第三十二話 死闘、決着
【オレを倒す……?】
ヴェヌリスは怪訝そうにジークを見つめた。
そして何かに気づいたのか、愕然と目を見開き、笑い出す。
【キヒッ、キヒヒッ! そうか! そういうことかよ! ついに現れやがったのか! あの爺の力を持つ奴が! 運命の子がッ!!】
腹を抱えて笑ったヴェヌリスは、ぎらりと瞳に戦意をたぎらせる。
【良いぜ、やってやろうじゃねぇか。煉獄から逃れた半魔! テメェの力ーー見せてみろやっ!】
瞬間、ジークの前に現れるヴェヌリス。
他の誰にも視認できない速さの拳に対し、ジークは真っ向から迎え撃つ。
「ーーフッ!」
鋭い呼気と共に、双剣の煌めきが炎を迎え撃った。
雷速と高速がぶつかり合い、ブォン!と衝撃波が周囲に吹き抜ける。
「うわぁッ!?」
「ここから離れろ、退避、退避ーー!」
慌てふためく葬送官たちをよそに、ジークとヴェヌリスは睨み合う。
ぎりぎりと、鍔迫り合いの向こうで竜人は口の端を吊り上げた。
【ハッ! ちったぁやるようになったじゃねぇか、小僧!】
「……まだまだ、これからだッ!」
ガキンッ! と剣をはじき、跳躍。
ジークはヴェヌリスの背後から斬りかかった。
一瞬で移動したジークに神霊は目を見開き、慌てて攻撃を回避する。
(はぇえ……ッ! このオレが追い切れねぇだと……!?)
視界に捉えることも許さない高速攻撃。
雷光を纏うジークの剣撃は、煉獄の神霊すら圧倒する。
「ぁぁああああああああああああああああああああああッ!」
【……ッ】
ーー疾く。
弾ける閃光、舞い散る火花、噴き出す鮮血。
一撃が十連と重なって見える尋常ならざる剣域に手を伸ばし、ジークは吠える。
【この……ッ】
城壁を炎で埋め尽くさんと、ヴェヌリスが炎を広げる。
それは触れただけで皮膚が黒炭になる、煉獄の怒りである。
だがその攻撃はーー歪んだ空間に呑みこまれた。
城壁の上に転移した女傑、テレサだ。
「ジィィク! こっちはあたしらに任せて、お前はそいつをやっちまいなァッ!」
テレサはジークの身に何が起きたかを知らない。
ただ分かるのは、死の淵にあった弟子が別次元の強さを引っ提げて帰ってきたこと。そしてその弟子が、今この都市を救える唯一の希望であること。
(この機会は逃せない。都市にとっても、あんたにとっても。なぁ、そうだろ、ジークッ!)
ジークは応えた。
「トニトルス流双剣術迅雷の型一番『雷鳥』ッ!」
【あ、が……ッ!?】
ヴェヌリスの全身から蒼い血が噴き出した。
剣の軌跡すらたどらせない、防御を捨てた双剣の超攻撃!
「ふ、ぅ……!」
ジークは止まらない。
ヴェヌリスは止められない。
世界から音が消え、ジークの中から必要なものがそぎ落とされていく。
ヴェヌリスの一挙一動から未来を予測し、加護の力によって読みを補強。
〇.五秒の刹那を超え、ジークの視界は〇.八秒の未来を捉え始めた。
ーー疾く。鋭く、深く。
ーー僕は剣、剣は僕。ただこいつを斬り裂く剣になる。
ーー潜れ。進め。雷光のように!
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
【調子に乗ってんじゃ、ねェエエエエエエエエエエエエエ!!!】
ーー……轟ッ!!
折れた角を再生し、全身に炎を纏ったヴェヌリスが吠える。
少年を舐める態度は消えうせた。周りに攻撃をして人質を取るのは、終わりだ。
神霊の瞳に、対等の『敵』を認めた好戦的な色が宿る。
ただ一人。
ジーク・トニトルスだけが、自分を倒しうる脅威……!
