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第六話 天晴れの日常 2

 カランコロン。

 次の定休日の前日の夜、店の営業が終わった頃にまた来る、と約束をして帰っていったマミルと入れ替わりに店に入ってきたのは、トウカさん、ティル、エンの三人だった。いつもより少しだけ遅い時間。

「いらっしゃいませっす~!」

「いらっしゃ~い」

「いらっしゃいませ」

「こんばんは~」

 マミルとの約束を、どうしようかしら……と呟いていたアスカさんであったが、そこは客商売。彼女たちが来るやいなや、笑顔で切り替えた。

 すげえ。

 ミヤはそもそも、おもしろがってるしな。

 考えてみると、定休日って明後日だから、マミルが来るのって、明日の夜だ。どうもこうも、時間がない。諦めて、一緒に行くしかない。

 奥のテーブルに案内された女子三人が、華やかな声で話し始める。お客さんのいない店内が、パッと賑やかになる。

 アスカさんが注文を受けてカマド部屋へ行き、ミヤがお酒を準備して、俺はとりあえずカウンターの中に入った。

 順調に飲み進めていくトウカさんが酔っ払っていく声と、間にティルのジンへの苦情、エンの冷静なツッコミという、何かのコントのような会話を聞くともなく聞きつつ、グラスを拭いていたときだった。

 カランコロン。

「いらっしゃいませっす~!!??!!!」

 今日は客足が遠いだけじゃなくて、不思議と遅い時間に来るな、なんて思いつつ振り向いたときだった。

 お客さんを出迎えていたミヤがなぜか声にならない声を上げつつ飛び上がった。

 珍事にお客さんを見てみると、ジンに、バリス。珍しいと言えば珍しい二人だけど、そんな驚くことか?と思った次の瞬間、二人の後ろから現れた姿を見て、俺も後ろにのけぞった。

 魔王!!!嘘でしょ!!!何してんの?!

 見ていると、魔王に何かジェスチャーされたミヤが無言で激しく頷き、両手両足をカクカクさせながらテーブル席に案内した。

 女性陣に気を使ったのかどうなのか、テーブルはいくつか開けてある。

 席についた魔王一行に背中を向け、カウンターに飛んできたミヤは、

「カツミさん、代わってくださいっす!!」

 そう言うとカマド部屋に消えて行った。

 ……いや、分かる。分かるよ。ミヤ、偉い人苦手だしな。魔王城でも、息止めるくらい緊張してたしな。

 でも俺も、ぶっちゃけパスしたい!!!

 とは思うものの、あのヘンテコな組み合わせに興味もある。ジンとバリスはまあ、バリスがジンに香辛料を融通していることで交流があるだろうから、辛うじて分かる。揃って飲みに来るというのは意外だけど。

 それはそれとして、更に、魔王がなんで、この二人と飲みに来てんの?こんな路地裏の居酒屋に。しかも、お供もいないし。それこそ、意外を通り越して、摩訶不思議なんだけど。

 やっぱり好奇心が勝つし、滅多にないミヤからのパスを受けないわけにもいかない。

 引き気味でテーブルに注文を取りに行く。奥のテーブルのトウカさんも騒がしくなってきたが、ミヤが消えて行ったカマド部屋も騒がしくなってきた。

「いらっしゃいませ。あの。今日はどういった……?」

 戸惑いがすべて表に出ている状態で聞いてしまったところに、カマド部屋から顔を出して魔王の顔を見たらしい、アスカさんの‘んまーっ!イケオジ!!’という野太い声が響いてきた。

 聞こえてますよ、アスカさん。確かにイケオジだけど。

 アスカさんの声は聞こえたのかどうなのか、それには誰も反応せずに、ジンが笑顔で説明してくれた。

「彼は、ウチの常連さんでね。この町の人ではないんだ。飲み屋に行きたいというので、案内してきたんだよ。ウオマさんというんだ」

「ウオマ……」

 魔王のあまりにも安易な偽名に、思わずそのまま復唱してしまう。他にもあったでしょうが、なにか適当なのが。しかも、ケバブ屋の常連なの?どうして?ケバブ、好物なの?

