BARの暗がりにて
カランコロン。
扉を開けるとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ……」
暗いバーカウンターの奥から渋い声の男が出てきた。少しシワのある顔つきの男だ。
「マスター、いつもの」
「かしこまりました」
この店のマスターは手際よく琥珀色の瓶から飴色の液体をショットグラスに注ぎ入れた。もちろんロックだ。
「どうぞ」
マスターはグラスをお客の前に差し出した。それから、再び店の奥へ消えるところをそのお客に捕まえられた。
「なぁ、あの奥。誰だ?」
「雷電の苦手な方ですよ」
「んぁ?」
「公安です」
そう言われて雷電は店の奥をもう一度横目で見た。
オブジェクトで隠されたその席は基本的にVIPしか通されない。つまり、公安の中でもそれなりの人物であることは容易に察せる。
「何の交渉だ?」
「情報交換ですよ。もしかしたら雷電の欲しい情報かも知れませんね」
雷電はマスターの目を見た。
「ダメです」
「……チッ」
「商売ですから」
そう言うと、マスターは胸ポケットから片耳のワイヤレスイヤホンを取り出した。
「壊れてしまったので雷電にあげますよ」
そう言い残して、マスターは店の奥に去っていった。
雷電はその背中が見えなくなると、静かにそのイヤホンに手を伸ばし、右耳に装着した。
『お待たせしました』
「いえ、構いません。それで……」
『そちらの情報の質によります。こちらが既に知っている事では無価値ですので』
「厳しいね」
『気に食わなければ逮捕しますか?』
「意地悪な質問だな。あなたとは長い付き合いをしたいですよ」
『それは良かった。それでは本題に』
「分かりました。まず一つ目。ヤシマ工業のクローン技術開発について」
『なるほど』
「結論から言うと、技術開発に関しては最終段階に入っているということ。ただし運用までにはまだ時間が掛かるようです。クローンはなぜか細胞分裂の回数が極端に低く、少しの怪我でも致命傷になりかねないということ、それにどの個体をクローン化するか検討中のようです。現段階では雲切雷電が最有力ですが」
『ヤシマ工業の上層部は雲切雷電の細胞を狙ってるのか……? とにかく、ありがとうございます』
「どうでしょう? かなり有益な情報だと思いませんか?」
『……えぇ、とても』
「そしてもう一つあるんですが……。その前にその右ポケットのそれ、切って貰えます?」
流れるような会話に、一瞬の間が出来た。その長さは否定するのには長過ぎた。
『気付かれておりましたか』
「えぇ、初めから。ちなみに?」
『雲切雷電に繋がっておりますよ』
雷電は握り潰した片耳ワイヤレスイヤホンを地面に転がし、飴色の液体の入ったショットグラスを傾けていた。
静かなジャズが心地の良い音を奏でている。
「お前が雲切雷電か」
そう、横に座るこの男が居なければ最高だった。
「マスター、なんで話した」
「私たちにも仲間が必要ですよ」
「公安だろ? 信用ならねぇ」
雷電は一気に飲み干し、入っていた氷までガリガリと食べ始めた。
「まぁ、俺たちを嫌うのはそれなりの人物だけですよ」
「……不味い。今日は帰る」
雷電はグラスを置くと、小さく舌打ちしてカウンターに小銭を投げた。
そして扉を乱暴に開け、外に出ようとするところに公安の男が呼び止めた。
「ここ最近!」
「……」
「クローン技術に関する研究所が襲撃されているらしい」
「それがどうした」
「お前か?」
「……」
雷電はしばらく黙ったが、否定はしなかった。
「俺だったらなんだ?」
「気をつけたほうがいい」
「あぁ?」
「ヤシマの上層部はお前の細胞、もとい染色体を欲しがっている。奴らはトーキョーを管轄する中央政府との繋がりも強い」
「俺が負けるとでも? 笑わせるな」
そう吐き捨てて雷電は店を出て行った。
しばらくの沈黙が流れて、
「良かったんですか? あなた方の最も警戒すべき人物の一人では?」
マスターがゆっくりと話しかけた。
「……まぁ問題は無い。もう既に目先の餌に飛びつく時期ではない。……マスター、ありがとう、また来る」
そう言って公安の男はスーツを着直し、店を足早に出て行った。
1年ぶりの更新すみません。
多分時間を作れるようになったので気ままに更新します。




