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第七話 連続する非日常での過ごし方 1

 妖精のてんやわんやがあったその数日後、空からは雪がチラチラと降り、本格的な冬の季節がやってきた。

「この辺は、雪が降るんですね」

「そうね、北の領地は降るわね。南は降らないみたいだけど。寒いわよ~」

 寒いわよ~と言っているアスカさんは、店の中とはいえ、まだタンクトップだ。まあ、アスカさんはカマド部屋にいることが多いから、暑いよな。

「俺、雪国に行ったことなかったんすよ!!積もるっすか?」

「積もるわよ。ここは都市部だからそこまで豪雪ではないけど、でも、そこそこ降るわね。

東京よりは降るわ、ずっとね」

 マジか。ミヤ、なんで万歳して喜んでるんだ。

「積もったら、雪だるま作るっす!!」

 なるほど。雪遊びがしたいのか。

「カツミはウィンタースポーツはやったことあるの?」

「一応。高校の冬の行事でスキーしましたよ」

「スノボじゃなくて?」

「はい。スキーでした」

「どうだったの?」

 なんとなく返事が分かってる風な含み笑いでアスカさんが聞く。

「雪だるまになってました」

「裏切らないわね~!!」

「……大笑いしないでください」

 そうなのだ。初めてスキー場に行ったときは俺も雪にテンションが上がったが、スキー板を装着するまでに散々転び、更に、滑り始めてからもゴロゴロと転がった。

 マジで、どうやって立ったまま滑るの。あの細い板で。

 情けない思いで同級生がスイスイと滑れるようになるのを見つつ、二泊三日の最終日まで、俺は転び続けた。

 いや、最後には少しだけ滑れるようになったけど。

 散々な思い出ではあったが、寒いスキー場で食べたカレーと豚汁と甘酒は美味かった。

 自分の名誉の為に言っておくが、俺の運動神経は普通だ。雪と相性が悪いだけだ。

「それ以来、行ってないの?」

「行かなかったです」

 大学で行く機会がなかったわけではないのだが、全部お断りしていた。寒いの苦手だし。

「じゃあ、今年はスキーする?」

「やった!!するっす!!」

「マジで!?」

「アタシ、インストラクターの資格持ってたのよ。教えてあげるわよ」

「…………」

 アスカさん、そんな資格も持ってんのか。やりたくない、スキー。ゴロゴロと転がる自分を思い出して留守番したい気持ちでいっぱいになるが、ミヤが飛び跳ねて喜んでいる姿を見ると、無下に断るのは忍びない。

「スキー場、あるんですか、こっち」

「似たようなのがあるわよ。冬だけやってる遊技場。スキーとかソリとかで遊べるわ」

「楽しみっす!!」

「……スキー板って、何で作られてるんですか?」

「木よ、木。ソリだって木だもの。スキー板、持ってなくてもそこで貸してもらえるから」

 なるほど。

「温泉も併設されてるわよ」

 温泉?

「温泉、あるんですか?この世界」

「あるわよ。アンタ、この町の銭湯行ってるじゃないの。温泉だってあるわよ」

 そうなのか。

「もう少し雪が本格的に降ったら、みんなで行きましょっ。イッちゃんも誘っちゃおうかしら~」

 ご機嫌で鼻歌を歌いつつ、アスカさんが窓の外を見る。

 カランコロン。

 ……嫌な予感がする。まだ開店にはずっと早い、この時間に最近来る人物といえば。

「こんにちは」

 やっぱりバリス!!

 扉の音に振り向くと、バリスが立っていた。なんだろう?保留になっている仕事の話?それとも、何か別件か?

「こんにちはっす!!」

「あらあら、どうぞ~。まだお店、やってないけど」

「すみません。今日もお客ではなくて」

 遅めの昼ご飯が終わったばかりでテーブルが片付いていないので、慌ててテーブルを片付ける。その間に、アスカさんがバリスにコーヒーを淹れていた。

「どうぞぉ~」

「ありがとうございます」

「ミルクとお砂糖は?」

「ミルクだけお願いします」

「はいっ」

 目の前に置かれたコーヒーにミルクを入れて一口飲み、バリスが話し始める。カチリ、とカップが音を立てた。

「先日のマミルさんとツタさんの妖精の件なのですが」

 えっなんでその件をバリスが話しに来てるの?バリス、西の役所でしょ?

 顔に出たらしい俺の疑問を頷きつつ流してバリスが話を続ける。

「マミルさんとツタさんが翌日、湖に妖精を連れて行ったところですね、湖から龍が出てきたのです」

 りゅ……っ。

「ドラゴンっすか?!」

 ワクワク顔で聞くミヤに、バリスが横に首を振る。

「いいえ。ドラゴンではなく、龍ですね。長い」

 日本とかでお馴染みの龍!!いるのか、この世界に!!

