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幕間 ジン編1 ~俺とケバブとエトセトラ~

第二話の裏話です。

 ケバブは今日も美しい。


 肉の塊を薄切りにしつつ思う。朝日の昇る前の朝は、爽やかに輝いている。これから仕込む肉が。

「もー。毎日飽きもせずに美しいとか言うのやめてよ」

 半分寝ぼけた状態で起きてきた妹が後ろで言う。

 いけないいけない。あまりの美しさに、思わず声に出してしまっていたようだ。

「初めて口に出したみたいな顔してるけど、毎日言ってるからね」

 ぶつくさと文句を言いつつ店の掃除を始める妹には、ケバブの美しさは残念ながら伝わっていない。

 ケバブの真実の美しさと実力に気づいたら、妹の世界もきっと、今よりも輝き出すだろう。

「やめてよ、肉持ってケバブの美しさを語ろうとするの!お父さんにでもやって!」

 妹は頭が硬い。父はケバブの美しさを知っているからこそ、ケバブ屋をやっているのだし、何よりも、俺にケバブの美しさを教えたのは父だ(※父談・そんなこと教えた覚えはない)。

 おっと。

 妹を説得するよりも、今はケバブの仕込みだ。薄切り肉を準備した後は、程よい大きさの肉を切り出す。薄切り肉は軽く味をつけて焼いて、特製ソースをかけ、パンに挟む。程よい大きさの肉は、シンプルに塩胡椒をして串に刺して炙るのだ。

 後ろで父が野菜を切り始める音がする。付け合わせの野菜も、ケバブを彩る大切な脇役だ。

 存分にケバブを引き立ててもらうためにも、野菜の仕込みは、ちょっと大雑把な妹ではなく、父がしている。

「父さん、今月はいつにしようか?」

 包丁を慎重に肉に入れつつ聞く。

 もちろん、特別なケバブの日を決めようとしているのだ。

「そうだな。先月は中旬くらいにしたから、今月もそれくらいでいいんじゃないか?」

「そんなに日にちを開けなくても、もっと早いくてもいいと思うんだ」

「そんな頻繁にやらなくたって、いいじゃないの。たまにの方が、特別って感じがするし」

 いつの間にか昇っていた朝日と共に、妹がいつものパン屋から仕入れているパンを持って店に戻ってきた。

 もうそんな時間か。

「そうか?残念だな………」

 特別なケバブというのは、薄切り肉を一枚一枚真ん中の棒に重ねていって大きな塊にして、グルグル回しながら炭火で時間をかけて炙る。

 焼けた所の肉から削ぎ落して食べるのだ。 

 今のところ、一ヶ月に一度の楽しみだ。

 どのくらい楽しみかというと、前日は興奮して眠れないほどで、夜更けから起き出して仕込みをしてしまうくらい楽しみだ。

 グルグルと回されて焼かれているケバブも美しい。

 そのパフォーマンスの魅力も手伝い、毎月盛況で、あっという間に完売する。

「ケバブバカ」

 うっとりとグルグルとケバブを回していることを想像していたら、妹が俺を称賛する声が聞こえた。

 

 そう。ケバブは今日も美しい。

 ある日の昼下がり、店のお客さんと世間話をしていると、大通りの方で騒がしい声が聞こえてきた。

 父も妹も見当たらないし、愛するケバブの側を離れることはできない。特に騒ぎにも興味はない。

 そう思って店にいると、二軒隣の家のオジサンが店に飛び込んできた。

「ジンちゃん、大変だよ!大通りの騒動、ティルちゃんとオヤジさんだよ!」

「えっ」

「俺がここにいるから、ちょっと行っておいで!」

 騒動を起こしているのが妹と父だというなら、行かないわけにいかない。

「よろしくお願いします」

 仕方がないので、愛するケバブの側を離れることにする。あぁ……切ない。

 人だかりの方に走って行ってみると、なるほど確かに妹と父の声がする。

 妹は常に騒々しい。そしてそそっかしい。

 また何か、早とちりでもしたのではないのか。

 人混みをかきわけてやっとのことで近づくと、アスカさんのところに新しく来た二人と揉めている。一人は買い物の紙袋を両手に持ったまま尻餅をついているし、もう一人は牛刀を持った父と尻餅男との間に立ちはだかっている。こちらも、大荷物を抱えている。

 父も、そういえば意外にそそっかしいところがある。

「父さん、ティル、なんの騒ぎだい?」

「痴漢よ!!お兄ちゃん!」

「違うって言ってるだろ!!」

 口を挟む間もなく言い合っている二人……いや、父も入れて三人か。

 早く、この騒動を片付けて店に戻らなければ。明日は、特別なケバブの日なのだから。今からワクワクして楽しみを抑えられない。

 口を開こうとしたときだった。

 急に足元から何かヒヤリとして重く、暗い物がズオッと体にまとわりついてきた。

 疑問に思う間も何もなく、俺はまた店先に立っていた。

 あれ?痴漢騒動は?

 いや。それよりも。

 心臓がバクバクして息が上手く吸えない。落ち着け落ち着けと言い聞かせながら、いつもと様子が違う店先にいる妹に話しかける。

「ティル。ケバブは、どこにある?」

 そう。店にはケバブの影も形もなかった。

「ケバブ?何言ってるの、お兄ちゃん。そんなの、聞いたことも見たこともないわよ。何それ?」

 衝撃で息が止まる。

 父の方に振り向く。

「父さん!ケバブっ!!」

「どうした?ジン。うちは前から、ただの肉屋だろう」

 !!!!!!!!!!!!!!

「嘘だあああああああああああああああああ!!!!!!」

 力の限り叫んだとき、フワリと温かくて優しい光が俺を包んだ。

 ヒヤリとした感覚も暗闇も消えていく。

 そんなこと、でも、俺には関係ない!!

 ケバブのない世界なんて、俺には考えられないんだああああああああああ!!!!


「ああああああああああああああああああああああああああこの世からケバブが消えてしまうなんてっ!!!!!!!!!」

 いつの間にか落ちてきていた、大量の涙と共に地面を叩き続ける。

「大丈夫よ………お兄ちゃん……ケバブ、あるわよ……」

 なんだと!?

 妹の声に飛び起きる。体は少々重かったが、全力で立ち上がって店の方へ走る。

 店内に飛び込むと、愛するケバブッ!!ケバブがッ!!!

「あっっっっっっっったああああああああああああ!!!!」

 存在している!!

 今度は感激で涙が出る。

 感激に打ち震えていると、役所まで来てくれと呼ばれた。

 行きますとも行きますとも!どこへでも!!

 スキップをしつつ妹たちと合流すると、アスカさんのところの二人が見えた。

 なるほど、噂の異能はこれだったか。

 なんて素晴らしいんだ!!!

 礼を言わなければッ!!

「ありがとう!!君のおかげで、ケバブがあることに、より幸せを感じるよ!!」


 そう。ケバブがあるだけで、今日も世界は美しい。

 ケバブを失っていないだけで、世界は夜でも輝く。

 今日もケバブは美しい。

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