もう一人
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第72話
もう一人
前書き
人は、
悪いことをした人間だけを、
犯人と呼びたがる。
けれど。
事件の近くには、
見ていた人。
黙った人。
止められなかった人。
守ろうとして、
別の誰かを傷付けた人。
いろんな人間がいる。
そして時々。
一番怖いのは、
最後まで普通の顔をしていた人だ。
⸻
午後三時十二分。
海鳴町。
時計台広場。
祭り前の町は、すでに夕方のような熱気に包まれ始めていた。
屋台から漂う油の匂い。
焼きそば。
フランクフルト。
綿あめ。
子どもたちの声。
提灯を吊るす町内会の男たち。
神輿を運ぶ若者。
少し離れた場所では、観光客らしい家族が時計台を背景に写真を撮っている。
そのど真ん中で。
悠たちだけが、
別の時間に立っていた。
時計台の針は、
午後三時を過ぎているはずなのに、
六時十分を指して止まっている。
大石俊郎はその文字盤を見上げたまま、
動かなかった。
榊原が低い声で言う。
「大石。」
返事はない。
「十二年前。」
一歩。
「メアリーを車に乗せた。」
もう一歩。
「そこまでは認めたな。」
大石は、
ゆっくり頷いた。
「……あぁ。」
「どこへ連れて行った。」
「……。」
「誰に会わせた。」
大石の口元が、
わずかに震える。
悠は黙って見ていた。
その隣で。
メアリーも、
大石を見ている。
彼女の輪郭は。
さっきよりも。
ほんの少しだけ薄い。
透が気付いている。
カメラを構えず。
ただ。
メアリーを見ていた。
「大石さん。」
悠が言う。
男がこちらを見る。
「もう隠すのやめませんか。」
大石の目が。
少しだけ揺れる。
「十二年ですよ。」
「透は十二年。」
「ずっと一人で覚えてた。」
透が。
悠を見る。
何も言わない。
悠は続ける。
「メアリーは。」
「自分が死んだ理由も分からない。」
「春人も。」
「圭介も。」
「紗季も。」
「蓮も。」
「みんな。」
「六時十分に置いていかれた。」
大石の表情が、
苦しくなる。
「分かってる。」
「分かってるなら。」
悠の声が。
少し強くなる。
「話してください。」
大石は。
また時計台を見る。
「……あの時。」
声が掠れている。
「私は。」
「守れると思った。」
榊原。
「何を。」
大石。
「町を。」
悠の胸に。
嫌なものが落ちる。
「町?」
「あぁ。」
「それと。」
少し間。
「子どもたちを。」
榊原。
「その結果。」
「何人消えた。」
大石。
顔を歪める。
「……。」
「答えろ。」
「四人。」
透が。
低く言った。
「最初は。」
大石が透を見る。
透。
「圭介。」
「メアリー。」
「春人。」
「紗季。」
「そのあと。」
自分の声が震える。
「蓮。」
大石の肩が落ちる。
「……そうだ。」
透。
「それで守ったつもりか。」
大石。
何も言えない。
透が一歩出る。
「俺の写真。」
「持っていったよな。」
「……あぁ。」
「捨てた?」
「違う。」
透の目が鋭くなる。
「じゃあ。」
大石は。
ゆっくり。
答えた。
「隠した。」
「どこ。」
「交番の。」
「昔の保管庫。」
榊原。
「今もある?」
「ある。」
宮本が。
即座に無線へ手を伸ばす。
大石。
「待て。」
全員が止まる。
「そこへ行く前に。」
悠。
「何。」
大石は。
メアリーがいるはずの場所へ。
顔を向ける。
「思い出すなら。」
「順番がある。」
メアリーが。
「順番……?」
大石には。
声は聞こえない。
でも。
何かを感じているようだった。
「六時十二分。」
「そのあと。」
「私はメアリーを車に乗せた。」
榊原。
「それは聞いた。」
「どこへ。」
大石。
「海沿いの。」
「旧診療所。」
悠。
「診療所?」
「今はない。」
「当時。」
「祭りの日だけ。」
「救護所として開けていた。」
榊原。
「誰がおった。」
大石。
目を閉じる。
「医者。」
「看護師。」
「町役場。」
「祭りの実行委員。」
「それと。」
声。
止まる。
透。
「誰。」
大石。
目を開ける。
「写真部の顧問。」
悠。
「橘先生?」
メアリーの顔が。
変わった。
橘依子。
写真部顧問。
祭り前日。
