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風立つ季節に君咲え  作者: 森陰 五十鈴
二の季 倒葵
15/21

一、雨季到来

 天から見おろすと花が咲いているように見えるのかな、と颯季(さつき)は妄想する。雨が降っているにも関わらず、それだけ往来に人が多かった。皆、手に傘を持っている。通りを行く人々は、傘同士がぶつからないように、互いを(かわ)しながら器用に歩いている。その流れを上から見たならば、きっと面白いに違いない。


 桜が散り、仲春(ちゅうしゅん)季春(きしゅん)と過ぎ、明都(あきと)梅霖(ばいりん)の季節を迎えた。惟織(いおり)の庇護を喪い、妖祓いの一門に下り。環境の変化による忙しさは、雨季の到来とともに落ち着いた。今は、『心を休めろ』という朱門(しゅもん)頭首の配慮に甘えて、細々とした雑用をこなしながら、今後の身の振り方に思いを巡らす日々である。


 今日は、菓子を買いに出ていた。急な来客を知った熾保(しほ)が、『見栄を張らなくて良い』と口をそろえる男たちに憤慨しているのを見かねて、颯季が手伝いを申し出た。

 買った菓子を黒い詰襟の胸に抱き、颯季も傘花の列に加わる。月白の油紙に水滴模様が浮かぶにつれて、颯季の心は過去と飛んだ。

 ――はじめて惟織に出会ったときに差し出された傘も、 白だった。

 降りしきる雨の音が、かえって静寂を連れてくる。惟織がいない孤独が身体に染みるが、どうにも夢現(ゆめうつつ)の心持だ。惟織との日々が幻のように遠くに感じられ、霞のように消えてしまいそうな気分に陥って――

 傘がぶつかる音に、我に返った。


「すみませ……」


 俯きがちだった顔を上げて、自分の傘の竹骨が相手の傘の紙に突き刺さっているのを見て、颯季は顔色を青くした。慌てて身を引くが、そこには当然穴が空いている。

 壊してしまった。


「あの、ほんとにごめんなさい!」

「良い」


 男の声。そして、喋ることに慣れていない、くぐもった声だった。


「コッチから、近づいた。カサは、オレの不注意だ」


 相手の傘が、顔を隠すように傾けられる。顔を見られたくないのか、と思っていると、颯季が空けた穴から大きな眼が覗いた。颯季は硬直する。見えているほぼ全てが黒目だった。明らかに人のものではない。妖だ。

 颯季は緊張を高め、周囲に視線を向けた。立ち止まった颯季たちを避けて、人波は流れていく。みな傘を差し、足元に気を払い、こちらのことなど見向きもしないが。相手の傘の下が露見したら、とんでもない騒ぎになるだろう。

 ()は、それを知ってか知らずか。


「それより、〈桜守〉。話が、ある」


 傘の下からわずかに牛の頭を覗かせて、呑気ささえ感じさせる鈍い様子で、颯季にそう告げるのだった。




「ずいぶんと湿気た顔だ。間抜け面が一層間抜けだな」


 障子を開けた訪問者は、客とは思えぬほどのふてぶてしさで、頭首の部屋の一同を見下ろした。そこには、だらしなく雛壇に座った煌利(こうり)ばかりでなく、着流し姿の燈架(とうか)、相変わらずの黒狐面の志炯(しけい)も在る。信の置ける者だけで、というのが突然の訪問者である汀花(ていか)の要望であった。

 長身痩躯で雅なことで知れる妖祓い一門の玄門(げんもん)頭首の嘲笑に、煌利は青筋を立てた。


「喧嘩を売りに来たのなら帰れ」


 肘置きを拳で叩き、煌利は歯を剥く。志炯は動じず、畳の上に正座で黙している。燈架はというと、毎度のことこのように挑発に乗る煌利に肩を竦めた。口は挟まない。いつものことだ。