ヴェヌリスは思いっきり空気を吸い込み、肺を膨らませる。
それは終末戦争以後に出現した、幻想種と呼ばれる超存在。
ただ一種の獣だけが持つ殲滅行為。
【存分に喰らい、燃え尽きろ。カァァァアアアアアアアアアッ!!】
龍の吐息。
狙いを一点に集中した炎は光速すら凌駕し、ただ敵を燃やす一筋の軌跡となる。
だがその攻撃は、既に見ていた。
「トニトルス流双剣術迅雷の型二番『破轟』!」
二本の剣を振り上げ、ジークは龍の一撃に真っ向から立ち向かう。
触れた地面を溶解するほどの炎と、天に轟く雷が激突する。
『………………ッ!』
戦いの余波で城壁上はめちゃくちゃだ。
誰も割って入る余地がない、それは終末戦争の再現。
(なんて戦い……ジークを助けたいのに、援護する隙がない!)
テレサの加護に守られ、背後からジークを見守るリリアは奥歯を噛みしめた。
激突する炎と雷。
その力の度合いは、すでに自分の手に負える範囲を超えている。
そしてーー。
炎と雷が消えた時、ジークはヴェヌリスの上にいた。
【……ッ!?】
「これで終わりだ、ヴェヌリスッ!」
ジークの剣が、ヴェヌリスの頭を一刀両断する。
常人であれば即死。
悪魔であっても再生に時間を要する剣の鋭さに、さしもの神霊も倒れるーー
ーー否、だ。
「ダメッ! ジーク、離れて!」
「……ッ!?」
転瞬、ヴェヌリスの身体が燃え上がった。
リリアの叫びを聞いたジークは咄嗟に事なきを得る。が、
(頭を斬ったのに、まったく効いた様子がない……!?)
ヴェヌリスの五体は無事だった。両断した身体はすぐさま再生している。
【キヒ、キヒヒ! 速えな、速すぎるぞオイ。それでこそ、潰し甲斐があるってもんだ!】
「……一度でダメなら、もう一度斬ればいい。何度でも試してやる」
ジークは双剣を握りしめる。
傷を再生すると言っても、そこには魔力の消耗があるはずだ。
戦い続けていれば必ず限界は来る。そこを狙えば倒せるはず。
ーージークの目算は正しかった。
ヴェヌリスの魔力は顕現時の半分以下に損耗し、あと一時間も現界していられない状態だ。
誤算があるとすればーー
限界が来るのは相手だけではないということ。
「……が、はッ!?」
突如、ジークは大量の血を吐き出した。
剣を落とし、膝をつき、苦しみに耐えるように胸を抑える。
その致命的な隙にヴェヌリスは目を見開き、そして哄笑した。
【キヒッ! キヒヒヒ! そうか、そうだよなぁ!? いきなりそんなでけぇ力使って、お前の身体が耐えられるわけねぇよなぁ!?】
元よりゼレオティールの『天威の加護』は、宿すだけで保有者を灰燼に帰す威力を持つ。魂を彼岸に置くジークだからこそゼレオティールの力を振るえるが、大きすぎる力は身を滅ぼす。加護が目覚めたばかり、修業の時間も足りないジークに『一なる神』の力は大きすぎた。
【このまま燃え尽きろ、ジーク・トニトルスッ!!】
再び放たれた龍の息吹が、ジークを包み込む。
咄嗟に加護を発動させ、相棒を移動させようとするリリア。
だが、龍の息吹は無機物ですら近づくものを許さない。
(わたしの氷じゃ解ける……間に合わない、ジーク!)
リリアが思わず駆けだそうとその瞬間、通り過ぎる風。
「咲き乱れろ『風絶嵐魔』」
眼前、金髪が揺れる。
ヒュォォオオオオオオオ、と吹き荒れる風が、龍の炎からジークを守り切った。
「あ、あなたは」
「リリアを助けてくれて感謝する。半魔……いや、ジークトニトルス」
地上から駆け付けたオリヴィアが、細剣をヴェヌリスに向ける。
「そしてこれまでの非礼を詫びよう。虫の良い話だと分かっているが、あいつを倒すことに協力してくれ」
「……、はいッ」
立ち上がり、口元の血を拭ったジークは加護を発動。
再び雷光を纏い、戦闘態勢を整える。
【ハッ! 揃いも揃って死にぞこないが。大人しく煉獄に落ちろ】
「断る。貴様はここで倒す」
言ってから、オリヴィアは小声で囁いた。
(ジーク。あとどれくらいいける)
(……たぶん、あと大きいの一発、動くだけならあと三分くらいだと思います)
(分かった。ならーー)
【小娘が隙を作って、小僧が大技を放つ、か?】
『……ッ!』
四方八方、ヴェヌリスが火柱を燃え上がらせた。
周囲を巻き込むことが目的ではない。
【なら、体力勝負といこうじゃねぇか!】
縦横無尽に移動する火柱に身を隠し、奇襲を仕掛けることが神霊の目的。
剣を構えて警戒するジークの背後、風切り音が響いた。
【こっちだぜ、オイッ】
後ろからジークに襲い掛かるヴェヌリス。
反射的に斬りつけたジークはしかし、目を見開いた。
(手ごたえがない!?)
