第三十一話 その名は雷鳴
王都サンテレーゼにおいて、大侵攻を経験するのは二度目だ。
当時上級葬送官だったオリヴィア・ブリュンゲルが『戦姫』と呼ばれるきっかけとなった一度目。特級相当のエルダーを撃退し、千体以上の首級を上げた記録は異端討滅機構の中でも上位に入る。
だから今回、彼ら王都の民は安心していた。
オリヴィアがいれば大丈夫だと。さらには『時空の魔女』と呼ばれるテレサがいれば安全だと。
油断と慢心により、葬送官の避難指示にも従おうとしない住民たち。
怠惰と期待により、大侵攻を見世物のように見学しようとする野次馬共。
ーーそんな彼らは今、悪魔となって王都を駆け巡っている。
「う、うわぁああああああ、助け、助けぶふぇ」
「なんだよ、なんなんだよ、葬送官は何をしてるんだ! 早く助けろ、助けろ! 俺をたすけじぇ」
葬送官の指示により避難した者たちは王都の地下シェルターに立てこもっている。被害にあっている者の大半は、葬送官の指示に従わなかった者達だ。
彼らを救うべく奔走する葬送官たちは、通信越しに怒鳴り合っていた。
『変異種は倒されたんだろ!? なんで神霊なんかが現れるんだよ!』
「私が知るわけないでしょう!? 神霊のせいで割りを食ってるのはこっちなのよ! あんたたちこそ何とかしなさいよ!」
『無理に決まってんだろ! アレを自由にさせたら王都はおしまいだ!』
城壁の上に降り立つ悪魔が、聖杖機に怒鳴る葬送官を背後から襲う。
寸前で気づく葬送官だが、振り向いた時には悪魔の間合い。
「しまっーー」
「《咲き誇れ》《茨の如く》『氷縛の陣』!」
その瞬間、地面から生えた氷の茨が、悪魔を縛り付けた。
不自然に硬直する悪魔に戸惑った葬送官は、一瞬で動揺を切り捨て、悪魔の首を断ち切る。
直後、
「《哀れな魂に光あれ》ターリルッ!」
祈祷詠唱によって葬魂されていく悪魔。
その光を突っ切って、一人の少女が次なる目標へ駆けていく。
葬送官は驚愕した。
「お前、リリア・ローリンズ……!?」
「ジェームズさん、右斜め前方、三体来ます!」
「お、おう!」
不意打ちを受けそうな人を助け、苦戦している人を援護し、遠距離から地上を砲撃する。遠距離支援の理想形とも言うべき、獅子奮迅の働きである。
「あいつ、落ちこぼれじゃなかったのか……?」
「今、助けてくれたのか」
「あの子に負けるな! 俺たちも都市を守るんだ!」
リリアの働きに奮起し、士気を上げる葬送官たち。
そんな彼らを横目に、リリアは街の内と外に目を向けた。
(みんな混乱している……当然ですね。変異種だけじゃなく、神霊まで現れたんですから)
苦労して変異種は倒したと思ったら、次に現れたのは絶望の具現だ。
リリアは倒れた相棒のことが頭によぎった。
(……だめ。ジークは必ず生き返る。わたしが今やるべきは、彼が帰る場所を守ること!)