「せっかく来たというのに、つれないことを言うな」


 汀花は涼しい顔で、畳に踏み入った。摺り足だが真白い足袋は音を立てず、燈架と志炯の間を横切って、雛壇のすぐ左下に立つ。黒い袴の膝を折り、銀鼠色の着物の左側面を煌利に向けて座った。洒落者らしく堂々として優雅な振る舞いだった。

 煌利は、苛立ちを引きずらなかった。


「……相談だって?」


 寛いだ格好はそのまま。しかし、話を聴こうとする態度は、姿勢とは裏腹に真剣そのもの。煌利と汀花の付き合いは長い。一般的なそれとは違うが幼馴染の関係性に近く、言葉でじゃれ合うのはそのためだ。

 そして、互いにじゃれ合いと理解しているからこそ、切り替えも早い。

 汀花は腕を組み、難しい顔で頷いた。


「我が玄門に縁ある家から相談があった。なんでも、娘が妖に取り憑かれたとか。その娘は嫁入りを控えているそうでな。婚儀の前にどうにか祓ってもらいたいと頼まれた」


 話としてはそう珍しくない類のものだったが、煌利は片眉を持ち上げた。


「それを、何故朱門(おれたち)に?」


 ただの妖退治であるならば、玄門でも不足はない。いや、むしろ腕っぷしに偏りがちな朱門より、繊細な術を得意とする玄門のほうが、取り憑く相手にはうってつけであったりする。

 汀花の性格からしても、朱門の手助けを必要とする相手には思えなんだが。


「その取り憑いている妖、牛鬼(ぎゅうき)だそうだ」


 燈架は顔を上げ、汀花の細面を凝視した。


「……〈花守〉の妖か」


 それで汀花は、わざわざ朱門を訪れてきてくれたのだ。情報を仕入れる目的もあったろうが、此方に気を遣ってくれた。

 此処には〈花守〉を継いだ少年がいるから。

 ふむ、と煌利は顎に手をやった。


「しかし牛鬼は、〈花守〉であることを横に置いても、人に取り憑くような妖ではないだろう」


 牛鬼といえば、獰猛で残忍、毒を吐き人を襲う妖として有名だ。ときに祟るとも言われている。変化するという話もあるが、人に取り憑いたという話は聞いたことがない。


「それが私も気になっていてね。だから仔細を聴きに行こうと思っている」


 それに朱門を連れていくのが、汀花の此度の用向きとのことだ。


「良いだろう。――燈架」

「やっぱり俺なんですね」

「当然だ」


 春に〈花守〉を相手にしたのは燈架であったからだろう。それに、颯季の面倒も見ている。煌利は颯季も連れて行かせるつもりなのだろう。

 ただ、燈架としては不安もある。先の通り、牛鬼は危険な妖だと言われている。そんな妖と対面する可能性もあるというのに、妖祓いとなって日の浅い颯季を連れて行くのは抵抗がある。争い事に不向きな少年なのだ。能力的にも、性格的にも。

 何故そのような獰猛な妖が〈常世の庭〉の〈花守〉であるかも不思議だ。惟織のような理知的な妖を見ていると、なおさら疑問に思う。

 ――いずれ分かるか。

 惟織を見ている限り、〈花守〉は話が通じるようであるし。相手が牛鬼であっても、話くらいはできるかもしれない。

 一人欠けている中で訪問の算段を話し合い。終わった頃に、ふと煌利が首を傾げた。


「ところで、以前〈花守〉を調べていると言っていたが――」


 春の事件で日規(ひのり)を訪れた際、すれ違ったという煌利と汀花。日規への不審を溢しているときに、汀花が〈花守〉への関心を示したというが。


「牛鬼ではないよ」


 汀花は首を振ったきり、何も話さなかった。澄ました顔でそっぽを向いている。詳細を話す気はないようだ。

 隠し事に、煌利は不服そうな顔をする。が、しばらくして溜め息を吐き、


「……まあ、手助けの必要があれば、早めに言えよ」


 今回はそれだけ言って引き下がった。

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