その15の1「アムと酔っぱらい」
「あ?」
男がレグを睨んだ。
レグはそれに冷笑を返した。
「悪いが……イカサマ野郎に払うカネはねえよ」
「はぁ? 負けたからって言いがかりかよ」
「チャチなカードのすり替えを、見抜けないとでも思ったのか?」
「難癖つけてんじゃねぇ!」
男はレグの腕を振り払い、席から立ち上がった。
そして座ったままのレグに掴みかかった。
その手がレグに届く前に、男の体がぐらりと揺れた。
男が倒れたのを見て、彼の仲間たちが驚きを見せた。
「何だ……? 何をしやがった……?」
「まさかコイツ……冒険者か……!?」
「じゃあな。良い暇潰しになったぜ」
レグは席から立ち上がった。
そして酒瓶を手に、店の出口に足を向けた。
レグを呼び止める者は居なかった。
底知れない男と、かかわりたくないのだろう。
店から出たレグは、繁華街にある狭い路地を歩いていった。
ぶらぶらと歩き、酒瓶に口をつける。
やがてレグは、自宅がある住宅地にたどり着いた。
昼間から酒瓶を手にしているレグを、通行人が不審げに見た。
レグはそれを無視して歩き、アパートの前にたどり着いた。
「……どこに行っていたのですか」
そこに、見慣れた車椅子少女の姿があった。
「よぉ。こんな所で何やってんだ? お嬢さま」
レグがへらへらと尋ねた。
怒った様子のアムの視線が、レグを鋭く突き刺してきた。
酒瓶を目にしたアムが、軽い驚きの表情を浮かべた。
アムは再び表情を険しくして、レグの瞳をじっと見てきた。
「……お酒を飲んでいるのですか?」
非難のように問われても、レグの態度は変わらなかった。
ずっと軽薄な薄笑いを浮かべたままだ。
「ああ。おかげで良い具合だ」
「こんな時間からお酒を飲んで、
遊び歩いているなんて……」
「べつに良いだろ? 今日は休みだぞ?
休みに酒を飲んで、何が悪いってんだよ?」
アムの怒りの表情に、悲しさの色が混じった。
「体調を崩したと聞いたから、心配してやって来たのに……」
「……そいつは悪かった」
レグは一瞬だけ真顔になった。
だがすぐに、元の薄ら笑いに戻った。
「べつに体は問題ねぇよ。こうして酒も飲めるしな」
既に中身が少なくなっている瓶に、レグは口をつけた。
そして瓶を大きく傾けて、中身で舌を潤そうとした。
「飲まないでください。レイ」
「はい」
レイスが即座に酒瓶を没収した。
見た目は優雅に。
だが見た目よりも乱暴な力で。
強引に瓶を奪われて、レグは少しよろけた。
「おおう?」
頼りない様子のレグに、アムは気遣う声を向けた。
「いったいどうしたのですか?
いきなりお仕事を休んで、こんな……」
「仕事っていうがな?
普通は週に1回くらいは休むもんだぜ」
「……迷惑でしたか?
休みの日までドライバーをお願いするのは」
「いや……。べつに暇だったからな」
普通の仕事であれば、週休0日というのはだいぶブラックだ。
だがアムと過ごす休日出勤は、遊び歩いているのと大差ない。
苦痛だとは思わなかった。
ただ……たまには休みたい時もあるというだけの話だ。
休んで酒を飲みたい日だってある。
それだけの話だ。
「それなら……他に何か嫌なことでもあったのですか?」
「嫌なことなんてねぇさ。良いことならあったさ。
とても……とっても良いことだ」
「何があったのですか?」
「カレンが結婚する。
昨日、結婚式の招待状が来た」
「誰ですか? そのカレンというのは」
「幼馴染みだ。大切な。
俺のムチャな冒険に付き合ってくれた。良いやつだ。
それが結婚して、幸せになる。良いことだ。
なあ、とっても良いことだ。だよなぁ?」
くっくっくとレグは笑った。
そして酒瓶を持ち上げようとして、手がカラになっていたことを思い出した。
そんなレグのありさまは、とても幸せそうには見えなかったようだ。
アムは硬い顔で、レグにこう尋ねてきた。
「それならどうしてお酒なんて飲んでいるんですか」
「良いことだからじゃねぇか? めでたいから、飲んでるんだ」
「好きだったのですか? そのカレンさんのことを」
「そりゃあな。仲間だったしな」
「恋愛感情があったのかという意味ですが」
レグは笑みを引っ込めてこう答えた。
「……あったのかもな」




