初めての依頼戦
「でも本当にいいんですか?あんなに嫌がってたのに」
「なっちまったもんは仕方ないだろ」
「へぇ…意外と優しいんですねyuukiさんって」
「…早く行くぞ」
「あっ!待ってくださいよ〜」
♯ーーー
「これが依頼掲示板です!」
エルンが意気揚々と指差す先には、無数のホログラムが浮かんだ掲示板。そこには『SNSアカウントの乗っ取り』から『通販サイト荒らし』まで様々な依頼が並んでいた。
「なぁエルン、おすすめはどれなんだ?」
「そうですねえ…私たちのレベルだとこれですかね?」
エルンが提案してきたのは『動画配信サイトの音声ファイル荒らし』。その上にはEの文字が書いてある。どうやら依頼それぞれのランクを表しているようだ。
これまでに観測されていた最高難度はBランク。ウイルスの機動力、繁殖力自体は低いため甚大な被害にはつながっていないものの、今いる全バスターで挑んでも倒せる確証がないために、現在は閉鎖されているらしい。
「よし、じゃあこれにしよう」
そう言って俺が指を伸ばしたのは、エルンが提案してくれた【Eランク依頼:動画配信サイトの音声ファイル荒らしウイルス駆除】。見た限りEランクは最低ランクだ。これなら俺たちでも問題ないだろう。
「ここは、教室か?」
「みたいですね」
「…にしても出てこないな」
「yuukiさんは聞こえてないんですか?このなんとも言い難い不快な音」
「んー…確かにちょっとするかもしれない。これがここのウイルスなのか?」
「はい、おそらく今はこちらの出方を疑ってるのかなと…」
「っ!!yuukiさん!後ろです!」
「なっ!いつのまに背後にっ!……てなんだこれ?」
教室の影から現れたそれは泥?のような小型ウイルスだった。
「なんだよ驚かせやがって、これなら俺1人でも…」
「yuukiさん危ない!」
「いってぇ…」
「大丈夫ですか!」
「あぁ…今のはあいつじゃないだろ、一体どこから…」
先程立ってた場所を見つめると、そこにはワラワラと這い出てきた泥ウイルスが2、30匹以上集まっていた。
「なんだよあれ!数が多すぎるぞ!」
「やっぱり…あんな小型ウイルスだったら発見時に駆除されてるはずなんです。でもまさかこんな数だとは…」
「くそっ…でも俺らの目的はエルンの能力を試すことだ!エルン!早速頼むぞ!」
「了解です!**『身体能力操作:加速』**!」
ドクン、と鼓動が跳ねる。八百屋のバイトで鍛えた足腰に、非現実的なまでのパワーが宿る。
「……いける!」
結城は床を蹴った。以前のウイルス戦とは違い、エルンの能力を受け取った感覚があり、自分の動きが視認できる。加速に意識が追いついている。
一蹴りで数メートルの間合いを詰め、思い切り拳を振り上げる。
「**『身体能力操作:剛腕』**!」
さっきまでのスピードが消えたと共に、今度は右腕に凄まじいパワーを感じる。ボウリングの球をピンにぶつけるように、集団の先頭に向かって全力で拳を振る。
すると泥の集団はさっきまで発していた不快な音と共に一瞬で消え去った。
「おお!余裕じゃないか!」
「まだですyuukiさん!」
「えっ?」
エルンの目線の先には、先程倒したはずの泥がいた。
それらは次第に一つに集まり、巨大な「拡声器」のような形へと変貌した。それが大きく口を開けると、耳を劈くような罵倒の濁流が音波となって放たれる。
「うわあああ!耳が、頭が割れる……!」
それは体に対する衝撃波攻撃というよりも、耳を破壊するための攻撃のようだった。だがあまりの威力に全身が揺らされ、強い痛みを覚える。
「今防御に切り替えます!耐えてyuukiさん!」
エルンの能力により皮膚は鋼鉄のように固まり、一瞬にして痛みが消える。だが耳は別だ。不快な爆音が塞ぐ手を諸共せず鼓膜に響く。
(このままだと耳が壊れる…)
(考えろ…考えろ………そうだ!)
