↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/90

もう一人

Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第72話


もう一人


前書き


人は、


悪いことをした人間だけを、


犯人と呼びたがる。


けれど。


事件の近くには、


見ていた人。


黙った人。


止められなかった人。


守ろうとして、


別の誰かを傷付けた人。


いろんな人間がいる。


そして時々。


一番怖いのは、


最後まで普通の顔をしていた人だ。


⸻


午後三時十二分。


海鳴町。


時計台広場。


祭り前の町は、すでに夕方のような熱気に包まれ始めていた。


屋台から漂う油の匂い。


焼きそば。


フランクフルト。


綿あめ。


子どもたちの声。


提灯を吊るす町内会の男たち。


神輿を運ぶ若者。


少し離れた場所では、観光客らしい家族が時計台を背景に写真を撮っている。


そのど真ん中で。


悠たちだけが、


別の時間に立っていた。


時計台の針は、


午後三時を過ぎているはずなのに、


六時十分を指して止まっている。


大石俊郎はその文字盤を見上げたまま、


動かなかった。


榊原が低い声で言う。


「大石。」


返事はない。


「十二年前。」


一歩。


「メアリーを車に乗せた。」


もう一歩。


「そこまでは認めたな。」


大石は、


ゆっくり頷いた。


「……あぁ。」


「どこへ連れて行った。」


「……。」


「誰に会わせた。」


大石の口元が、


わずかに震える。


悠は黙って見ていた。


その隣で。


メアリーも、


大石を見ている。


彼女の輪郭は。


さっきよりも。


ほんの少しだけ薄い。


透が気付いている。


カメラを構えず。


ただ。


メアリーを見ていた。


「大石さん。」


悠が言う。


男がこちらを見る。


「もう隠すのやめませんか。」


大石の目が。


少しだけ揺れる。


「十二年ですよ。」


「透は十二年。」


「ずっと一人で覚えてた。」


透が。


悠を見る。


何も言わない。


悠は続ける。


「メアリーは。」


「自分が死んだ理由も分からない。」


「春人も。」


「圭介も。」


「紗季も。」


「蓮も。」


「みんな。」


「六時十分に置いていかれた。」


大石の表情が、


苦しくなる。


「分かってる。」


「分かってるなら。」


悠の声が。


少し強くなる。


「話してください。」


大石は。


また時計台を見る。


「……あの時。」


声が掠れている。


「私は。」


「守れると思った。」


榊原。


「何を。」


大石。


「町を。」


悠の胸に。


嫌なものが落ちる。


「町?」


「あぁ。」


「それと。」


少し間。


「子どもたちを。」


榊原。


「その結果。」


「何人消えた。」


大石。


顔を歪める。


「……。」


「答えろ。」


「四人。」


透が。


低く言った。


「最初は。」


大石が透を見る。


透。


「圭介。」


「メアリー。」


「春人。」


「紗季。」


「そのあと。」


自分の声が震える。


「蓮。」


大石の肩が落ちる。


「……そうだ。」


透。


「それで守ったつもりか。」


大石。


何も言えない。


透が一歩出る。


「俺の写真。」


「持っていったよな。」


「……あぁ。」


「捨てた?」


「違う。」


透の目が鋭くなる。


「じゃあ。」


大石は。


ゆっくり。


答えた。


「隠した。」


「どこ。」


「交番の。」


「昔の保管庫。」


榊原。


「今もある?」


「ある。」


宮本が。


即座に無線へ手を伸ばす。


大石。


「待て。」


全員が止まる。


「そこへ行く前に。」


悠。


「何。」


大石は。


メアリーがいるはずの場所へ。


顔を向ける。


「思い出すなら。」


「順番がある。」


メアリーが。


「順番……?」


大石には。


声は聞こえない。


でも。


何かを感じているようだった。


「六時十二分。」


「そのあと。」


「私はメアリーを車に乗せた。」


榊原。


「それは聞いた。」


「どこへ。」


大石。


「海沿いの。」


「旧診療所。」


悠。


「診療所?」


「今はない。」


「当時。」


「祭りの日だけ。」


「救護所として開けていた。」


榊原。


「誰がおった。」


大石。


目を閉じる。


「医者。」


「看護師。」


「町役場。」


「祭りの実行委員。」


「それと。」


声。


止まる。


透。


「誰。」


大石。


目を開ける。


「写真部の顧問。」


悠。


「橘先生?」


メアリーの顔が。


変わった。


橘依子。


写真部顧問。


祭り前日。


『六時十分には――』


そう言いかけた教師。


透。


「先生が?」


大石。


「橘先生は。」


「全部知っとった。」