慌てて首を横に振り、リリアは壁の外に目を向ける。
都市から放たれた場所では、恐るべき力と力の衝突が起こっている。
「お姉さま……!」
リリアはいつでも援護が出来るよう、そっと錫杖を握りしめた。
◆
オリヴィアは苦戦していた。
【ーーキヒ、キヒヒヒヒヒ! おいおい、最初の勢いはどうした!? オレはまだ力が有り余ってんぞ、なァッ!】
「……ッ!」
襲い来る竜人の拳を受け流し、カウンターの一手を放つオリヴィア。
神速のごときレイピアの突きは、しかし、煉獄の神霊には届かない。
【テメェらはこんなもんか!?】
するり、と蛇のような動きで、ヴェヌリスの尾がオリヴィアの手を掴んだ。
炎を纏う尾に陽力で対抗するオリヴィアだが、強大すぎる魔力は徐々に陽力のオーラを削り取っていく。
【アレを出して来いよ。使えるんだろ!? 葬送官の奥義、権能武装って奴を!】
「誰が、貴様などに……!」
「ーーおいおい、あたしもいることを忘れてもらっちゃぁ困るよ!」
その瞬間、ヴェヌリスの頭上が歪んだ。
異変を察知して飛びのくヴェヌリス。
プシュッ! と蒼い血が飛び出すのは、頭に生えていた角の断面。
ヴェヌリスはすぐに傷口を焼き、にやりと笑う。
【……へェ、二人なら何とかなるってか?】
視線の先、オリヴィアの後方に立つのはテレサだ。
【キヒッ、ドゥリンナんとこの女か。空間を歪めやがったな】
「あんたはこの先に行かせない。大人しく倒されな!」
【そんな神義にもとる真似出来るかよ。オレぁこの都市を滅ぼすぜ?】
王都の前に広がる原野は、ヴェヌリスのせいで焼け野原に変わっていた。
未だ七百体以上残る悪魔たちを前に、葬送官たちは手が離せない。
テレサの方も、ヴェヌリスの相手ばかりしてはいられない。
四方八方に飛び交うヴェヌリスの炎をテレサが守っていなければ、今頃、王都は滅んでいる。
本来、神霊は序列百番以下が複数人で相手どらなければならない強敵だ。
引退したテレサは全盛期のような力が使えず、オリヴィア一人では心もとなかった。
「ッチ。このままじゃジリ貧だね」
「テレサ殿。王都を頼む。言うとおりにするのは癪だが……アレをやる」
「……使うってのかい。だが、それをやったらあんたは」
「あぁ。これは賭けだ。私の陽力が尽きるのが先か。奴の魔力が上回るか。王都はあなたに任せたぞ。テレサ殿」
オリヴィアはレイピアの切っ先をヴェヌリスに向けた。
「お望み通りお見せしよう。我が加護の奥義。権能武装を」
【ハッ! いいぜ、いいな、やってみろよ。それをぶち破って、オレが、お前を蹂躙してやる!】
「舞い狂え『無空剣』』
……ヒュォオオオオオオオオオオオ!
鋭い風の音が響き渡りーー
オリヴィアのレイピアから刃が消え、彼女を中心に竜巻じみた強風が巻き起こる。それを見た葬送官たちは顔色を変えて叫び始めた。
「オリヴィア様が権能武装を起こした! 早く離れろ、巻き添えになるぞ!」
「死にたくない奴は城壁付近に移動しろ! 足手まといになるな!」
その瞬間、周囲から音が消えた。
無音の空間に、ヴェヌリスは眉を顰める。
(あァ……? 何も聞こえねぇ。なんだこりゃ)
その直後だった。
(オレの炎が……!)
ヴェヌリスが体に纏っていた炎が、消え失せた。
炎を起こそうとしても起こせない。炎を燃やすための空気がないのだ。
(ッハ。これが無空剣ってやつか……!)
「そうだ。これが我が権能武装の力。我が加護は、大気を支配する。まぁ、聞こえていないだろうがな」
ヴェヌリスの周囲は真空状態にある。
空気がない場所にいれば音が届かないのは道理であるが、ヴェヌリスが苦しむ様子はない。
それもそのはず。神霊は人の姿をしているが、厳密に言えばその体は魔力構成体だ。人間が真空に入った時と同じように、凍りついたリはしない。
ーーだが。
「無音にするだけが、無空剣の全てではないぞ?」
ピシっ! とヴェヌリスの体から血が噴き出した。
オリヴィアが支配する大気から押し出した風の刃が、彼を切り裂いたのだ。
(ハッ! おもしれぇ。付き合ってやろうじゃねぇか!)
