第七話 連続する非日常での過ごし方 4
結果的にジンは、治療院に二日、隔離されていた。
仕事を休まなければいけないと知った後、全力で暴れて傷が悪化し、治療院のヒーラーに怖い顔で聞かれたらしい。
「今、無理をして自由に腕が動かせなくなるのと、二日休むのとはどっちがいい?」
と。
ジンもさすがに、自由に腕が動かせなくなるよりは休養を取ったらしいが、一定の時間で暴れ出すので、個室に隔離されたという。そして、その個室の中で、なにやら誓いの言葉を呟いていたらしい。
‘犯人は絶対に許さない’と。
こっわ!!目が据わってそう!!てか、絶対据わってる!!
魔王はあの後、現場を見た後にすんなり帰って行ったらしい。城門の方へ歩いて行ったわ、とトウカさんが言っていた。
後日来たバリスによると、犯人の手がかりは全くないという。あの日降っていた雪が、全てを覆い隠してしまっていた。
そして俺は次の日、賭けに見事に負け、アスカさんとミヤには肉の串焼きをおごった。
くそう。どうやったら転ばずに歩けるようになるんだ。てか、ミヤも雪は慣れてないはずなのに、どうしてすぐに順応できたのよ。俺に雪玉当てて喜んでたし。
と、なんやかやと過ごしつつ、ジンが治療院から退院してケバブ屋に復帰した日、店に珍客が訪れた。
カランコロン。
「こんにちは」
「あらっ?!どうされたの、サナ様!!こんにちは!!」
突然現れた四天王の一人に、アスカさんも驚いている。
「今日も冷えますね」
「あ、ええ、はい。どうしたのかしら?」
「こちらでは最近、お弁当の注文を受けていると聞いたのです。定期的に、注文をしたいと思いまして」
「それは、サナ様が召し上がるのかしら?」
「いいえ。私ではないです。ウオマという中年男はご存じですね?」
「そうね。最近、お店に来ていただいてるわ」
「彼の為に作って欲しいのです」
「本人が、それを希望しているの?」
「いいえ。私の独断です」
「なにか、理由があるのかしら?」
「彼はこちらの料理がとても気に入っているので」
「あら、嬉しいわ」
「定期的にお弁当を持っていけば、喜ぶと思うのです」
「そうかもしれないけど。彼、このお店で友人とお酒を飲むのを楽しみにしているみたいよ。本人が望んでいないのなら、お弁当じゃなくて直接ここに来て、好きなものを食べた方がいいんじゃないかしら」
アスカさんが言った途端、冷たい空気が流れた。
冷たい空気とは裏腹に、優雅な笑みをたたえたまま、サナさんが口を開く。
「彼の正体は、ご存じですね?」
「ええ。店にはカツミとミヤがいますもの。でも、誰にも話してなんかないわよ」
「それは承知しております。けれど、彼の立場的に、そうそう人間と共に居酒屋で飲み会をするというのは、困りものだと思っているのです」
「そう?」
「ええ」
そこで怖い沈黙が降りた。ピンと張りつめた空気の中、二人とも笑顔のまま向き合っている。
「ウオマさんがお弁当を注文したいというなら承るわ。でも、そうではないのなら、申し訳ないけれど、お断りします。サナ様がサプライズでウオマさんを喜ばせたいというのなら、喜んで作りますけど」
アスカさんがサナさんから目をそらさずに、キッパリと言った。
「……そうですか。残念です」
ゾクリとするような笑顔をたたえて、サナさんが言い、扉を開けて去っていった。
カランコロン。
「ふぅ~」
扉のカラコロンという音が消える頃、息を吐き出しつつアスカさんが椅子に座った。
「怖かったですね」
メッチャ怖かった、アスカさん、よく断ったな。
「さすがのアタシも、肝が冷えたわぁ」
「よく断れましたね。サナさんの独断のお願い」
「んー。独断でしょ、サナ様の。ウオマさんはこのお店で、みんなで飲んで食べて騒ぐの、明らかに楽しんでるじゃないの」
「目を疑うくらい楽しんでますね」
ほんと、なんかの幻かと思うくらい。