静寂。


⸻


十二年前。


午後六時十八分。


雨。


白い乗用車。


後部座席。


メアリー。


濡れた髪。


手。


震えている。


運転席。


大石。


ワイパー。


左右。


左右。


雨。


『春人先輩は。』


メアリー。


『友達は。』


大石。


前を見る。


『警察が探してる。』


『でも。』


『悠ちゃん。』


『大丈夫。』


『透くん。』


『大丈夫だ。』


『圭介。』


大石の手。


ハンドル。


強く握る。


『大丈夫。』


メアリー。


泣く。


『嘘。』


大石。


何も言えない。


車。


海沿い。


古い平屋。


白い建物。


旧診療所。


祭り用救護所。


車を降りる。


傘。


大石。


メアリー。


建物へ。


扉。


開く。


中。


蛍光灯。


机。


簡易ベッド。


薬品。


そして。


女性。


橘依子。


三十四歳。


写真部顧問。


『メアリー!?』


駆け寄る。


タオル。


『大丈夫?』


メアリー。


先生を見る。


少し安心。


『先生……。』


抱きつく。


依子。


メアリーを抱く。


『よかった。』


『本当に。』


『よかった……。』


泣いている。


本気で。


その様子を。


大石が。


黙って見ている。


メアリー。


『みんなが。』


『時計台で。』


依子の身体。


固まる。


『……入ったの?』


メアリー。


頷く。


『圭介が。』


『それを春人先輩が追って。』


『紗季も。』


『悠ちゃんも。』


『透くんも。』


依子。


青ざめる。


『六人。』


メアリー。


『はい。』


依子。


小さく。


『揃ったんだ……。』


大石。


『先生。』


依子。


『分かってます。』


『でも。』


メアリー。


二人を見る。


『何が。』


誰も答えない。


『何が揃ったんですか。』


依子。


『メアリー。』


優しい声。


『今は。』


『何も考えなくていい。』


メアリー。


『嫌。』


『話してください。』


依子。


『お願い。』


『帰ろう。』


メアリー。


首を振る。


『戻ります。』


『どこへ。』


『時計台。』


依子。


『ダメ!』


メアリーが。


驚く。


依子。


声。


強すぎた。


『……ダメ。』


今度は。


小さく。


『お願いだから。』


『戻らないで。』


メアリー。


『なんで。』


依子。


泣きそう。


『あなたまで。』


言葉。


止める。


でも。


遅い。


メアリー。


『私まで?』


『誰のこと?』


依子。


答えない。


メアリー。


『先生。』


その時。


診療所の奥。


別の男の声。


『もう遅いですよ。』


⸻


現在。


メアリーが。


息を呑む。


「……この声。」


悠。


「誰。」


「聞いたことある。」


榊原。


「誰や。」


メアリー。


頭を押さえる。


「待って。」


透。


「無理するな。」


メアリー。


「でも。」


「もう少し。」


記憶。


診療所奥。


カーテン。


開く。


男。


四十代後半。


白いシャツ。


眼鏡。


祭り実行委員の腕章。


穏やかな顔。


町で。


何度も。


見た。


誰。


現在。


メアリー。


目を開く。


「……柏木さん。」


全員。


固まった。


「え?」


悠。


喫茶店「つばめ」。


柏木修一。


六十一歳。


穏やかなマスター。


十二年前なら。


四十九歳。


時期も合う。


祭りの日。


救護所。


いた。


悠。


「柏木さん?」


大石が。


目を閉じた。


それだけで。


答えだった。


榊原。


「柏木修一。」


「おったんやな。」


大石。


「……あぁ。」


「何者やった。」


「祭り実行委員。」


「それだけ?」


大石。


少し黙る。


「町内会の。」


「記録担当。」


透の顔が。


変わる。


「記録?」


大石。


「祭り。」


「町史。」


「時計台。」


「昔から。」


「全部。」


透。


「写真も?」


「一部。」


榊原。


「六時十分のことも。」


大石。


頷く。


「知っとった。」


⸻


悠の頭。


これまでの柏木。


喫茶店。


自由帳。


『時計を信用するな。』


透。


春人。


メアリー。


みんなを知っていた。


古い写真。


破られたページ。


フィルム。


預かっていた。


あまりにも。


近い。


最初から。


ずっと。


近くにいた。


レイ。


「……あのおっさん。」


「全部知ってたってこと?」


大石。


「全部ではない。」


「でも。」


「私より。」


「長く知っとった。」


榊原。


「何を。」


大石。


「瀬川宗一のこと。」


「時計台のこと。」


「六時十分のこと。」


「それから。」


言葉。


