第十七話 慌ただしい日々の中で 4
ロムが案内してくれた食堂は、宿屋から少し離れ、大通りを二本くらい入った路地にあった。こぢんまりとはしているけれど賑やかなその食堂は、恰幅のいい夫婦が切り盛りしている、活気のある店だった。
旬の果物やモツの煮込み料理、大きな切り身の焼き魚に野菜たっぷりのアンがかかったもの、パン。野菜炒めはシャキシャキだ。どれもこれも美味しかったし、和気藹々と何日ぶりかで囲む食卓は、とても楽しい時間だった。
ザクも、俺たちの食べ物に興味は示したものの、結局、口にしたのは果物だけだった。けど、すごく美味しそうに頬張っていたな。
結局、酒は誰も飲まずに、美味しい食事をたらふく食べて、食堂を後にした。ジンとも、一緒に来たいな。ここ、ジンも喜ぶ気がする。
読めない看板をジッと見つめ、帰り道は、また来られるように道順を覚える。どうなるか分からないけど、来たい。
そうして宿に着き、それぞれ風呂に入り、布団にもぐったわけだが。
ここ数日のハードな日程で、ものすごく疲れているはずなのに、疲れ過ぎているのかどうか、目が冴えてしまった。
目が慣れてきた暗がりの中、うっすらと見える天井や机やイスのラインをぼんやりと眺める。微かに聞こえるのは、ロムの寝息だろうか。ロムにも、申し訳ないことをしてるよな。いくら俺たちの護衛だっていったって、この日程はハード過ぎた。でも、文句も言わずに一緒にいてくれて、フォローしてくれるんだもんな。ロムにも、感謝だ。
ふと、隣の布団のミヤがゴソゴソしているのに気が付いた。起きてるのかな。
「ミヤ、眠れないのか?」
ちょっとの沈黙の後、ミヤが小さい声で答える。
「すんませんっす。起こしちゃったっすか?」
「いや、起きてたよ。なんか、眠れなくてな」
「俺もっす。疲れてるんっすけどね」
あんまり疲れすぎていると、返って眠れないこともある。そういうときは、無理やり寝ようとしても眠れないので、少し気分転換をした方がいい。
「ロムを起こすのも悪いから、ちょっと、散歩にでも出ようか」
「うっす」
そうして二人で起き出して部屋を出たものの、宿屋の入口にはガッチリと鍵がかかっていた。これって、俺たちが外出すると防犯上、よくないよな。
「ちょっと、出られないっすね」
「うーん。なら、鍵を開けて外に出て、扉の前で涼んだらいいんじゃないか。それなら、防犯上、問題ないだろ。入ったら、また鍵を閉めればいいし」
「でも、アレじゃないっすか?」
気が進まない様子のミヤに押し付けるのはよくないな。
うーん。
宿帳やらが置いてあるカウンターと小さなイスと机があるだけの空間を見渡す。小さなイスと机の前には、窓がある。
「なら、あそこの窓を開けて、椅子に座ろう。窓くらいなら、大丈夫だろう」
「うっす」
いつもより積極性に欠けるようなミヤに代案を出し、窓を開けて二人で座る。窓からは少しだけ涼しい風が入ってきた。
寝静まっている町は静かだが、夜行性の人達もいるためか、遠くからは少し賑やかな声も断続的に聞こえてくる。ここら辺は静かだから、余計、響いてくるのかもしれない。
町の中とはいえ街灯がないから、月と星の明かりがよく届く。もうすぐ新月になるはずの、細い月に照らされて、町の輪郭がクッキリと見えた。ポツン、ポツン、と道に灯されている松明の明かりも、時々、ユラリと揺らめく。キレイだな。
「いい風だな」
「うっす」
ミヤも窓の外を眺めながら頷く。
「なあ、ミヤ。俺たちは運がいいな」
「どうしたんすか?いきなり」
「だってさ。異能は持ってしまったけれど、北の中心町では、優しい人たちに出会えて、みんなが良くしてくれただろう?」
「そっすね」
「それに、旅に出ても、ロムや座長、いろんな人が俺たちに手を貸してくれる。間違ったことをしても、叱り飛ばして教えてくれる。そして、やり直すチャンスをくれる。それって、すごく運がいいことだと思うんだ」
俺は今回、北の中心町を出て、こっちの世界に来てからの天晴れっていう日常から、旅という非日常に飛び込んで、つくづく自分は運がいいと思った。
