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風立つ季節に君咲え  作者: 森陰 五十鈴
二の季 倒葵
19/21

五、霧中之庭

「まったく、信じられませんよ! あんな不誠実な人!」


 胸に抱えた丸盆を畳に叩き付けるのではないか、と思わせる剣幕で、熾保(しほ)は憤慨していた。燈架(とうか)颯季(さつき)が戻り、美弥(みや)と出掛けた熾保も戻り。まずは熾保の首尾を、と煌利(こうり)が尋ねたところで、愚痴がはじまったのである。


「『大事にする』とはじめに言われたらしいです。でも、蓋を開けてみると、それは〝飾り物として〟って意味だったらしくて。要は『大事にしてやるから黙ってろ』ってことですよ。その時点で大事にしてねーじゃねーですか! これだから男って。何様のつもりなんでしょうね!?」


 ちなみに、この場には颯季のような幼気(いたいけ)な者も含めて、男しかいない。居た堪れなかったが、こういうときは『そんな男ばかりではない』と反論してはいけないということも知っていたので、一同黙っている。そうですね、とばかりに同調して頷くのみだ。


「それでもって、外面は良いらしくて。美弥さんのご両親はすっかりその人のこと気に入っちゃってるし、外堀も埋められちゃって。妹さんには何をどう言ったのか、その秘密の関係に幻想を抱いてしまったようですし。にっちもさっちもいかなくなって、美弥さんもどうしていいんだか」

「あー分かった分かった」


 痺れを切らしたのか、煌利がおざなりに言うと、熾保は彼を睨んだ。普段頭首に対して強く出ることのない娘だが、腹を立てている今は恐れ知らずとなっているらしい。余計なことを言うな、と煌利を(たしな)めようとした燈架の向かいで、志炯(しけい)が動いた。熾保に臙脂の膝を向けている。


「熾保さん、ありがとう。お陰で美弥さんが気持ちを吐き出せたようで、良かったよ」


 (わざ)とらしささえ覚える丁寧な台詞に、眉を吊り上げた熾保の表情がころりと変わった。


「いいえ、たいしたことはしてません!」

「引き続き美弥さんのことをお願いするよ。やはりこういうのは、我々よりも熾保さんの方が適任だと思うし」


 志炯は今もなお黒狐面で顔の全面を覆っているというのに、燈架には彼の笑顔が見えたような気がした。あやすような――否、人を誑かすような。声色も、何処か嘘くささのある優しげなものを作り出しているようだった。少なくとも燈架は、そんな印象を受けた。


「もちろんです! 友人としても、美弥さんのこと放っておけませんもの」


 先ほどとは一転、熾保は気を良くしたらしく、晴れ晴れとした表情で気合を入れてみせた。見事に手玉に取られたようだ。燈架は志炯に拍手を送りたくなった。

 言いたいことを言って満足したらしく、熾保は部屋を辞そうと立ち上がった。そこでふと天井を見上げ、そてから颯季のほうを向く。


「あ、美弥さんが紮烯(さつき)くんともお話したいですって。(ゆら)さんのことを聞きたいらしいですよ」

「え……」


 つまり、今度の茶会に颯季を呼びたいらしい。


「良いじゃないか、紮烯。是非行ってこい」


 煌利が促し、颯季は何とも言えない表情でしぶしぶ承諾した。美弥の頼みを叶えられて嬉しいのか、機嫌良く熾保は下がっていく。

 嵐が去ったのを喜ぶような奇妙な沈黙が、頭首の間に下りた。燈架は耳をそばだて、障子の外の気配を追い、熾保が離れたのを確かめた。

 誰かが溜め息を漏らす。


「さすが。大したものだな、志炯」


 腕を組み、重畳、とばかりに煌利が首を振る。調子の良さに燈架は苦笑し、志炯は肩を落とした。燈架の隣で颯季も頷いているが、これは煌利とは違い、純粋に志炯に感心しているからだ。

