第十三話 旅立ちと旅路とそんなこんな 1
「ここら辺で休憩するか」
そう言ってロムが鳥の足を止めたのは、町を出発して三時間後くらいだった。なんとか鳥から降りてグッタリと川辺に横たわった俺を見て苦笑いしているロム。
ジンとミヤはちょっとだけ俺たちよりも遅れて川辺に到着し、でもそこまでグッタリもせずに腰を下ろした。
鳥たちとルウは川で水を飲んだ後、それぞれくつろいだ様子で休んでいる。
「お昼に食べようと思って持ってきた。初日の昼だし、いいかなと思って」
そう言ってジンが出したのは、ジン特製ケバブ。
「おおー!!嬉しいっす!!いただきますっす」
ミヤが早速受け取ってかぶりつく。
「うう……ジン、ごめん。ちょっと休んでからもらうよ」
グッタリし過ぎて食べられない俺。三時間だぞ、三時間!!
「え。俺もいいのか?」
自分に差し出されたケバブを不思議そうに見つつ言うロム。
「当然だよ。ぜひ、食べて欲しい。俺の自信作だ」
「美味いっすよ!!」
ジンがロムにケバブを手渡していると、すでに食べ始めていたミヤが言った。ロムは目線でジンに礼を言い、早速食べ始めた。
「美味いな」
ゆっくりと食べつつロムが言うと、ジンが誇らしげに胸を張った。鳥は肉は食べないのか、目の前にある草を食んでいるが、ルウは片目を開けてロムを見ている。
ロムがルウに来い来いと手招きし、腰にぶら下げた小さなポシェットのような物から、干し肉っぽい物を取り出して、頭をなでつつあげた。嬉しそうに食べるルウの頭をなでている姿は、穏やかだ。
そう。俺たちはやっと、旅芸人を追いかけて出発したのだ。
文房具屋に行った日の昼、鳥が旅芸人からの手紙を持って戻ってきた。受け取った手紙と交換するように、新しくバリスが用意してくれた書簡をくくりつけて託す。
この時点で、既に二週間が経っていた。
これ以上出発が遅れてしまうのはよくない、ということで、返事が来る前に俺たちも出発することになった。そして、定休日の二日後、俺たちは出発したのだった。
一座はすでに、北の領地の行程は半分以上過ぎてしまっているという。ロムが言うには、ものすごく頑張れば、北の領地を一座が出る前になんとか追いつけるってことだった。あちらは徒歩ではないとはいえ、荷物を牽いているし、それほど早いスピードで進んでいるわけでもない。恐らく、立ち寄った町や村で休憩を挟みつつ、商売や芸をしているだろう、と。
ものすごく急いで十日、どうする?と聞かれたので、急ぐ方向で、と答えたのが運の尽き。鳥が、ものっすごく速かった。城壁の周りを一周してはいるけど、三時間も乗り続けると、さすがに疲れる。しがみついてるし、鳥に。つうか、鳥、すごいな!!異世界とはいえ、大人二人と荷物乗っけて三時間走り通し!!
初日の初っ端にぐったりとしてしまったのは俺だけで、ジンもミヤも割とケロリとしている。いや、もしかしたら顔に出してないだけかもしれないけど、とりあえずミヤは元気だしジンは涼しい顔をしている。ロムは言わずもがな。
「カツミ。あんまり食べ過ぎるとよくないが、食べないのも体によくないし、もたないぞ」
ロムは不愛想で口が単刀直入なだけで、決して嫌なヤツではないな、という感じがする。初対面ではビックリしたけど。いきなり鈍くさいって言われて。
「うん。食べる」
モソモソと起き上がり、ケバブを受けとって食べ始める。
「ありがとう、ジン」
「うん」
嬉しそうに頷くジン。ここから数日、ケバブどころか調理もロクにできない状況で進むけど、ジンは平気なんだろうか。
「ジン。ケバブと離れて、大丈夫か?」
変な言い方になったけど、ジンにはなんかこの聞き方がしっくりする気がする。
「うん。ずっと働き詰めだったから、いい骨休めだと思うことにするよ。それに、知らない調理法や調味料、新しい料理なんかが見られるかもと思うと、すごく楽しみなんだ」
そうか。ケバブ一筋でずっと朝から晩まで働いて来たんだもんな、ジン。すごいよな。
「ジンは、どうしてケバブが好きなんだ?」
「理由なんてないさ。気が付いた時にはもう、夢中になってたんだ」
「そうなんだな」
そう言って笑うジンは、幸せそうだ。ミヤが言ってたことは、本当だな。俺も、それくらい情熱を傾けられる何かが欲しいな、とは思うけど、実は、一つのことにそこまでの情熱をかけられるモノに出逢う人というのは、ほんの一握りだということを、なんとなく感じ始めている。
