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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
30/247

第六話 天晴れの日常 3

 カランコロン。

「こんばんは」

 次の日の閉店間際の時間に、約束通りマミルが来た。

 昨日は夜中過ぎまで続いた宴会の後片付けをし、寝る頃には朝方の一歩手前だった。酒豪が揃っていただけあって、酒瓶はゴロゴロ空くわ、オツマミもなんだかんだと出た。酔っ払ってグデングデンになっていたトウカさんはヒーリングを受け、全く酔っていない様子の魔王は支払い時にちょっと青ざめ……どうやら有り金が全部なくなったらしい……、ちょっと眠そうなエン、ティル、ジン、バリスは一緒に帰っていった。

 終始緊張していたためにぐったりしているミヤ、場の混乱がすご過ぎてげんなりしている俺を横目に、アスカさんだけがホックホクでご機嫌だった。一日の売り上げが相当よかったらしい。

 昨日のダメージを引きずりつつ多めの仕込みをし、なんとか営業時間を乗り切ったが、そういえば今日はマミルの夜の見回りに一緒に行く約束だった。

 こっから一仕事かよ、とは思うものの、マミルとの約束だし、それはそれで仕方ない。っていうか、西南の森って、どのくらい遠いの?

「あらぁ。こんばんはぁ~」

「っす!!」

「こんばんは」

 それにしてもアスカさん、すごいな、体力。今日も誰よりも早く起きて仕込みしてたし、営業時間もいつも通りだったし。客商売長いって、こういうことなんだな。ミヤだって疲れてるだろうに、全然顔に出さないで仕事してたしな。

 俺、もっと頑張らなきゃなぁ。

 がしかし、それはそれ、これはこれ。マミルの件については、完全にボランティアだしな。気乗りしなくても、許してほしい。

「後片付けが終わるまで、待っててくれる?」

「待ちます待ちます、いくらでも!!」

 幸い今日は早めに空いてきたので、後片付けも大方終わっている。後二十分くらいでなんとかなるはずだ。

 マミルはニコニコと扉の前に立っている。

「こっちにどうぞっす!!もうすぐ終わるっすよ!!」

 扉に一番近い席をミヤが勧める。

「ありがとう」

 マミルは気弱そうだけどすごく優しい雰囲気で、しかも、あんなに大きくなるなんて、パッと見では考えられない。魔族の力も、いろいろあるんだな。

 でもさ。あんなに大きくなるなら、なんで怖がりなんだろう?いや、怖がりに体格は関係ないか。

 どうでもいいようなことを考えつつ、床をホウキで掃いていく。ミヤが洗い物は片付けたし、後はアスカさんがカマド部屋の火の用心をすれば終わりのはずだ。

 ……そういえば俺たちの晩ご飯は?

「言うと思ったわよ!さ、これパッと食べて行きましょっ!」

 最近、思ったことが口に出すぎじゃね?俺。

 口から疑問が出ていたらしく、アスカさんがナイスタイミングで分厚いサンドイッチを持って現れた。

 サラダと肉が、これでもかってほど挟んである。顎、外れそう。

「四の五の言わずに食べなさいよ!美味しいから!!」

「うっす!!いただきますっす!!」

 グワッと口を開けたミヤがサンドイッチにかぶりつく。すげえ。食べ応えありそうだな。

「うまいっす!!マスタードと肉の相性がバッチリっす!!ニンジンのサラダも、美味いっす!!」

「フフフ~そうでしょ!!さ、マミルも食べなさいな」

「あ、俺もですか?」

「そうよ!!落ち着かなくて食べてないんじゃないの?一緒に食べましょ~。食べてきてても、このくらい別腹よ~」

 マミルにサンドイッチを差し出して、アスカさんもサンドイッチを食べ始めた。

「いただきます。あの、ありがとうございます」

 嬉しそうにサンドイッチを両手で持ってマミルが言う。アスカさんはサンドイッチを咀嚼しながら、笑顔で頷いた。

「いただきます」

 遅ればせながら俺もサンドイッチを頬張る。ミヤはもう、半分以上食べている。

 ザクリ、とサラダが小気味よい音を立てる。マスタードとマヨネーズがパンに塗ってあり、真ん中にニンジンのラペとマッシュポテトと分厚い牛カツが挟んである。牛カツはレアよりちょっと火が通っているくらいで、細かいパン粉がニンジンやマッシュポテトに程よく油をにじませている。

