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第十九話 南の領地へはまだ遠い 1

「申請の返事って、いつ頃くるのかな」

 豚の串焼きを食べようとしていたミヤが手を止め、ロムが酒を飲み、モツの煮込み料理を食べていたジンが、スプーンを置いた。

「うっす。でもまだ、アスカさんとマリーさんからの手紙の返事も来てないっすから、待つしかないっす」

「だよなぁ」

 ため息を飲み込みつつ、鯖に似た魚の身をほぐした物とマリネした野菜を挟んだサンドイッチにかぶりついた。

 西の中心町。以前、カシメルと共に来た居酒屋で、俺たち四人は晩ご飯を食べていた。ここに滞在して、すでに四日。要するに、四日前に、南の役所への申請は完了しているのだ。でもまだ、南の役所からの返事は来ない。毎日、タールのところへ顔を出しているが、色よい返事もそうではない返事も、全く来ていないらしい。

 そして、アスカさんとマリーからの手紙の返事もまだ、届いていなかった。

 祭りが終わって、十二日が経過していた。

 一座の村に戻って後片付けをし、南へ向かう準備をした後に、許可をもらった俺たちは、ドワーフの里へ出発することになった。一座もすぐに南へ出発するということだったので、合流するまで、ジンは俺たちと行動を共にすることになった。なので、西の中心町へは、ドワーフの里から直接来た。

 ヒーリングの村へ行った後、一座とは西と南を繋ぐ境界橋付近で合流する予定になっている。

 南の領地の許可は下りるだろうっていう希望的観測の元、そういうことになったのだが、下りなかったらどうしよう…‥‥。その場合は、ジンを一座の元へと送り届ける時間だけはもらわなければ。俺たちが北へ戻ることになっても、ジンの旅はまだ続くのだから。


 再び訪れたドワーフの里で、ジンがお願いしていた包丁は、無事に手に入った。里長が急ピッチで仕上げてくれていたのだ。日数がある程度かかるものだけれど、そこは約束した通り、優先して作業をしてくれていたらしい。

 ちょうど、西の祭りが終わった頃に出来上がっていたそれを、里長がジンに渡してくれた。

 その時の、ジンの嬉しそうな顔。

 普段から穏やかで、静かな笑みを浮かべていることが多いけれど、その時の笑みは、なんていったらいいのかな。格別の笑顔だった。

 何度も何度も、包丁をあちこちの角度から眺め、日にかざし、カバーに入れて愛おしそうになでる。ジンの夢が、これで、一つ叶ったんだ。なんか、俺たちもすごく、嬉しかった。

 里長は多少安くすると言ってくれたが、それでは話が違うとジンが一歩も引かずに、きちんとした代金を支払ったのも、ジンらしかった。誠実。変人扱いはされているけれど、ジンは間違いなく誠実な人柄だ。

 そうして、旅の目的の一つだった包丁を手に入れたジンだったが、その後、俺たちが何をしたかというと。

 ドワーフの里、ジンの出張ケバブ振る舞い。

 なんと、ジン、あの時、グチャグチャ言わずに全てを飲み込んで引き受けたくれたカシメルの為に、なんだかいろいろと準備していたのだった。

 まずは、祭りの後片付けが終わった後に、中心町の氷屋と肉屋へ行き、村から里へ向かう日に合わせて、氷を届けてもらうように手配する。次に、村で、持ち運びができる保冷バッグみたいな物を借りる。で、そこに材料と氷を入れて、里まで来た。

 ケバブの材料分、荷物は多少増えたけれど、移動の日程やらなにやらの見当はついているので、保存食等は今回は持って来ていない。村から里、里から町までは、それぞれ半日で行けるし。その分は、多少なりとも荷物は減っていたので、ナガ達の負担も最小限で済んだ。