「いるのねぇ~。ドラゴンじゃない龍も」

「ええ。ただ、龍は御伽噺や伝承等にしか出てこない生き物ですので。その伝承等もわずかしかなくて」

 遭遇したのはいいが、マミルもツタも言葉が通じない。妖精は龍に懐いているので、間違いなく龍と関係あるのだということは分かったが、話が通じない為に、にっちもさっちもいかない。

 龍は特段、怒っている様子などはなかったが、妖精を見て安心した様子ではあったらしい。

 言葉でのコミュニケーションは難しいが、なんとなくの雰囲気はお互い伝えることはできたという。

 ひとまず、妖精は龍の元へ帰して町へ戻ろうとしたが、戻ろうとすると妖精が着いてくる。どうしようもないので、また次の日来るとジェスチャーで伝えて、戻ってきたらしい。……ほんとに通じてるのか、それ。

「というわけで、私の出番となりました」

 なるほど。ドラゴン族と親交がある狼男の一族に白羽の矢が。しかも、部署が違うとはいえバリスは役所勤めだし。

「で、言葉は通じたの?」

「私一人では無理だと判断しまして、ドラゴンに来ていただきました」

 マジで?!

「ドラゴン、着陸できたんですか?」

 湖畔は木々が生い茂っていて、とてもじゃないけどドラゴンが着陸できるような場所はなかったはず。

「できません。空中で会話をしてもらいました。幸い、ドラゴンと龍は意思疎通をすることができまして。私とドラゴンが意思疎通ができますので。通訳、通訳で、なんとかなりました」

 空中で!!会話!!あの森にはもう行きたくないけど、そのシーンは見たい!!月明かりの下、湖の上で舞うドラゴンと龍。さぞかし見ごたえのある映像だったろうな。

 ん?

「マミルとツタは?」

「現地集合です。湖で、マミルさんにツタさんを背負ってもらって、そのまま大きくなってもらいました」

 ……なんつーの。絵面的に、特撮的な感じ?幻想的なファンタジーから別の意味でのファンタジーになったな。

「誰が一番大きいんっすか?」

 気になるの、そこかよ、ミヤ。いやうんでも、気になるな。どういう大きさなんだろう。湖は森の中にあるとは思えないくらいデカかったけどなぁ。そこに眠ってた龍だよな。

「そうですね。一番大きいのは龍です」

「龍なんっすか!?」

「はい。ドラゴンの何倍もありますね」

「メッチャデカいっすね!!」

「大きかったですよ。次にドラゴン、マミルさんは、比較でいうと一番小さいですね。私たちに比べると、とんでもなく大きいですが」

 頭の中でその光景を思い浮かべる。なんか、すごいな。ドラゴンの数倍もデカいのか、龍。なにか、天変地異とかは起こせるのかなぁ。どうなんだろう?

「それでそれで?」

「はい。それでですね。結論的に言いますと、妖精は龍の眷属でした。最近生まれたばかりのようです」

「龍なんっすか?!」

「ハッキリとは分かりませんが、湖にいる龍の眷属であることは間違いないようです」

「すごいっすね!!」

「ええ」

「あの小さい子が、龍の眷属。あら?でも、龍が一緒にいたなら、どうしてあの子泣いてたの?」

「どうやら、龍は長い眠りについていて、最近、目を覚ましたようです。ですが、まだ眠くて仕方がないと。たまに起きて相手をしていたそうですが、なかなか継続しては起きていられないらしくて」

「寝坊助さんっすね!!」

 ……龍に寝坊助さん。

 軽く頷きつつ、バリスが話しを続ける。

「結果的に、役所でお預かりして育てることになりました。懐いているツタさんを中心に」

「おお~!!」

 なんと。ツタ、独身なのにいきなり親代わり。

「食べ物は食べても食べなくてもいいそうです。月や太陽の光、森林浴で栄養は保てるということでした」

「体のつくりが、根本的に違うのねぇ」

「ええ。それに、ツタさんは昼間の見回りを主にしているので、その点でも都合がいいということになりまして」

 確かに。仕事中連れて歩いているだけで、一緒にいる眷属はパワーチャージできるもんな。

「一通り話し終えると、龍はまた寝てしまいました」

 なるほど。

 それにしても、あの小さい妖精だと思ってた子が龍の眷属。どんなふうに成長していくのか、楽しみと言えば楽しみだ。龍になるのかな?どうなのかな?

「それから、龍は単体でしたので、眷属の名前は特に必要としていなかったようでして。ただ、我々の中で暮らすとなると、とりあえずの名前は必要だろうということで、リウ、という名をつけました」

 リュウ、からュを抜いたのか。

 ふと見ると、話を聞いていたミヤがしきりに首をひねっている。

「どうした?ミヤ」

「うっす。そんなに寝坊助さんの龍が、どうしていきなり目を覚まして、その、眷属?を生んだんっすかね?」

「たまたまじゃないか?」

「そっすか?でも、眠くて眠くて仕方ないんすよね?」

 言われてみると。

「バリス、龍って御伽噺や伝承でしか出てこないって言ってたわよね?」

「はい。役所の記録も調べてみましたが、遭遇したという記録はありませんでした」

「ということは、ほんとうに遭遇した事例がないのね」

「そうなんです。前例があれば、記録されているはずなので」

 御伽噺や伝承でしか出てこない龍が眠気を抑えてまで起きて眷属を生んだ、っていうことだよな。

「すごいっすね!!って言いたいんすけど、なんだか引っかかるんすよ」

 ミヤがこんな風に言うのは珍しい。いつも前向きだし、今回の出来事だって、滅多にないことに遭えてすごいっすね、で済ませそうなもんだし。あんなに面白がってたしな、マミルとの夜回り。