だってさ、西の役所の最初の窓口のような人に、いきなり当たっていたら、心が折れてたよ、きっと。いろんな人がいて当たり前なんだけど、ああいう人もいるんだ。この世界にだって。
なら、すごくすごく、運がいい。俺たちは。
「挽回のチャンスもなにもなく放り出されたりしないで、こうして、些細なことでも何かをできるチャンスをもらえる。感謝しなくちゃな、って」
ミヤは黙ったまま頷いた。
「ミヤ。俺はミヤが一緒にいたから、やっぱりすごく運がいいんだ。ミヤがいてくれなかったら、俺は最初の段階でヘタレてた可能性が高い」
「なんっすか、それ」
「いやもう、ほんと。ツタに会った時点で、俺、腰抜かしてたかもしれん。ビビりだからさ」
「そこまでじゃないっすよ」
やっと笑顔になってミヤが俺に視線を寄こす。
「甘いな、ミヤ。俺のヘタレっぷりはすごいぞ。イチカを見て腰を抜かしたくらいだ」
「そんなこと、あったっすね~」
「あった、あった。今じゃ考えられないけどな。基本的にヘタレのビビりだからな、俺」
二人でひとしきり笑う。
「だけどさ、いつもミヤが隣でそういうの、笑い飛ばしてくれたからさ。俺、あ、大丈夫かなって思えたんだよな。だから、一番運がいいのは、俺だな」
ミヤが笑っていた目を少しだけ見開く。
「ありがとう、ミヤ」
「そんなことないっすよ。俺、今回、間違えっちゃったっすもん」
「ミヤ。判断して、話しをしたのは俺だ。止めなかったからと言って、ミヤが一人だけ間違えたんじゃない。ジンもロムも、一緒にいた」
「…………」
「みんなで間違えたんだ。そうして、その後に、挽回するチャンスをもらえた。なら、ラッキー、って言って、頑張ろうぜ。できることをさ」
ミヤがグッと顎を引いた。
「人間だから、誰だって間違うことはある。けど、せっかく手を差し伸べてくれた人たちがいるんだから、前を向かないと、その人たちの気持ちも台無しになるからさ」
トカイが言っていた、座長の気持ちを無駄にするな、ってそういうことだよな。きっと。
「そっすね……。そっすよね」
「そうだよ。神様にもらったワンチャン、大事にしようぜ」
そう言って笑うと、ミヤも頷きながら笑った。
「さて、そろそろ寝ないと、明日に響くな。寝よう」
窓を閉めつつ言うと、ミヤも立ち上がる。
「朝までグッスリっすよ!」
そして、俺たちは本当にその後、朝までグッスリ眠ったのだった。
「仕方がないな。明日は一日、ここにいさせてもらおう。出発は明後日だな」
ドワーフの里で、ロムが立ち上がりながらそう言った。
今朝、役所のタールを訪ねると、すぐに城へと案内され、俺たちは入ってすぐの広間になっているところで待つことになった。
関係者以外立ち入り禁止の水鏡の間は、カシメルも当然そうだが、ザクが離れないようなら特例で入れるように許可をもらっていたっぽい。が、なんと。ザクはしばらく首を傾げた後カシメルから離れて、きちんとタールについて水鏡の間に入っていったのだった。おお、すごい。
領主は俺たちが来る前に水鏡の間に入っていたのだろう、謁見の機会はなかった。まあ、そうだよな。領地違いの、まして一般人が本来、謁見するような相手じゃない。俺たちが個人的に北の領主と言葉を交わしたのも、とんでもないことが起きたときだったし。
西の城も、なじみ深い城だった。北では炎上する前の城。平屋じゃないヤツ。ちょっとデザインは違うけど、やっぱり、城は和風。なぜなんだろう。なぜもなにもないか。そういうものなんだ。
待ち時間は三十分くらいだったろうか。シンとした広間では必要以上に声が響くので会話はしづらく、俺たちは黙ったままだった。
これ、城とかじゃなくて不敬にもならないんなら、ピカピカの長い廊下、走って滑ってみたかったけど。
くだらないけれど楽しそうなことを考えていると、タールとザクが戻ってきた。
「待たせた。無事に、鉱山を壊さないようにお願いするよう、話はできた。それから、眷属がカシメルと行動するということもな」
「ありがとう。早速帰って、鳥に伝えてもらおう」
