超絶ギャングバレリーナファイターアブさん
注意事項
・この作品は本編(COMPLEX TRIP!)とは全く関係のないパラレルワールド的なお遊び小話です
・この作品はエイプリルフールにTmが『こんとりやめて新連載始めるから』と告げた嘘新連載より派生した小話です
・アブラアムさんのイメージを著しくぶち壊す危険性があります
・アブラアムさんがちょっと現代風な喋り方をしています
・世界観が謎です
・アブラアムさんが可哀想です
・アブラアムさんが可哀想です
・彼が一体何をしたっていうんでしょう。ただ普通に生活して、ちょっと主人公っぽい人と絡んで、それなのにこの仕打ち……
この世の悪とは、何を指すのか。元来、人々は善悪の定義に立ち向かったが、未だその確たる答えは導き出されていない。
それでも私は思う。正義とは、己の心が培うもの。悪とは、各々の心に宿るもの。そしてここにまた一人、己の正義を培う勇者が一人――――。
そこは古びたビルの二階に居を構える、寂れた事務所。けたたましく耳障りな騒音とも呼べる警報音が、突然鳴り響いた。疎ましくも耳慣れたその騒音に彼の眠りは著しく妨げられ、不快な故に眉間の皺をより濃くさせる。まだ眠い。けれどこの悲鳴のような警報を見逃すことはできない。ソファに横たわる彼はその熊のような身体をのそりと起こし――――警報を消して二度寝した。
「寝ないでください。襲われたいんですか」
「うわっ」
耳元で囁くと、コンマ二秒で起き上がった。
流石だ。常に正義と危険の狭間に身を置くものは、身のこなしも違うらしい。
「いや明らかお前のせいだろ。鳥肌立ったぞ」
「人のモノローグにつっこみを入れてはいけませんアブラアムさん。人権侵害ですよ。なによりルール違反です。次はありませんからね」
「モノローグってお前まるまる声に出して喋ってるし」
「言い訳無用です」
じろりと睨むと、耳をさすっていたアブラアムさんは途端口を閉じる。これも日々の調教、いや躾、じゃなくて鍛練のお陰だろう。着実に正義の味方としての土台が出来上がってきている。素晴らしい成果だ。
満足した私は寝起きのアブラアムさんを一頻り視姦、いや心の●REC、じゃなくて朝の健康チェックを済ませ、早速例のコスチュームを彼に手渡した。言わずもがな可愛いバレリーナ衣装(白鳥さん付)だ。
「さっ、事件ですよアブラアムさん。早くこれに着替えてください」
「やだよ」
なぬっ。間髪入れぬ即答とは。やれやれまったく、昨今の正義の味方はまずごねるのがセオリーらしい。でも解っている。彼は文句を言いつつも、やることはきっちりやり通す男なのだということを。
「いや、やらないからな。そのしたり顔止めてくれ」
「……何が気に入らないって言うんですか」
「何がってなにもかもだよ」
どうやら今日の正義の味方は少々ご機嫌斜めらしい。まるで思春期の中学生みたいなことを言い出す始末。寝ている間に邪気眼でも患ったのだろうか。
面倒くさそうにガシガシと頭をかいてソファに座りなおすと、胡乱げにあくびをした。完全にやる気が無いらしい。
「もう勘弁してくれよ本当。お前のお遊びに付き合ってるほど暇じゃないんだって、俺」
「お遊び? 心外ですね。これは正義の味方である貴方の義務なんですよ」
「いや俺は誰の味方でもないよ」
「またまたそんな中立クールキャラ気取っちゃって。キャラ設定はもう変更不可ですからね!」
「なんだキャラ設定って! さっきから色々ルール違反してるのお前だろうが絶対」
私はいいんです、私は。そんなことより、警報が鳴ってからもう随分経っている。早く駆けつけねばまた罪も無い市民が犠牲になってしまう。それだけは避けなくてはならない。
私は一度は跳ね除けられたそのコスチュームを、再び彼に押し付けるように差し出した。
「いいから、さぁ着替えてアブラアムさん。――いえ、超絶ギャングバレリーナファイターアブさん! 出番ですよ!」
「なんだよギャングって……その名前もさあ……もう勘弁してくれよ。俺もうついていけないよ」
「いいんですよなんだって! 昨今はただのおっさんよりチョイ悪親父くらいが丁度いいんです!」
「いや悪いけどそれも絶対古いから。お前が思ってるほどウケてないからそれ」
説明しよう! 超絶ギャングバレリーナファイターアブさんとは、
「おいなんでいきなり解説始めてんだ」
世にはこびる悪を一掃するため非公認勧善懲悪機関『アブさんファンクラブ名誉会員』
「なんだ名誉会員って。名誉毀損会員に改名しろ。そして今すぐ跡形もなく解散しろ」
によって作り出された、俗に言う正義の味方なのであーる。彼は日夜悪の秘密結社『イチジョー』と戦っている。そしていつの日かイチジョー大元帥アタラを倒し、世に再び至上の平和をもたらすことが、彼に課せられた使命なのだ!
「俺の平和は誰が保証してくれるんだ。ん?」
戦え、アブさん。悪に打ち勝て、アブさん。
「悪はお前だよ」
真の平和はもうすぐそこに――――!
「聞けよもう本当やだコイツ。親御さんは何してるんだよ娘がこんなになるまで放っておいて大惨事にも程があるだろうコレ」
「何か言いました?」
「言ってません」
文句を言いつつもここぞというときには従順だ。これぞ洗脳、いや教育、じゃなくて信頼関係のなせる技なのだ。やっぱり私の目に狂いは無かった。再び私は満足すると、おもむろにアブラアムさんのシャツに手をかけた。
「……なんだこの手は」
「着替えるんですよ。モタモタしないでください、さぁ。今日は特別に私が手伝ってあげますから」
「……やめろ」
「早く脱いでください」
「やめろって」
「早く脱いでってば」
「よせって」
「脱げって」
「やめっ、ちょっ、ア――――ッッッ!」
こうして日夜、バレリーナファイターアブさんは世のため人のため、悪を正し正義を貫くのだ。けれどそれを知っているのは、『アブさんファンクラブ名誉会員』と、私だけ。
ホラ、貴方の街にももしかしたら――――。
終(わらせないと可哀想)