一夫一妻制です
結局、クリストファーは迎えに来なかった。三日後の訓練の日についでに連れて帰るからそれまで預かって欲しいとのことだ。
困ったことに、アルは思った以上に自由奔放だった。色んな物に興味を持ち、何でもかんでも隙あらば口に入れようとする。少し目を離すといなくなっているし、高いところには必ず登る。
昨日なんか、いつの間にかいなくなっていて、散々探し回った結果ようやく見つけたら、城の尖塔の屋根にいた。落ちる前に下ろすのは一苦労だった。
しかし、困ったことばかりでもなかった。
クリストファーから出された毎日の課題、腹筋百回、腕立て百回、スクワット百回、走り込み十キロはアルとやったおかげで捗った。腹筋と腕立ては一緒にいる人がいると、挫けそうな心をなんとか持ち直すことができる。走り込み十キロは……毎日アルを追いかけているだけで十分走り込みできていたと言っても過言ではない。
もしかしたら、クリストファーはわざとアルを置いていったのではないだろうか。
勿論、課題一日目から俺の体は筋肉痛で悲鳴を上げまくっていた。正直、しんどい。
アルは毎日同じメニューをこなしていながら、筋肉痛の素振りなど微塵も見せなかった。魔人だからだろうか。どうせ転生するなら、セドリクスじゃなくてアルードラに転生したかった。魔人だから元々強いし。主人公だから、ヒロインであるシルフェリアを恋人にできるし!
俺の寝室の床でひなたぼっこをしながら寝ているアルを、妬ましい気持ちを込めて軽く蹴ってやった。アルは目を覚まして俺を見る。
「せす」
アルはちょうど目の前にあった俺の足に愛しそうに縋り付いて、頰を擦り付けている。今お前を蹴った足だぞ。
「おい! それは僕の飼い主だぞ!」
臍を天井に向けてソファーで寝ていたマーラベットが、俺の足に縋り付いているアルに襲いかかった。飛び上がったマーラベットはアルの上に着地し、そのままゴスゴスと体重を込めて何度もアルの上でジャンプする。痛そうだが、アルは動かない。
「ねこのじゃない。おれの」
「お前のなわけないだろ! 僕のだ!」
「おれの!」
二日間一緒に過ごして分かったが、アルとマーラベットは仲が悪い。事あるごとに俺はどっちの物かで喧嘩をしている。契約者だと言う意味ではマーラベットの物のような気がするが、アルは断固として譲らない。
ラティクロではアルがマーラベットの契約者で、それなりに上手くやってたような気がするのに。マーラベットはアルよりもシルフェリアの方に懐いていた気がしないでもないが、アルと喧嘩になるようなシーンはなかった。契約者ではないシルフェルアを、マーラベットが自分の物だと主張することがなかったから喧嘩にならなかったのかもしれない。
「せす、おれすき?」
「え? あー、うん。まぁ」
「ほら!」
アルに足元からじーっと俺を見上げられて聞かれ、思わず肯定する。あんな純粋で真っ直ぐな目で見られて否定できる人間がいたとしたら、よっぽど良心が欠如しているに違いない。
セドリクスとしての人生である今はまだ出会って二日だが、ラティクロの主人公という意味で思い入れのあるキャラではある。肯定しても嘘ではない。
答えると、アルは胸を張って自分の方が好かれていると主張する。
「セドリクス! 僕は!」
「マーラベットも好きだよ」
「ほら!」
マーラベットとはもう少し付き合いが長いし、お世話にもなっているので好きだと断言できる。それに、可愛い。猫は正義。
答えを聞いたマーラベットも、アルと同じように胸を張って自分の方が好かれていると主張する。
わかった。この二人、似た者同士なんだな。争いの種がなくなれば以外と仲良しなのかもしれないが、似た者同士で同じ物を欲しがるから喧嘩になるんだ。
「いちばんは?」
「勿論、僕だよな? 一番好きなのは僕!」
アルとマーラベットに詰め寄られる。二人共、目が真剣すぎる。
「どっちも好きじゃダメなの?」
「だめ。いっぷいっさいせい」
一夫一妻制? おー、そんな難しい言葉、よく知ってたな。それに連続する長い単語を言えたのも凄い。
なんて、感心している場合ではない。一夫一妻制と言うことは、アルは俺と結婚したいってことなのか? 男同士だから結婚できない……と言いたいところだが、それは日本の常識でありこの世界の常識ではない。この世界では、同性婚は当然の物として受け入れられている。お互いに思い合っている同性のカップルが幸せになれることは良いことだが、俺自身が同性婚をしたいかと言われるとそれはまた別の話だ。
「アル、ごめんね。結婚は、女の子としようと思ってるんだ」
「えっ」
アルは驚いている。
「そうだそうだ! セドリクスは可愛い女の子と結婚して、二人で僕を可愛がってくれるんだ! そして可愛い女の子が生まれて、その子も僕を可愛がってくれるんだ! まぁ男が生まれたとしても、セドリクスに似てれば可愛いから問題ないな! 幸せパラダイスじゃないか。お前みたいなでかくなりそうなのはお呼びじゃないぞ」
マーラベットはマーラベットで、俺の家族計画を語り始めた。家族ぐるみで可愛がって欲しいということらしい。猫好きのお嫁さんじゃないとダメだな。
マーラベットの言う通り、アルはでかくなる。身長が二メートル近くある、塗り壁のような男に。それと俺が結婚と言われても、ちょっと想像がつかない。
っていうか、主人公アルはシルフェリアと結婚するんじゃないのか。なんでこっちに来た。
「やだ。せす……」
アルは俺の足にぎゅっとしがみついて顔を埋めている。そんなことされると、良心が痛むじゃないか。
「わかった、わかったよ! でも、俺は王子だから自分の気持ちだけで婚約者を選ぶことはできないんだ。何人かの婚約者候補が試練に挑んで、未来の国王の配偶者として相応しい人を国王が選ぶらしい。もしその時に選ばれたら、考えてやる」
アルがあまりにも打ちひしがれた姿を見せるものだから、チャンスはあげた。
この話は、本当だ。お父様の時も、このやり方で婚約者を選んでいる。お父様とお母様は幼馴染で子供の頃からお互いに思い合っていたが、試練は受けたようだ。そして、選ばれた。きっと、思い人と結ばれるために努力をしたのだろう。試練がどんなものかはわからないが、国王の配偶者となる人を選ぶ試練なのだから、接遇やマナーのことだろう。……アルは苦手そうな分野だ。
「おれ、がんばる」
アルは立ち上がって、やる気満々の顔で俺に抱き付いてきた。そして、おもむろにスクワットを始める。……頑張るのはそこじゃない気がするんだけどな。
俺も筋肉痛で軋む体に鞭打って、アルの隣でスクワットを始めた。