「わざわざここまで来てもらって、申し訳なかった。とりあえず、役所の判断としては、様子見ということになる」
だよな。北の領地が様子見だし、それしかないよな。
肩にとまったザクに微笑んで、タールに頷くカシメル。
「申し訳ないが、これからもなにかあれば、こちらまで眷属と共に来てもらうことになる。それと、役所の者が現地確認に里に伺うと言っていた」
「了承した。里長にも伝えておこう」
「それでは、また。気を付けて里まで戻ってくれ」
そうして俺たちは、西の役所を出て、途中で食べる昼ご飯を調達し、ドワーフの里へ戻ったのだ。
んが。
里に着いたときに、ハプニングが起きた。
やはり、最速であちこち走り過ぎていたのだろう。ナガとアシとルウが、ちょっとヘバッテいる様子を見せたのだ。
そりゃそうだ。何日も無理をさせていた。いくら休息はとっていたとはいえ、ここ数日は一座を追いかけているときよりもハードに走っていたのだ。
夕日が沈む頃に着いた里で、座り込んでしまった二羽とルウを見て、ロムがそれぞれの頭を撫でつつ、明日は一日、休ませることを俺たちに告げた。
「そうだな。休息は必要だ。三人も、明日はゆっくりするといい。里長にも伝えよう」
「うん。とりあえず、一緒に行くよ」
「そうだな」
そうして俺たちは再び里長と面会し、集会所を貸してもらえることになった。ナガとアシとルウは、扉の前にいる。水とご飯はカシメルが手配してくれたので、早速、食べてもらった。食欲はあるようだから、一安心だ。
カシメルは、ザクと一緒に鳥に会ってくると言っていた。
「明日、なんか、里でできることってないかな」
数回目の里とはいえ、里長とカシメル以外はほぼ面識がない里をウロウロするのも気が引けて、とりあえず俺たちは集会所に腰を落ち着けた。
日はそろそろ沈もうとしている。
「あるといっすよね」
「だがなぁ。鉱山の採掘にしても、鍛冶にしても、専門的なものだから。一日だけ手伝います、っていうのもな。邪魔になるだけし」
「ロムも、そっち系は明るくないのか?」
「当然だ。そっち方面は、からっきしだな」
確かに、素人がおいそれと手を出せるようなものじゃないよな。専門職だもん。ああいうのって、誰でもがなれるわけでもないんだよな。その里に産まれたからといって、その適正が必ずあるというわけでもない。もちろん、見ただけでできるようになるわけでは、絶対にない。
「見学するってのも、どうかと思うしな」
「そうっすね。それに、ジンさんの包丁、もう、打ち始めてくれてるかもしれないっすよね」
「里長が最初に言っていた、得体の知れない気配の正体は、分かったわけだしな」
言われてみると。
「最初の約束は、果たしたことになるのかな?」
「なるだろう」
「よかったっす」
そうだよな。せめて、そこは守れてよかった。
「まさか、伝承上の鳥が正体だなんて、思わなかったけどな」
「あ、そうっす。俺、アスカさんに手紙書くっす。夜」
「そうだな。俺も書こう」
「点数、上がるといっすね」
「大丈夫だ。なんせ、マリーからの手紙を読んだからな」
そういうとミヤが笑った。
「読んだだけで書けるようにはならないっすよ」
「マジか。……善処します」
うう。今度こそ、せめて五十点はいきたい。
「明日のことは、カシメルにでも聞いてみよう」
そう言うと、二人が頷いた。邪魔にならないような、できることはないかな。集会所を借りたり、ご飯とか水とか、なんだかんだと世話になってるし。
なんかないかと考えてみるけど、里の暮らしを知らないので、見当もつかない。
「ナガ達は、一日の休息で足りるかな?」
「おそらくは。食欲もあるから、一日ゆっくり休めばまた元気になると思う」
「走りっぱなしだったっすもんね。ここ何日も」
「そうだな」
しかも、いつもよりもノンストップで、更に、速いスピードで。
「入るぞ」
そこで、カシメルが掛け声とともに扉を開けて入ってきた。これ、声をかける意味ないだろ。ちょっと笑える。たのもう、っていう掛け声と同時に入ってくる、道場破りと同じ開け方。
