その11の1「アムと婚約破棄的なやつ」
「なんとかって、なにをしろと言うのですか」
「特注のカヤックを用意できないのかって話だ。
ジャバックさんとかに頼んでさ」
「ムチャを言わないでください」
「無理なのか?
ふ~ん。一等貴族ってのも意外とたいしたことないんだな」
レグがつまらなさそうに言うと、アムの温度が上昇した。
「無理ではありません!
お父さまに不可能などありません!
ただ大げさなことをしたくなかっただけです!」
すっかりひっかかったアムを見て、レグはにっと笑った。
「それじゃあ確かめに行くか?」
「望むところです!」
……。
そういうわけで、二人はジャバックの執務室を訪れた。
「お父さまなら簡単ですよね!?」
「う……? うむ……」
怒涛の勢いとなったアムに、ジャバックはにぶく頷かされた。
父の言質を得たアムは、車椅子をギュルリと回転させた。
そしてレグにドヤァとした顔を向けた。
「聞きましたか?
オーウェイル一等貴族を侮ったこと、
きちんと謝罪してください」
「ああ。すいませんでした。ジャバックさん。
それではカヤックのこと、よろしくお願いします」
レグは穏やかにそう言うと、すぐに部屋から退出していった。
ウキウキとした調子でアムも去り、レイスもそれに続いた。
部屋に残されたジャバックは、書類仕事を手伝っていた執事に、苦い顔を向けた。
「……大至急、関連業者を調べ上げてくれ」
「かしこまりました」
……。
休みの前日になった。
学校帰りの午後。
アムが猫小屋で、レグに声をかけた。
「レグ。明日もヒマですね?」
「……ヒマだが?」
まったくもってそのとおりだが、決め付けられるのは遺憾なものなのだが?
美女とデートの予定がないとは言い切れないのだが?
無いけど。
レグはむすっとした顔をアムに向けた。
「何ですかその顔は。
またお買い物に行きたいので、運転をお願いします」
「わかった。9時くらいで良いか?」
「はい。よろしくお願いします」
その翌日。
先休日-さききゅうじつ-の朝。
レグは平日よりも遅い時間に、自宅から出発した。
そしていつものように、猫小屋でアムたちと合流した。
「おはよう」
「はい。おはようございます」
アムの鞍への移動が終わると、レグは猫を小屋の外に出した。
そのとき……。
「ここに居たのか。アム」
男の声が聞こえた。
レグは声のほうを見た。
(誰だ? 知らない顔だな)
レグは男を観察した。
年齢は、アムより少し上くらいだろうか。
身なりは良い。
貴族家の子息か。
髪もさっぱりと整えられている。
容姿も体格も悪くはない。
それなりの美男子と言えるだろうか。
「トカル……」
あまり楽しくなさそうに、アムが男の名を呼んだ。
男はアムから視線を外し、後ろで手綱を持つレグを見た。
今、レグの両腕は、アムの体のすぐ近くにある。
そんなありさまを観察した後、男、トカルは、アムに視線を戻した。
「男と同じ猫に乗っているのか。
まあ良い。こちらも気分を咎められずに済む」
「……何の話でしょうか」
「立ち話もなんだ。
中に通してもらっても良いか?」
「これから外出の予定があります。
手早く済ませてもらえませんか?
……どうせおもしろい話でもないようですし」
「そっちが良いならそうするが。
……俺とおまえの婚約を、解消させて欲しい」
「私たちの婚約は、お父さまたちが決めたことです。
私の一存ではなんとも……」
アムがそう言うと、トカルは口の端を吊り上げた。
「それなら問題はない」
「え……?」
「周りには、すでに話を通してある。
オーウェイル卿にも承諾を得ている。
あとはおまえと話をつけるだけだ」
「お父さまが? 私は聞いていませんが」
「事故の当時、おまえは精神が不安定だったからな。
刺激の強い話は避け、
立ち直るのを待とうという話になった。
無事に学校に通えていると聞いたので、
こうして訪ねて来たわけだ。
今はずいぶんと元気になったようだな」
アムの後ろのレグに、トカルは冷笑を向けた。
ただのドライバーと言うには、レグの容姿は美しすぎる。
妙な想像を掻き立てられてしまったのだろう。
「下世話な勘違いはやめてください。
……婚約解消の理由を尋ねてもかまいませんか?」