 思わず魔王を見るが、もちろん、口に出してツッこむ勇気はない。

「私は、ジンさんに誘われまして」

 バリスはものすごく嬉しそうに教えてくれた。バリス、気安くお会いできないって言ってた魔王、目の前にいるぞ。

「そ……、そうですか」

 どうやら魔王だということは秘密にしてこの二人と来ているようだし、それ以上は何も言えなかった。

 ということは、ジン繋がりでこの二人が繋がったのか。いろんな意味で、ジンってすげえ。この二人をまとめて飲みに誘えるとことか。

「ウオマさん、このお店は初めてですよね?」

「うむ!」

「じゃあ、とりあえず、お酒と……、マヨネーズを使った料理は食べたことあります?」

「ない!!」

「じゃあ、照り焼きチキンと、ポテトサラダと」

 ジンが注文を決めていき、バリスがこの店の説明を魔王にし始めた。

「このお店は、異世界から来たアスカさんという人が店主なのですが、その世界の料理をアレンジしたオツマミが人気なのです」

 バリスの声をバックに、注文を通しにカマド部屋へ向かう。

 カマド部屋では、やはりというかなんというか、テンションが上がったアスカさんと、緊張で強張っているミヤが不思議な空気を作り上げていた。

「アスカさん、注文です」

「なによなによ、魔王って、ほんっとにイケオジなのねっ!!」

 俺が差し出した注文の紙を受け取りつつ、ウキウキとアスカさんが言う。

「なんか、ケバブ屋の常連みたいですよ、魔王。ジンとバリスには、正体は隠しているみたいです」

「秘密なのねっ!!いいわぁ~謎めいた関係!!」

 全然よくない。謎めいた関係ってなに。つか、こんな気軽に出歩かないで欲しい、魔王。

 それにしても、自分の店にイレギュラーに魔王が来たのに、なんでこんなに喜んでるんだ、この人。しかも、さっきのマミルの件は完全に頭から消し去ってるな。

 とりあえずお酒を準備して、魔王のテーブルに持っていく。

「まずは、乾杯ですね」

 ジンはいつも通りの穏やかな感じだが、バリスはなんだかすごく嬉しそうにしている。魔王はそれ以上にウッキウキだけど。

「乾杯!」

 嬉しそうに乾杯した三人は、グッとお酒を飲む。

「うまいなぁ!」

 ニコニコと言う魔王の言葉を聞きつつ、カウンターでポテトサラダを盛り付ける。

 ウキウキで照り焼きチキンを作り始めたアスカさんの横で固まっていたミヤが、トウカさんの‘ミヤちゃん、おかわり!!’という声に吹っ飛んで行った。

「あ、お兄ちゃん!!……すっごい組み合わせね」

「もうもう、なんで私、毎回フラれるのおおおおおお!!なんでなのよ!!」

 ティルは自分の兄に気付いていなかったらしい。振り向いてビックリしている。そうだよな。お店の常連と役所の人間が自分の兄と飲み屋にいたら、そりゃそうだよ。今までそんな交流もなかったんだろうし。

 ところでトウカさん、またフラれたの?!それとも、前回の失恋、まだ引きずってるの?

 疑問が顔に出たのだろう、エンがニコッと笑ってこちらを見て、鈴の音のような声でサラッと答える。

「新しい恋よ。一瞬で終わったけど」

 キッツ!!