【悪いな。それは嘘だ】
「……あぐッ!」
視界外からの一撃が、ジークの肩を切り裂いた。
肩を切り裂いたヴェヌリスは既に背後にはいない。ジークは歯噛みする。
(これじゃ、どこから来るか分からない……!)
ヴェヌリスは速さで勝負すれば負けると悟り、機動力と奇襲の戦いに持ち込んだのだ。
片っ端から攻撃すれば火柱は消えるが、『力』の消耗が激しい。
かといって加護を全開にすれば先に倒れるのはジークの方だ。
だが、ジークは一人ではない。
「『風塵烈弾』!」
オリヴィアが風の刃を放ち、火柱を全て切り裂く。
揺らめく火柱はすぐに再生するも、オリヴィアは手ごたえがあった火柱に走った。
「作戦がばれても問題はない。私が時間を稼ぐ。お前は力を溜めろ!」
「でもあいつ、さっき身体を割っても再生しました! どうしたら倒せるのか……!」
「神霊といえど無敵ではない! 特にあのように実体化するには、魔力を受け止める器が必要だ! 身体の中を移動させているせいで気付きにくいが、その核を壊せば倒せる!」
ジークの脳裏に電撃が走った。
「コキュートスの、戦槌……!」
ようやく理解を得たジークは剣に力を籠めつつ、前方を見る。
そこではオリヴィアが風弾に手応えのあった火柱を滅多切りにしていた。
そして、火柱の中身が暴かれーー。
「なッ」
そこにあったのは、切り離された竜人の尾だ。
つまりこれはーー
「避けろ、ジークッ!」
「え」
【キヒッ!】
力をためていたジークの上空、ヴェヌリスが空を舞う。
隕石のごとく落下する竜人は叫んだ。
【お前を倒せば、この戦争はオレの勝ちだッ、ジィィィィイイイク!】
その拳がジークに直撃する。その寸前ーー
「《咲き誇れ》《茨の如く》!」
【あぁん!?】
ぐん、と後ろに身体を引かれて、ジークは攻撃を避けた。
直前までいた場所で凄まじい震動が起こり、耐えられなかった城壁は崩壊する。
氷のスロープで瓦礫を避けながら、リリアが耳元で叫んだ。
「わたしが支えます! ジーク、あなたは剣に集中を!」
「うん……!」
崩れ落ちる外壁、瓦礫が降りしきる中、二人は一つとなって狙いを定める。
今この瞬間だけが、神霊を倒すチャンスだ。
(力を……)
ギィン、ギィン、と揺らめく光が一点に集中していく。
(もっと、力を……!)
徐々に溜まっていく力を解き放とうとするジーク。
その狙いを悟ったのか、ヴェヌリスがこちらに振り向いた。
ニヤァ、と嗤う竜人。
(まずい。このままじゃ避けられる……)
確信にも似た予感が、ジークの中でせめぎ合う。
(どうする?今撃つか?)
