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第1話 始業

  部屋の中、コルクボードの壁には様々な記念品が飾られていた。


  その中でひときわ目立つ中学の卒業写真には、5 人の真ん中で京極きょうごく まことに引っ張られて撮影に応じる小林こばやし ようが、無理やり笑顔を浮かべている様子が写っていた。


  部屋の中では、目覚まし時計が「カチカチ」と音を立てながら回り続けていた。


  部屋の本棚には、整然と並べられた漫画や小説、ゲームカセットがあり、その横にはギターが一本置かれていた。


  そしてクローゼットには、濃紺の制服が一着掛けられていた。


  部屋の目覚まし時計が可動限界まで回り切ると、「ピピピ」と激しく鳴り響いた。


  ベッドで心地よい夢を見ていた小林陽は、布団の中から手を伸ばし、ベッドサイドテーブルに置かれた目覚まし時計を止めた。


  それからぼんやりと上半身を起こし、目覚まし時計を手に取って時間を確認すると、家から学校までの距離を頭の中で思い浮かべた。


  小林陽はぼんやりとつぶやいた。


  「まだだいぶ早いな。もうちょっとだけ寝よう。」


  その後布団の中に体を引っ込め、再び眠りに落ちていった。


  しばらくして。


  部屋のドアの外から、ノックの音が響いた。


  三度ノックが響いた後、部屋のドアが開いた。


  小林こばやし ゆうはベッドまで歩み寄り、兄にかかっていた布団をはぎ取りながら言った。


  「やっぱりお兄ちゃんまたこうしてる。もう高校生なのに。」


  弟の悠は小林陽を引き起こすと、続けて言った。


  「もう遅刻寸前なのに、なんで焦らないんだよ?」


  まだぼんやりとした意識のまま、悠が目の前に突きつけた目覚まし時計を見た小林陽は、30 分も過ぎている表示に気づくと、ベッドの上で飛び上がって慌てて叫んだ。


  「8 時だって!」


  その後悠を無視し、前夜から用意しておいた制服を素早く着て、鞄を背負った。


  部屋のドアを開けて外に出ようとした瞬間、足が床で滑って小林陽は転びそうになった。


  幸い、後ろに立っていた悠にしっかりと支えられた。


  だが小林陽は特に気にしていなかった。今転びそうになったのは、弟の悠のツンデレ属性の仕業だとわかっていたからだ。


  なにしろ、昨夜小林陽は悠に部屋のドア前の床を拭いておいてくれと頼んだ際、悠は嫌だと断っていたのだ。


  なのに、朝になってこいつが床を拭いてくれていた上に、こんなにツルツルに磨き上げていたのだ。


  これがツンデレでなくてなんだろう。


  転びそうになったのはこいつのせいで、絶対に自分のせいじゃない。


  小林陽は急いでダイニングへ向かい、テーブルに置かれた朝食のパンにジャムを塗り、急いで学校へ出発しようとした矢先、突然動きを止めた。


  というのも、小林陽はふと思ったのだ。


  「入学式は8 時 30 分からだったような気がする。」


  「うーん、この調子じゃ、間に合わないな。」


  「まあどうせ遅刻したって大したことないだろ。初日だし、ミスくらい大目に見てもらえるだろ。」


  こう考えた小林陽は、すっかり安心してテーブルに戻り、ゆっくりと朝食を食べ始めた。


  弟の悠が部屋から出てきて口を開いた。


  「目覚まし、改めてセットしておいたよ。」


  それからダイニングテーブルのパンを一枚取り、椅子に置いてあった鞄を背負うと、出かけようとした。


  小林陽は思わずからかうように言った。


  「起こさないって言ったじゃん?」


  さらに一言付け加えた。


  「まあ起こしてもらっても意味なかったけど、遅刻だし。」


  弟の悠はただ玄関まで歩きながら返事をした。


  「行ってきます。」


  バタンとドアが固く閉まった。


  小林陽は朝食を食べながらぼやいた。


  「まったく、中学生って元気があるな。走るのが遅かったら、俺みたいに遅刻するぞ。」


  


  


  朝食を食べ終わった後。


  小林陽は鞄をしっかりと背負い、ゆっくりと家のドアを開けて外に出た。


  明るい日差しが降り注ぎ、風も穏やかな晴れ渡った朝だった。


  道を掃除していた近所のおじいさんは、小林陽に気づくと穏やかに声をかけた。


  「おはよう、陽くん。」


  小林陽はのんびりと歩きながら返事をした。


  「ん、おはようございます!」


  その後、穏やかな朝の日差しの中、立ち並ぶ家々を抜け、橋を渡って進んでいった。


  ただ、学校へと歩き進むにつれ、小林陽のもともとのんびりとした表情に、疑問が浮かんでいった。


  自分と同じように信号待ちをしている学生たちがだんだんと増えていくのを見て、小林陽は思わず思った。


  「こんなにたくさんの人が遅刻するのか?」


  


  


