第九話 春は雪解け水とともに 1
「春っぽくなってきたわねぇ~」
掃除をしつつ、暖かい日差しがポカポカとしている窓の外を見て、アスカさんが嬉しそうに目を細める。
「ほんとですね」
一緒に窓の外を眺めつつ、初めて過ごした雪がある冬を思い出す。まだ冬は終わってないけど、道に積もっていた雪もすっかり溶け出しているし、雪が降る日も減ってきて、すごく春っぽい日が続くようになってきた。
それにしても、いやもう、メッチャ寒かった、冬。雪ってすごい。
雪って滑るし冷たいし重いし、上から塊でごっそん、って落ちてくるし、風と一緒に顔にたたきつけられると痛いし。生活してみると、こんなに大変なんだな、って。
「雪かきからも解放されるわねぇ」
「ほんとですね」
恨みがましく言いつつ、思わず腰をなでる。雪かきでの体の使い方を知らない俺は、がむしゃらにやって、腰を二回、痛めた。そこまで酷くはなかったので、ヒーリングをかけてもらい、多少の安静を経て復活したのだ。
「毎年降るけどね、雪」
うふふ、と笑って俺を見たアスカさんの目が笑ってない。あれ?今、笑ってたよな?
「あれ?」
「アンタ、来年はもっとキリキリ雪かきしてもらうわよ!北の領地は、雪とは切っても切り離せないんだから!!」
「ひー」
「ひー、じゃないわよ!」
「ふー!」
「ツマンナイこと言ってんじゃないわよ!」
「カツミさん、来年は腰、気をつけなきゃっすよ!あんまり回数重ねると、腰って癖になるんすよ!」
なんだって?!
「マジで?!」
「マジっす!!」
ぎゃっふん。
「カツミの腰なんて、どうでもいいわよ。そんなことより、もう少し暖かくなって雪が解ける頃、旅芸人が来るわよ」
「旅芸人?」
「サーカスみたいなっすか?」
「そう、サーカスみたいな一団ね」
「春の風物詩みたいなもんですか?」
「風物詩、うん、そうね。春はね、五穀豊穣を祈ってお祭りが開催されるのよ。その一環よね」
へぇ~。
「お祭りっすか?!」
嬉しそうに前のめりになったミヤに、アスカさんが笑顔で答える。
「そうよ。普段はあんまり来ない他の領地からの商人もいっぱいくるし、露店もいっぱい並ぶわ。城壁に沿って、グルリと並ぶの。楽しいわよ」
「おおー!!みんなで行きましょうっす!!」
「いいわねぇ。せっかくだから、大勢で行きたいわよね」
「うっす!!」
「春はあるのに、秋はないんですか?祭り」
「あるわよ。この町でも、小さいのはあったわよ。収穫祭みたいなの。でもアンタたち、それどこじゃなかったでしょ、秋は」
確かに。
「春が一番大きい祭りなんですか?」
「北はね。春夏秋冬で、それぞれ東西南北を回るのよ。旅芸人の一座が」
「へぇ~」
「北は春。西が夏。南が秋。東が冬。だから、大きい祭りは年に一度」
「それ以外は、そんな大所帯の人たちは、何してるんすか?」
「バラバラに散って、仕入れしたり商いしたり、芸をしたりしてるみたいよ」
「へぇ~!!いっすねぇ!!旅から旅の生活も。いろんなとこに行くんっすよね」
「そうね。それぞれ分かれて行き先を決めて、小さい村とかまで回るみたいよね」
「大変そう」
「そりゃそうよ。屋根のないとこで生活するんだものね。移動しつつ」
「いろんなこと、ありそうっすねぇ!楽しそうっす!」
「楽しいわよね、きっと。アタシも北の領地を出たことないから。他の領地って、どうなってるのかしらねぇ」
「行ったことないんですか?」
意外。
「ないわね。別に禁止されてるわけじゃないんだけど。北の領地だけでも、結構広いから。そうそうひょいっと行き来できるような距離でもないし」
「そうなんですか?」
「それに、アタシ、乗り物酔いするしね」
ボソッとつぶやくアスカさん。確かに、長距離移動だと徒歩じゃなくて乗り物になるんだろうな、この世界。揺れそう。車もないし、動物に乗るにしても何にしても、メッチャ揺れそう。
「新幹線も飛行機もないし」
「ドラゴンはいるっすけどね!」
ミヤの言葉に、アスカさんがふふっと笑う。
「ドラゴンはいるわよねっ。でも、ドラゴンって、運送業はしてるけど、人は乗せないのよ、ほとんどね」
そういえばバリスも言ってたな。ドラゴンは通常、人は乗せないって。
「運送業してるんっすか?」
「そうなのよ。ドラゴン便だと、空を飛ぶしスピードもあるから、早いのよ」
「へぇ~」
「お急ぎ便っすね!」
「そうそう」
「そうすると、俺とカツミさんは、やっぱり、貴重な体験だったんっすね」
「そうよ。すごいのよ、ドラゴンに乗るって」
「やった!ラッキーっす!!」
俺たちを呼び出した魔王のおかげなんかね、そのラッキーは。
「そういえば、ウオマさんって祭りの日は何をしているのかしら?」
「何もしないで欲しいですけど」
「だって、人間の町を歩いたりするのとか、好きじゃない。お祭りだって、好きそうなもんだけど」
………………。今、露店でメッチャウキウキでいろんな食べ物買いつつ、祭りを満喫している魔王が思い浮かんだ。
自分の想像にドン引きした俺を見つつ、アスカさんがイタズラっぽく笑う。
「今度来たら、聞いてみよっと」
「知りたくないです!」