 肉は、残念ながら里全体に行き渡るような量は用意できなかったけれど、それでも、ある程度は振る舞えた。

 今回も、屋台で出したタイプのケバブ。多めに仕込んでいたソースが、まだあったのだ。もしくは、里でケバブを振る舞う為に、ジンが多く仕込んだのか。

 調理器具なんかは、集会所の物を借りた。そして、カシメルたちの希望で、里にあった肉や材料も足して、ジンのケバブは振る舞われたのだった。

 ザクはまだ、語彙は増えてなかったけれど、カシメルと自分の名前は覚えたらしい。美味しそうにケバブを頬張るカシメルの肩で、嬉しそうに彼女を見つめていた。

 一日に二回、カシメルは見回りも兼ねて、ザクと一緒に鳥の元へ訪れているという。鳥はまだまだ、起きる気配はないようだった。

 最初は集会所の辺りを遠巻きに見ていた里の人たちも、扉を開放してケバブを焼いていると、少しずつ集まってきてくれて、最後は和やかな雰囲気でケバブの会は終了した。

 途中、ジンとカシメルに、アスカさんがいたら大騒ぎしそうな何かのフラグが立っていたが、素知らぬフリをしてやり過ごした。

「ジン。北には春に戻るのか?」

「うん。一座が春に北の祭りに行くから、それと一緒に戻るよ」

「そうか。私もその頃、ジンの店に食べに行ってもいいか?」

「もちろんだよ。待ってる」

 そんなこう、イイ感じのやり取りの背後で、ミヤが俺の服を引っ張った。

「カツミさん、カツミさん」

 コソッとささやくミヤに振り向く。

「なんだ?」

 今、いいところなんだから、二人の邪魔はするなよ。そう思いつつ小さめの声で答える。

「アレ、アレ」

 笑いをかみ殺してミヤが指さす方向には、こちらを見つつ俺がやった実演販売の動きの真似をしている人が五人くらい。ご丁寧に、それぞれホウキも持っている。

 だから、客は多いけどやる人は一人なんだって!!なんでみんなホウキ持ってんだよ!!

 視界に入った瞬間、空を仰いで目をつぶった俺を見て、ミヤがこらえきれずに吹きだしていた。

 

 ってなわけで、ドワーフの里には一晩だけ世話になり、今、現在、ここで晩ご飯を食べている、と。

 それにしても、西の領地は急ぎ足というか、なんだか移動が多かったな。落ち着かなかったともいう。その反動か、現在はピタリと動きが止まっているのだが。そんな反動、いらないんだけど。

 西の中心町では、俺たちはそれぞれ、別行動をしている。

 ジンは町中にある飲食店や各種食材などを見て歩き、ロムは護衛業の拠点へ行ったり、情報収集をしたり、ナガ達のメンテナンスをしたり。

 俺たちはと言えば、南京玉すだれの道具をいくつか作ったり、練習をしたり。

 これがもう、難しくて!!

 宿屋でやるのも狭いし、町中でやるのも人目が気になるしで、城門の外で練習してるんだけど、難しくて、一向にできるようにならない。

 玉すだれも小さいものだし、正式な、あんなにきちんとした、芸、と言えるほどのモノではないんだけど。それでも、全然、できない。なんとなくの形ですらできないのだ。

「ミヤ。ミヤはどうやって練習したんだ?」

「動画っす」

 動画見て練習したのか。やっぱり、すっごい練習したんだよな。

「コツってあるのか?」

「そうっすね。何度も繰り返してやるしかないっす。諦めないことが大事っす」

 要するに、練習あるのみ、ってことだな。

「頑張る」

 そうして、俺たちは南京玉すだれの練習をしつつ、休憩時間に町中をブラブラし、日々を過ごしていたのだ。

 朝と昼は別々だが、晩ご飯は四人で食べた。ジンの研究も兼ねて、気になるという店を訪れて、あれこれと料理を頼んでは、みんなで感想を言い合って食べる、という毎日。

 そして、四日目の今日、ジンとも来たいなと思っていた店にやって来た。‘豪快’という名のその店は、今日も何を頼んでも、ボリューミーで美味しく、楽しいひと時ではあったのだが。

