第1話 邂逅
「……くそ、完全に道を間違えたな」
息を整えながら、俺は木の根元に背を預けた。
山の空気は冷たく、季節外れの霧が立ちこめている。
視界は数十メートルほどしかない。
スマホは圏外。
GPSは数時間前から沈黙。
いつもの狩猟で入った山のはずが、気づけば遭難していた。
霧が晴れるまで休むか――そう考えた瞬間だった。
「……たす、け……」
霧の向こうから、か細い声が聞こえた。
少女の声だ。
反射的に銃を構え、声の方向へ走る。
狩猟者としての習性が身体を勝手に動かしていた。
霧が割れ、視界が開ける。
そこには、三人の男と、一人の少女がいた。
男たちはボロ布をまとい、粗末な武器を手にしている。
そのうち一人が少女を縄で縛り、引きずっていた。
少女は金髪で、薄汚れた修道服の様な地味な服を着ている。
怯えた瞳が、俺を見た。
「おい、なんだあれ……?」
「見たことねぇ服だぞ。金持ちの旅人か?」
俺は反射的に猟銃を構えた。
「おいおい、良いモン持ってるじゃねえか」
歯が黄色く、目がギラギラしている。
「俺はただの遭難者だ。金も持ってない。
事情は知らないが、子供にする仕打ちじゃないだろう。放してやれよ」
「嘘つけ。お前、値打ち物もってるだろ?」
「命は惜しいだろ?荷物置いてけよ」
「お前、そう言って素直に逃したやついねぇじゃねぇか」
ため息が漏れた。
「その子を離せ。今すぐだ」
「は? てめぇ、何言って――」
山賊が一歩踏み出した瞬間、俺は引き金を絞った。
轟音。
至近距離の散弾が男の胸を砕き、霧に血飛沫が散る。
「ひっ……!」
二人目が怯んだ。
その隙に二発目を撃つ。
男は吹き飛び、動かなくなった。
残った一人は蒼白になり、少女を突き飛ばすと逃げ出した。
「ま、待て……! 待ってくれぇぇ!」
霧の中へ消えていく。
俺は追わなかった。
銃を再装填し、倒れた二人の呼吸を確認する。
完全に沈黙していた。
少女は地面にへたり込み、俺を呆然と見上げていた。
「……大丈夫か?」
縄を切ると、少女は咳き込みながら言った。
「あなたは……誰、ですか……?」
「ただの猟師みたいなもんだ。名前は後でいい。今は――」
「追わないのですか……?」
「仕留めてはおきたかったが……君を助けるのが先だ」
少女の瞳に、恐怖と……どこか別の感情が揺れた。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
深く頭を下げる少女。
その仕草は修道女のように見えた。
「彼らは霧に紛れ、村を襲った山賊です。逃げた人を捕まえているのです。今の者も、仲間を呼びに行くでしょう」
山賊。
物語の中でしか聞かない単語だ。
「となると長居はできないな」
俺は周囲を見渡しながら言った。
「運良く君を助けられたが、仲間がいるとなると保証はできない。家族等を助ける力はないと思ってくれ」
少女は小さく震えた。
「私に家族はいません。村の皆がどうなったかは……分かりません。思い出すのも怖いのです。まずは街に行き、自警団に知らせるべきです」
自警団。
また一つ、違和感が増えた。
「なら街に向かおう。そこまでなら助けになれる」
「……はい」
少女は俺の袖をそっと掴んだ。
その手は冷たく、細かった。
「……まずは安全な場所へ行こう」
「はい……」
霧の中、俺たちは山を下り始めた。
「……そうだ、君の名前は?」
少女は少し迷い、小さな声で答えた。
「フランチェスカ……フランチェスカ・プレーラティです」




