厄災ロンド②
丁度、防衛ラインを下げて迎撃せよとの命令が出たころ、橋宮率いる【crow】はまだ第2防衛ラインで攻防を続けていた。
というのも、今すぐに引いたところで蟲の足に追い付かれて壊滅させられるだけだからだ。ようは時間稼ぎをしているわけである。
「空! 来るぞ!」
ミチルの叫びと共に、大型のアリが押し寄せてくる。その数は分からない。まるで大きな黒い波が押し寄せるような勢いだった。
空は正面に蟲を捉えると、その牙が届くギリギリで真上に跳躍、持っていたkiller-Ⅲと言う対物ライフルを撃ち放つ。
撃ち出された弾丸はアリの頭の外殻層を貫き、真っ黒い液体を吹き出して沈黙。
空は動かないアリを足場に、再び跳躍すると繰り返しアリの頭部に立て続けに弾丸を撃ち込んだ。
この対物ライフルを空中で撃てるのも、ヤシマ工業が作製している特殊部隊員専用戦闘服の空中姿勢の自動補正機能である。外付け筋肉なんて呼ばれ方をされている特殊スーツだが、名前の通り戦闘服自体が伸縮性を持ち、さながら骨格筋のように動く。これにより、対物ライフルを放った後の反動を、戦闘服で緩和している。
とはいえ、全て受け止められるわけではなく、空の持ち前のポテンシャルも利用しつつという形であるが、並の隊員ではこの荒技は出来ない。
装弾数10発のkiller-Ⅲを撃ち切った空は崩れた建物の壁を跳躍し、屋上にいるミチルのところへ再装填し直しに戻った。
「やるね、空。いつからそんなの出来るんだよ」
「いや、ミチルさんの援護のおかげです」
空はミチルから装填されたマガジンを受け取り、素早く付け直す。
「無理はするんじゃねぇよ。あくまで時間稼ぎしてるだけだからな」
「分かってます」
空はそう言って再び戦地に降りる。そして、走り出しから一気に加速すると、蟲の足元を素早く動きながら、ライフルで頭部を潰していく。その命中精度は非常に高い。普段は歳上を舐めたような態度を取る空だが、そのセンスは高く、入隊からまだ半年ちょっとながら、射撃演習では全隊員の中でトップクラスのスコアを叩き出した。それに加えて脚部の覚醒が著しく、その速さは音速を超える。
空は一通り撃ち切ると、危なげなく離脱、再びミチルのもとに戻ってきた。
「ふぃー……こんなもんか」
空はかいてもない汗を拭うような仕草を見せて、弾倉を抜き取った。
蟲は周りの仲間が死ぬと、危険回避のためのホルモンを分泌して、行動を制限したり引き返したりするらしく、空が殺した蟲の死骸を見た仲間のアリが一斉に後退を始めた。
「お、下がってるな……ミチルさん、俺たちはこのまま第3防衛ラインまで下がりますか?」
と、空は尋ねた。
というのも、蟲は一時的には下がるものの本陣が撤退しない限り何度でも襲いかかってくる。
しかし、上から防衛ラインを下げて迎撃するよう命令が出ているため、これ以上身体に負担をかけたくはない。
「そうだな。橋宮たちと合流してから第3防衛ラインまで撤退するぞ」
そういってまだ熱い銃口をカバーで覆ってから再び動き出した。
*
「颯太!! 左!」
橋宮の叫びに素早く反応し、左側から牙を向けて突進してくる蟲に対して空も使用していたkiller-Ⅲというライフルを構える。
「ここ!」
わずかな時間で狙いを定め、放たれた弾丸は一撃で蟲の外殻を貫き、撃沈させる。
颯太はすぐさま武器を持ち替え、MC-001高速回転ブレードを手にすると、素早く別の蟲の脚元に潜り込み6本あるうちの片側3本を切断、そこに素早く橋宮が拳を叩きこむ。
ちなみに颯太がなぜここまで動けるかというと、特殊戦闘員が着用している特殊スーツが着用者の身体能力を最大300%まで引き上げることが可能になっているからだ。
「橋宮さん! 上!」
蟲の息が止まっているのを確認していた橋宮の上、ガラスが割れて廃屋のようになってしまっているビルの屋上から3体飛び込んできた。
「避け……」
橋宮はライフルを構えて援護しようという颯太を手で制して、
「任せとけー!!」