「美味しいです」

「んふふ。いいでしょ」

「ほんと、美味しいです!!これあの、お弁当とかにしてもらったりできますか?」

「いいわよ」

「今度、仕事の前に注文に来ます」

「待ってるわぁ~」

 おぉ。お客さん一人ゲット。

 考えてみると、マミルもそうみたいだけど、夜行性の種族もいるよな。そういう人のための店だって、多分、あるんだろうな。

 夜は店があるし、町中をフラフラしたことないから思いつかなかったけど。今度、アスカさんに聞いてみて、ミヤを誘って夜の町をブラついてみよう。

 別腹とかではまったくないボリュームのサンドイッチを食べ終わり、みんなで町の城門を抜ける。

「ところで、どうやって行くの?西南の森っていったら、馬で半日はかかるわよね?」

 そんなに遠いの?!

「はい。なので、こちらを用意しました!!」

 マミルが嬉しそうに城門の横に置いてある物を指さした。

 見てみると、なんていうか、あの……遊園地のジェットコースターの座席の三人乗りみたいな、のがあった。

 一席ずつ一応、区切られていて、座席のところには藁っぽいのが敷いてある。藁?っぽいクッション?背中側の板には、リュックのように背負う用のホルダーみたいのがついてる。メッチャ長いけど。

「まさか」

「はい!!俺が背負って走ります!!」

 マジか!!

「アタシ、乗り物酔いするのよねぇ……」

 えっ?!あ、でもエレベーターが苦手だって言ってたな、そういえば。もしかしたら、乗り物全般弱いのか。

「大丈夫です!!揺らさないように走ります!!」

「そうぉ?」

「はい!運動は得意なんです!!」

 運動っていう範囲なの?俺たち三人を背負って走るのって。

 アスカさんとマミルの話を聞きつつ、ミヤが興味深そうにマミルお手製の背負子を見ている。

「これ、俺たち、転げ落ちないっすかね?」

「それも大丈夫です!!みなさんが座ったら、これを俺が嵌めます!」

 そう言ってマミルが笑顔で出したのは、丸太よりもちょっと細い木だった。それこそ、遊園地の安全バーみたいに閉めるってことかな。

「うっす!!よろしくお願いします!!」

 最初から面白がっていたミヤは、元気に返事をして、早速座った。

「しょうがないわねぇ~」

 ため息をつきつつ、アスカさんも座る。二人に無言で見つめられ、俺も真ん中に座る。

「それじゃ、行きますね!移動中は舌を噛むといけないので、会話は控えてくださいね~」

 そう言うとマミルは丸太を俺たちの前に固定し、一気に大きくなって、背負った。

 そうっとしているようではあるが、さすがにガクンガクンと衝撃がくる。大きくなったマミルに背負われると、見上げていた城門を見下ろすくらいになった。

 店で大きくなったときは、手加減してたんだな。この大きさじゃ、店が壊れちゃうもんな。

 さっきよりも近くなった月……もうすぐ新月だから今日は一つだ……と、星空を眺めた瞬間、マミルが動いた。

 メッチャ速い!!!!

 とっさに手前の丸太にしがみつくのが精一杯だった。暗闇の中、後ろ向きに景色は流れていった、はず。


「うっ……」

 町の近くの林よりもモッソリしていそうな西南の森には一時間半後についた。マミルはノンストップで走り、例えて言うなら新幹線とジェットコースターの間のような乗り心地の背負子は、想像よりは乗り心地はよかった。硬かったけど。