「ミヤちゃん、おかわり!!」

 トウカさん、おかわり早くね?一瞬で飲み切ったよな?と思いつつ、ポテトサラダをテーブルに持っていく。今日のポテサラはベーコンと炒めた玉ねぎが入っている、ジャーマンポテト風だ。

 流石のミヤも間に合わず、ポテトサラダを出している俺の後ろを、酒を持って走っていく。

「おまたせしました」

「ありがとうございます」

「うむ!これがポテトサラダという物か」

「ジャガイモで作られているんですよ。それと、味付けには、この店自慢のマヨネーズという調味料が入っているんです」

「そうなのか!」

 意外を通り越してもう何かのギャグのようだが、割と噛み合う会話をしている三人を眺める。

 店内が軽く混乱してきたところで、アスカさんがオツマミを持って現れた。

「お待たせ~!照り焼きチキンと、グラタン、魚の塩焼きサンドと牛テールの煮込みよぉ~!」

 器用に両手と腕を使って運んできた。熱くないの?!ねぇ?!っていうか、どうやって持ってんの?!握力、どうなってんの?

「おお!!美味そうだ!!」

「あら、嬉しい!」

「美味しいですよ。」

「食べましょう。」

「うむ。その前に、カツミ君、お酒のおかわりをお願いしてもいいかな?」

「はい。同じものでいいですか?」

「うむ!」

「私もお願いします。」

「ミヤちゃん!!おかわり!!!!」

 さっきまで静かだった店が、今やものすごく賑やかだ。

 バリスと魔王の酒を作っていると、ミヤがトウカさんのおかわりを二杯分手にして持っていく。

 今日のスピード、マジですごくね?

「お客さん、このお店始めてよねっ?どこからいらしたの?」

 ひえええええええぇ!!アスカさんがウッキウキで魔王にちょっかいを出し始めた!!やめて!やめてぇええ!!

「うむ。ちょっと遠いところからだ」

「あらまぁ。宿は?どこかにとってるの?」

「いや、迎えがくる」

「そうなのねぇ~」

「トウカ、飲みすぎ!!ミヤ、お水もちょうだい」

「うっす!」

「いいの!!お水なんて飲まないから!!お酒が薄まっちゃうじゃない!!」

「男の趣味が悪いから、毎回フラれるのよ」

 ……どこの会話にも入りたくない。でも、せっかくの料理が冷める前に酒出さなきゃ。 

 嫌々ながら魔王のテーブルに行く。

「カツミ、こちらのお客さん、ケバブが大好きなんですって。月に一回は、お店に食べに来るんですってよ~」

 俺に話題を振らないで欲しい。

「あ、そうなんですか」

 嬉しそうに頷くジン。てことは、月一でこの町に来てるってこと?

「ウチのお店にも、ぜひ、ちょくちょく寄って欲しいわぁ。こんなに素敵なイケオジ!!」

 アスカさん……。魔王ですよ、魔王!!どんな肝っ玉なんだ、この人は。

「これから寄らせてもらおうか」

 いいよ、来なくて!!

 料理の皿を持ち上げつつ返事をする魔王に、心の中でツッコむ。

「おぉ!このマヨネーズというソースは、美味いな!!照り焼きチキンと合わせると、すごくいい!」

「異世界の調味料ですよ」

「なんと!この世界でも手に入るのか?」

「アタシが手作りしてるのよ~」

「実は、新作のケバブにも、マヨネーズをアレンジしたソースを使っているんですよ」

「どうして男の趣味が悪いのよおおおお!!」

「悪いでしょ」

「私もそう思う」

「そんなことないわよね、ミヤ君!」

「わかんないっす!!」

「おかわりいいいいいいい!!!」

 どんどん盛り上がっていく奥のテーブルと魔王のテーブル。特に、魔王のテーブルは異色過ぎてもう、どうしていいか分からない。

 君子危うきに近寄らず。

 ソロリソロリと後退りしていると、魔王のテーブルからお酒の追加が出た。願ったり叶ったりで、カウンターに素早く戻る。

「うっっうっうっ……」

 グラスを握りしめてとうとう大泣きし始めたトウカさんを興味深そうに見ていた魔王が、トウカさんに声をかけた。

「お嬢さん、失恋したのかね?」

 やめてええええええ!!なにしてんの、魔王!!!