止まる。


悠。


「それから。」


大石。


苦しそうに。


「人の記憶が。」


「消えること。」


⸻


透の拳が。


強く握られる。


「先生は。」


「橘先生は。」


「柏木さんと一緒に?」


大石。


「違う。」


「橘先生は。」


「止めようとした。」


メアリー。


記憶。


⸻


十二年前。


診療所。


柏木。


『もう遅いですよ。』


依子。


振り返る。


『柏木さん。』


『この子を帰してください。』


柏木。


『帰す?』


『どこへ。』


『家です。』


『何も知らなかったことにして。』


柏木。


少し笑う。


穏やか。


喫茶店のマスター。


今と。


同じ。


『それで済むなら。』


『とっくにそうしてます。』


メアリー。


二人を見る。


『何の話。』


柏木。


メアリーへ。


『時計台で。』


『何を見た?』


大石。


『柏木さん。』


柏木。


『聞いてるだけです。』


メアリー。


『……二人いた。』


柏木。


笑顔。


消える。


『誰が。』


『圭介。』


『圭介くんが二人?』


メアリー。


頷く。


『あと。』


『私も。』


依子。


『言わなくていい!』


メアリー。


『私も二人おった。』


診療所。


静寂。


柏木。


目を閉じる。


『やっぱり。』


依子。


『この子は何も悪くない。』


柏木。


『分かってますよ。』


『なら。』


『だから。』


柏木は。


メアリーを見る。


悲しい顔。


本当に。


悲しそう。


『忘れてもらうしかない。』


⸻


現在。


メアリー。


「……。」


身体。


また。


薄くなる。


悠。


「メアリー!」


大石が。


その気配に。


顔を歪める。


「やめろ。」


悠。


「何を!」


「それ以上。」


大石。


「思い出させるな!」


透。


「でも真相が。」


「真相より!」


大石。


怒鳴る。


「残ってる方が!」


その声。


町の騒音に。


飲まれる。


でも。


悠には。


はっきり聞こえた。


「お前。」


「本気で。」


「メアリーを残そうとしてたんだな。」


大石。


何も言わない。


榊原。


「やり方は犯罪や。」


「証拠隠滅。」


「捜査妨害。」


「失踪者の記録改ざん。」


「何年かけても。」


「そこは消えへん。」


大石。


「分かってる。」


「でも。」


悠。


「柏木さんは。」


大石の顔。


また。


変わる。


「……。」


「柏木さんは。」


悠。


声。


低い。


「メアリーを殺した?」


大石。


即答。


「違う。」


全員。


一瞬。


止まる。


榊原。


「なら。」


「誰。」


大石。


「……。」


透。


「また言えない?」


「違う。」


大石は。


目を閉じた。


「私も。」


「知らない。」


悠。


「は?」


「診療所から。」


「メアリーは。」


「逃げた。」


メアリー。


記憶。


⸻


十二年前。


依子。


『忘れてもらうしかない。』


メアリー。


後ずさる。


『嫌。』


柏木。


『メアリー。』


『嫌!』


走る。


依子。


『待って!』


大石。


『メアリー!』


診療所。


扉。


外。


雨。


裸足?


片方。


靴。


脱げる。


でも。


走る。


海沿い。


暗い。


祭り。


遠い。


人の声。


見える。


でも。


そっちへ行かない。


怖い。


誰も。


信じられない。


後ろ。


車。


ヘッドライト。


追ってくる?


大石?


柏木?


先生?


分からない。


走る。


倉庫。


防波堤。


海。


ここ。


第29話。


思い出した場所。


『待って』


後ろ。


声。


メアリー。


走る。


そして。


誰か。


前。


黒い影。


『こっちだ!』


助けようとした。


秋山透?


違う。


透は。


別の場所。


なら。


誰。


メアリー。


その人へ。


近付く。


でも。


後ろから。


腕。


掴まれる。


『離して!』


振り返る。


顔。


見える。


⸻


現在。


「……あ。」


メアリー。


悠。


「誰。」


「見えた?」


彼女。


震える。


「うん。」


榊原。


「誰や。」


メアリー。


声が。


出ない。


何度も。


口を開く。


閉じる。


そして。


「……違う。」


「何が。」


「柏木さんじゃない。」


「大石さんでも。」


「先生でもない。」


悠。


「じゃあ。」


メアリー。


顔。


涙。


「もっと。」


「近い人。」


悠の背筋が。


冷える。


「誰。」


メアリー。


自分の胸を押さえる。


「私。」


「この人を。」


「知っとる。」


記憶。


顔。


若い。


二十代?