 がしかし、いかんせん、後ろ向きで一時間半だ。

 乗り物に弱いアスカさんは、青ざめた顔でヨロヨロと背負子を降りた。元の大きさに戻ったマミルが、申し訳なさそうな顔をしている。

「すみません」

「いいのよ。大丈夫。前に抱えられたら風がすごそうだから、背中の方がよかったと思うわ」

 ヨロヨロと手拭いで脂汗を拭きつつ、アスカさんが答える。こんな状態でもフォロー入れられるの、すごいな。

 俺たちがアスカさんを囲んでいる間に、ミヤが持ってきたランプに火を入れる。腕を伸ばしてランプを森の方にかざすと、さっきよりも森が見えた。

 見知った林にある木よりも、ずっと太くて大きい木が生えている。神殿の柱レベルの太さの幹と、その上に大きな枝が茂っている。冬が近いので、葉が落ちている木もあった。

「あの。寄ってくる獣と遠ざかる獣、どっちが許せますか?」

「え?」

「どんな獣っすか?」

 座って休憩しているアスカさんは、まだうつむいている。

「えっとですね。人間だ!って思うと襲いかかってくる獣と、賑やかだと遠ざかる獣です」

「二択っすか?」

「そうですね」

「カツミさん、どっちがいっすか?」

 待て待て待てミヤ。どっちがいっすか?じゃないんだよ。

「どっちが危なくないの?」

「どっちも危ないですねぇ。襲ってくる獣は積極的に襲ってきますし、遠ざかる獣はバッタリ合っちゃうと、パニック起こして襲ってきます」

 結局、どっちも襲ってくるのかよ!!

「絶対遭うわけではないですけど、まあ、一応聞いておこうかと」

 一応じゃないよ!!

 思わず半眼で後退った俺を見て、マミルが慌てて付け加える。

「大丈夫ですよ!何か来ても、追い払えますから。いざとなったら、三人抱えて走れますし。でも、どっちがマシかなって」

 どっちも嫌だよ!!

「警備隊を連れてくるとかはできなかったの?」

 情けなくも聞いてみる。

「獣くらいなら、俺が対応できるし、退治しちゃったらかわいそうですよ。生きてるんだし。ここは本来、獣たちが住んでいるテリトリーですから」

 そうか。

「そうだな、ごめん」

 なんかこう、よくない考えだった。言われて気付いた。自分にとっては怖かったり恐ろしかったりするから排除しよう、っていうのは、よくないな。

 じゃあ。

「積極的に襲ってくる獣が来ない方がいい。いい?」

 選んで、アスカさんとミヤに同意を求める。

「うっす」

「いいわよ。頼んだわよ、マミル」

 さっきよりも少しだけ顔色がよくなったアスカさんが立ち上がった。

「はい。じゃあ、せっかく火を灯してもらったんですけど、ランプは消してもらって、これを持ってください」

 そう言ってマミルは、自分の腰につけている縄を俺たちに差し出した。

「俺、最後でいっすよ!」

 ということで俺たちは、マミル、俺、アスカさん、ミヤの順番に縦一列に並んで縄を持ち、巨大な森へ突入したのだった。


 マミルが見回りに使っているという獣道を一列になって歩く。落ち葉が足元でガサリガサリと音を立てる。

 夜目が利くと言っていたマミルはスイスイと容易く真っ暗な森の中を進んでいく。縄を握りしめて歩くうち、少しだけ闇に目が慣れてくる。真っ暗なのに変わりはないけど。

 断続的に聞こえてくるいろんな獣の鳴き声は、遠く近く響いていて、思わずその都度、ビクッとしてしまう。

 黙ったままガサリガサリと歩き続けて、どれくらいか。一時間まではかからなかっただろうか。細くて小さい声が聞こえてきた。

「ヒッ!!出ました、出ましたよ!」

 先頭のマミルが縄を伝っても分かるくらい大きく動き、獣対策だろう、小声で俺たちに合図した。

 足を動かしつつ耳を澄ませて聞いてみると、女の人か……子どもの泣いてるような声っぽい気がする。

 真っ暗な夜中の森と獣の鳴き声、誰かのすすり泣きの音。こっっっっっっわ!!帰りたい、俺。つうか、この世界って、幽霊いるの?!前もって聞いておけばよかった!!もう遅いけど。

 明らかに進む速度が落ちたマミルの後ろを歩きつつ、俺もへっぴり腰になったせいで、アスカさんが後ろからぶつかりそうになる。

「マミル、カツミ、ビビッてないで早く行きなさいよ」

 小声で言うアスカさん。

 いやだって、怖くないの?!アスカさんは!!