何しててもいいけど、知りたくない!もちろん、一緒になんて行きたくない!そもそも魔王って、あんなに気軽に町の中歩いてて、よく正体バレないな?!魔族だっているのに。
「そういえば、魔王さん、あれから来てないっすね」
ミヤが珍しく積極的に魔王の会話に参加してくる。そういえば、前回来た時に、ちょろっと会話してたっけな。
「そうなのよねぇ。バンガローで作ったピザ、食べてみてもらいたいんだけど」
「来なくていいですよ!魔王城でおとなしくしてて欲しいです!」
俺の言葉に二人が笑い、
「さ、お店の準備しましょうか」
アスカさんがゆっくりと伸びをして、頷いた俺たちにふと思いついたように言った。
「アンタたち、春先は雪解け水で川が増水するから、川遊びとかするんじゃないわよ。流されるわよ」
そこまで子どもじゃないぞ、とは思ったものの、心配してくれたんだろうし、素直に頷いておいたのだった。
「そういえばカツミ、あんた、イールはどうするのよ?」
カウンターでグラスを磨き出したアスカさんが唐突に話題を振ってきた。手元で使っていたホウキがぐんにゃりと曲がる。
セーフ。折れてない。
「どうもこうも、どうもなってませんよ」
「煮え切らない男ねぇ」
「どうとでも言ってください」
煮え切らないもなにも、突然大人になって目の前に現れたからって、どうこうなるわけがない。子どもとして出会って一緒に遊んで、その直後に大人になりました、って言われてもだな。
「かわいそうにねぇ。健気に通ってくるのに」
「ぐっ……」
そうなのだ。イールはあの冬の日以来、定期的にこの店に通ってくるようになった。軍資金はどうしているかというと、なんと、マミルと一緒に夜の見回りに行き始めたのだ。‘マミちゃん怖がりだし、ちょうどいいでしょ’って、言ってたな。
言葉に詰まった俺に、片眉を上げてアスカさんが言う。
「煮え切らないって、よくないわよ」
「いやもう、そんなこと言っても、イールは別に俺だけが目当てじゃないでしょ、このお店。アスカさんの料理も大好きじゃないですか」
「そうなのよ!嬉しいわよねぇ~」
ニッコニコでグラスを磨いて光に当てるアスカさん。光に当てて、くもりがないかどうかを確認するのだ。
「そろそろ春になるし、新鮮な果物が出始めたら、パフェでも作ってあげようと思って」
鼻歌でも歌いそうなご機嫌な口調で言う。
「喜ぶんじゃないですか」
満面の笑みで料理を食べているイールを思い出して言う。食べている姿は、子どもの頃の面影をたっぷり残している。素直に、かわいいなとは思う。大人にはなったけれど、酒はまだ興味がないらしい。果実ジュースやお茶を飲みつつ、料理を食べている。
「そうね、作ってあげましょっ」
ウキウキしているアスカさんを見つつ、イールの顔が脳裏にチラつく。
なんと彼女、俺への思いがあって、大人へと成長したらしいのだ。つまり、その、なんというか。
「それにしても、イールってかわいらしいしスタイルもいいのに、アンタのどこがよかったのかしらね。大人になるほど」
そうなのだ。なぜかイール、俺のことが気に入ってというよりも、好き、らしい。ビックリした。
というか、アンタのどこがよかったって。
情けない表情になった俺を見て、アスカさんが慌てたように口を開いた。
「違うのよ、アンタにもいいとこはたくさんあるわよ。優しいし、ひねくれてないし。ちょっと、野暮天なのと思い切りが悪いのが難点だけど」
グサッ。
「褒めるのかけなすのか、どっちかにしてくださいよ」
斜めになりつつ言うと、珍しくアスカさんが更に慌てて言葉を重ねる。
「いいと思うわよ、うん。アンタも悪くはないとは思うの」
褒めてるのか貶してるのか。微妙なラインの発言だな。
「ただね、イールって、すごくハッキリしてるでしょ。ん?あ、そうか……」
フォローしようとして逆に墓穴を掘りかけているアスカさんが、何かに気付いたように、斜め上を向いてブツブツ言いだした。
「ん?あ、そうか、ってなんですか?」
「うーん。アンタ、意外にハッキリした性格の子に好かれるのかもしれないわねぇ」
急にしみじみと俺の顔を見て言う。
「根拠はなんですか」
「なんとなくよっ!!」
最終的に訳の分からない感じで胸を張られる。なんとなくって、なんなんだ。
「でもまぁ、俺、今のままだと恋愛とかって難しいですよね」
「そうかしらねぇ」
「だって、一人で行動できないですしね」
そうなのだ。最近は発動していないとはいえ、危ない異能持ちの俺は、一人で行動することは許されていない。それは、ミヤも一緒なんだけど。
「俺、カツミさんのデートに着いて行ってもいいっすよ!」
「わぁっ!!」
いつの間にか背後に立っていたミヤの声で、ビックリして飛び上がる。バクバクする心臓を押さえつつ振り向くと、満面の笑みでミヤが立っていた。
「あら、よかったわね、カツミ。デートできそうよ」
いやいやいやいやいや。そうじゃないでしょ、二人とも。
「いくら俺でも、それはちょっと」
「えーじゃあ、ダブルデートとかどうよ?」
「俺、相手いないっす!!」
そんなに明るく言うようなことか?ミヤ。
「大丈夫っす、カツミさん!!恥ずかしいなら、俺、ちょっと距離開けて、会話が聞こえないくらいで着いて行きますよ!!」
そこまでしてデートしたくない!!