ジンは、人生を捧げるくらいの情熱を注ぐことができるモノを見つけた、稀有な人だ。俺は、そんな風に何かに情熱を注ぐことはできない。
自分の全てをつぎ込むほどの何かを見つけられない、大勢の、その他の人は、どうやって人生を送っているのだろう。三十近くにもなって、こんなこと考えるの、俺、変かなぁ。
なんだかいろいろと考えつつケバブを食べ終わる。
「そういえば、旅芸人からの鳥って、いつ頃戻ってくるっすかね?」
「そうだな。こちらももう、出発していることを考えると……。運が良ければ、今日か明日には戻ってくるんじゃないか」
「そんなに早く?」
「訓練されてるし、大きな鳥だからな。普通の郵便の鳥だと、そこまで早くはないけどな」
なるほど。
「バリスからの手紙は、どこに届くんだろう?」
役所専用の鳥用鈴とか持ってないぞ。
「とりあえずの俺たちのルートは渡しておいたから、その村か町の郵便に行けば、鳥が届けてくれてるはずだ」
「じゃあ、町に入ったら、郵便チェックなんだな」
「そういうことになるな。旅芸人の方は直接来るだろうから。西の役所への行程の提出は、頼んだんだろう?」
「うん。頼んだ。やってくれると思う」
「まあ、一先ず追いかける方が先だな。今日はなんとか、次の村まで行くぞ。休憩は後二回挟む」
うお。
「結構、強行軍?」
「追いつきたいんだろう?」
「はい……」
「それに、今日は雨が降る、この様子だと」
空を見上げながらロムが言う。
「こんなに晴れているのに?」
「風向きとか雲の流れが雨になりそうだ。初日の野宿は避けたいだろう?」
「うん」
「体はツラいかもしれないけど、頑張れ。目的地の村は温泉があるぞ」
「なんか、旅してるとは思えないほど贅沢だな」
「そうだな。俺も、意外に楽しくて驚いてるよ」
「そうなのか?」
「護衛兼監視役兼連れ戻し係件道先案内人だからな。どんなもんだよと思ってたよ。最初」
「確かにそこだけ聞いたらな」
「ロムさん、ルウと遊んでいっすか?」
食休みを終えたミヤが、ルウの隣にいそいそと屈む。
「いいぞ。あんまりジャレ過ぎて、疲れるなよ。ルウも、結構、年だしな」
「うっす!」
嬉しそうにルウと遊び始めたミヤに視線を向けつつ、ロムが口を開く。
「それが、一緒に飯は食うし、ルウのことは可愛がってくれるし、鳥にも文句一つ言わないし」
「文句?言うヤツいるのか?」
「いるさ。乗り慣れなかったりするとキツいしな。鳥よりも馬の方がいいって言う人の方が多い。ひどいヤツだと、魔力で連れて行け、とかな。毎回鳥を手配してるわけじゃないけど、馬だろうと馬車だろうと文句を言うヤツは言う」
えー。
「そんな人、この世界にいるのか?」
「会ったことがないのか?」
俺の言葉に、逆にロムがビックリしている。
「ない。だって、この世界に来てから会ったのは、みんないい人ばっかりだし」
「そうか」
一度言葉を切ったロムは、ちょっと考えた後に話を続けた。
「それはお前たちの運がよかったし、周りの人に感謝した方がいいだろうな」
なんか、座長もそんなこと言ってたな。
「やっぱり、そうなの?」
「この世界にも変なヤツはいるよ。役人に強制的に厚生させられるヤツなんてのは、よっぽどだけど。いろんなヤツがいる」
「そうか」
「考えてもみろ、俺みたいな職業のヤツもいるくらいなんだぞ」
「えっと?」
「俺は今回はお前らの同行者だけど、普段は商人の護衛をしたりしてる。意味が分かるか?」
「あ、盗賊とかもいるのか?」
「そういうことだ」
「あ、じゃあ、役所の部署に見回り部隊があるのって」
「もちろん、異世界人を見つけるだけじゃなくて、逃亡しているヤツの捜索だったり、盗賊のアジトとかを探したりな。他にも異変があったらすぐに見つけられるように、だな」
「えー、じゃあ、結構危険な仕事なんだな」
「そうだよ。それに、狙われるのは商人だけじゃない。農作物だってそうだ。収穫物や牛や羊なんかの家畜だって、盗賊が狙ったりするんだぞ」
「そうか」
なんか、当たり前なんだけど、現実なんだな、この世界も。夢とかじゃないんだ。
「ところで、魔力で連れて行けって言われたときはどうしたんだ?」
「俺はそんなことできないからな。無言で定期便の発着所にお届けした」
真面目な顔で言うロムに、なんだか笑いがこみ上げる。
「あー!!ルウ、ギブギブギブギブっす!!」