「往生際が悪いとモテないわよ」

 モテてはみたいけど、往生はしたくない!!

 後ろからグイグイ押されつつ、マミルにへばりつくような形で前に進む。

 すると、急にポカリと木々がなくなり、月光がさした。

 真っ暗な中から出てくると、月光もすごく眩しい。マミルの後ろから顔を出して覗いてみると、大きな湖が静かに月に照らされていた。穏やかな湖面が美しい。

 ふと湖に見とれた瞬間、強い風が吹いた。ザアアアアアアアアア、と大きく木々が揺れ動く。強い風に煽られた葉が舞う。葉と一緒に舞った土埃?なんだ?小さな何かが目に飛び込んできて、思わず目をつぶる。

 風が弱まり、目を開けるとそこには、……。

「ヒイィィイイイイイイイイ!!!」

 ほんのりとした光に包まれた、小さな妖精?の女の子?が俺たちの目の前にいた。湖の前に浮かぶその姿は、月明かりに照らされて美しい。

 が、マミルはその姿を見て飛び上がり、悲鳴を上げて俺たちの後ろに逃げ込もうとして、まだみんなが持っていた縄がからまり、見事に全員で、スッ転んでしまった。

「あたたたた……」

 変に縄が絡まった状態で、それぞれモゾモゾ動く。縄を手放し、着いた土埃を払いつつ起き上がっている間、件の妖精は興味深そうに俺たちの回りを飛んでいた。

「マミル、この子、妖精じゃないの」

「で、ですね」

「妖精さんっすね!!こんばんは!!」

「こういうのって、どうするの?保護するの?っていうか、この子、なんで泣いてたのかしら?」

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、ならぬ、蓋を開けたらただの妖精。

 でもなんか、この妖精、町中や役所でよく見る妖精と、なんかちょっと雰囲気が違うような?なんだろう?服装……?あ、そうか、服装がちょっと違う。西洋っぽい感じじゃなくて、和装っていうか、和風?この世界に来て、初めて見た感じの服装だ。

「そ、そうですね……。とりあえず、どうして泣いていたか聞いてみましょう」

「そうね。あなた、どうしたの?どうして泣いてたの?」

 アスカさんが優しく妖精に声をかけるも、妖精は首を傾げるばかりで、答えることはない。

「どうして話さないんですかね?」

 そういえば、ミヤの挨拶にも首を傾げていた。俺たちの回りを飛んでいる姿を見る限り、特に敵意も何も感じないし、むしろ興味津々という感じに見えるけど。

「そうですね。……もしかしたら、最近生まれたばかりなのかもしれないです」

 は?!

「まだ、言葉が分からないってこと?」

「多分」

「なんの妖精なんですか?」

「それはちょっと、分からないです。本人に聞くしかないですが、まだ言葉を持たないとなると」

「誰が言葉を教えるんっすか?」

「それは大体は、同じ種族とか」

「でもこの子、見る限り一人っぽいわよ」

 シーンとした沈黙が降りる中、さっきよりも近くに獣の声が聞こえた気がした。

 ん?!獣の声が近い?!

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!????」

 つんざくようなマミルの悲鳴が上がり、一気に俺たちはマミルに抱えられた。と、思ったら、ものすごいスピードで景色が動き出した。

 マミルが、怒涛の勢いで来た方向へ走りだしたんだ。

 そして、マミルが走り出すと同時に、鼻先を温かい何かがよぎっていった。

 視線を動かすと、狼みたいな外見の、けれど体格が熊よりも大きな獣が着地と同時にこちらを振り返った瞬間だった。

 待て待て待て待て待て待て!!!!!間一髪じゃねぇか!!!!

「ひぃいいいいぃぃぃいいぃい!!!」

 マミルと俺の悲鳴を後に残し、マミルは暗闇の森の中を全力で俺たちを抱えたまま走り抜けた。

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