 やれやれ、とばかりに志炯は首を振る。


「女は基本的に共感と調和を重んじる生き物です。そこを意識しないから、男は地雷を踏む」


 何とも実感の籠もった物言いだ。


「そうやって決めつけることを言うと、かえって反感を買うんじゃないのか?」


 からかい口調の燈架に何を思ったか。肩口で切り揃えた髪を揺らし、志炯は燈架に狐面を向けた。


「獣の群れも、率いているのは雄だが、中の調和を作り出しているのはだいたい雌だ」


 燈架は眉を顰めた。具体的にどう、というのは分からないが、今の志炯に違和感を覚えた。普段なら、燈架を嘲るような言動をしてくるはずなのに。


「代々生き物に刷り込まれてきた習性のようなものだ。無論、各々に得意不得意はあるだろうが……」


 それからゆっくりと、脱力したかのように肩を落とす。気持ち背が丸まり、面に陰が落ちる。


「……だからこそ、壊しどころも心得ているんだけどな」


 燈架も煌利も、何も発することができなかった。事情を知らぬ颯季だけが、不思議そうに男たちの顔を見回している。

 打って変わって岩のように重い沈黙。どうにか空気を変えんと、煌利が無意味な声を上げ、


「それはそうと、そちらはどうだった?」


 話題の転換に、颯季が目を瞬かせる。燈架は溜め息を落とし、代わりに揺との面会に付いて話した。


「花が穢れると〈庭〉が淀む、か」


〈花守〉に関わる話題に、いつの間にか重い空気は霧散した。議論にふさわしい適度に張り詰めた空気に、みな真剣に顔を突き合わせる。


「結局どういうものなんだ、〈常世の庭〉というのは」

「さて。煙に巻かれたのか、言葉が足りないだけなのか」

「話を聞いていると、意地悪をしたいわけではないようだがな」


 これには、燈架も颯季も頷く。彼の牛鬼がそんなものに気を回す質ではないことは、おそらく誰もが話して分かる。


「紮烯は何か知らないのか?」

「……惟織(いおり)様も、揺さんと同じく、花の穢れを気にしていました」


 惟織は、薄紅の桜を好まず、白のものを好んでいた。

颯季はそう言う。桜の紅は、血の赤だから。

 そういえば、と燈架は振り返る。湖岸の葵も白だった。

 この国では、白い花をよく見る。そして、赤の花はほぼ見ない。


「他は?」

「いえ……僕も、詳しくは」


〈花守〉の仕事に付き合わせることはあっても、教えることはなかったそうだ。それは、人と妖の違いからなのだと思っていたが。

 惟織は、亡くなる寸前で、颯季を〈花守〉にした。それだけではない。惟織は(かね)てより〈庭〉の〝鍵〟を颯季に託していた。だから蔭把(かげは)は颯季の執着し、春には手当たり次第に少年を弄ぶ事件を起こしたわけだが――。


「どうも判然としないな」


〈花守〉の役目も、颯季に求められていることも、何も見えて来ない。それだけに、日規が何を求めているかも分からず――朱門がどう振る舞うべきかも、決められない。

 煌利は、やはり汀花が気に懸かるようだ。同じ頭首であり、近い年頃、長い付き合いだ。本人は認めないだろうが、心配なのだろう。


「ごめんなさい。お役に立てなくて……」

「ああ、いや、紮烯の気にすることではないよ」


 縮こまる颯季に、煌利は慌てて身を起こした。


「此度のこと、〈花守〉の妖が関わっているのは、ただの偶然だろう。〈花守〉のその(わざ)について気にする必要はない。

 それよりも、その揺とやらに要らぬ災いが降りかからぬこと、あるいは揺が災いを齎すことがないように見張ることが、俺たちのすべきことだな」


 志炯と燈架に視線を飛ばす。燈架に異論はなく、志炯もまた同じのようだ。

 颯季は、ひとまず揺との敵対の可能性がないことに、胸を撫で下ろしていた。


「そういうわけで。燈架と紮烯は引き続き、揺の様子を窺ってもらう。……紮烯は、まず今度の美弥殿との茶会だな」


 話の流れで忘れていたようで、颯季は「あ」と声を上げ、困ったように燈架を振り返った。燈架は苦笑する。


「まあ、頑張れ」

「燈架さぁん」


 汀花はまた『粗野だ』と罵るだろうが。熾保のあの剣幕からして、面倒ごとの匂いしかしないのだ。巻き込まれるのは、御免被る。

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