第十三話 旅立ちと旅路とそんなこんな 2
出発はあっという間に決まった。出発前夜、アスカさんはお店を休んで、いってらっしゃい会を開いてくれた。集まってくれたのは、俺たちと親しくしてくれていたみんな。
イッちゃんさん、イチカ、バリス、ツタ、トウカさん、ティル、エン、マミル、イール。
ジンは俺たちと一緒に、いってらっしゃい会の主役だ。リウは役所の別の担当に預けてきたとのことで、いなかった。
魔王は、もちろん来なかった。連絡手段がないから、誘うこともできなかった。ジンに聞いてみたけれど、あのお祭りの日以来、会っていないそうだ。城門を通るのも登録証が必要になったし、なのかな。どうなんだろうな。
アスカさんが用意してくれたごちそう、ジンとティルが作ってきてくれたケバブ、エンが差し入れしてくれたパン、ツタが持って来てくれた果物、トウカさんが花で飾りつけてくれたお店、イッちゃんさんは、俺とミヤの名前が入った、この世界の文字入りの、木彫りの小さい荷物用プレートをくれて、バリスは旅が上手くいくように、首飾りに狼一族に伝わるおまじないをしてくれて、イチカは俺たちに一本ずつ、小さなナイフをくれた。
そして、意外なことにマミルとイールは楽器と歌で旅の無事を祈ってくれた。マミルは音楽も好きで、見様見真似で楽器を以前から練習していて、簡単な曲なら弾けるらしい。ウクレレのようなその楽器を、マミルは大切に持って来て、弾いてくれた。イールは、この日の為に、役所の知り合いから、歌を教えてもらったのだそうだ。
弦楽器のゆっくりとした音楽にのせて、イールが伸びやかに歌ってくれたそれは、旅人のゆく道、帰る道の無事を祈り、そして皆が幸せでいられるように、というような歌だった。
歌い終わるとしんみりとした空気が流れ、小さな拍手がさざなみのように起きた。照れくさそうに笑うマミルとイール。イールは歌声に魔力をこめられるらしく、ちょっと誇らしげに、みんなの幸せを祈って歌ったわ、と言った。
と、ここまではよかったのだ。ここまでは。いい雰囲気で。なのにこの直後、いってらっしゃい会が急遽、波乱の会になった。
何が起きたかというと、警備隊の三人……アルスナー、イノセ、マリーが乱入してきたのだ。なぜか、アスカさんと同じタンクトップを着て!!!
いきなりカランコロンカラコロコロン、と激しく鳴った扉に目をむけると、三人が立っている。
「ひー!!なにしてるんですかっ!!」
「アハハハッハハハハッハ!!!」
「おおー!!!すっげえなぁ!!!」
「あらぁ~。似合ってるわよ、みんな~」
「こんばんは」
「アスカちゃんとおそろいかぁ~」
「え、誰?」
「イール、警備隊の偉い人たちだよ」
「すごいわね」
「うん。すごいな」
「バリスさんも、似合いそうよね」
「トウカちゃん、それ、ほんとうにいいの?」
取り乱す俺、ものすごい勢いで笑いだすミヤ、大喜びのイチカ、満足げなアスカさん、動じないバリス、普通の感想を言うイッちゃんさん、真顔で突っ込むイールとマミル、ドン引きするティル、ボソリとそれに同意するツタ、おかしなことを言い出すトウカさんにそれに突っ込むエン。ジンは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
さっきまでのしっとりした空気はどこへやら、場は一気に騒がしくなった。
「アスカさん!!呼んだんですか?!」
「もちろんよ~。たくさんいた方がにぎやかでいいでしょっ。ドレスコードを言った覚えはないけど、サービスしてくれたんじゃないの」
「どっこがサービスなんですか!!」
「ミヤとイチカ、すっごく喜んでるじゃないの」
「他がドン引きしてるでしょ!!」
「ドン引きとはひどいじゃないか、カツミ君」
「いえ、あの」
「アハハハハ、似合ってるっすよ!!!」
「うんうん、似合ってる!!」
ミヤとイチカが大笑いしつつ、アルスナーに言う。
「そうか。いいだろう?」
満足げにポーズをとりつつ言うアルスナーに、ミヤとイチカが腹を抱えて笑う。
「二人も、似合ってるわよ~」
アスカさんがイノセとマリーにも言う。イノセは魔族なのは分かるけど、どんな魔力のある魔族かは分からない。が、胸板の厚さといい二の腕の太さといい、間違いなく肉弾戦はやる。ガッツリと筋肉がのった逞しい体に、タンクトップは確かに似合ってる。マリーも隊医とはいえ、鍛えてはいるのだろう。急所を突くのが得意らしいし。二人ほどではないが、顔もいいので見栄えがする。
「いやー。照れますねー」
どこか棒読みで言うイノセ。
「別に。着たくて着たわけじゃ。隊長が無理に……」
ホラホラホラホラ!!明らかに二人はとばっちりじゃん!!