三十代?


男。


雨。


びしょ濡れ。


メアリーの腕。


掴んでいる。


『離して!』


男。


『静かにしろ!』


『助けて!』


『お前が全部壊したんだ!』


メアリー。


『誰!?』


男。


怒る。


『忘れたのか!』


メアリー。


顔を見る。


知っている。


でも。


名前。


出ない。


男。


『お前らが。』


『時計台に入ったから!』


そして。


突き飛ばす。


海。


後ろ。


メアリー。


足。


滑る。


『……え。』


男も。


顔。


変わる。


わざと?


違う。


事故?


手。


伸ばす。


『待て!』


でも。


遅い。


メアリー。


落ちる。


⸻


現在。


メアリー。


崩れる。


「……。」


悠が。


支えようとする。


触れられない。


それが。


一番。


苦しい。


「メアリー!」


彼女。


泣く。


「私。」


「突き落とされたんじゃない。」


全員。


黙る。


「掴まれて。」


「揉み合って。」


「落ちた。」


榊原。


「事故?」


メアリー。


「分からん。」


「でも。」


「その人。」


「殺すつもりじゃなかった。」


悠。


「誰なんだ。」


メアリー。


目を閉じる。


名前。


もう。


すぐ。


そこ。


声。


顔。


そして。


首から。


下がっていたもの。


名札?


違う。


社員証?


いや。


祭り。


腕章。


そこに。


苗字。


佐伯


メアリー。


目を開く。


「……佐伯さん。」


悠。


「パン屋?」


違う。


今の佐伯健三。


五十八歳。


十二年前。


四十六歳。


年齢。


合わない?


記憶の男。


もっと若い。


メアリー。


首を振る。


「違う。」


「健三さんじゃない。」


大石の顔が。


青ざめる。


榊原。


それを見る。


「知っとるな。」


大石。


「……。」


悠。


「誰。」


大石。


声。


小さい。


「佐伯。」


「健三の。」


長い沈黙。


「息子や。」


⸻


誰も。


すぐに。


意味を理解できなかった。


レイ。


「息子?」


榊原。


「名前。」


大石。


「佐伯直哉。」


「当時。」


「二十三。」


悠。


頭。


探る。


パン屋。


佐伯健三。


豪快。


クリームパン。


十二年前。


息子。


いた?


覚えていない。


透。


「あぁ……。」


全員。


透を見る。


透。


顔。


硬い。


「いた。」


「祭り実行委員。」


「若手。」


「写真も。」


「何枚か。」


大石。


「直哉は。」


「瀬川宗一の。」


「孫や。」


静寂。


ここで。


全部が。


一つ。


繋がる。


黒い帽子の男。


瀬川宗一。


1978年。


十七歳で消失。


生還。


時計台管理人。


番人。


そして。


その孫。


佐伯直哉。


時計台の秘密を。


家族から。


聞いていた。


大石。


「直哉は。」


「祖父が。」


「時計台のせいで人生壊したと思ってた。」


「毎年。」


「六時十分。」


「祭り。」


「町。」


「全部。」


「嫌ってた。」


榊原。


「それで。」


「十二年前。」


「六人が入った。」


大石。


「直哉は。」


「瀬川さんを止めようとして。」


「逆に。」


「全部。」


「起こしてしまった。」


悠。


「顔のない奴も?」


大石。


「それは。」


首を横に。


「違う。」


「直哉は人間だ。」


「怪異は。」


「もっと前から。」


ここは。


分ける。


人間の罪。


怪異。


別。


でも。


絡んだ。


⸻


悠。


「直哉さん。」


「今どこに。」


大石。


何も言わない。


榊原。


「まさか。」


大石。


「十二年前。」


「メアリーが落ちたあと。」


声。


掠れる。


「直哉も。」


「消えた。」


透。


「時計台?」


大石。


頷く。


「六時十分。」


「翌年から。」


「毎年。」


「見たって人がいる。」


「何を。」


大石。


「若い男。」


「時計台の。」


「窓。」


佐伯直哉。


今も。


向こう側。


いる?