「なら、弁当だけ届けて我慢しろ、なんて言えないでしょ、あんなに楽しそうなんだもの」
「そういうものですか」
「料理だけ持ってこられて、これで現地に行かなくてもいいでしょ、なんて言われたって、複雑でしょ」
「そうかもしれないです」
でも。
「アスカさん、あの火事の夜に、娯楽なのよ、って言ってたじゃないですか」
「言ったわね。彼らにとって、人間は娯楽の一環なんじゃないの」
「なら、別にアスカさんが魔王のことを思って、サナさんに盾つかなくていいんじゃないですか」
「……そうかもしれないわね。でも、ウオマさん、ほんとうに楽しそうなんだもの。自分のお店であんなに純粋に楽しんでくれたら、嬉しいもんよ」
あ、そうか。……そうだよな。
アスカさんがいつも、魔王が来ると嬉しそうにしているわけが、分かった気がした。
「あの、どうかしたんすか?」
そこで、カマド部屋で掃除をしていたミヤが顔を出した。
「どうもこうも、ちょっとハプニングがあったのよ。お茶でも淹れましょうか」
肩をすくめたアスカさんが言い、俺は賛成の意味を込めて深く頷いた。
「と、いうわけなのよ」
コーヒーを飲みつつ、アスカさんがサナさんとの一件を説明する。
「そうだったんすか。話し声がするな、とは思ってたんすけど」
騒いでたわけじゃないし、そりゃ、掃除を優先するわな。
エンのパン屋さんで新商品として出た焼き菓子を一つつまみ、‘あらこれ、美味しいわぁ~。バターたっぷりね’などと呟いているアスカさんの隣で、ミヤはコーヒーに砂糖もミルクも入れず、お菓子にも手を付けずに首をひねっている。
「どうした、ミヤ?」
「うーん。最近、滅多にないことが頻発してるなぁって思ったんすよ。寒くなって冬だな、って辺りからっすかね」
「……そういえばそうねぇ」
「こんなに頻繁に、いろんなこと起きたりするっすか?」
「うーん」
ミヤの言葉にアスカさんが考え込む。アレコレと思い出しているのかもしれない。
「アタシがこっちに来てから、こんなに立て続けに何か起きてるのって、初めてだわ、多分。アンタたちが来た辺りからかしら」
「え、俺たち、関係あります?」
俺たちに関しては、魔王が勝手に面白がって城に呼びつけたから騒ぎになっただけだし、俺たちのせいじゃなくない?
「単純に、時期の目安として、よ」
「あ、そうですか」
「そうね。割りと平和で平凡な毎日を過ごしていたわよ。たまーに、こっちにくる子たちの面倒見つつ、店で小競り合いとかの仲裁しつつ、っていう毎日だったわ」
「ジンさんが襲われるっていうのも、変っすよね」
「だよなぁ。ジン、ケバブがからまないと穏やかだし常識人だよな」
「それもあるっすけど、警備隊が夜、見回りしてるはずっすよね」
「そうね。時間とルートを決めずに、町の見回りをしてるはずだわ」
時間とルートを決めないのは、決めてしまうと裏をかかれるからだろう。悪さをしようとしているヤツらから。
「っすよね。夜行性の人たちって、町ではどうしてるんすか?」
「人口的には夜行性の人たちは少ないけど、その人たち向けにお店もやってるし、日常を過ごしてるわよ。でも、夜はどうしても人通りが少なくなるから、警備隊も夜に見回りしてるんだけど」
「警備隊には人間だけじゃなくて魔族もいるんすよね?」
「いるわ。人間には感知できないこともあるからね」
「警備隊は、そのとき、どうしてたんすかね。警備隊の隙をついたんすかね?」
「言われてみると、変よね。大声が上がった段階で、駆け付けてるはずだわ。遠くにでもいたのかしら?」
「ってことは、隙をついたってことですよね。それに、もう逃げてたって言ってましたよね、バリス」
「詳しいことは言ってなかったけど、逃げたとはハッキリ言ってたわね」
「ちょっと、違和感あるっすよね」
「言われてみると、あるな」
「それから」
まだあるの?!