  やがて学校に到着した。


  校門の前で、遅刻確定だと思っていた小林陽は、校舎の入り口にある時計が「8:10」を示しているのを見た。


  「え? 時間を見間違えたのか?」


  隣では次々と生徒たちが校門の中へ入っていき、時おりはしゃぎ合う声が聞こえてくる。


  小林陽は頭の中で、昨夜弟の悠が訳もなく自分の部屋に入ってきて、目覚まし時計をいじっていた出来事を思い出した。


  心の中に瞬時に答えが浮かんだ。


  「なるほど、悠が俺がゆっくり朝食を食べているのを見ても全然怒らなかったわけだ。」


  「俺の目覚ましの時間を早く設定しておいたのか!」


  「こいつ、まったくもう...」


  小林陽がこうして心の中で弟のことをぶつぶつ文句を言っていたところ、肩をポンと叩かれ、後ろから声がかかった。


  「校門の前でボーっと突っ立ってどうしたの? 人の邪魔になるだろ。」


  小林陽が振り返ると、そこには幼なじみの京極真がいて、彼はすぐさま思わず愚痴をこぼした。


  「真、お前知らないだろうけど、俺の弟、兄ちゃんを早起きさせるために、こっそり目覚ましの時間を早く設定してたんだ。」


  京極真は小林陽を押しながら、この「私立桜上男子高等学校」の中へ入りながら言った。


  「悠の仕業なら、納得だよ。」


  「結構お前のことを心配してるんだな。」


  小林陽は思わず返した。


  「だからって、こっそり兄を騙すことないだろ。」


  「お前が正月のとき、俺たち二人の前でいい高校生になるって言ったことを、ちゃんと覚えていたからこうしたんだと思うよ。」


  小林陽は、彼ら二人と初詣に行った帰り、鳥居の前で願い事を話した出来事を思い出しながら言った。


  「まあ、確かにそうだ。」


  「遅刻なんてしたら、とてもいい高校生とは言えない。だから、この点だけは認めてやるよ。」


  京極真は頷き、小林陽と教室へ向かいながら口を開いた。


  「じゃあ、高校に入って何かやりたいことはあるのか?」


  「部活に入る!」


  京極真は驚いた表情で小林陽を見て言った。


  「本気なのか!?」


  小林陽はきっぱりと言った。


  「本気だ。帰宅部に入る。」


  「はあ......」


  京極真は落ちそうになった眼鏡を押し上げ、呆れたように言った。


  「まあ、好きにすればいい。」


  「本当に目を覚まして、充実した高校生活を送る気になったのかと思ったのに。」


  教室に到着すると、二人は鞄を置き、入学式へと向かった。


  


  


  席を見つけて着席した小林陽は、周囲で男子たちが互いに話し合い、溢れんばかりの青春の熱気を放っている様子を目にし、隣の京極真にくだけた調子で話しかけた。


  「真、この学校、すごく活気に満ちてると思わない?」


  「当然だ。様々な情報によると、男子は高校生活、とりわけ青春に対して最も強い憧れを抱いているものだ。」


  小林陽は逆に言った。


  「青春って言えば、ラノベやアニメだとだいたい青春ラブコメみたいなものがあるけど、俺たちにはそれはなさそうだね。なにしろ男子校だもん~」


  念のために付け加えた。


  「もちろん、別に青春って言葉は、中身が充実してればそれでいいと思ってるし、どうしても青春ラブコメじゃなきゃいけないわけじゃない。男子校だって、日常コメディの青春生活はあるだろ。」


  この言葉を聞いて、京極真は眼鏡を押し上げて言った。


  「そういえば、お前は部活に入ったらどうだ? 何か面白いことに出会えるかもしれない。」


  「それに、お前はいい高校生になろうとしてただろ?」


  「ちょっと青春を体験してみないか?」


  この言葉に対し、小林陽はただ力なく言った。


  「青春なんて、めちゃくちゃ疲れるだろ!」


  京極真は首を振って言った。


  「そんなことないよ。この高校は他とは違うんだ。」


  「俺の調べた情報と、お前の性格を考えると、音楽系の部活に入ってみるのはどうだ? とおすすめしたい。」


  「音楽と青春は相性抜群だ。ちょうどこの高校にはロック部があるし、お前はギターが弾けるんだから、入ってみたらどうだ?」


  この提案を聞いて、小林陽は顎に手を当てて考えた。


  もし何の部活にも入らず、ただの帰宅部になったら、家に帰って悠のあの顔を見ることになる、それはなんだか怖いな。


  小林陽は頷いて言った。


  「わかった、部活のことちょっと気にかけてみるよ。」


  言い終わると。


  京極真は満足そうに笑って言った。


  「お前がそう思ってくれるのが何よりだ。じゃあ、ちょっと失礼する。」


  京極真は席を立ち、生徒代表として私立桜上男子高等学校入学式の壇上に上がり、挨拶を行った。


  壇上の京極真を見ながら、小林陽の思考はふわりと飛び散っていった。


  正月に京極真と弟の悠の二人と、新年の朝日が降り注ぐ鳥居の下で、いい高校生になると話した出来事を思い出していた。


  そのとき、この願いを聞いた弟の悠は、こう言ったのだった。


  「そうなればいいけど。俺は何も手伝ってやらないぞ。」


  周囲の生徒たちの溢れんばかりの青春の活気、そして壇上で青春と男子高校生について語る京極真のスピーチが、耳に入ってきた。


  小林陽は楽な姿勢に座り直し、自然にズボンのポケットへ手を入れた。


  すると突然違和感を覚え、手探りで一枚の紙切れを取り出して、目を通した。


  紙切れにはこう書かれていた。


  [お兄ちゃん、いい高校生になること、忘れないでね]


  明らかに悠の筆跡だとわかる文字を見て、


  彼の心の中に不思議な感覚が広がっていった。


  この弟のことを思い、小林陽はほのかに笑みを浮かべ、心の中でつぶやいた。


  「じゃあ今日から、ちょっとだけいい高校生になってみようか。」

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