「うっ……ふっフラれましたああああああ!!」

 魔王の言葉に更に大泣きしつつトウカさんがお酒を煽る。

「ヤケ酒というヤツかね?」

 魔王に聞かれたアスカさんが肩をすくめて頷く。

 ある意味、この店の風物詩的な光景にはなってるよな、トウカさん。

 それにしても、魔王はどんどん酒を飲むのは分かるけど、同じペースでバリスも飲んでる。バリスも酒は強いとは思っていたけど、顔色一つ変えずに飲んでいく様は、圧巻だ。 

 トウカさんとバリス、魔王の飲みっぷりで、あっという間に空き瓶ができていく。あ、あと、静かに飲んでて目立たないけど、エンもすごい。今日は酒豪が揃ったな。

「たった三日でフラれるって、どういうことなのおおおお!!」

「だから、二股だったんでしょ」

「そんなの分かんないもの!」

「分かるでしょ。他の女の人と歩いてたもの」

「ニヤけた男だったしね」

 なかなか容赦のないツッコミが聞こえてくる。

 すると、トウカさんがいきなりバリスにカラみ始めた。

「なによぉ!!なに見てるのよぉ!!」

 どうしたんだ、トウカさん。なんのスイッチが入ったんだ。ってか、バリス、トウカさん見てたの?どうして?いや、これだけ騒いでいれば、見るか。

「トウカ、誰かにカラんでも失恋の事実は消えないわよ」

 ザクリとさっきから毒を吐きまくっているエン。酔ってる感じではないけど、酒を飲むと毒の切れ味がよくなるのか。

 カラまれた当のバリスはといえば、片手でグラスを持ち、涼しい顔で返事をした。

「いえ。私もあなたのように恋をしてみたいと思って」

 えええええええ?!なんだって?!

 酒のグラスを握りしめて、トウカさんは俯いた。こちらからは、表情は見えない。

「あらぁ~」

 アスカさんが嬉しそうに俺の横でニヤニヤしつつ呟く。エンとティルも、ちょっと驚いたような顔をしている。

 ケバブ以外のことは何も気にしないジンと、問題発言を放ったバリスは、涼しい顔のままだ。

 その様子を見て、魔王がますますおもしろそうに酒を飲みつつ食べる。魔王、なんでそんなに興味津々なのよ。

 それにしても、魔王って人間の食べ物好きなの?ケバブも好物だって言うし。

 飛び火しないようにひたすら気配を消しつつ見ていると、やたらと面白がっているような魔王が、いきなり勢いよく膝をたたいた。パン、といい音が響く。

 イケオジとはいえオッサンだよな、仕草が。

「よし!!今日はみんな、ワシのおごりだ!!どんどん頼みたまえ!!お嬢さんたちも、遠慮せずに!!」

 はあ?!

「いえいえ、そんな」

「御馳走していただくなんて」

 口々に遠慮する中で、トウカさんだけが一人、‘飲んでやるううううぅ!!!’と叫び始めた。

「なに、今日はこんなに楽しい店に案内してくれて、とても気分がいい!!気にすることはない!!店員さんたちも、どうかね?」

「きゃ~!!素敵!!イケオジ~!!」

 壁に張り付いているミヤと、後退っている俺に構わず、アスカさんが一人、魔王に歓声を上げる。

 魔王だって知ってて、この掛け声。ほんと、どうなってんだ、この人の肝っ玉。

「もっと、マヨネーズを使った料理を頼んでもいいかね?」

「もちろんよ!どういうのがいいかしら?」

「照り焼きチキンみたいに、つけて食べるのがいいな!」

「そうねぇ~。じゃあ、揚げ物なんてどうかしら?小魚を揚げて、マヨネーズをつけて食べるの」

「うむ!それをお願いする!!」

 即答してるけど、魔王、揚げ物知ってんの?ちゃんと食べたことある?ケバブ屋に揚げ物ないけど。

「はいはい~」

「さあさあみんな、今日は心ゆくまで、飲んで食べよう!!」

 魔王の、なんとなく魔王っぽいようなそのセリフを皮切りに、その日は閉店時間を過ぎた夜更けまで、ドンチャン騒ぎが繰り広げられたのだった。

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