と、そういうと、素振りをするように拳を真上に突き上げた。
その瞬間、大気が震えるような強い衝撃波が橋宮を中心に広がり、突き出した拳から空気砲のように衝撃波の塊が蟲に走った。
直撃した3体の蟲の外殻を粉々に砕き飛ばし、その体から黒い汁をまき散らしながら少し離れた所へ無残な姿で落下した。
颯太は、自分の心臓が少し高鳴っているのを感じた。久しぶりに見たが、やはり強い。本人曰く衰えたらしいが、その破壊力は間違いなくトーキョーでも右に出るものはいないだろう。
「橋宮さん、すごすぎるなぁ」
そう言ったのは、持ち場の処理が終わって合流してきた空だった。戦闘中のだったため、少し離れたところから見ていた。
「いや、本当にすごいのは橋宮じゃないよ」
興奮する空の後ろで手を組んで仁尾王立ちしているのはミチルだ。
「と、いいますと?」
「よく見てみろ、今の状況で橋宮がなぜ周りを確認せずにあんな大振りの大技を放てたと思う?」
「そりゃぁ……蟲が居ないからだろ」
「違うな。いなくなったんだよ。うちの一番小柄な俊足スナイパーのおかげでね」
そう言ったミチルの先には、崩れかけた建物の上を軽々と飛び回る小動物ーーもとい、霧崎霞の姿があった。
「要は霞が颯太と橋宮に蟲が近寄らないように牽制しながら狙撃してたんだ。だから橋宮は大振りの技を出すだけの時間があったし、機動力の無い颯太でも立ち回れてた」
霞は脚部に能力を有しており、実は空と負けず劣らずのスピードで駆けることが出来るほどの身体能力がある。その上、直近の模擬演習では狙撃手として全体の最高スコアを記録し、事実上ヤシマ工業でナンバーワン狙撃手というわけだ。
空は共に戦ってきた仲間としてその強さを感じていたが、実際外側から見ると判断力の高さが伝わる。
「まぁお前が知らないのも仕方がない。普段の戦闘じゃ霞はこの部隊以外にも駆り出されてるしな」
そう言って蟲が撤退を始めた頃にミチルは手をあげて3人を呼んだ。
「みんなお疲れ様、衰えた話は嘘か? 橋宮」
そう言われた橋宮は首を横に振って苦笑いした。
「冗談はやめてくれ、あれでも最大出力なんだ」
と、少し気が抜けていたところで通信機のノイズが流れた。
『あー、みんなお疲れぇ』
声の主は言うまでもなく島田だった。その気の抜けたような話し方が逆に今は安心する。
「ゆきもお疲れ様、現状は?」
『多少マシって感じかしらね。これから防衛ラインを第3まで下げて迎撃予定よ。これで撤退してくれることを祈るしかないわね』
そう言われて、その場にいたメンバーは目線を交わした。おそらくはヤシマ工業、いや中央政府の判断によるものだが、島田自身は納得のいっていないやり方だ。彼自身、成功するとは考えていないだろう。
「俺らはどうしたらいい?」
珍しく落ち着いた声で空が訊いた。
島田は、そうねと一呼吸置き、続ける。
『作戦では爆撃による飽和攻撃で地上を破壊した後で特殊部隊による殲滅戦だけど……』
「だけどなんだよ」
空がその言葉の続きをせかした。
『だけど、crowにはセントラルツリーの最上階に行ってもらうわぁ』
という島田の言葉に全員が驚いた様子を見せた。整理して考えてみると、第3防衛ラインはセントラルツリーを中心におよそ半径5キロの位置に張られている。その防衛ラインの内側に配置しようとしているのだ。
「ゆき、心遣いはありがたいが……私たちだけセントラルツリーというのは」
言葉を探しつつ、ミチルがその真意を遠回しに訊いた。
『心遣い? いや、そんなつもりはないわよぉ?』
「どういうことだ? なぜセントラルツリーに行く用事がある」
『どうもこうもない。奴らは確実にセントラルツリーを狙いにくる。この国の大動脈と言っても過言ではない』
「なぜそこまで自信がある? 根拠はあるのか?」
『無ければわざわざ派兵などしないわ。移動しながら聴いてちょうだい』
そう言われ、crowのメンバーは顔を見合わせた。
理解できないとは言え、命令には従うしかない。それぞれの輸送車に乗り込み、島田との通信を繋いだ。




