第七話 連続する非日常での過ごし方 3
この日はこれで終わりかと思っていたんだよ、俺も。もう十分かなって。魔王は来店するわ、なにかのフラグは立ってるわ、まあ、とりあえず、魔王たちと待ち合わせをしているジンが合流して、また宴会状態になって終わりかな、って。
だったんだけど。
「ジンが襲われた?」
店は魔王一行だけで貸し切り状態になり。まあでも、酒豪が三人で飲んで食べて……主に魔王がどんどん食べる。そんなに好きなの?!ってくらい。普段、何食ってるんだ……をしていたので、売り上げはそう心配するようなもんでもないなという状況の中。
ケバブ屋が終わり次第合流すると言っていたジンが来ないな、とは思っていた。がしかし、妹のティル曰く、ジンは‘ケバブバカ’だ。もしかしたら、仕込みや試作品作りに熱中していて、閉店時間がきても気づかない可能性はあるので、そのうち来るだろう、くらいで誰も心配はしていなかった。のだが。
カラコロカラコロカラコロン、と勢いよく扉が開いたと思ったら、ティルが飛び込んできた。
「あら、いらっしゃい~。どうしたの?そんなに息切らして」
「こっ、こんばんはっ」
息を切らしながら入ってきたティルは、ゼエゼエと肩で息をしつつ、魔王のところへ行った。
「ウオマさん、すみません。今日なんですが、兄が来れなくなってしまって」
「ぬっ。どうした?なにかあったのか?」
「あ、はい。お約束していたのに、ごめんなさい」
「いやいや、そんなことはいいのだ。ジンになにかあったのか?」
確かに、約束したのに急に来れなくなった、っていうのは、ジンの性格を考えると、あまりないことのような気がする。
ティルは言おうかどうしようかちょっと迷ったようだった。楽しい時間に水を差すのをためらったのかもしれない。
がしかし、本気で心配していそうな魔王の顔を見て、口を開いた。
「このお店に向かっている途中で、兄が襲われまして」
「なんだとっ!」
「どこでですか?」
驚く魔王。立ち上がりながら聞くバリス。バリスは役所勤めだし、もしかしたら、今から向かう気なのだろうか。すでに普通の人だったら、酩酊状態くらいの量の酒をハイペースで飲んでたけど。
全く顔色も動作も酔っていないバリスが、素早くアスカさんにお会計をお願いしている。
「あ、えっと。ウチの店を出てこの店に向かってて、この路地に入る手前の通りで襲われたらしいんです」
慌てているせいか、少し混乱したようにティルが説明する。
「兄はあの感じなので、驚いて声も出なかったようなんですが、大通りだったので、偶然、人が通りかかって大声を上げてくれたらしくて」
「そうですか」
「ケガはないのか?」
「とっさによけたようですが、右肩を刺されたのか切り付けられたのか……で、今、治療院にいます。私には、ウオマさんとバリスさんが天晴れで待っているので、行けなくなったことを伝えてくれって」
「うむ。大きなケガだったのかね?」
「ちょっと、大きかったです。ヒーリングを受けているので大丈夫だとは思うんですけど」
「そうですか。ウオマさん、トウカさん、申し訳ないですが、私はこれで。役所へ向かいますので。また、お会いしましょう」
「あっあのっ」
呼び止めたトウカさんに、バリスが振り向く。
「おっお会計頼んでましたけど」
「先日のお礼に、私が。それでは。ウオマさん、また」
「うむ。近いうちにな。今日はありがとう」
カランコロン。
それだけ言い残すと、バリスは足早に店を出て行った。
「カツミ、あれが天然ってヤツよ」
いつの間にか背後にいたアスカさんが、ボソッと呟いた。どっちの意味で言ってるの?フラグに気づいてなさそうなとこ?サラッといい男っぽいことをしていること?
「犯人は捕まったのかね?」
「それが。大声を出してくれた人が兄を介抱している間に、逃げてしまったそうです」
「そうか」
犯人、逃げたのか。ジンはケバブバカではあるけれど、人に恨まれたり危害を加えられたりするような人間じゃない。ケバブが絡まない限り、ジンは落ち着いていて穏やかな、優しい人だ。
「一体どうして」
「一応、兄にも聞いてみましたが、恨まれるようなことは心当たりがないと言っていました」
「そうよねぇ」
「そっすよね。ジンさん、イイ人っすもん」
「犯人は、どういう?」
「それが、暗かったし、相手は頭からマントを被ってて、人間か魔物かそれすらも分からなかったって」
通り魔的な?でもそんな、いる?この世界に。
しばらくの沈黙の後、魔王が口を開いた。
「ティルさん。ジンの見舞いに行きたいのだが、治療院には、ワシはこの時間では入れないよな?」
「そうですね。それに、私、兄を止めにいかないといけないので。これで」
「止めるって?」
「ヒーリングは受けてるけど、二、三日は仕事を休まないといけないかもしれなくて。お兄ちゃん、暴れそうなの!!」
そう言うと、ティルは扉へ走っていった。
「ウオマさん、本当にごめんなさい!!」
カランコロン。
降りしきる雪の中、ティルも去っていった。残されたのは、珍しく正気のトウカさんとなにやら考え込んでいる魔王だけ。
暴れる。確かに二、三日も仕事を休まなければならないとなったら、ジンは暴れそうだ。
とんでもない勢いで暴れるジンと止めに入るオヤジさんとティル、治療院の人たちを思い浮かべる。ものすごい大騒動だ。
最終的に、ベッドに縛り付けられて個室に閉じ込められそう。
「アスカくん。この町は、治安は悪いのかね?」
「いいえ。治安はいいと思うわ。それに、誰かが襲われたなんて話し、聞いたことないわよ。そりゃ、小競り合いとか喧嘩なんてもんはあるけど」
「そうか」
魔王はしばらく考え込むと、トウカさんに向き直った。
「お嬢さん、ちょっと早いけれど、私も今日は帰るとしよう。申し訳ないが、さっき話していたジンが襲われたという場所に、ワシを案内してくれないかね?」
「いいですよ」
魔王が立ち上がり、トウカさんも立ち上がる。
「また来る。今日はすまないね」
そう言うと魔王は扉へ向かい、トウカさんもその後を追っていった。
カランコロン。
営業中の俺たちは、とりあえず手も足も出ない。閉店時間にはまだ早い。現場に行ったり、入れないのは分かっているけれど、様子を聞くくらいはできるはずの、治療院に行くこともできない。
なぜなら。
アスカさんが抜ければ料理を作る人がいなくなる。俺とミヤはニコイチでしか動けない。どちらかだけが外出するわけにはいかないのだ。
「さ、お客さんも途切れたし、とりあえず片付けましょ」
魔王たちが出て行った後の余韻が消えた頃に、アスカさんが言った。