「何言ってんだ、お前はちょっと満更でもなさそうだったろ」
「そんなわけないだろう!!」
イノセがマリーに言い、マリーが顔を真っ赤にして反論する。あー。場が混乱してる。
「ねえ。この人たち、ほんとうに偉い人なの?」
タンクトップを着てギャワギャワと騒いでいる三人を見つつ、イールがボソッと呟いたのが聞こえた。
「うん。偉い人だよ」
イノセがにこやかに言う。
「お嬢さん、魔族だね?隣の君も」
「そうよ」
イールがちょっとツンとして答えているのを見て、マミルが慌てている。
「バリスさんも、着たりしないんですか?」
後ろからは、不穏な声が聞こえてきた。あっちでは、アルスナーとミヤとイチカが大笑いしつつポーズを決めて遊んでるし、イール達魔族の会話も気になるけど、一気にそんなことはどうでもよくなってきた!!
うわあああああ、バリスにその話を振っちゃダメだ、トウカさん!!
「バっ、バリスっ!!」
慌ててトウカさんとバリスの会話に割って入ろうとしたが、間に合わず。バリスはすでに、トウカさんに向かって口を開いていた。
「着た事はあるのですが、普段の私の方がいいのではないかということになりまして」
「そうなんですか」
「なになに、トウカちゃん、バリスのタンクトップ姿、見たいの?」
やめてええええええ!!アスカさあああああん!!!タンクトップはよくても、あの口調のバリスは、なんだか違和感が激しいから!!いつものバリスの方が、俺はいいから!!ってか、ただ単にタンクトップ着るだけならいいけど、この流れだと悪ふざけが始まりそうだから!!俺は止める!!全力で!!
「やめときましょう、やめてください!!俺の希望もくんでください!!!」
ものすごい勢いでアスカさんとバリスの間に立ちはだかって言うと、何かを察してくれたようで、イッちゃんさんが味方になってくれた。
「アスカちゃん、いいじゃないの。三人もお揃いがいるんだから」
「そうお?」
「そうだよ」
「それもそうねっ」
にこやかに言うイッちゃんさんの言葉を、意外にすんなり聞いて引き下がってくれた。よよよよよよ、よかった。
「すっごいわね、一気に盛り上がって」
ティルがちょっと引いたような顔で警備隊の三人を見つつ言った。
「マリーさんて、イメージとだいぶ違う人ね」
エンの声に振り向くと、動じずに酒をマイペースで飲んでいる。バリスとトウカさんは、花の話をし始めたようだ。ジンは座って、のんびり酒を飲んでいる。
「どんなイメージだったの?」
「まともな顔で歩いてる姿しか見たことなかったわ。見る目が変わるわね」
鈴の音を転がすような声でニッコリと笑いつつ言い放つエン。怖い怖い怖い。
「大騒ぎね」
収拾がつかなくなるほど大騒ぎになった店内を見てティルが言う。
うん。確かに大騒ぎだ。さっきまでのしっとりとした雰囲気が嘘のようだ。けど。
「でも、これが天晴れだよな」
いつでも賑やかで、いろんな人が職業とか種族とか関係なく、普段のことを忘れて自由に交流できる場所。それが天晴れだ。
そう言った俺にティルが微笑んだ。
「あー……。すんごい騒ぎだった」
宿は質素ではあるものの、清潔で気持ちのいい建物だった。温泉は岩づくりで、露天風呂みたいになっている。そうではあるが、湯船の上に屋根がかけられているので、雨に当たることはない。
ゆっくりと手足を伸ばして湯船につかったら、急に昨日の大騒動が思い出されて、口から言葉が漏れ出た。
「すんごい騒ぎ?」
突然の俺の言葉に、不思議そうにロムが言うので、昨日の出来事をかいつまんで話す。
「なるほど。それはすごかったな」
「楽しかったっすよ!!」
「賑やかで、よかったよ」
「いやいやいやいや、どこをどうとっても、カオスだったでしょ」
今日の出発のことを考慮して早めのお開きになったけど、あれが通常営業の日だったらと思うと、恐ろしい。一体、どれだけ深夜まで騒いだことか。いや、あんなとんでもないメンツが揃うことなんて、滅多にないだろうけど。
ちなみに、昨日はマリーは酒を飲まなかった、というよりも、アルスナーに取り上げられていた。まあ俺も、旅に出る前日までカラまれたくないので、よかったけど。
あの人、酒弱いのに酒好きなんだなぁ。しかも、酒乱て。酒に嫌われてるんじゃないのか。酒にも一方通行かあ。かわいそうに。
無意識にマリーには辛口思考になる俺が勝手な同情をしていると、ジンが意外なことを言い出した。
「俺は、ああいう場にいたことはなかったから、楽しかったよ」
ああいう場?