『六時十分には――』
そう言いかけた教師。
透。
「先生が?」
大石。
「橘先生は。」
「全部知っとった。」
静寂。
⸻
十二年前。
午後六時十八分。
雨。
白い乗用車。
後部座席。
メアリー。
濡れた髪。
手。
震えている。
運転席。
大石。
ワイパー。
左右。
左右。
雨。
『春人先輩は。』
メアリー。
『友達は。』
大石。
前を見る。
『警察が探してる。』
『でも。』
『悠ちゃん。』
『大丈夫。』
『透くん。』
『大丈夫だ。』
『圭介。』
大石の手。
ハンドル。
強く握る。
『大丈夫。』
メアリー。
泣く。
『嘘。』
大石。
何も言えない。
車。
海沿い。
古い平屋。
白い建物。
旧診療所。
祭り用救護所。
車を降りる。
傘。
大石。
メアリー。
建物へ。
扉。
開く。
中。
蛍光灯。
机。
簡易ベッド。
薬品。
そして。
女性。
橘依子。
三十四歳。
写真部顧問。
『メアリー!?』
駆け寄る。
タオル。
『大丈夫?』
メアリー。
先生を見る。
少し安心。
『先生……。』
抱きつく。
依子。
メアリーを抱く。
『よかった。』
『本当に。』
『よかった……。』
泣いている。
本気で。
その様子を。
大石が。
黙って見ている。
メアリー。
『みんなが。』
『時計台で。』
依子の身体。
固まる。
『……入ったの?』
メアリー。
頷く。
『圭介が。』
『それを春人先輩が追って。』
『紗季も。』
『悠ちゃんも。』
『透くんも。』
依子。
青ざめる。
『六人。』
メアリー。
『はい。』
依子。
小さく。
『揃ったんだ……。』
大石。
『先生。』
依子。
『分かってます。』
『でも。』
メアリー。
二人を見る。
『何が。』
誰も答えない。
『何が揃ったんですか。』
依子。
『メアリー。』
優しい声。
『今は。』
『何も考えなくていい。』
メアリー。
『嫌。』
『話してください。』
依子。
『お願い。』
『帰ろう。』
メアリー。
首を振る。
『戻ります。』
『どこへ。』
『時計台。』
依子。
『ダメ!』
メアリーが。
驚く。
依子。
声。
強すぎた。
『……ダメ。』
今度は。
小さく。
『お願いだから。』
『戻らないで。』
メアリー。
『なんで。』
依子。
泣きそう。
『あなたまで。』
言葉。
止める。
でも。
遅い。
メアリー。
『私まで?』
『誰のこと?』
依子。
答えない。
メアリー。
『先生。』
その時。
診療所の奥。
別の男の声。
『もう遅いですよ。』
⸻
現在。
メアリーが。
息を呑む。
「……この声。」
悠。
「誰。」
「聞いたことある。」
榊原。
「誰や。」
メアリー。
頭を押さえる。
「待って。」
透。
「無理するな。」
メアリー。
「でも。」
「もう少し。」
記憶。
診療所奥。
カーテン。
開く。
男。
四十代後半。
白いシャツ。
眼鏡。
祭り実行委員の腕章。
穏やかな顔。
町で。
何度も。
見た。
誰。
現在。
メアリー。
目を開く。
「……柏木さん。」
全員。
固まった。
「え?」
悠。
喫茶店「つばめ」。
柏木修一。
六十一歳。
穏やかなマスター。
十二年前なら。
四十九歳。
時期も合う。
祭りの日。
救護所。
いた。
悠。
「柏木さん?」
大石が。
目を閉じた。
それだけで。
答えだった。
榊原。
「柏木修一。」
「おったんやな。」
大石。
「……あぁ。」
「何者やった。」
「祭り実行委員。」
「それだけ?」
大石。
少し黙る。
「町内会の。」
「記録担当。」
透の顔が。
変わる。
「記録?」
大石。
「祭り。」
「町史。」
「時計台。」
「昔から。」
「全部。」
透。
「写真も?」
「一部。」
榊原。
「六時十分のことも。」
大石。
頷く。
「知っとった。」
⸻
悠の頭。
これまでの柏木。
喫茶店。
自由帳。
『時計を信用するな。』
透。
春人。
メアリー。
みんなを知っていた。
古い写真。
破られたページ。
フィルム。
預かっていた。
あまりにも。
近い。
最初から。
ずっと。
近くにいた。
レイ。
「……あのおっさん。」
「全部知ってたってこと?」
大石。
「全部ではない。」
「でも。」
「私より。」
「長く知っとった。」
榊原。
「何を。」
大石。
「瀬川宗一のこと。」