悠。


「だから。」


「佐伯さん。」


「息子のこと。」


大石。


「忘れてる。」


町の記憶。


消されている。


佐伯健三。


パン屋。


豪快な男。


息子。


存在。


消えている。


だから。


第50話。


何も。


語らなかった。


いや。


語れなかった。


透。


「俺は。」


「覚えてる。」


大石。


「お前だけは。」


「全部覚えてる。」


透。


悠を見る。


十二年前。


『誰か一人くらい、全部覚えてないと。』


悠が。


透を残した。


その意味。


さらに。


重くなる。


⸻


その時。


遠く。


パン屋。


「さえき」。


店先。


佐伯健三。


クリームパン。


焼いている。


その手が。


突然止まる。


「……。」


何か。


胸。


痛い。


理由。


分からない。


店の奥。


古い写真。


家族写真。


妻。


健三。


そして。


空白。


不自然に。


一人分。


切り取られたような。


余白。


佐伯。


写真を見る。


「……誰や。」


涙が。


勝手に。


落ちる。


「なんで。」


「泣いとるんや。」


⸻


時計台広場。


透が。


突然。


カメラを構える。


「何。」


悠。


透。


時計台。


上部。


窓。


ズーム。


一人。


若い男。


二十代。


腕章。


雨でもないのに。


濡れている。


メアリー。


震える。


「この人。」


「直哉。」


透。


シャッター。


カシャ。


液晶。


写る。


本物。


向こう側。


佐伯直哉。


窓。


こちらを見る。


そして。


口。


動く。


「来るな。」


悠。


「また。」


透。


「本物だ。」


直哉。


もう一度。


「俺じゃない。」


メアリー。


「何が。」


直哉。


必死。


窓。


叩く。


「呼んでるのは。」


瞬間。


窓の背後。


何か。


現れる。


顔がない。


人の形。


直哉が。


振り返る。


窓。


真っ暗。


消える。


透。


「……。」


榊原。


「今の。」


大石。


顔。


真っ白。


「始まった。」


時計。


六時十分。


止まったまま。


なのに。


内部。


鐘。


三回。


ゴォン。


ゴォン。


ゴォン。


メアリー。


「違う。」


悠。


「何。」


「これ。」


彼女。


時計台を見る。


「カウントしてる。」


「何を。」


メアリー。


涙。


「人。」


一回目。


圭介。


二回目。


紗季。


三回目。


メアリー?


春人?


蓮?


誰。


その時。


四回目。


ゴォン――。


透。


顔。


変わる。


「蓮。」


五回目。


ゴォン――。


悠。


「春人?」


そして。


六回目。


鐘。


鳴る直前。


大石が。


叫ぶ。


「止めろ!!」


走る。


時計台。


榊原。


「大石!」


透。


「待て!」


悠。


全員。


追う。


大石。


扉。


開ける。


その瞬間。


六回目。


ゴォォォン――。


町中。


照明。


一瞬。


消える。


祭り。


子ども。


悲鳴。


ざわめき。


すぐ。


戻る。


時計台。


扉。


開いたまま。


大石。


いない。


「……。」


榊原。


「大石?」


悠。


中。


暗い。


透。


カメラ。


フラッシュ。


カシャ。


写真。


入口。


誰もいない。


大石俊郎。


消えた。


午後三時二十五分。


まだ。


六時まで。


二時間三十五分。


なのに。


また。


一人。


向こうへ。


連れていかれた。


榊原が。


拳を。


壁へ。


叩きつける。


「クソッ!」


宮本。


「先輩。」


榊原。


「十二年隠した罪は。」


「こっちで裁くんや!」


暗闇へ。


怒鳴る。


「勝手に逃がすなダボォ!!」


返事なし。


ただ。


奥。


階段。


一枚。


写真。


落ちている。


悠が。


拾う。


今。


撮られた写真。


大石。


向こう側。


そして。


隣。


佐伯直哉。


その奥。


圭介。


紗季。


蓮。


春人。


全員。


こちらを見る。


六人?


いや。


大石を含め。


人数。


増えている。


そして。


写真下。


白い文字。


⸻


17:50


⸻


悠。


「五時五十分。」


透。


顔が。


強張る。


「集合時間。」


榊原。


「六時ちゃうんか。」


透。


「十分快くなった。」


レイ。


「もう。」


「待ってくれねぇってこと?」


透。


時計台を見る。


「多分。」


「本当の六時十分まで。」


「二十分。」


「向こう側の時間が。」


「先に始まる。」


悠は。


スマートフォン。


午後三時二十六分。


現実。


でも。


向こう。


午後五時?


