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厄災ロンド③

 外でけたたましく警報のサイレンが鳴っている。街灯が赤く点滅し、素早く避難できるよう電子掲示板が避難経路を指し示している。

 街を歩くのはスーツや仕事服を着た人たちばかりで、警察や各治安部隊が民間人の非難誘導を行なっていた。

 そんな外の喧騒を眺めながら、男はくわえていたタバコを机で消すと、一つ舌打ちをしてから、皮のジャケットを羽織った。広く静かな事務所内に革靴の高い音が響く。薄暗い事務所の出入り口に置いてある金の腕時計を左手首にはめ、その横に置いてあるリボルバーを手に取って、胸ポケットに収めた。

 かつて彼の台頭は、国防において非常に有益かつ精神的な支柱として光を浴びた。

 しかしながら、その男の事を気に食わない連中も世の中には存在する。例えば、その強大かつ災厄な力をこのトーキョーに振りかざす可能性、先の未来で他国を侵略するための兵器になるなんて噂話が歩き回り、政府はこの男の存在を公には消している。

 男が事務所から出て鍵をかけ、外階段を降りたその先に、厄介ごとは転がっているのだ。


 「よぅ、あんたが雲切雷電ってやつか?」


 外階段の出口を塞いでいたのは、いかにも強そうな大柄の男だった。男はスキンヘッドで片手に日本刀を携え、にやにやとこちらを見つめてくる。

 雷電は耳にワイヤレスイヤホンを挿し、お気に入りのロックミュージックをかけた。そして、そのまま男を押して外へ歩こうとした時、肩に手を置かれ、


 「おい! どこ行くんだよ!」


 と、得意げに前蹴りを雷電の背中に叩き込んで。


 「日本刀は危ねぇなぁ」


 しかし、そう聞こえたのは背後からだった。

 目の前にいたはずの雷電は、瞬間移動したかのような速さで男の背後に移動したのだ。

 雷電は、驚きで意識が向いていない手から日本刀を取り上げると、刀は抜かないまま男の横腹に叩き込んだ。

 男は風に吹かれた紙のように吹き飛び、地面をゴロゴロと転がったまま動かなくなってしまった。

 最近こういう事が増えてきている。どこかの勢力が懸賞金をかけており、雲切雷電討伐報酬として多くの金を積んでいるらしい。


 「勝てるわけねぇだろボケ」


 転がったままの男に拳を叩き込む寸前、雷電の前に紺色のスーツをピシッと着る男が現れた。


 「あ?」


 雷電が男に目をやると、男は眉間にしわを寄せたまま、無言で頭を下げた。


 「あんたのとこのか?」


 雷電が低い声で訊くと、男は身体を小刻みに震わせながら、小さい声で喋った。


 「はい。申し訳ございません」

 「チッ……自分の犬くらい躾ろよ。噛み付く相手間違えてんだよ」


 そう言って、雷電は頭を下げている男の頭を鷲掴みにして言った。


 「まぁ今気分がいいから見逃してやらねぇこともねぇ……消えろ」

 「は、はい!」


 男は慌てて地面に転がった男を担ぎ上げると、そのまま路地裏へと姿を消していった。

 雷電はその背中が消えるのを見送ると、持っていた日本刀の鞘を抜いて、背後の建物の屋上めがけて投げた。

 投げられた日本刀は弾丸のような速さでコンクリートの壁に突き刺さった。


 「誰だ?」

 「俺は今気分が悪いですね、雲切雷電」


 そう言って屋上から飛び降りてきたのは、髪の短い金髪の少年だった。眉間にしわを寄せたままの顔は、お世辞抜きでも美形と言わざるを得ない。


 「気分がいい? 冗談よして下さいよ」

 「おいおい久しぶりだなぁ、牛若丸」


 雷電にそう呼ばれたこの青年は、名を牛若丸と名乗っており、本名は誰も知らないらしい。そのふざけたネーミングとは裏腹に、その実力はトーキョーのNo.7という次世代を担う特殊戦闘員筆頭の強さを誇る。