「時計台のこと。」
「六時十分のこと。」
「それから。」
言葉。
止まる。
悠。
「それから。」
大石。
苦しそうに。
「人の記憶が。」
「消えること。」
⸻
透の拳が。
強く握られる。
「先生は。」
「橘先生は。」
「柏木さんと一緒に?」
大石。
「違う。」
「橘先生は。」
「止めようとした。」
メアリー。
記憶。
⸻
十二年前。
診療所。
柏木。
『もう遅いですよ。』
依子。
振り返る。
『柏木さん。』
『この子を帰してください。』
柏木。
『帰す?』
『どこへ。』
『家です。』
『何も知らなかったことにして。』
柏木。
少し笑う。
穏やか。
喫茶店のマスター。
今と。
同じ。
『それで済むなら。』
『とっくにそうしてます。』
メアリー。
二人を見る。
『何の話。』
柏木。
メアリーへ。
『時計台で。』
『何を見た?』
大石。
『柏木さん。』
柏木。
『聞いてるだけです。』
メアリー。
『……二人いた。』
柏木。
笑顔。
消える。
『誰が。』
『圭介。』
『圭介くんが二人?』
メアリー。
頷く。
『あと。』
『私も。』
依子。
『言わなくていい!』
メアリー。
『私も二人おった。』
診療所。
静寂。
柏木。
目を閉じる。
『やっぱり。』
依子。
『この子は何も悪くない。』
柏木。
『分かってますよ。』
『なら。』
『だから。』
柏木は。
メアリーを見る。
悲しい顔。
本当に。
悲しそう。
『忘れてもらうしかない。』
⸻
現在。
メアリー。
「……。」
身体。
また。
薄くなる。
悠。
「メアリー!」
大石が。
その気配に。
顔を歪める。
「やめろ。」
悠。
「何を!」
「それ以上。」
大石。
「思い出させるな!」
透。
「でも真相が。」
「真相より!」
大石。
怒鳴る。
「残ってる方が!」
その声。
町の騒音に。
飲まれる。
でも。
悠には。
はっきり聞こえた。
「お前。」
「本気で。」
「メアリーを残そうとしてたんだな。」
大石。
何も言わない。
榊原。
「やり方は犯罪や。」
「証拠隠滅。」
「捜査妨害。」
「失踪者の記録改ざん。」
「何年かけても。」
「そこは消えへん。」
大石。
「分かってる。」
「でも。」
悠。
「柏木さんは。」
大石の顔。
また。
変わる。
「……。」
「柏木さんは。」
悠。
声。
低い。
「メアリーを殺した?」
大石。
即答。
「違う。」
全員。
一瞬。
止まる。
榊原。
「なら。」
「誰。」
大石。
「……。」
透。
「また言えない?」
「違う。」
大石は。
目を閉じた。
「私も。」
「知らない。」
悠。
「は?」
「診療所から。」
「メアリーは。」
「逃げた。」
メアリー。
記憶。
⸻
十二年前。
依子。
『忘れてもらうしかない。』
メアリー。
後ずさる。
『嫌。』
柏木。
『メアリー。』
『嫌!』
走る。
依子。
『待って!』
大石。
『メアリー!』
診療所。
扉。
外。
雨。
裸足?
片方。
靴。
脱げる。
でも。
走る。
海沿い。
暗い。
祭り。
遠い。
人の声。
見える。
でも。
そっちへ行かない。
怖い。
誰も。
信じられない。
後ろ。
車。
ヘッドライト。
追ってくる?
大石?
柏木?
先生?
分からない。
走る。
倉庫。
防波堤。
海。
ここ。
第29話。
思い出した場所。
『待って』
後ろ。
声。
メアリー。
走る。
そして。
誰か。
前。
黒い影。
『こっちだ!』
助けようとした。
秋山透?
違う。
透は。
別の場所。
なら。
誰。
メアリー。
その人へ。
近付く。
でも。
後ろから。
腕。
掴まれる。
『離して!』
振り返る。
顔。
見える。
⸻
現在。
「……あ。」
メアリー。
悠。
「誰。」
「見えた?」
彼女。
震える。
「うん。」
榊原。
「誰や。」
メアリー。
声が。
出ない。
何度も。
口を開く。
閉じる。
そして。
「……違う。」
「何が。」
「柏木さんじゃない。」
「大石さんでも。」
「先生でもない。」
悠。
「じゃあ。」
メアリー。
顔。
涙。
「もっと。」
「近い人。」
悠の背筋が。
冷える。
「誰。」
メアリー。
自分の胸を押さえる。
「私。」
「この人を。」
「知っとる。」
記憶。
顔。
若い。
二十代?