 北から西では、申請をしたら、意外なほどすぐに許可が下りたけれど、南はもう四日目。グズグズとした俺の性格の悪いところが出始めていた。

 西で異能が発動したから、南では申請が下りづらいのだろうか、とか。このまま下りなかったらどうしよう、とか。

 そんなことを考え始めてしまって、楽しい食事中に暗い顔で呟いてしまったのだ。

「こればっかりは、待つしかないから仕方ない。移動ばかりだったし、少しのんびりするつもりでいたらいいさ」

「うん。俺も、いろんな店を見られて、勉強になるよ。北とはやっぱり、違うよね」

 そう言うジンは、今日は岩塩の塊を仕入れてきた。味見をさせてもらったら、すごく美味しい塩だったから、日持ちもするし、と、とても嬉しそうに話していた。

 オムリと一緒にあちこち行った時も、海水を使った塩を仕入れてきていた。どちらの塩も、それぞれ微妙に味が違うらしい。

 ジンの作るケバブはシンプルなモノが基本なので、塩の味も大切なのだろう。

「だよな。待つしかないんだよなぁ」

 一座も既に出発しているし、なんかこう、俺たちだけ足踏みしているような気になって、焦ってしまう。よくないな、こういうの。

「心配しなくても、そのうち返事来るっすよ!!」

 ニコニコとミヤが豚の串焼きを頬張りつつ言った。

「だな。なんか、ツマンナイこと言ってごめん、みんな」

 場の雰囲気を微妙にした俺を誰も責めることもなく、穏やかに食事は再開された。

「そういえば、塩といえば、前にいた世界では、レモン塩とかあったなぁ」

「あったっすね。抹茶塩とか」

「それは、どんな塩なの?」

「レモンの味がする塩と抹茶の味がする塩」

 説明になってないな、我ながら。そのまんまじゃん。でも俺、作り方知らないんだよな。スマホがあったらなぁ。スマホだけじゃダメだけど。ネット環境と情報を発信してくれてるとこがないと。

「作ったことないんで、詳しくは分からないっすけど、レモン塩は、レモンの皮をすりおろして、塩に混ぜて乾燥させて作るっす。フライパンで煎ったりっすかね?もしかしたら、皮とかを乾燥させてから混ぜるのかもしれないっす。抹茶塩は、抹茶をそのまま塩と混ぜるんっすかね?」

 珍しく半疑問形で、考え考え、ミヤが言う。調べる手段がない以上、あやふやな知識は、あやふやなまま話すしかない。食べたりしたときの、記憶を辿りながら。

 それでもそれが正しい知識かどうかは、判断の仕様がない。実物もないし。申し訳ないけど。

「へぇ。おもしろいね!果汁も使ったりするのかな?」

「うーん……ちょっと分かんないっす。もしかしたら、使ってるのかもっすけど。ちゃんと作り方分からなくって、申し訳ないっす」

「そんなことないよ。ありがとう。レモンの他にも、甘みがなくて酸っぱい柑橘系なら、この世界にもあるから、時間ができたら、試してみたいな」

「うっす。乾燥させているから、出来上がった料理に柑橘類の果汁を絞るのとは、また違った風味になるっす」

 言われてみると、そうだ。すごいな、ミヤ!!

「なるほど。おもしろい発想の塩だね」

 手元の焼き魚に、まさに今、柑橘をしぼりつつ言うジン。目が真剣なところを見ると、なにか料理のことを考えているのだろう。

 ジンの役に立つかもしれないから、俺もなるべく、前の世界の料理とか思い出すようにしよう。自炊はあんまりしてなかったけど、外食とかはしてたし。コンビニとかヘビーユーザーだったしな。

 コンビニって、その時の流行の最先端を取り入れた新商品があるから、今から考えると、すごいよな、ってつくづく思う。流行となると、素早く取り入れて、流通に乗せるスピードといったら。それこそ、魔法みたいだ。

 改めてコンビニの凄さをかみしめる。だって、商品を買うことだけじゃなくて、あそこ、チケットも取れるし宅配便も送れるし受け取れるし、税金だって支払いできるし、お金もおろせるし。ものすごいことだな、こうやって考えると。

 ‘便利’というのはすごいことだ。その‘便利’を保つために、いろんな人が必死になって支えているのだろうけど。

 気づくとロムが酒の追加をしている。ロムも、あんまり酒飲んでも変わらないよな。

「ロムって、二日酔いになったりすることって、あるのか?」

「ある。魔力の調子が悪いときとか」

 魔力の調子が悪いとき?

「そんなことあるの?」

「あるんだよ。体力とか気力とかあるだろう?魔族は魔力も身に備わっているから、魔力の調子もあるんだ。まあ、俺は、動けなくなるほど不調になることは、滅多にないけど」

 ええー。ビックリ。魔王はどうなんだろう。機会があったら、聞いてみよう。

 あ。もしかして。

「ロム。俺たちといるときも、魔力の調子が悪いときって、あったのか?」

「多少はな。でもまあ、大丈夫だ」

 そうか。全然、気付いてなかった。同行者の様子くらい、もっと分かるようにならないとなぁ。

「あんまり具合い悪かったら、言ってくれよ。魔力のことは俺たちは分からないから」

「そうだな。そうするよ」

 一瞬、意表を突かれたような顔をしたロムが、酒を飲みつつ笑った。

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