 牛若丸は、続けた。


 「中央政府から出撃命令が雲切雷電へ出ています。今すぐ基地に帰還し、出撃の準備をしてください」


 表情を変えず、淡々と連絡事項だけ話した。

 雷電は心底うんざりしたというような顔で聞き流す。


 「それに、弱者を痛めつけて気分がいいですか。それがあなたの正義だと言うことですね」


 牛若丸は一歩づつゆっくりと歩いて雷電の正面へと近づいてくる。

 雷電もその場からピクリとも動くことなく、その足取りを見つめていた。


 「前からあなたのことは嫌いでした。大した成績も上げず、出動もしない。それなのに上層部から最大の評価を受ける」

 「だからなんだぁ?」


 牛若丸はお互いの息がかかりそうな距離まで詰めると、雷電の下腹に予備動作なく掌底を叩き込んだ。

 はずだったが、ギリギリのところで雷電が手を掴み、背負い投げのような形で牛若丸を投げ飛ばした。


 「がぁッ!」


 建物の壁に叩きつけられた牛若丸は、息が詰まりそうになりながらも両脚で立ち、戦闘態勢を整える。


 「まぁさすがは期待のホープってところか。もしかして、お前も狙ってんのか?」


 そう言って雷電は自分の首を中指でトントンと指さした。


 「お前らみてぇな正義感あふれる奴らはよ、俺たちみてぇなクズが気に入らねぇらしいな」


 雷電は一歩づつ牛若丸に近づいていく。


 「お前、片目無くなったことあるか?」

 「……?」


 雷電の左目には、美しくも感情の無い眼球が埋まっていた。


 「皮膚を剥ぎ取られたことはあるか?」


 雷電は皮のジャケットを脱ぎ捨て、鍛え上げられた筋肉を僅かながらに隠す薄いインナーシャツの袖を捲った。そこには、丸々腕一本の皮が剥ぎ取られ、治ったような跡があった。


 「……だからと言って、あなた達を見過ごすわけにはいかない! いえ、今はそんなことはどうでもいい。出撃命令です。雲切雷電……! あなたのお陰で救われる命がある!」


 目の前まで迫った雷電の目を見上げながら、牛若丸は痛みに歯を食いしばり、鬼の形相をしている。


 「俺のおかげでね、そんなのは妹だけで十分だ」


 雷電は牛若丸の横に並ぶと、その肩を叩いた。


 「悪いが、顔も名前も知らねぇやつの命なんざ、俺の知ったことじゃねぇ。正義のヒーローごっこは勝手にやってろ」

 「お前……! それでも! お前は!」

 「俺は優しいから教えてやるよ。お前は死んでも替えがきく。けどな、俺が死んだら、トーキョーの未来は潰える。国際的な立場を失う。ここに住む連中の生活が脅かされる。俺の妹は誰が面倒をみる?」


 雷電は牛若丸の胸ぐらを掴んで、空中に持ち上げた。

 牛若丸は歯を食いしばって雷電を見下ろしていた。


 「背負ってるモンが違うんだよ、お前と俺とじゃ。どうせ中央政府のしょうもない奴らからの要請だろ?」

 「……!」


 雷電は掴んでいた手を離した。

 牛若丸は膝から地面につき、両手をついて、それでも雷電の顔を必死に見上げた。睨みつけた。自身の力を使えばこの街も守れるというのに。


 「もうやめとけ、内臓がいってる。生身で壁に叩きつけられたんだ。気を失って無いだけお前は強いよ」


 雷電はおもむろにポケットに手を突っ込むと、小型の発信機を手に出し、電源を入れた。


 「crow(うち)の発信機だ。ヤシマの救護班が飛んでくる」


 そう言って、手に持っていた発信機を地面に転がして、脱ぎ捨てていた皮のジャケットの埃を払い、もう一度羽織った。そして、革靴の紐を結び直すと、再び歩き出した。


 「なんで……お前はそんなに妹にこだわる?」


 雷電が立ち去ろうとした時、振り絞るような声で牛若丸は問いかけた。

 その問いかけに、雷電は足を止めて、


 「俺の、唯一の家族だからだ」


 そう答えた。

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