追撃しようとするオリヴィアに突貫するヴェヌリス。
オリヴィアは無数の刃を放って応戦する。
『…………ッ!!」
戦いに巻き込まれた悪魔たちが声なき断末魔を叫ぶ。
弾ける閃光、硬いもの同士がぶつかり合う火花、嵐のような風が戦場を駆け抜ける。
(…………ちぃッ!)
ヴェヌリスの体に傷が増え始めた。
体を維持するための魔力が漏出し、徐々に、確実に神霊が弱っていく。
反面、オリヴィアは時間が経つごとに動きにキレが増し、高まる陽力が攻撃力を底上げしていく。
「ふ、ぅ……ッ!」
大気を支配するとはつまり、大気中に含まれるエーテル粒子を操作するということだ。人間や悪魔は生きているだけで体内にエーテルを取り込み、力に変えている。空気が無くなり力の循環が滞れば、衰弱していくのは道理。
己の力に変えた大気で戦場を支配する。
これがオリヴィアの真骨頂。『戦姫』と呼ばれるにいたる所以ーー!
厄介な炎を無効化し、確実に弱まるヴェヌリスに葬送官たちは浮足立った。
「おい、これいけるんじゃね……?」
「がんばれ、がんばれ……! オリヴィア様ーーー!」
悪魔を殲滅しながら、リーダーにエールを送る葬送官たち。
声援を受けたからというわけではないがーーオリヴィアも、勝負にかかる。
「おぉぉおおおおッ!!」
無空剣の権能をフルに駆動させ、ヴェネリスの頭上に大気を集める。
ぐん、ぐん、と瞬く間に圧縮する大気にヴェネリスは顔色を変えた。
(こりゃあ、食らったらまずい……!)
すかさず避けようとするヴェヌリス。
その足の先に、氷の蔦が巻きついた。
(なっ!?)
炎が消えた体でこそ有効な、氷による足止め。
それは城壁で姉の戦いを見守るリリアの、精一杯の声援だ。
『お姉さま、頑張って……!』
声は届かずとも、オリヴィアはその心遣いを察した。
(全く……大人しくしてろと言うのに。だが、ナイスだリリア!)
この機を逃すオリヴィアではない。
彼女は刃のない柄に大気を集め、槍の穂先のように一箇所に全集中。
同時、ヴェヌリスの周囲に張り巡らされた真空の結界を最小限に。
ーー解き放つ。
「ブリュンゲル流細剣術・秘奥の型『深淵に舞い狂う滅嵐』ッ!」
(しまッーー)
極限まで圧縮した大気が、距離の概念を殺して神霊に迫る。
接触した瞬間、閉じ込められていた大気が喝采を上げ、圧縮された真空が解放。
荒れ狂う大気が大爆発を引き起こす……!
ヒュゥウウ……ドゥンッ!!!
目も明けていられないほどの戦塵が吹き荒れる。
周囲一キロ圏内にいた悪魔たちはもろともに吹き飛び、葬送官は葬魂に奔走する。
恐ろしい威力の一撃に、大地にクレーターが出来ていた。
オリヴィアはその中心に誰もいないことを祈る。
そし、てーー
「いない……」
そこには、誰もいなかった。
まき散らされた青い血が現場の凄惨さを物語っている。
真空と大気の解放に耐えきれず、身体が粉々に砕け散ったのだ。
オリヴィアは思わず拳を握った。
「よし……ッ」
