#..1
「え、あんたも霊媒師なの?」
「いらねぇよ、この土地にゃ」
「なんせ、最強の霊能力者が付いてるからな」
「ふえっくしゅん!」
石段に座った一人の少年が、盛大にくしゃみをした。
けれど、その横を通り過ぎていく人は、誰も彼を凝視することなく、にこやかな表情で会釈をして通り過ぎる。
「それにしても、水落の奴おせぇな・・・」
鼻の頭を指で掻きながら、少年はつぶやいた。
「どこほっつき歩いてんだよ・・・全く」
そうつぶやいて手を一度軽くあわせてから地面に当てた。
まるで、小さな子供が魔法使いの真似事をするようなフォーム。でも、それでいて、決してまねしてはならない雰囲気をかもし出していた。
少年の手から、光が漏れる。と、彼が手を離したときには、小さな鏡のようなものが、地面から顔を出していた。
「まだばっちゃんのところか・・・そろそろ出発してぇんだけどな・・・」
その鏡を覗き込んで、少年がため息をつく。
「皐月ぃ、ちょっと助けてくれぇ」
遠くから、誰か、大人の男の人のような声が聞こえた。
ぱっと鏡が消え、少年が顔を上げる。
「あいよ」
皐月は、生返事をして立ち上がった。
「で、何を助けろと?」
「羊小屋が壊れた。直してくれ」
「またかよ。どんな使い方してんだ?」
流れるような黒髪に、陶器のような真っ白い肌を持つ皐月が、皮肉をこめて男を見上げる。
「仕方ないだろ?羊が暴れてよぅ」
「俺もう出発したいんだけど、キムロのおっさん」
「我慢しろよ、ちょっとぐらい。減るもんじゃねぇだろ?」
「時間の浪費、体力の無駄遣い。どこが減るもんじゃねぇんだ」
皐月は肩をすくめて、これ見よがしにため息。
キムロは、思わず殴りたくなる衝動を抑えて一つ深呼吸をした。
「とにかく、頼む」
「はいはい」
憎ったらしい皐月がいけしゃあしゃあとふた返事をする。
まぁ、何だかんだ言っても、結局キムロについてきているので、彼が素直な性格ではないだけであることが容易に伺えるが。
「あれだ」
キムロが壊れた羊小屋を指差すと、皐月は何のためらいも無く手に印を結んだ。
「修」
彼が小さくそうつぶやくと、印を結んだ手から光がこぼれる。
周囲に風が吹き始め、羊小屋を包んでいく。
キムロは、今まで何度もその様子を見てきたが、何度見た今でも、驚きを隠せずにいた。
(こんな、小さなガキが、霊能力者か・・・)
そう思うと、ただの羊飼いである自分と、この近所のガキが、同じ地に立っていることが信じられなくなるものだ。
まだ15歳の、成長途中のガキなのに。
「終わり」
数分もしない間に、皐月はそうつぶやいて印を解いた。
「いやぁ、どうもありがとうね」
キムロはそう礼を述べてから、ぼそっと彼につぶやく。
「・・・本当に、行っちまうのか?」
「あぁ」
皐月は、何のためらいも無く即答をする。その目は、決意に満ちていて、もうとめられないことをあらわしていた。
子供がそんな顔してるとな、逆にそれが心配になるんだよ、大人って奴は。
小さく自分自身と目の前の少年に悪態をついてから、もう一度まじめな顔で問う。
「大丈夫かよ」
「ここは、俺の守護霊が守ってくれるから、安心しろよ」
キムロは答えた皐月を見て、小さくため息をついた。
「違う。お前らのこと心配してんだよ。一応、お前らのことはずっと見てきたわけだし」
「おっさんに心配されるようになっちゃ、俺らも落ちぶれたな」
容姿端麗な顔立ちを崩すことなく、もう一度肩をすくめる。
そのポーズを解いてから、皐月はいたずらっぽく笑って見せた。
「絶対水落の目を直して、それから母さんを見つけて帰ってくるから」
そういう顔は、さっきの皮肉めいた顔とは打って変わって、少し寂しげな、子供の顔だった。