三十代?
男。
雨。
びしょ濡れ。
メアリーの腕。
掴んでいる。
『離して!』
男。
『静かにしろ!』
『助けて!』
『お前が全部壊したんだ!』
メアリー。
『誰!?』
男。
怒る。
『忘れたのか!』
メアリー。
顔を見る。
知っている。
でも。
名前。
出ない。
男。
『お前らが。』
『時計台に入ったから!』
そして。
突き飛ばす。
海。
後ろ。
メアリー。
足。
滑る。
『……え。』
男も。
顔。
変わる。
わざと?
違う。
事故?
手。
伸ばす。
『待て!』
でも。
遅い。
メアリー。
落ちる。
⸻
現在。
メアリー。
崩れる。
「……。」
悠が。
支えようとする。
触れられない。
それが。
一番。
苦しい。
「メアリー!」
彼女。
泣く。
「私。」
「突き落とされたんじゃない。」
全員。
黙る。
「掴まれて。」
「揉み合って。」
「落ちた。」
榊原。
「事故?」
メアリー。
「分からん。」
「でも。」
「その人。」
「殺すつもりじゃなかった。」
悠。
「誰なんだ。」
メアリー。
目を閉じる。
名前。
もう。
すぐ。
そこ。
声。
顔。
そして。
首から。
下がっていたもの。
名札?
違う。
社員証?
いや。
祭り。
腕章。
そこに。
苗字。
佐伯
メアリー。
目を開く。
「……佐伯さん。」
悠。
「パン屋?」
違う。
今の佐伯健三。
五十八歳。
十二年前。
四十六歳。
年齢。
合わない?
記憶の男。
もっと若い。
メアリー。
首を振る。
「違う。」
「健三さんじゃない。」
大石の顔が。
青ざめる。
榊原。
それを見る。
「知っとるな。」
大石。
「……。」
悠。
「誰。」
大石。
声。
小さい。
「佐伯。」
「健三の。」
長い沈黙。
「息子や。」
⸻
誰も。
すぐに。
意味を理解できなかった。
レイ。
「息子?」
榊原。
「名前。」
大石。
「佐伯直哉。」
「当時。」
「二十三。」
悠。
頭。
探る。
パン屋。
佐伯健三。
豪快。
クリームパン。
十二年前。
息子。
いた?
覚えていない。
透。
「あぁ……。」
全員。
透を見る。
透。
顔。
硬い。
「いた。」
「祭り実行委員。」
「若手。」
「写真も。」
「何枚か。」
大石。
「直哉は。」
「瀬川宗一の。」
「孫や。」
静寂。
ここで。
全部が。
一つ。
繋がる。
黒い帽子の男。
瀬川宗一。
1978年。
十七歳で消失。
生還。
時計台管理人。
番人。
そして。
その孫。
佐伯直哉。
時計台の秘密を。
家族から。
聞いていた。
大石。
「直哉は。」
「祖父が。」
「時計台のせいで人生壊したと思ってた。」
「毎年。」
「六時十分。」
「祭り。」
「町。」
「全部。」
「嫌ってた。」
榊原。
「それで。」
「十二年前。」
「六人が入った。」
大石。
「直哉は。」
「瀬川さんを止めようとして。」
「逆に。」
「全部。」
「起こしてしまった。」
悠。
「顔のない奴も?」
大石。
「それは。」
首を横に。
「違う。」
「直哉は人間だ。」
「怪異は。」
「もっと前から。」
ここは。
分ける。
人間の罪。
怪異。
別。
でも。
絡んだ。
⸻
悠。
「直哉さん。」
「今どこに。」
大石。
何も言わない。
榊原。
「まさか。」
大石。
「十二年前。」
「メアリーが落ちたあと。」
声。
掠れる。
「直哉も。」
「消えた。」
透。
「時計台?」
大石。
頷く。
「六時十分。」
「翌年から。」
「毎年。」
「見たって人がいる。」
「何を。」
大石。
「若い男。」
「時計台の。」
「窓。」
佐伯直哉。
今も。
向こう側。
いる?