【ーーやった、と思ったか?】
「……ッ!?」
オリヴィアは本能的に飛びのいた。
直前までいた場所をヴェヌリスが貫き、衝撃で地面が放射状にひび割れた。
【ッチ。避けんなよな。頭カチ割ってやろうと思ったのによぉ】
「貴様……ッ」
ヴェヌリスの身体は揺らめいていた。
心なしか身体が縮んでいる気がするものの、その身体には傷一つない。
オリヴィアは奥歯を噛みしめた。
「ありえない……! 無事なだけならまだしも、無傷などと……!」
【あぁ? 無傷じゃねぇぜ? 痛ぇ一撃だったよ。咄嗟に身体を炎に変えていなかったらやられてた。それでも神霊体の半分は持っていかれたしな】
「……っ」
【だがお前の方もーーそろそろ限界みたいだな?】
ヴェヌリスの言う通りだった。
「ハァ、ハァ、クソ……」
オリヴィアの息は荒い。
全身から汗が吹き出し、膝が震えて今にも倒れそうだ。
【権能武装は神の力の半分を引き出す、だっけか? 人間の身でそんな力使ったら、消耗するのは当然だわな。今の、撃てて後一発だろ】
「……言い換えれば、あと一発撃てるということだ。貴様を倒すには充分ーー」
ヴェヌリスは凄惨に嗤った。
【させねぇよ。バーカ】
その瞬間、彼の背後に無数の炎弾と氷弾が浮かび上がった。
消耗した今ではオリヴィアですら受け流すのに苦労する数の弾丸。
煉獄の神霊はそれをーー城壁近くにいる葬送官に向けて放った。
「なッ!?」
「ーーぎゃぁぁああああああああああああああああ!!」
直撃を受けた葬送官は身体が燃え、あるいは凍り付き、悲鳴を上げる。
一人、また一人と殺し、悪魔へと変えていく神霊にテレサが顔色を変えた。
「このクソ神……!」
無数に生み出されていく弾丸を、空間転移でヴェヌリスへ打ち返す。
だが、ヴェヌリスは触れた弾丸を取り込み、体内で魔力に変換し、再び弾丸を生成した。
【キヒッ! オレの業がオレに効くわけねぇだろ、クソババア】
「貴様、卑怯な!」
オリヴィアはヴェヌリスに飛び掛かり、少しでも注意を引こうと剣を振るう。
だが、消耗した彼女に先ほどまで精細さはなくーー
【戦いに卑怯もクソもあるか。あるのは等しく煉獄だけだ。つまりこの世全てが、オレの領域なのさッ!】
「が、は……ッ!?」
カウンターの一撃を喰らい、オリヴィアは吹っ飛んだ。
彼女が倒れればこの戦争は終わりーーそれを理解するヴェヌリスは駆けた。
「させるか、この……!」
【キヒッ! クソババアは凍ってろ!】
「……っ!」
オリヴィアの援護を阻まれ、手元を凍り付かされたテレサ。
その隙に戦姫へ接近したヴェヌリスは、口元をゆがませた。
【あばよ、なかなか楽しかったぜ?】
「く、ぁ」
オリヴィアは立ち上がれない。
受けた衝撃があまりに大きく、全身の骨が悲鳴を上げていた。
(まずい、くそ、立て、立て、早く立たないと、ダメだ、間に合わないッーーやられる!)
その瞬間だった。
「ーーお姉さまぁあああああああああッ!!」
【ぁあ?】
キィイイインッ!
