幕間 魔王編 1 ~ワシと娯楽とエトセトラ~
人間は興味深い。
魔族は行動の理念がハッキリしている。
強さや畏怖、欲望だ。
しかし人間は行動理念があやふやだ。常に揺れ動いている。思ってもみないことをしたりする。
それが面白い。
そこが面白い。
月に一度、一ヶ所一日をかけて、東西南北の領地を歩くのがワシの趣味だ。まぁ、それ以外にも出歩くことはあるが。一日がかりの散歩は、基本的には一ヶ月に一回だ。
たまに、面白いことに遭遇する。
最近は、異世界から来たという人間がもたらしたゲームと出合った。
東の中心町を探検していて、酒場に入ったときだった。
木材が豊富なこの地ならではの、木をふんだんに使った建物は二階建てで、真ん中が吹き抜けになっている。二階の席は、壁に張り付くようにグルリと建物に沿って造られている。
二階からは一階の様子を眺めることができて、人間たちが何をしているかがよく見えるので、ワシのお気に入りだ。
酒を飲んで陽気になっている人間も、面白い。
酒は美味いマズイはあるが、酔っぱらうということがワシにはない。酔っ払ってみたい。人間のように。
そう思いつつ、酔わないけれど美味しい酒をご機嫌で飲みつつ、ツマミを食べていたときのことだ(人間の食べ物はバラエティに富んでいて、美味い。美味い物を食べるのも、散歩の醍醐味だ)。
わぁっと一階から人間たちの歓声が聞こえてきた。
テーブルのすぐ脇にある手すりから身を乗り出して見ると、何やら賭け事が始まったようだ。
「せえの!!ジャンケンぽん!!」
わあああ、勝った、負けたと騒ぐ中、今度はそのジャンケンとかいうのに勝った順番から、テーブルの上に置いてある何かをいじっている。
………なんだ?何をしているんだ?
「お客さん、落ちますよ」
落ちても全然構わないが。だが今は人間のふりをしている最中だった。
店員に声をかけられ、慌ててテーブルに体を戻す。
「あれは、何をしているのかね?」
「ああ、あれはクズセバマケヨというゲームをしているんですよ」
「クズセバマケヨ?」
「異世界のゲームです。最近、流行っていまして」
ほうほう。
「この酒場では賭博が自由なので、いろいろと賭け事はやっていますが、近頃は、あのゲームで賭けをするのが流行っているのです」
「なるほど」
「お客さんも、よろしければどうぞ。勝っても負けても、店は関与しませんので、そこはお気をつけて」
のぞむところだ。
いそいそと一階に降りる。
この店は大きな酒場なだけあって、品物は料金と引き換えだ。会計はその場で商品と引き換えに終わるので、席を移動したところで問題はない。
店が酔っ払いから料金を取りそこなうということもない。
実によくできたやり方だ。
無論、ここのようなやり方の酒場ばかりではないが。
人混みにまぎれてクズセバマケヨとかいうゲームをしているところを覗き込む。
どうやら、組み上げた木を崩さないように抜いていき、崩した者が負けのようだ。
その時ちょうど歓声が上がった。ちくしょー!!という声と共に、木が崩れる軽い音がした。
「次、混ざりたいヤツはいるかい?」
賭けの胴元か、声を上げるヤツに、思い切り背伸びをして手を上げる。
「ワシもやりたい!!」
「おっいいねぇ~。ジャンケンは知ってるかい?」
「いいや、教えてくれ」
「よしきた」
こうしてワシは、東の酒場でクズセバマケヨとジャンケンと出合うことになった。
「それで。身ぐるみ剝がされたわけですか」
迎えに来たルノーに静かに問われる。
クズセバマケヨもジャンケンも全敗したワシは、ルノーが来る頃には、文字通り身ぐるみ剝がされていた。
「うむ」
風がちょっと冷たい。
「魔王様……。どれだけ負けたのですか……」
「持っていた金と服を全部取られるくらい!!」
元気よく答えるが、ルノーは静かに怒りを滲ませている。
東のルノーは口数が少ないし、ほかの四天王に比べたら優しい。が。
「魔王様。度が過ぎていますよ。もう少し、弁えてください」
流石にだいぶ、怒っているらしい。
「魔王様なのに、いいカモになってるじゃないですか」
「うむ」
流石にワシが身ぐるみ剝がされているとは思ってもいなかったようで、ルノーも代わりの服は持って来ていない。
それはそうだな!!
「とりあえず、これを羽織ってください」
そう言うと、自分のマントを差し出してきた。
おとなしく羽織る。
「面白かったなあ!!またやりたいな!!」
「……止めませんが、もう少し、弁えてくださいね」
こめかみを揉みつつ、ルノーが言う。
「覚えてたらな!!」
「……人間も、まさか自分たちが身ぐるみ剥がしたのが魔王様だとは、思っていないでしょうね……」
それが醍醐味だ!!
人間は、今日も興味深い。