悠。
「だから。」
「佐伯さん。」
「息子のこと。」
大石。
「忘れてる。」
町の記憶。
消されている。
佐伯健三。
パン屋。
豪快な男。
息子。
存在。
消えている。
だから。
第50話。
何も。
語らなかった。
いや。
語れなかった。
透。
「俺は。」
「覚えてる。」
大石。
「お前だけは。」
「全部覚えてる。」
透。
悠を見る。
十二年前。
『誰か一人くらい、全部覚えてないと。』
悠が。
透を残した。
その意味。
さらに。
重くなる。
⸻
その時。
遠く。
パン屋。
「さえき」。
店先。
佐伯健三。
クリームパン。
焼いている。
その手が。
突然止まる。
「……。」
何か。
胸。
痛い。
理由。
分からない。
店の奥。
古い写真。
家族写真。
妻。
健三。
そして。
空白。
不自然に。
一人分。
切り取られたような。
余白。
佐伯。
写真を見る。
「……誰や。」
涙が。
勝手に。
落ちる。
「なんで。」
「泣いとるんや。」
⸻
時計台広場。
透が。
突然。
カメラを構える。
「何。」
悠。
透。
時計台。
上部。
窓。
ズーム。
一人。
若い男。
二十代。
腕章。
雨でもないのに。
濡れている。
メアリー。
震える。
「この人。」
「直哉。」
透。
シャッター。
カシャ。
液晶。
写る。
本物。
向こう側。
佐伯直哉。
窓。
こちらを見る。
そして。
口。
動く。
「来るな。」
悠。
「また。」
透。
「本物だ。」
直哉。
もう一度。
「俺じゃない。」
メアリー。
「何が。」
直哉。
必死。
窓。
叩く。
「呼んでるのは。」
瞬間。
窓の背後。
何か。
現れる。
顔がない。
人の形。
直哉が。
振り返る。
窓。
真っ暗。
消える。
透。
「……。」
榊原。
「今の。」
大石。
顔。
真っ白。
「始まった。」
時計。
六時十分。
止まったまま。
なのに。
内部。
鐘。
三回。
ゴォン。
ゴォン。
ゴォン。
メアリー。
「違う。」
悠。
「何。」
「これ。」
彼女。
時計台を見る。
「カウントしてる。」
「何を。」
メアリー。
涙。
「人。」
一回目。
圭介。
二回目。
紗季。
三回目。
メアリー?
春人?
蓮?
誰。
その時。
四回目。
ゴォン――。
透。
顔。
変わる。
「蓮。」
五回目。
ゴォン――。
悠。
「春人?」
そして。
六回目。
鐘。
鳴る直前。
大石が。
叫ぶ。
「止めろ!!」
走る。
時計台。
榊原。
「大石!」
透。
「待て!」
悠。
全員。
追う。
大石。
扉。
開ける。
その瞬間。
六回目。
ゴォォォン――。
町中。
照明。
一瞬。
消える。
祭り。
子ども。
悲鳴。
ざわめき。
すぐ。
戻る。
時計台。
扉。
開いたまま。
大石。
いない。
「……。」
榊原。
「大石?」
悠。
中。
暗い。
透。
カメラ。
フラッシュ。
カシャ。
写真。
入口。
誰もいない。
大石俊郎。
消えた。
午後三時二十五分。
まだ。
六時まで。
二時間三十五分。
なのに。
また。
一人。
向こうへ。
連れていかれた。
榊原が。
拳を。
壁へ。
叩きつける。
「クソッ!」
宮本。
「先輩。」
榊原。
「十二年隠した罪は。」
「こっちで裁くんや!」
暗闇へ。
怒鳴る。
「勝手に逃がすなダボォ!!」
返事なし。
ただ。
奥。
階段。
一枚。
写真。
落ちている。
悠が。
拾う。
今。
撮られた写真。
大石。
向こう側。
そして。
隣。
佐伯直哉。
その奥。
圭介。
紗季。
蓮。
春人。
全員。
こちらを見る。
六人?
いや。
大石を含め。
人数。
増えている。
そして。
写真下。
白い文字。
⸻
17:50
⸻
悠。
「五時五十分。」
透。
顔が。
強張る。
「集合時間。」
榊原。
「六時ちゃうんか。」
透。
「十分快くなった。」
レイ。
「もう。」
「待ってくれねぇってこと?」
透。
時計台を見る。
「多分。」
「本当の六時十分まで。」
「二十分。」
「向こう側の時間が。」
「先に始まる。」
悠は。
スマートフォン。
午後三時二十六分。
現実。
でも。
向こう。
午後五時?