鋭い音が鳴り響き、ヴェヌリスは下半身を氷柱に貫かれた。
地面から生えた氷柱を怪訝に見て、眉を顰める神霊。
(こいつぁ、さっきも……あの時のガキかッ)
陽力の位置を探知。
ヴェヌリスは城壁の方へ目を向ける。
【ーーそこか】
オリヴィアは顔色を変えた。
「貴様、やめろッ! 逃げろ、リリアぁああああああああああああああ!!」
【遅ぇよ】
ヴェヌリスは身体を揺らめかせ、一瞬で城壁へ移動する。
動揺するリリアの顎をつかみ、宙に掴み上げた。
【テメェか。さっきの半魔と一緒にいたやつだな? こそこそうぜぇ攻撃してきやがって……!】
「ぁぐ……!」
バタバタとリリアは宙でもがいた。
死の瀬戸際に立つ元落ちこぼれの姿に、周囲の葬送官は奮起する。
「そいつを離せ、この化け物がぁぁあああああああああ!!」
「よせ、ジェームズッ!」
無数の矢をヴェヌリスに放つジェームズ。
だが、彼の弓矢はヴェヌリスの身体を通り抜け、ダメージを与えられない。
【やんのか、ぁ?】
『……ぁ、ッ』
ギロリ、とヴェヌリスが神威を放つと、葬送官たちは動けなくなった。
興味なさげに彼らを視界の外へ追いやり、ヴェヌリスはリリアに目を向ける。
【よぉ。言い残すことはあるか?】
「わ、……し、は」
【ぁ?】
直後、ヴェヌリスの身体が凍り付いた。
自らを氷の蕾に見立て、触れたものを凍てつかせるリリアの決死の一撃。
じゅわっ、と音を立て、ヴェヌリスは拘束をちぎり取る。
青褪めるリリアに、煉獄の神霊はニヤァ、と嗤った。
【あぁ、いいね、お前。あくまで戦おうってか? 敵に遺言は聞かせないってか? 仲間を守るために戦うってか? 仁義貫いてんじゃねぇか、おいッ!】
「ぐ……ッ」
「貴様、やめろ、リリアを離せ、離せぇええええええええええええええええ!!」
オリヴィアが吠える。
ヴェヌリスは無視した。
消耗した強者に、ここまでの援護は届かない。
(痛い、怖い、身体が、動かない……!)
リリアは内心で悲鳴を上げた。
だんだんと熱を上げ始めたヴェヌリスの身体が、自分を燃やそうとしている。
(いや、いやだ……死にたくない、死にたくないよ……)
まなじりに涙が込み上げるリリアに、ヴェヌリスは言った。
【キヒッ! 怖ぇか? 怖ぇだろうな。そんなお前にチャンスをやろう】
「ちゃん、す?」
【オレの女になれ。神の花嫁になるなら、お前だけは生かしてやる。どうだ?】
ぷッ、とリリアは唾を吐いた。
血の混じった唾液がヴェヌリスの頬を濡らし、ツゥ、と滴り落ちていく。
リリアは口の端を吊り上げた。
「残念、ながら……わたしの心には、先約がいます」
【キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ますますいいなお前、惚れるぜ!? いいぜ、そんなに死にたいなら殺してやる。悪魔にしてたっぷり愛でてやるよ。女ァッ!!】
(怖い、怖い、怖い。いや……誰か、誰か助けて……ジークッ!)
ーー……轟ッ!!
ヴェヌリスの身体が燃え上がる。
同時、彼に掴まれていたリリアも炎に包まれた。
覚醒を遂げた少女の身体は燃え尽き、黒ずんだ死体に変わった。
誰もがそう幻視した。
ーー雷鳴が、鳴り響いた。
まばゆい光に包まれ、世界が真っ白に染まる。
そしてーー。
ぼとり、と鈍い音がした。
それはリリアが落下する音であり、
ヴェヌリスの腕が、切り離された音だった。
【ぁ?】
瞬きしたヴェヌリスの前には、剣を振り抜いた少年が立っていた。
その耳は長く鋭かった。瞳は血のように赤い。
ボサボサの黒髪を風に揺らし、ボロボロの神官服を着た少年は聖杖機を持っている。
「リリアを泣かせたのは、お前か」
少年の身体から紫電が迸り、紅色の眼光がヴェヌリスを射抜いた。
ーー……ゾクッ!
背筋に悪寒が走ったヴェヌリスは無意識に飛び退く。
そして遅まきに、自分の行動に疑問を抱いた。
(なんだ、なんでオレは下がった? 気圧されたとでもいうのか。あんな餓鬼に?)
「……ジーク?」
リリアが呼びかけると、彼はにこり、と笑う。
その笑みは、リリアが知っている彼そのもので。
「ジークぅ……」
別人の空気を纏いながら、元の純粋さが残る友の姿に、リリアはただ涙した。
その違いが分からない神霊は警戒を込めて問う。
【……お前、名は】
「ジーク・トニトルス」
紫電が迸る双剣を構え、ジークは言った。
「煉獄の神ヴェヌリス。お前を倒す」




