足手まとい
「では、今度は私の番ですね」
ソファの方へ移動していったシュナを見送っていると、表情を引き締めたリリーが口を開いた。
「脱退理由は言いたくない、とのことでしたが、これだけ聞かせてください。レオは、私たちのことが嫌いになったのでしょうか」
「……?」
言われた意味が理解できず、首を傾げて3秒後、思わず立ち上がった。
「え、あっ、ちが、違うからな!?」
「違うんですか」
「違うに決まっていますが!?」
どうしてそんな勘違いを。いや、急にパーティを抜けるなどと言い出せば、そう考える方が自然か。
自分の拙さ頭を抱えつつ、早急に誤解を解こうと口を回す。
「そう聞こえたならごめん。本当にごめん。でもマジで違くて、嫌いとかじゃないっつーか、寧ろ皆のことは好きだし、別に不満とかも無いし、そもそもこれは俺の問題で、いや理由言わねーから信じらんないのも無理ないけど、」
「大丈夫です、レオ。これはただの確認ですから」
「か、確認?」
必死の弁明をすんなりと流されて、少し冷静になる。
とりあえず、立ち上がった拍子に倒してしまった椅子を戻していると、リリーが寂しそうに微笑んだ。
「私たちに不満があるのなら、それを解消すれば、思いとどまってもらえるのではないかと思いまして」
視線を落としたリリーの輪郭を、西日が照らし出す。
思いとどまってもらえる、という表現に引っ掛かりを覚えて、そのまま、ほんの少しも期待が滲まないようにわざと茶化して笑った。
「なんか、俺に抜けてほしくないみたいに聞こえるな」
口にした瞬間、間違えたと思った。
正面に座るルカの雰囲気が、一気に重くなったためだ。
「誰が、レオに抜けてほしいって言ったの?」
「言われてない言われてない。落ち着け」
窘める言葉も虚しく、ルカのすすき色の髪や瞳が、魔力を帯びてきらきらと輝く。
ルカの魔力はそう多くない。見た目に影響が出ているのは、感情に引っ張られて増幅した魔力が、身体に収まりきらなくなっている証拠だ。
確実に怒っている。
「それは話が変わってくるよ。レオが抜けたいから抜けるって話じゃなかったの?」
「そういえば最初の方に、抜けるべきだと言っていたな」
しれっとした顔のヴォルフによって、古い油を注がれ。
「もしかして、レオが最近『ごめん』とよく言うようになったことと関係があるのでしょうか」
「ごめん、ありがとう、レオちゃんとする。でも、今、ごめん多い」
心配そうなリリーとシュナには、新しい油を注がれ。
「前向きな理由での脱退なら、今後が無計画になる訳ないもんね。レオの性格的に」
半眼のアルトに、薪を追加される。
見事な連携プレーだった。
「あのぉ、ルカさん、」
「駄目だよ、却下。このままパーティ抜けるなんて俺は絶対認めない」
怒りの炎をその身に宿したルカは、前振りのように大きく息を吸い込む。
「でっち上げでも何でも良いから、っ俺を納得させられる理由を用意して!」
一際強く髪を光らせてから、はっと我に返ったルカは、居心地悪そうに視線をさまよわせた後、未だ輝く瞳を瞼に隠した。
本人の深呼吸と共に大人しくなっていく光を眺めながら、俺は驚きに見開いた目を、そっと細める。
魔力が飽和するほど怒っているのに、それでも俺の気持ちに寄り添おうと、理由を隠すことも許してくれる。優しくて、損をしがちなところは、最初にパーティを組んだ時から変わっていない。
俺が1人で口をもごもごと動かしていると、ルカはやけになったように続けた。
「理由に納得できたって、俺は全力で引き留めるし、駄々もこねるけどね」
「なんでだよ」
「最低でもパン屋を開けるくらいにはこねる予定だから、覚悟しておいて」
あまりにもダサい宣言だった。
空気が緩んだことを感じ取ってか、他のメンバーも次々と口を開く。
「ならば俺はパスタ屋を開こう」
「粘土、器」
「じゃあ僕はお菓子で」
「肉団子も良いですよね」
おおよそ大真面目な顔をして言うことではないし、誰か1人くらいルカを止める素振り見せてほしい。
「いや話の趣旨変わりすぎだろ。……っふ、はは!」
何だか可笑しくなってきてしまって、思わず声を出して笑ってしまった。
俺がパーティを抜けるだけで、とうに成人を迎えた中堅の冒険者が、揃いも揃って、店を開けるほどの駄々をこねるらしい。しかも1人につき1店舗らしいため、子どものそれとは比較にならないほど見苦しく、迷惑千万なものになるだろう。
見た目も損害も、とんでもないものになるに違いない。
しょうがねーな、と思ってしまった時点で、俺の負けだった。
あからさまなほど脱線していく話を横目に、みっともない前置きの予防線を張る。
「大した理由じゃねーんだけどさ」
気づかれないよう、大きく息を吸い込んだ。
「俺、足手まといだろ」
声は震えていなかっただろうか。
せめて、表情が強張っていなければいい。
「最近、あんま役に立ててないし。だから自主的に抜けようかなーって」
1番汚い本音を口にした訳でもないくせに、恥ずかしくて、情けなくて仕方ない。
パーティのモチーフが彫られたテーブルの下で、密かに拳を握りしめた。
強がって顔を上げたままでいると、またもや、ぽかんとした間抜け面が並んでいる。
理由を素直に話すと思っていなかったが故の驚きと、理由そのものに対する驚きが、半々になったような顔だった。
人間ができすぎている仲間たちは、俺を足手まといなんて考えたこともなかったのだろう。
「こんなに大騒ぎになるとは思ってなかったっつーか。理由がこんなで悪かったな」
胃の辺りで何かがとぐろを巻くような不快感を覚える反面、言いたいことを全て吐き出すと、どこか胸が軽くなった。
嘘がつけない(笑)なら兎も角、誠実な正直者って俺のキャラじゃないよな、と考えつつも、反応を待っていると、最初に復活したのはシュナだった。
「足手まとい?」
「お荷物、って言った方が分かりやすいか」
「御荷物?」
「そーそー、お荷物」
「???」
シュナとゆるいやり取りを繰り返していると、正面で音が爆発する。
「いやお荷物じゃないよ!」
「あ、うん。ルカならそう言ってくれると思ってた」
「うぐっ」
ルカは顔をしわしわにして撃沈した。何だったんだろうか。
シュナは言葉少なに混乱しているようだし、リリーとヴォルフに至っては未だに驚きから抜け出せていない。
「まあ、足手まといって思うのも、仕方ないのかもね」
そう口を開いたアルトだけが、平然としていた。