時間。
ずれている。
メアリー。
小さく。
「急がな。」
悠。
彼女を見る。
輪郭。
また薄い。
時間。
ない。
現実にも。
彼女にも。
⸻
榊原が。
全員を見る。
「一回。」
深く息。
「整理する。」
「大石は向こう。」
「直哉も向こう。」
「圭介。」
「春人。」
「紗季。」
「蓮。」
「全員。」
宮本。
「こちら側は。」
「黒瀬さん。」
「秋山さん。」
「レイさん。」
榊原。
「私ら。」
そして。
メアリー。
透だけが。
「メアリーも。」
榊原。
一瞬。
黙る。
「そうや。」
「メアリーも。」
悠。
拳。
握る。
「もう。」
「誰も置いていかない。」
透が。
悠を見る。
十二年前。
逆。
悠が。
透を。
置いていった。
今度は。
違う。
透。
頷く。
「全員。」
レイ。
「俺。」
「完全に部外者なんだけど。」
榊原。
「今さら帰る?」
レイ。
少し考える。
「……帰ったら。」
「後悔する。」
悠。
笑う。
「知ってる。」
レイ。
「でも。」
「死ぬのは嫌。」
透。
「それも知ってる。」
「お前今日会ったばっかだろ!」
少し。
笑い。
でも。
全員。
分かっている。
次。
時計台へ入れば。
今度こそ。
戻れる保証はない。
⸻
外。
祭り太鼓。
ドン。
ドン。
提灯。
風。
午後三時二十九分。
そして。
商店街。
パン屋。
佐伯健三が。
突然。
店から。
走り出した。
妻。
「ちょっと!」
健三。
止まらない。
理由。
分からない。
でも。
足が。
時計台へ。
向かう。
涙。
流れたまま。
「……直哉。」
初めて。
十二年ぶり。
息子の名前が。
口から出た。
その瞬間。
町のどこか。
誰か。
また。
名前を思い出す。
「直哉くん。」
「佐伯の坊主。」
「あの子。」
「祭り。」
「十二年前。」
記憶。
戻る。
一人。
また一人。
町全体に。
消された名前が。
戻り始める。
時計台。
鐘。
今度は。
鳴らない。
だが。
針。
六時十分から。
一分。
逆へ。
動いた。
六時九分。
透。
それを見て。
目を見開く。
「悠。」
「何。」
「名前だ。」
「名前を。」
「町が思い出してる。」
メアリー。
「時計が。」
透。
「戻ってる。」
六時九分。
十二年前。
事件が。
始まる直前。
時間が。
巻き戻っている。
悠。
「ってことは。」
透。
「本当の記憶を。」
「全部戻せば。」
時計。
「六時十分を。」
「やり直せるかもしれない。」
榊原。
「やり直すんやない。」
全員。
見る。
榊原。
低い声。
「終わらせるんや。」
風。
強く。
吹く。
祭りの提灯が。
一斉に。
揺れた。
そして。
遠く。
時計台最上階。
誰か。
笑う。
顔のないもの。
その手に。
一枚の写真。
六人。
笑っている。
そいつは。
ゆっくり。
写真を。
破った。
真ん中から。
⸻
――第72話・完――
後書き
ここで「人間側の事件」の輪郭がかなり見えてきました。
メアリーを海へ落としたのは、パン屋の佐伯健三ではなく、その息子――佐伯直哉。
ただし直哉は殺意を持って突き落としたわけではなく、揉み合いの末の転落だった可能性が高い。
そして直哉自身も、その後六時十分の現象へ巻き込まれ、十二年間「向こう側」に取り残されていました。
一方、大石俊郎は事件を隠蔽した人物ですが、その動機は少なくとも一部、「真相を忘れさせることで死者をこの世に残す」という歪んだ救済でした。
今回最大の変化は、佐伯健三が息子・直哉の存在を思い出したこと。
名前を思い出す人間が増えるほど、止まった時計が逆へ動き始めています。
六時十分。
その時刻を「突破する」のではなく、
事件が始まる前の六時九分へ戻し、本当の記憶で塗り替える。
ここからが第3幕です。
次回、第73話。
「名前を呼ぶ町」
悠たちは戦う前に、海鳴町中を回ります。
春人。
圭介。
紗季。
蓮。
直哉。
そしてメアリー。
消された人たちの名前を、町の人々へ返すために。
怪異を倒す鍵は、武器ではなく――
忘れないことです。




