第12話 白の依頼と、初めての失敗
灰色の納品から三日後。
修道院からの使いが、また簡素な羊皮紙を届けてきた。
「写本室より。
次の依頼として――白の調合を願いたい」
フランチェスカは目を丸くした。
「……白、ですか?」
「ああ。ついに来たな」
白。
黒や灰とは違い、扱いも調達も難しい色。
修道院長が、俺たちの“次”を見ているのは分かっていた。
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「フランチェスカ、白ってどうやって作る?」
「えっと……鉛白、石膏、白亜……
でも、どれも高価で、扱いも難しいです。
写本室では、あまり使わないはずです」
「そうだよな……」
俺は羊皮紙を見つめながら、胸の奥が少し重くなるのを感じた。
石膏は粒が粗く、写本には向かない。
白亜は弱く、発色が薄い。
鉛白はまだマシだが……毒性が無視できない。
材料がなければどうにもならない。
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「……やってみるしかないな」
「はい。やってみましょう」
フランチェスカは不安そうに笑った。
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まずは石膏を砕いてみた。
だが粒が粗すぎて、紙に乗せるとザラつく。
「……これじゃ写本には使えませんね」
「だな」
次に白亜を試した。
だが薄く、弱く、すぐに色が沈む。
「これも駄目か……」
そして鉛白。
だが、これは扱うだけで危険だ。
「フランチェスカ、これは……俺は扱わない」
「え? どうしてですか?」
「好きじゃなくてな。いや、違う……危ないんだ。
少しだけ試すが……余った分も絶対に使わないでくれ。頼む」
俺は慎重に少量だけ試したが、
乾きが遅く、伸びも悪い。
まだマシではあるが、安定供給を考えると――候補にはならない。
どれも、写本室が求める“白”にはならなかった。
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「……駄目だな」
俺が言うと、フランチェスカは唇を噛んだ。
「ごめんなさい……私、もっと役に立てれば……」
「お前のせいじゃない。
これは、どうにもならない。
敢えて使うなら鉛白だが……
これを避けたいのは俺のわがままだ。すまない」
そう言いながらも、胸の奥に冷たいものが広がった。
――修道院長は、これを見越していたのか?
黒と灰は“偶然ではない”と判断した。
ならば白は……試されていたのだろう。
そして俺たちは、見事に失敗した。
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期日。
俺たちは、失敗した白の試作品を持って修道院へ向かった。
修道院長は、静かに壺を受け取った。
「すみません。白は失敗しました」
「しかし、少量でも準備していただけましたし、品質もそこまで悪くないですよ」
「お言葉はありがたいのですが、これは“仕事”にはなりません。
試作品で、黒や灰のように納品物として扱えるものではない。
その日の糊口を凌ぐための品ではなく、
あなたが求めたのは“写本室のための仕事”でしょう?」
「……ふむ。なるほど。
白は難しかったようですね」
責める口調ではなかった。
むしろ、予想していたような声音だった。
「申し訳ありません。
どうしても、写本に使える白が作れませんでした」
フランチェスカが深く頭を下げる。
修道院長は首を横に振った。
「謝る必要はありません。
白は、写本室でも扱いが難しい色です。
あなた方が悪いわけではありません」
その言葉に、逆に胸が痛んだ。
――やはり、試されていたのか。
俺は一歩前に出た。
「……白の代わりに、別のものを――」
修道院長がわずかに眉を上げた。
「別のもの?」
俺は深く息を吸った。
「はい。
白は駄目でしたが……代わりに、写本室で使える“色”を用意しました」
「……ほう。では、見せていただきましょう」
――ここから先は、もう後戻りできない。
俺は壺を抱え直し、修道院長の前に差し出した。