「今日は、家で一緒に晩ご飯を食べようと里長が言っている。いいか?」
「え、いいの?」
「うん。異世界の話しを聞きたいそうだ」
「それでいいの?」
「何がだ?」
いやもう、もっとこう、何かさ。
「カシメル。里の人達に、今回の件で責められなかったのか?」
「軽くな。大したことはない。きちんと見張りはしていたし。そもそもアレが出たのは、誰のせいでもない。むしろ、カツミたちがいたおかげで、話が早かったと思う。正体がなんなのか、の見当までついた上に、役所との話も、早々についたしな」
「そ、そう?」
「そうだな。そもそも二人がいなければ、アレがなんなのか、から始まっているだろう。知っている者がいれば、それだけ話が早い。だから、私のことは気にしなくていい」
「いや。それでも、ごめん、カシメル。置いてきぼりにした」
「すんませんっす」
「もう十分、謝ってもらったさ。これ以上は必要ない」
微笑みつつカシメルが笑う。
「ところで、カシメルさん、明日、なにか俺たち、お手伝いできることあるっすか?」
ミヤ。いきなり過ぎない?いいんだけどさ。もっとこう、前置きとか。
「手伝い、か。なら、異世界の話でもしてもらおうか。手の空いてる者を集めて」
「異世界の話?そんな、大した話はできないよ?」
「それはそれでいいんだ。せっかくの機会だ。里の者も、異世界の話を聞くことなど、滅多にないからな」
「えー。どんな話がいいんだろう?」
「他愛のない話でいいんだ。どういう世界で、どういう物があるか、とか」
「うう。それくらいなら、できるかな?」
「やってみるっす!まずは、里長さんにお話っすね!!」
「そうだな。ああ見えて意外に、変わったものや真新しいもの、賑やかなものが好きだったりするんだ、里長は。喜ぶぞ。」
意外。里長の、眉毛フサフサでギロリとした目を思い出しつつ、内心で驚く。
「賑やかなのが好きなら、イベントとか、好きっすかね?」
「好きかもしれんよな」
イベントっつっても、いろいろあるけどな。
「この世界には、祭り以外のイベントはないっすよね?」
「そうでもないが、それぞれの領地での年に一度の祭りが、一番大規模だろうな。それにしても、異世界では、そんなにたくさんあるのか?」
あったなぁ。規模も様々で、ほんっとにいろんなイベントが。
「そうっすね!祭り以外でも、頻繁にイベントはあるっすよ」
「イベントが頻繁に………?」
首を傾げるカシメル。そんな頻繁にあるもんじゃないんだろうな、こっちでは。
「イベントといっても、いろんな楽しい会みたいなもんっすよ!!」
え。ちょっと違くない?
「ほう。この世界にもいろいろとあることにはあるが。祭りとはまた違うのか?」
「違うんっすよ。祭りの他にも、たくさんの音楽家が集まって歌を歌ったりとか、いろんな商品を集めて売ったりとか、季節的なモノとか。いっぱい、いろんな種類のイベントがあるっす」
なかなか説明が難しいよな。音楽家……うん。バンドとか、この世界にないしな。
「ほう。商品を集めて売ったりとかもあるのか。こちらの世界にも、市はあるが。……詳しい話は、後で里長と共に聞こう。晩ご飯の支度が整ったら、また呼びに来る。ではな」
そう言って出て行くカシメルを見送りつつ、ミヤをつつく。
「イベントの説明かぁ。難しいよな。メッチャ種類あるし」
「いいじゃないっすか、楽しいとこだけ話せば!!」
まあそうだけど。どんなイベントだと伝えやすいかなぁ。それとも、全然、この世界にはなさそうなイベントの話しの方がいいのかなあ?
イベントの何を話そうかと、ウンウン唸り始めた俺に、ミヤが笑う。
「そんな、難しく考えることないっすよ」
「でも、俺が話したその欠片が伝播して、変なモノが流行しちゃったら、どうすんだよ」
「それはそれで、楽しいじゃないっすか!!カツミさん、心配し過ぎっすよ!!」
悩む俺を置き去りにし、ミヤは一人、楽しそうに笑っていた。
その夜と次の日の出来事は、推して知るべし、だ。
手紙は書かなかった。異能の件が解決していないのを、思い出したからだった。