笑いながらふと見ると、ミヤがルウの下敷きになって嬉しそうにしている。ルウも嬉しそうにしているところを見ると、手加減してくれてるんだろうな。ルウくらい大きな犬だと、本気出したら、相当、力強そうだしな。
ジンは座っている鳥を正面から見つめて、なんとなく嫌がられてるっぽい。
「依頼がきたときはとんでもないって思ったけど、そんなに悪くないな」
そう言ってロムがニヤリと笑った。
「頑張ったな、カツミ」
ロムがそう言ってうずくまっている俺をねぎらってくれた。
日が沈むころ、やっと俺たちは目的の村にたどり着いた。途中で一回、集中力が切れた俺が鳥から落ちそうになり、大騒ぎにはなった。主に俺が。ロムは落ち着いていて、俺の首根っこをつかんで鳥に安定させてくれたおかげで、事なきを得たんだが。
そして雨は、村の入口付近に着いた頃に降り出した。
「よかったな、濡れながら寝ずに済んだ」
「うっす!!ラッキーっす!!ロムさん、ありがとうございますっす!!」
「まだ、夜に濡れると寒い季節だから、ほんと、よかった」
ジンが言いつつ、キョロキョロと辺りを見回す。
「登録証の窓口はどうするんだい?」
「宿屋で済むよ。ここは役所の出張所もない村だから」
無言で頷いて、ロムの合図に従って歩き出す。鳥二羽とルウも、さすがにちょっと疲れたように歩いてくる。
石畳の上を、小雨がうっすらと濡らしていく。素朴な石造りの家が立ち並ぶそこは、俺たちが住んでる町よりもずっとずっと小さく、ただ素朴な生活の営みが感じられる。店はあるのだろうが、もうすでに夕暮れなので閉まっているようだ。家々のカマドからだろう、うっすらと煙が上がり、途中の井戸では、甕に水を汲んでいる人たちがいた。
石畳の道をクネクネと進み、町の奥まできた正面が、宿屋のようだった。回りの建物よりも、ずいぶんと大きい。窓も扉も他の建物よりも大きく作られているそこは、一番奥の方から湯煙っぽいのが上がっている。
「ちょっと行ってくる。待っててくれ」
ロムの言葉に頷く。
「ルウ。ルウは今日、一緒に寝られるっすかね?」
ルウに頬ずりをしながらミヤが言う。少しの隙に腰をおろしつつ見ると、ルウも嬉しそうにミヤに頬ずりされている。
「ミヤ。狼……は日本にはいないな。犬好きだったのか?」
「俺、動物なら何でも好きっすよ!ゴリラとかも!!」
「ゴリラかよ。犬とか猫に、好かれそうだよな、ミヤ」
「いやそれが、猫にはさほど好かれないんっす。なんでっすかねえ?」
「なんでだろうな。そしてジン、鳥好きなのか?」
またしても鳥を正面から凝視しているジン。どうしたんだ、今日は休憩のたびにそんな感じだった。
「いや。この鳥、北にはあんまりいないから。おもしろいな、って思って。前に乗った時は、こんなにジックリ観察してる時間なかったし」
そこで狼っぽい犬じゃなくて鳥に行くとこがジンだ。まさか、食材に見えてるんじゃないだろうな。
なんとなくありそうな可能性を思いついて、ちょっとだけ一人でシーンとする。聞かぬが花だ、と思い、そのまま放置する。
そういえば、鳥は草を食べるみたいだけど、ルウはどうするんだろう?草ってわけにもいかないし。雑食の可能性は高いけど。でもな。
ふと、二回目の休憩中にロムが弓の手入れをしていたことを思い出す。俺達はできないけど、ロムは多分、できそう。狩り。……ルウの、ご飯。ルウだって、頑張って走ってるんだもんな。お腹、空いてるよな。
狩りは、旅をしていれば、避けることはできないような気がする。でもでも、本心では、避けられるものなら避けたい!!
とかどんどん想像が暴走していると、ロムが戻ってきた。
「今晩、泊まれるぞ。鳥とルウは、こっちの外の厩舎につないでおいてくれって」
ロムが指し示す方には、簡素だけれど大きめの厩舎がチラリと見える。
「一緒に寝れないっすか?」
「今日はな。野宿の時は一緒だから」
「残念だけど、仕方ないっすね」
「あの、鳥とルウのご飯って」
「大丈夫だ。宿の人に頼んだ。鳥は桶にいくつか分の草、ルウには肉が入った米を」
よ、よかった。今から狩りに行ってくるって言われたら、どうしようかと思った。
「宿の厨房で、何かお手伝いすることはあるかな?」
「聞いてみたらどうだ?」
「そうだな。聞いてみよう。厨房を見せてもらうだけでもいいな」
「その前に、風呂だな。全員」
鳥に乗っていただけとはいえ、土埃や汗でドロドロになっていた俺たちは、とりあえず風呂に入ることにしたのだった。