「バカ騒ぎしてるところってこと?」
「うん。仕事ばっかりしてたからなぁ。カツミ君たちと知り合って、天晴れに行くようになって、仕事以外にも楽しいことがあるなって思うようになったよ」
「ジン、ほんとうにケバブ一筋できたんだな」
分かっていたはずだけど、改めて感心してしまう。
「そうなんだよ。俺は満足してるんだけど、周りが心配してね。よく、小言を言われたよ。家族に」
ティルも、心配してたもんな。
「俺の人生にはケバブが必要だし、大事だ。でも、ケバブを大切にするために、他の事にも視野を広げるのはいいことなんじゃないかって、天晴れに行くようになって思ったんだ」
そうだったのか。
「ジンさんも、今度は一緒にポーズを決めましょうっす!!」
ミヤが思い出し笑いをしつつ言うと、ジンはさらりと首を振った。
「ポーズは決めないけど、見てるのは楽しいよ」
「ロムさんは?筋肉は興味ないっすか?」
「ミヤは、筋肉に興味があるのか?」
「ないっす!!」
「ないのかよ!!」
思わず突っ込むと、ミヤが大きく頷いた。
「筋肉には興味ないっす!!筋肉が好きな人には興味あるっす!!」
「なんじゃそりゃ。」
「楽しそうじゃないっすか!!俺、好きなんっす!!」
「っつーか、ロムが筋肉に興味があるって言ったら、どうするつもりだったんだ?」
「そりゃもう、紹介するに決まってるじゃないすか!」
「誰にだよ」
「筋肉軍団に!」
ひー!!ロムまでもが筋肉の餌食に!!
血相を変えて止めようとしたところで、ロムが割って入ってきた。
「カツミ。俺は筋肉には興味はないから、安心しろ」
よよよよよかった。
アルスナーの勢いを考えると、仕事と別にタンクトップ集団を作りそうで、なんか怖いからさ。ドンドン増えて収集つかなくなりそうだから。ロムが断ってくれて、なんだか安心した。
とかなんとかホッとしていると、ちぇっとミヤが呟いた声が聞こえた。
「ミヤ。面白がって筋肉紹介するなよ」
「ズラーっと並んで、タンクトップ着てポーズ決めて欲しいっす!!」
「どこのなんの世界だよ!!」
「でもきっと、手遅れっすよ、カツミさん」
え。
「どういうことだ?」
「アルスナーさん、特注で作ったタンクトップ、宿舎で既に配ったらしいっす」
「なんだって?!」
流行らせるって、本気だったのか。
「今頃、流行ってるんじゃないっすか」
「……知らん。町の警備隊の宿舎が筋肉の巣窟になろうとも、俺は知らん。そもそもあそこは職業柄、筋肉集団だろうし。道端に筋肉が並んでない限り、俺には責任などない」
「道端に並んでても、俺たちに責任はないっすよ!!あるのは、楽しむ権利だけっす!!」
そう言いつつ、今度は、‘あー、次に会ったらどうしようかなぁ。’とか言ってる。
「ミヤ、アルスナーって警備隊の隊長だぞ。大丈夫なのか?」
「うっす。初対面のときはさすがにちょっとだったっすけど。状況も状況だったし。あの後飲みに来てくれたし、大丈夫っす」
「そうか。よかったな」
役所にミヤがそれほど強い苦手意識を持たなくなってきたのは分かっていたけれど、それを考慮してもアルスナーにはすんなり馴染んだな、と思うのは、やっぱり、今までの積み重ねなんだろうな。魔王とも打ち解けたし、バリスやツタとも仲がいいしな。
思い出したくないのに、たびたび思い出すな、魔王。昨日、筋肉たちを見てたら、なんて言っただろうな。
っていうか、なんで魔王ってあれから姿現さないんだろう。
ジンが言うには月一くらいのペースで来ていたらしいのに、ジンが襲われてからもしばらく来なかったし、事件が起きてからは、トンと音沙汰なしだった。城門は通りづらいかもしれないけど、魔王ならなんとかして通って来そうな感じもするのに。あれ?でも、事件があったこと知らないのか?騒ぎが起きたのって、魔王が去った後だったし。
っていうか、サナさんにも今回の件って報告されてるんだろうか。されてるよな。となると、役所に所属してない魔族も、今回の件では犯人捜しに協力してくれるんだろうか。でも、手がかりないって言ってたよな。それに、町で起きたことだから、魔族全体としては関係ないのか?どうなんだろう?種族的には、人、の事件だしな。でも、町にも魔族はいるんだよな。ってことは?
グルグルグルグルと考えているうちに、時間が経っていたらしい。
「カツミ、カツミ!!のぼせるぞ!!」
ロムの声に我に返った俺は、慌てて風呂から上がったのだった。