(いや、ダメだ、絶対に避けられる。避ける自信があるから撃ってこいって、誘ってるんだ)
(でも、この機会を逃せばもう、チャンスは……)
【ーーそのまま撃ちなさい。ジーク】
「え」
声が、聞こえた。
すぐに理解する。それは、その声は、
「アステシアさま……?」
【本当に世話が焼けるわね。そんなところも可愛いのだけど】
ジークの隣に降り立ち、神霊を降臨させた女神は囁く。
【テメェ、アステシア……!?】
実体のない女神の神霊にヴェヌリスも気づいた。
【地上に興味を示さないお前が、その半魔にご執心か、あぁ!?】
【相変わらず品のない言葉ね、ヴェヌリス。確かに私は普段、人類の行く末に干渉しないことにしているのだけど……ジークは私に未知を教えてくれる、特別な子。今回限り、力を貸してあげることにしたわ。見たいものは見れたし】
【……ッ!】
【言った通りよ、ジーク】
アステシアはジークの耳に顔を寄せ、
【一度だけ力を貸してあげる。あなたがまだ使えない、私の加護の真骨頂。先視を超えた叡智の力を】
「えいちの、ちから」
【共に唱えなさい。その名はーー】
その瞬間、ジークの赤い瞳に紋章が浮かび上がった。
叡智の女神の紋章はジークに力を与え、脳の処理速度を大幅に引き上げる。
それは過去、現在、未来、あらゆる時間を見通す女神の権能。
万物を識り、この世の全てを計算し、未来を索引して現在に導き出す。
「其は識る叡智の記憶。標せ、権能武装『超越者の魔眼』!」
直後、視界が暗転した。
同時、ジークを起点に光の道が浮かび上がり、道は四方八方に伸びていく。
アステシアは優しく微笑み、その分岐点に立つ。
【これは未来。あなたが起こしうる、あらゆる可能性を内包した世界の分岐】
【さぁ掴みなさい。そして確定するのよ。あなたが望む未来を】
【大丈夫。今なら選べる。友と絆を紡いだあなたなら、きっとーー】
女神の導きに従い、ジークは己の心が囁く道を選び取った。
他のあらゆる道は消滅し、ジークが選んだ未来が、現在に索引、反映する。
そして視界は戻りーー。
『トニトルス流双剣術迅雷の型二番『破轟』ぁああああああああ!』
世界を白く染める光が、流星のごとく放たれる。
光速を超えた神速の電撃に、ヴェヌリスはニヤリと笑い、炎を噴射した。
【キヒッ! どんなに威力が高くても、当たらなきゃ意味はーー】
「咲き狂え『無空剣・エア』」
【……ッ!?】
ヴェヌリスが顔色を変えた。
彼の周囲にある空間から大気が消えうせ、音が消え去ったのだ。
それは風を纏って空を駆ける、戦姫の権能武装……!
(アホがッ! 例え炎が出せなくても、空気がなけりゃ雷だって通らねえ! ……いや、まさか!?)
ヴェヌリスが気づいた時には遅かった。
周囲の空間は確かに真空。
だが、オリヴィアはジークの雷が通る道だけを作っていたのだ。
それは光速と同じ速度で風の道を作る、常人を超えた絶技。
【しまッ……】
「これで終わりだ、ヴェヌリスッ!!」
決定的な刹那。
瓦礫が降り注ぐ中、城壁から避難していた葬送官たちはその瞬間を目撃する。
弱虫の半魔が神霊を打倒する、その瞬間を。
『いっけぇぇえええええええええええええええええええええええええええ!』
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」
ヴェヌリスの身体が雷に呑みこまれる。
迸る紫電に身体がはじけ飛び、ピシりと核に皹が入った。
【……ハッ。まさかこんな餓鬼どもに負けるとはなぁ。良い仁義じゃねぇか】
身体が消え去る刹那、ヴェヌリスは嗤う。
焼けつく腕を動かし、まっすぐにジークを指さして、
【よぉジーク・トニトルス。その名、その顔、記憶したぜ。覚悟はいいか!? オレはこの恨みを忘れねぇ! 数多の悪魔が、冥界の神々がお前を狙うだろう! オレたちに目をつけられたからには、テメェがたどる未来は煉獄のみだ! キヒヒヒヒヒヒっ! キッヒャッハハハハハハハハ!!】
哄笑を上げ、煉獄の神霊は光に呑まれて消える。
「残念だけど」
地面に着地したジークは、衝撃で抉れた大地を見やって呟いた。
「そんな未来、僕には見えないよ」
アステシアの神霊は微笑みながら消えていく。
(ありがとうございました。アステシア様……)
ジークは心から感謝をささげた。
彼女が居なければ、負けていたのはこちらだ。
「や、やった……?」
「やったのか、俺たち、生きてるのか……?」
神霊の消え去った大地を見て、誰もが呟いた。
生き残った悪魔たちは軍団長の消失に動揺し、一目散に逃げていく。
そして、歓声が響き渡る。
『わぁぁあああああああああああああああ!』
生きる喜びを分かち合い、互いに抱きしめ合う葬送官たち。
テレサは息をついて腰を下ろし、オリヴィアは安堵に胸を撫でおろす。
そして、リリアは。
「ーージーク!」
「わ!?」
ぎゅうう、と相棒を抱きしめ、リリアは涙した。
「良かった……よかった……あなたが生きてて、わたし……よかったよぉ……」
滂沱の涙を流し、二人は再会の喜びを分かち合う。
じんわりと胸に広がる暖かさが、ジークにはこの上なく気持ちよくて。
「うん、リリアも、よか、た……」
相棒の頭を撫でようとしたジークは力なく倒れこむ。
(あれ、僕……?)