時間。


ずれている。


メアリー。


小さく。


「急がな。」


悠。


彼女を見る。


輪郭。


また薄い。


時間。


ない。


現実にも。


彼女にも。


⸻


榊原が。


全員を見る。


「一回。」


深く息。


「整理する。」


「大石は向こう。」


「直哉も向こう。」


「圭介。」


「春人。」


「紗季。」


「蓮。」


「全員。」


宮本。


「こちら側は。」


「黒瀬さん。」


「秋山さん。」


「レイさん。」


榊原。


「私ら。」


そして。


メアリー。


透だけが。


「メアリーも。」


榊原。


一瞬。


黙る。


「そうや。」


「メアリーも。」


悠。


拳。


握る。


「もう。」


「誰も置いていかない。」


透が。


悠を見る。


十二年前。


逆。


悠が。


透を。


置いていった。


今度は。


違う。


透。


頷く。


「全員。」


レイ。


「俺。」


「完全に部外者なんだけど。」


榊原。


「今さら帰る?」


レイ。


少し考える。


「……帰ったら。」


「後悔する。」


悠。


笑う。


「知ってる。」


レイ。


「でも。」


「死ぬのは嫌。」


透。


「それも知ってる。」


「お前今日会ったばっかだろ!」


少し。


笑い。


でも。


全員。


分かっている。


次。


時計台へ入れば。


今度こそ。


戻れる保証はない。


⸻


外。


祭り太鼓。


ドン。


ドン。


提灯。


風。


午後三時二十九分。


そして。


商店街。


パン屋。


佐伯健三が。


突然。


店から。


走り出した。


妻。


「ちょっと!」


健三。


止まらない。


理由。


分からない。


でも。


足が。


時計台へ。


向かう。


涙。


流れたまま。


「……直哉。」


初めて。


十二年ぶり。


息子の名前が。


口から出た。


その瞬間。


町のどこか。


誰か。


また。


名前を思い出す。


「直哉くん。」


「佐伯の坊主。」


「あの子。」


「祭り。」


「十二年前。」


記憶。


戻る。


一人。


また一人。


町全体に。


消された名前が。


戻り始める。


時計台。


鐘。


今度は。


鳴らない。


だが。


針。


六時十分から。


一分。


逆へ。


動いた。


六時九分。


透。


それを見て。


目を見開く。


「悠。」


「何。」


「名前だ。」


「名前を。」


「町が思い出してる。」


メアリー。


「時計が。」


透。


「戻ってる。」


六時九分。


十二年前。


事件が。


始まる直前。


時間が。


巻き戻っている。


悠。


「ってことは。」


透。


「本当の記憶を。」


「全部戻せば。」


時計。


「六時十分を。」


「やり直せるかもしれない。」


榊原。


「やり直すんやない。」


全員。


見る。


榊原。


低い声。


「終わらせるんや。」


風。


強く。


吹く。


祭りの提灯が。


一斉に。


揺れた。


そして。


遠く。


時計台最上階。


誰か。


笑う。


顔のないもの。


その手に。


一枚の写真。


六人。


笑っている。


そいつは。


ゆっくり。


写真を。


破った。


真ん中から。


⸻


――第72話・完――


後書き


ここで「人間側の事件」の輪郭がかなり見えてきました。


メアリーを海へ落としたのは、パン屋の佐伯健三ではなく、その息子――佐伯直哉。


ただし直哉は殺意を持って突き落としたわけではなく、揉み合いの末の転落だった可能性が高い。


そして直哉自身も、その後六時十分の現象へ巻き込まれ、十二年間「向こう側」に取り残されていました。


一方、大石俊郎は事件を隠蔽した人物ですが、その動機は少なくとも一部、「真相を忘れさせることで死者をこの世に残す」という歪んだ救済でした。


今回最大の変化は、佐伯健三が息子・直哉の存在を思い出したこと。


名前を思い出す人間が増えるほど、止まった時計が逆へ動き始めています。


六時十分。


その時刻を「突破する」のではなく、


事件が始まる前の六時九分へ戻し、本当の記憶で塗り替える。


ここからが第3幕です。


次回、第73話。


「名前を呼ぶ町」


悠たちは戦う前に、海鳴町中を回ります。


春人。


圭介。


紗季。


蓮。


直哉。


そしてメアリー。


消された人たちの名前を、町の人々へ返すために。


怪異を倒す鍵は、武器ではなく――


忘れないことです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。