「サナさんって、北の領地の四天王らしいっすけど、このお店に来たことあるんっすか?」
「ないわ」
「なんで来たんすかね?」
「お弁当のことはマミルに紹介してって言ったから、魔族の間で噂になってたのよね、きっと」
「それはそうっす」
「後は、出歩いて人間と飲んでる魔王をどうにかしようとしたとか?」
「あるとは思うっすけど、そもそも、魔王さんって、ケバブ屋の常連なくらい、あそこに通ってるんっすよね?」
「そうね」
「あ、そうか。人間との交流をよく思ってないなら、まずはケバブ屋の常連になるのを止めてるか」
「っす。だって、ケバブ屋って店は大きくないっすもん。何回か来店したら、顔なじみになるっすよね」
「今までは放っておいたのに、今回は二回、ここに来ただけで、なにやら止めようとしてきた、っことか」
そこで会話が途切れた。
「まあでも、このお店にはカツミとミヤがいるからじゃないの?」
「というと?」
「ジンちゃんたちはウオマさんの正体知らないけど、アンタたち二人は知ってるじゃないの」
あ、そうか。
「うっかりバレたら困……らないにしても、よくはない、と」
ミヤが冷めてしまったコーヒーに砂糖とミルクを入れて、勢いよくかき混ぜる。
「なんか、違和感あるっすねぇ~」
魔王が来たのは龍のことが気になったらしいけどな。口実で、ただ単に飲んで騒ぎたかっただけかな、それとも。
しーん、とした空気の中、窓の外では雪がシンシンと降りだした。
「なんか……面倒事が起きますかね?」
はまりきらないパズルのピースのような疑問を頭の中で浮かべつつ、アスカさんに恐る恐る聞いてみる。
「そうねぇ。あるかもしれないわねぇ」
「……お断りできないですかね?」
「こういうのは、お断りできないもんなのよ。有無を言わさず、向こうからやってくるの」
コーヒーを飲みつつアスカさんが言った。
「そこをなんとか」
俺は穏やかな日常を過ごしたい。アスカさんに言っても仕方ないとは思いつつ、言ってみる。
「いい?カツミ。トラブルに巻き込まれたときの秘訣を教えておいてあげるわ」
おっ!!
「なんですか?」
「なるようになる、って思うことよ」
思わずテーブルに突っ伏する。
「それって、結局巻き込まれるってことですよね?解決になってないじゃないですか!」
「誰が解決方法って言ったのよ。心構えよ、心構え」
「巻き込まれたくない!!」
「そう言っててトラブルが回避してくれるなら、世の中楽なんだけどねぇ」
「不吉なこと言わないでください!!」
「カツミ、意外にトラブルを引き寄せる体質なんじゃないのぉ~」
ひいいいいい!
「やめてください!!俺は平々凡々に日常を過ごしたいだけなんですよ!!」
「それは誰でもそうでしょ。刺激的な日々の方が好きな人もいるでしょうけど」
よくよくよくよく考えてみると、龍のことといい、ジンのことといい、ジワリジワリとトラブルがにじり寄ってきている気がしてきた。なんか、俺たちに少しずつかすってトラブルが起きてるような。ヤダヤダヤダ。
「あー。もう、十分なんだけど」
お菓子美味いっすね~と言いつつ焼き菓子をつまんでいたミヤが、何かを思いついたように言った。
「今回の事件って、魔族は関係ないんっすかね?」
「なんで?」
「サナさんって、そんなにしょっ中、町中を歩いたりするっすか?」
「役所にはよくいるけど、あんまり町中を散策っていうのは、聞かないわねぇ。トウカちゃんに告白してたって聞いたとき、すごく意外だったもの」
そういえば、そんなことあったな。今、トウカさん、バリスとフラグ立ってるけど。サナさんは、その後どうしたんだろうな?トウカさんの件。
「でも、多少は歩くわよ、トウカちゃんの店は役所から近いし、大通りだし」
「そうっすか」
「……でも、そうね。基本的にサナ様は自分では情報を直接集めたりしないと思うわ。部下の魔族がたくさんいるだろうし、情報収集はその中でも町に住んでる魔族にさせてるんじゃないかしら」
「じゃあ、どうして、今日に限ってこの店には直接来たんっすかね?」
「言われてみると」
「魔王がフラフラ出歩いてるからとか?」
「そんなわけないでしょ。ウオマさんがフラついてるからって、なんでサナ様までウロつくことになるのよ」
「魔王にならってみたとか」
「ないわねー。ウオマさんだって、本当は自分で情報を集める必要なんてないもの。人間の町をフラつくの、好きなのよ、きっと」
やっぱりそうか。店で大喜びをして、みんなと飲み食いしている魔王を思い浮かべつつ頷く。
「じゃあ、サナさんも人間の町が好きだとか」
「うーん。サナ様からは、人間が好きって印象は受けないわよねぇ」
「確かに」
何度か会ってるけど、確かにそういう印象は皆無だ。むしろ、ちょっととっつきにくい。
「ま、俺の気のせいかもしれないっすけどね!」
ちょっと下を向いて考えているようだったミヤが、明るく言ってお菓子を本格的に食べ始めた。お菓子を食べて笑っているミヤを見つつ、なんとなく不安を覚える。
ミヤの勘が外れてくれればいいんだけど。
そうは思うものの、やっぱり一度転がり始めた非日常は急には止まらないのだった。




