り右も左も上も下も真っ白な空間。
確かに立っているはずなのに地面すらない。
存在するのは私だけ。
というか、なんで私は裸なんだろう?
他に誰がいるわけでもないのに、つい腕で身体を隠してしまう。
人よりちょっとばかり平らな体型とはいえ、女の子だもの。
「うーん、落ち着かないなあ。何か着るものはないかな? いや、何もないのは分かっているんだけど」
「ふむ、最初に気にするのがそれか、なかなか肝が据わって居るようでけっこう」
私がキョロキョロしていると突然声が聞こえた。
振り返るとそこにはいつの間に現れたのか美しい女性が。
「あ、こんにちは」
「うむ、こんにちはだな」
腰まである金髪に興味深げに私を見ている青い瞳、白を基調とした制服というか軍服っぽい衣装を着た女性。
たしか自衛官が式典でこんな感じの衣装を着ていたかなと思いながら女性を眺める。
整い過ぎているお顔はともすれば冷たい印象になりそうだが、笑みを浮かべている姿はまるで……。
「女神さまみたい」
「ほう、この状況で取り乱すこともなく勘も良いか。素晴らしい」
「え?」
「始めましてだな、マイナ。我はこの宇宙の管理神の一人だ。実は貴殿に頼みたいことがあり、転生の途中だが来てもらった」
ん? なにやら満足げに頷いた美人さんが、話しかけてくれているけど?
「管理神? 転生? えっと……どういうこと」
戸惑う私に歩み寄ると美人さんは楽しそうに笑った。
「私の管理している星の一つでダンジョンマスターとなり、星を救って欲しいのだ」
「ダンジョンマスター? 星を、救う?」
「うむ、突然のことで戸惑っているだろうが、貴殿にとってもそう悪い話では無いはずだ」
なにやらどや顔の美人さん。
うん、美人は何をしても絵になるね。
というか、なんかいろいろと気になる単語が聞こえているわけだけど、それよりもまずは……。
「あの!」
「うむ、疑問があるのは当然。だがまずは我の話を聞いてもらいたい」
「いえいえ、お話を聞くのは私も望むところなんだけどそれよりも先にお願いがあって」
もじもじしてしまう私。
あー、きっと耳が真っ赤になってるよね。
「貴殿には苦労をかけることになる。我にできることなら望みを叶えるのもやぶさかでないが、事情も分かっていない現状でいったい何の望みがあるのかね?」
小首を傾け見つめてくる美人さん、うわ、可愛い! ではなく!
いやいやいや、そんなに見ないでよ。
だって私は今……。
「あのー、何と言うか……着るものを下さい! 私だけ全裸とかどんなプレイなのさ?! 裸で美人さんと差し向かいとかレベル高すぎでしょ! 今すぐ私に服を下さい! 今! すぐに! ナウ!」
私の心からの叫びを聞いた美人さんは一瞬驚き、そして笑いだした。
酷いよ!
笑顔が可愛いけど、それで帳消しになんてならないんだからね!
てかいつまで笑っているのさ、早く私に服をください……。
恥ずかしすぎるよ!
⬜
その世界の名前はスターティア。
水に覆われた美しい青い星。
二つの大陸と多くの島々に幾多の種族が生き、神と魔法が当たり前に存在する不思議の世界。
「ようするにマイナの生まれ育った地球の物語やゲームに出てくる剣と魔法のファンタジーと云うやつだ、好きだろう?」
「はい、まあ、大好きだけど、好きだから選ばれたってわけじゃないよね?」
くつくつと笑いながらも唐突に取り出された女神さまと同じデザインで色だけ黒の衣装に私が着替えて、真っ裸からの脱出に成功すると、早速とばかりに説明が始まった。
「要素の一つではあるな、出来るだけ投げ出さずに永く続けてもらいたいのでね」
「関係あるんだ」
うむ、と頷くと女神さまは話しはじめる。
スターティアは魔法文明の発達した世界であり、魔法を使うには魔素という目に見えないエネルギーが必要なのだけど、徐々に需要が供給を上回ってしまい、しばらく前から魔素が足りなくなってきていた。
魔素というのはこの世界を構成する上でなくてはならないものであり、地球でいえば大気中の酸素のようなもの。
もしも魔素が枯渇してしまえば様々な生物はもちろん、世界そのものが滅んでしまう。
そこで神々は新たなシステムを導入することになった。
それがダンジョンってことね。
魔素は空や大地、海などから自然発生する以外にも生き物の生命力や感情という形でも生まれてくる。
通常それらは大半が散ってしまい魔素となるのはほんの一部だけなのだが、それでは勿体ない。
ダンジョンの支配域では常にそれらを効率よく収集しており、ダンジョンの運営に必要なものを除き、世界に還元するようになっている。
基本的には魔素が減ってきた時に自然発生するのだけれど、それでも足りないときには神様がダンジョンマスターを送り込んで、ダンジョンを発生させることもある。
「そのダンジョンの運営をマイナ、貴女にお願いしたい」
「……そんな設定のゲームに覚えがあるんですが」
「うむ、我々が天啓を与えて作らせたからな」
ダンジョンメーカー。
ごくシンプルな名前の玄人好みのゲームで、私を魅了していたゲーム。
ゲームの目的はファンタジー世界でダンジョンを運営し、拡大、維持していくことでハッキリ言ってありきたりなものだが、他のゲームに比べ大きな特徴があった。
その特徴とはやりすぎなほどに作り込まれた膨大な設定と呆れるほどの自由度。
なにしろからゲームが発売されサービス開始から五年に渡ってゲームを楽しみ設定資料集を読み込みネットを漁りオフ会で情報を集めるような愛好家達よる情報サイトが日々情報を更新しつづけているにも関わらず、未だに毎日のように新しい情報が書き込まれつづけている上、新しい遊び方も発見されている。
実在する世界だったというならそりゃあ膨大な情報量になるわけね。
「おかげで良い人材が見つかった。マイナ、君はじつに我の好みのダンジョンマスターだ」
「……私が断るとは思わない?」
「断る? まさか、そんなわけがないだろう?」
「そうかな? 私の知っているダンジョンマスターなら躊躇う理由は幾らでもあると思うよ」
「君はスターティア世界を愛している、そこに行けるのだ、何の不満があるというのだね? ましてや……」
反論する私に一歩近づくと女神さまはゆっくりと微笑んだ。
「覚えているのだろう、自らの最期を?」
女神さまの言葉を聞き、思わず顔をしかめてしまう。
考えないようにしていたのに、どうしても思い出すしてしまうのは、突然の衝撃と痛み、薄れ行く意識の中で見たのは泣きそうな顔で必死に私に呼びかける友人の姿……。
そう、私はあの時、確かに死んだ。
「マイナ、君はあの時に生きたいと願った。その願いが私に届いたのだ」
とても力強く優しい言葉。
「残念だがいかに神といえども理を曲げて同じ世界へと君の命を戻すことは出来ない。だが、神々の意を成す者として新たな世界へと送ることは出来る。遠慮することはない、苦しみと喜びに満ちた新たな命を得て、生きるのだ!」
新たな世界、それは私が何度も行きたいと、生きたいと願った世界。
どちらにしろこのまま死んでしまえば私の意識は消えてなくなってしまうのだろうし、それなら乗らない手はないよね。
そうして私は女神さまに差し出された手をしっかりと握っていた。