視界が暗くなり、身体から力が抜ける。
瞼がどうしようもなく重くて逆らえなかった。
「ジーク? ジーク!? しっかりしてください! 誰か、誰かジークをーー」
慌ただしい音を聞きながら、ジークの意識は闇に落ちた。
ーー消えない笑みを、口元に刻みながら。
◆
ーー冥界、某所。
「キヒ、キヒヒヒッ! 負けたぜ、完敗だ!」
煉獄の神ヴェヌリスは玉座の上で転げまわっていた。
神霊として地上に降臨するまでは順調だったのに、予想だにしない事態だ。
「あぁ認めよう、お前らを舐めてた! ニンゲン! そして半魔! 眷属一体だけで事足りると思った俺様を許せ! キヒヒヒ!」
そんな煉獄の神の様子に、玉座に控えていた執事がくすりと微笑む。
「負けたというのに楽しそうですね、ヴェヌリス様」
「あぁラーゼ! 楽しいぜ、最高だ! お前も来りゃよかったのに!」
「神霊体を飛ばしている間は本体が無防備になりますから。私は万が一に備えねばなりません」
まじめな表情で言った執事は「しかし」と表情を曇らせた。
「此度の敗北、いささかまずいのでは? 冥王やほかの軍団長に何を言われるか……」
「んなもん気にすんな! どうせ今回の侵攻は様子見だ。他の奴らも今回ので人類を滅ぼせるとは思ってねぇだろうさ」
それにな、とヴェヌリスは歯を見せる。
「究極、神霊体で負けても魔力を消耗するだけで、休めば傷はーー」
その時だった。
ーーバシィイイイイイイイイイイイイイイイ!
雷撃が、ヴェヌリスの内部から拡散する。
凄まじい衝撃にヴェヌリスの身体は跳ね、玉座は粉々に砕け散った。
「我が主!?」
慌てて駆け寄る執事。
「がはッ」と血を吐いたヴェヌリスは、おのれの手を見て愕然とする。
「おいおいマジか……神霊体を通して本体の神核にダメージを与えやがった!?」
「不届き者が……ッ! 我が主、今すぐ私がその者に天誅を……!」
「ーーキヒッ」
「我が主?」
「キヒッ、キヒヒヒッ! いいぜ、いいな、ヒヤッとしたぜ! さすがはあの爺が見込んだ男だ、ジーク・トニトルス!」
ヴェヌリスは嗤う。
執事は戸惑うばかりだ。
こういう時、普段の彼なら怒り狂いそうなものだが。
「今まで見たことがないくらい……楽しそう、ですね……?」
「あぁ。ラーゼ、俺様は傷を癒す。これは他言無用だ。それが、オレに傷をつけた男への神義ってもんだろ」
「……御意のままに」
そしてヴェヌリスは胸を抑えて歩き出す。
ーー思ったよりも、傷が深ぇな。
神の肉体は人間如きが簡単に傷をつけられるようなものではない。
一般的に英雄と言われる者達でも、神を傷つけるのは相当の力を要する。
ーーそれを、見たところ加護から目覚めて間もないあの餓鬼が……。
じゅるり、とヴェヌリスは舌なめずりする。
先ほどまで悪魔や死徒をけしかけて苛め抜こうと思っていたが、やめだ。
「あいつは、オレの獲物だ」
早く来い。ジーク・トニトルス。
悪魔と戦い、死徒を倒し、オレのところまで来い。
存分に強くなったお前を、オレ自ら叩きのめしてやる。
「それが神義ってもんだろ。なァ」
ヴェヌリスは口の端を吊り上げる。
「キヒ、キヒヒヒ、キッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」