「エルン!エルンの能力は俺の身体を操れるんだよな!それじゃあ、俺の聴覚を思いっきり下げてくれ!」
ウイルスの発する爆音の中でその声が聞こえたかはわからない。だがエルンはすかさず能力を発動させた。
すると先程までの爆音が嘘のようになくなる。爆音どころか無、と言うべきだろう。
(これなら、やれる)
体制を整えた俺を見るや否やエルンが再び能力を発動する。加速の代わりにおそらく防御をさげたのだろう。音波の衝撃に皮膚が揺れる。
その時この2ヶ月間の店長や家族との記憶が脳裏をよぎった。
(痛え……が、俺はもう下を見るのはやめたんだ!)
覚悟を決め全力で床を蹴るが、音波圧力の前に簡単には進めない。それでも一歩一歩強く踏み込んで行く。
聴覚を消したため、エルンの詠唱は聞こえない。
それでも衝撃の中に微かに感じるパワーを信じ、拳を振り抜く。
「これでお別れだ!ゴミ溜めウイルス!」
放たれた拳は目の前の拡声器型ウイルスのみならず、夕暮れの教室ごと全てを突き破った。
♯ーーーーー
「ふぅ…これでEランクなのかよ…」
「お疲れ様です、yuukiさん」
「エルンもお疲れ様。ところでさっきのファイル壊れちゃったんじゃないか?」
「それなら大丈夫です。ウイルスさえいなければ簡単に治せますから」
「それよりyuukiさん見てください!私のレベル1つ上がってます!」
エルンの頭上に光るホログラムを見ると、確かにレベルが一つ上がっていた。
エルンがどこからか小さなクレジットカードのようなものを取り出す。
「あと、これ報酬です!」
「なんだこれ?」
「ハンターズカードです!それを見せれば基本的な施設が使えます。今回の報酬はそのカードに入ってる電子マネーですね」
「電子マネー!それってリアルでも使えるのか!?」
「はい。そのカードはこちらでしか存在できませんが、電子マネーはyuukiさんのアカウントと同期させてあるので、いつでも使えます」
「なんかやる気湧いてきたな!」
「よお兄ちゃん!見てたぜさっきの戦い!いい度胸してんじゃねえか!」
はしゃぐ結城の肩に突然手が置かれた。振り返ると来た時に話しかけてきた酔っ払いのおっさんが立っていた。その隣には冷徹そうな目をした黒縁メガネの青年が立っている。
「……yuuki。君の今の戦い方は、エルンのリソースを使いすぎだ。効率が悪い」
青年の言葉に、エルンが「ムッ」と頬を膨らませる。
「なんですかそこのメガネの人!yuukiさんの戦いっぷり見てたんですよね!ならなんでそんなこと…」
「僕はハッカー、ペアの能力は『予測演算』。君の動きはあまりに原始的だ」
青年はそう言うと、バスターズカードを差し出してきた。
「僕の名前はアキト。…次の依頼、上位ランクのやつが来ているんだが、一人じゃ手が足りない。君のその無鉄砲な根性、僕の盾として使ってやってもいいよ」
結城はカードを見つめる。大学時代、ましてやニート時代なら間違いなく逃げてた面倒な提案だ。下手すれば死も考えられる。
だが、あのウイルスを倒した感覚がまだ結城の右手に残っていた。
「……盾になるだけじゃ割に合わないぜ?アキトさん」
そう言って結城は不敵な笑みを浮かべた。
「…面白い。せいぜい僕の盾として頑張ってくれよ」
こうして葛西結城の本格的な『ウイルスバスター』生活が幕を開けることとなった。