「ミヤ。気持ちはありがたいけど、遠慮しておくよ。ってか、面白がってるだろ!!」
「おっ、バレたっす?!」
イタズラそうにニヤリと笑うと、‘いつでもいっすよ~相手が誰でも!’と意味深な言葉を残しつつミヤはカマド部屋へ去って行った。
相手が誰でもって、どういうことだよ。今デートするとしたら、イールだろ、話の流れからして。
「デート。デート、いいかもしれないわよ!!」
「何を言い出すんですか、アスカさん」
「だって、アンタもミヤも、いくら行動制限があるとはいえ、仕事ばっかりじゃないの」
「だって、そんなの普通でしょ?」
「何が普通なのよ?普通は余暇だってあるわよ。アタシだって、イッちゃんとデートしてるじゃないの」
あ、ああ、そうか。
「アンタとミヤって、考えてみると、イチカとキャンプしたり町をブラついたりはしてるけど、この世界に来てから遊んだのって、この間の遊技場が初めてなんじゃないの?」
「いや、年末、花火とか見に行きましたよね?」
「そういうのじゃなくてよ」
「じゃあ、どういうのですか」
「全く、話にならないわ。ミヤ!ミヤ!」
「うっす!!」
「ちょっとこの野暮天、どうにかするわよ。アタシたちで計画立てましょっ」
「いっすね!!カツミさん、チャンスっすよ!!」
何がチャンスなんだよ!!
「頼むから、変なことしないでくださいよ!!」
一瞬、アスカさんにイメチェンの相談をしたときのバリスの姿を思いだす。大惨事だった。……いやあれは、バリスが素直過ぎたんだよな、うん。
っつうか!!
「ミヤだって、恋愛してないだろ、こっちきてから。俺だけじゃないだろ!!」
「俺、今のところは興味ないっす」
「本人が言ってるんだから、いいじゃないの」
「じゃあ、俺だっていいじゃないですか!!」
「アンタは別よ。さ、ミヤ、計画立てましょ。カツミ、ミヤの代わりにカマド部屋の掃除してきてちょうだい」
「大丈夫っすよ!!カツミさん!!」
何が大丈夫なんだよ!!
「他の人にまで迷惑かけないでくださいよ!!」
最悪、俺だけの被害ならどうとでもなる。
「信用ないわねぇ~」
「ないわけないけど、それとこれとは話が別ですよ!」
「四の五の言わないの。たまにはイベントあってもいいでしょっ。春なんだから、恋でもしなさいよ」
イベントはいいけど、ハプニングとかアクシデントとかトラブルはいらない!!
「なんで春だと恋するんですか!」
「佃煮にできるぐらいあるじゃない、そういう歌」
「知らないですよ!!」
「あらかわいそう。さ、おとなしく掃除してきなさいな」
「俺たちに、どーんと任せてくださいっす!!」
本人をのけものにして、何を話す気なんだよ!!
「お楽しみよ~」
…………。
「そういえばイチカって、いつ戻ってくるんですかね」
最後の抵抗に、話題をそらしてみることにしてみる。
「もうちょっと暖かくなってからじゃないの?帰ってきたら、顔出してくれるわよ」
「そうっす!!キャンプ、楽しみっす!!」
「さ、安心して、カツミ。お掃除してきていいのよ」
会話は見事に逸れずに終わった。
にこやかに笑うアスカさんを見て、覚悟を決める。これはもう、何を言っても無駄だ。せめて、カオスにならないことを祈りたい。
こそこそと話しつつ、楽し気に笑うアスカさんとミヤを背に、すごすごと俺はカマド部屋へ向かったのだった。