「そうねぇ。言われてみると、不思議よね。冬だし、今」

「冬って関係あるんですか?」

「龍は分かりませんが、ドラゴンは寒いのが苦手です。動けなくなるほどではありませんが、体力や栄養を必要とする子育て等は冬は行いません。ドラゴンと龍が体質も似ていると想定しますと、龍も寒いのは得意ではないでしょう」

 なるほど。ということは。

「確かに、変ね」

 しーん、とした沈黙が降りた。

 しばらくして、口を開いたのは、バリスだった。

「とりあえず、龍に敵意等は感じられません。ドラゴンも、そのようなことは言っていなかったですし。様子を見つつ、私も少し、族長や伝手を辿って、話を聞いてみようと思います」

「そうね」

 おのおの頷いたところで、バリスが立ち上がった。

「それでは、また。何か分かりましたら、ご連絡いたします」

「待ってるわぁ」

 頷いて扉へ向かったバリスが、一度振り向いた。

「先日は大変楽しいひと時でした。また、お客として寄らせていただいてもいいですか?」

 魔王は連れてこないでくれ!!

「もちろんよ!いつでも待ってるわ~」

 俺の心の叫びとは裏腹に、ニコニコと笑顔でアスカさんが言い、バリスは嬉しそうに頷いて去っていった。

 カランコロン。

 ……ほんとに魔王、連れてこないでくれよ……。

 祈るような思いでバリスを見送る。ミヤも魔王が頭をよぎったのか、ちょっと情けない顔をしている。

「ウオマさん、また来ないかしらねっ」

 ウキウキなのはアスカさんだけだ。

「アスカさん。魔王、怖くないんですか?」

「イケオジで友好的だったじゃないの~。何がそんなに怖いのよ?」

「考えてることが全然読めないし、怖くないですか?」

「バカね。考えてることが読めないのなんて、ウオマさんだけじゃないでしょ。アンタ、アタシの考えてること分かるの?」

 ぐっ。

「分からないです」

「でっしょ~。誰の考えだって、分からないのよ。ウオマさんに限らないの」

 確かに。

「今のところ変な言動していないんだし、いいじゃないのよ。きっと、前からケバブ屋の常連だったのよ、あの感じだと。アンタたちよりも前から、ジンのケバブ食べてたの」

 なんでケバブ食べてんだろう、魔王。

「ってことは、前々からこの町を歩いたりしてたんじゃないの」

「暇なんですかね」

 俺の言葉にアスカさんが頷く。

「相当ね」

 前に言ってたもんな。そんな暇なら、何か役に立つことしたらいいのに。力もあり余ってんだろうし。

「とにかく、変だと思ったら気を付ける。怖いのなら、変だな、ってことを見逃さないことよ。それに、ウオマさんがその気になったら、一瞬でアタシたちふっと……ばないかもしれないわね。アンタたち二人がいる限りは」

 途中まで笑っていたアスカさんは、俺たち二人を見て急に真面目な顔つきになった。

「そうですか?さすがに魔王には」

「効いたんでしょ、カツミの異能」

「あ、はい」

「なら、吹っ飛ばないかもよ~」

 そこまで言うと、アスカさんは‘さ、仕事、仕事っ’と言いつつカマド部屋へ入っていった。

「魔王さんはともかくっすね、龍ですよね、不思議なのは」

 魔王はともかくって。まあ、ケバブ屋の常連だからと言って、この店の常連になるとは限らないもんな。

「ミヤ、そんな気になるか?」

「そっすね。なんというか……。滅多にないことに遭った時って、ラッキーと思うことが多いんですけど、違和感があることって、なんか落ち着かないんすよ」

「違和感って、龍が眠いってこと?」

「そっす。カツミさんだったら、眠いのに真冬のスキー場でわざわざ子育てするっすか?」

「しない!!絶対!!」

 想像しただけで寒い!!しかも眠いなら寝る!!

「っすよね。自分で面倒みれずに他に預けるくらい眠いなら、眷属を生み出さないんじゃないっすか」

 確かに。

「俺なら、眠気が収まってから子育てしたいっす」

 そこまで話したときに、カマド部屋からアスカさんの声が聞こえてきた。

「ミヤ~、カツミ~、買い出しに行ってきてぇ~」

「うっす!!今行くっす~」

 ミヤがカマド部屋に返事をすると、俺に振り返った。

「でも、今俺たちができることって、なんもないっすから、とりあえず、買い出し行きましょうっす!!」

 元気いっぱいにそう言ったミヤは、さっきまでの不思議そうな表情の欠片も残っていなかった。

 切り替えが早いって、大事だよな。見習おう。

 ついついグズついてしまう自分を顧みつつ、ミヤがアスカさんからメモをもらってくるのを待ったのだった。

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