第六話 天晴れの日常 1
その日は冬がチラつき始めた、ごく普通の日だった。
アスカさんとミヤと三人でいつも通り開店準備をし、店を開けた。珍しく客足が遠い日で、ポツリ、ポツリとお客さんが来ては帰っていくという、割と暇な日だった。そんな日もあるよね、みたいな、ほんと、ごく普通の日だったんだ。
カランコロン。
ちょうどお客さんが途切れた時間に来店した、中肉中背のその男性は、優しそうというよりも、少しだけ気弱な感じが勝っているような雰囲気だった。
カウンターに座って強めの酒を一杯頼み、ソワソワと落ち着かなげに店内を見回しつつ、その一杯を飲み終わるころに、意を決したように話しかけてきた。
「あのっ。店主はどなたですか?」
「アタシよ~」
アクビをこっそり噛み殺しつつグラスを拭いていたアスカさんが、静かな店内にコダマしそうな勢いで返事をする。
その勢いにか口調にかは分からないけど、ビクッとしたその人は、またちょっと黙り込んだ後、おずおずと口を開いた。
「あの、看板に、万相談聞くだけ聞きます、って書いてあったんですけど。ほんとに聞いてくれるんですか?」
「聞くわよ~。聞くだけだけど!」
「え、ほんとうに聞くだけなんですか?」
「そうよ。そう書いてあるでしょ」
こんな日はなんとなく会話も嚙み合わない、気がする。微妙にテンポの悪い会話をボンヤリと聞きつつテーブルを拭いていると、ミヤが元気に突っ込んでいった。
「お酒のおかわり、どうっすか?」
「えっ?あっあっ?」
「オツマミはいかがっすか?」
「え、ああ。えっと。酒は同じものを。オツマミは、なにか軽い物を。食事を済ませてきてしまったので」
「うっす!!ありがとうございますっす!!」
笑顔でそう答えると、ミヤは酒とツマミの準備をしに行った。
……すげえな、ミヤ。
「で、聞いて欲しいことって、なぁに?」
「お待たせしましたっす!」
カウンターからちょっと身を乗り出してアスカさんが聞くのと、ミヤが酒とオツマミを持ってきたのは、同時だった。
「あ、あぁ、ありがとうございます」
「オツマミは、当店自慢のポテトサラダっす!」
ミヤ、手が早いなー。でも、マヨネーズ使ってるポテサラって、軽くなくね?
「いただきます」
ボケっとしている俺とは無関係に、チグハグで噛み合っていない会話は進んでいく。ポテサラを一口食べた男性は、軽く目を見張る。
「美味しいです。こんな味のオツマミ、初めて食べました」
「うっす!アスカさんの愛情たっぷりっすよ!!」
「ウフフッ」
嬉しそうに笑うアスカさん。なんとなく、ミヤが入ると会話のテンポがよくなるな。本題からは逸れていってるけど。
どうでもいいけど、オツマミに愛情たっぷりって、関係なくね?
俺の思考も大概グダグダだけど、まぁ、それはそれとして。
「コツはねぇっ。ヒミツよっ」
……愛情込めて作る、とかじゃないの?話しの流れ的には。
店が暇なせいか、どうでもいいツッコミばかりが心の中に浮かんでくる。それで、聞いて欲しい話ってなんなの?
「それで、どうしたんっすか?」
いいタイミングでミヤが話を修正した。ありがとう、ミヤ。
「う、あ、えっと」
「うんうん。どうしたのよ?」
「あの。俺、魔族なんですけど」
「うんうん」
「日雇いで、夜の領地の見回りをしているんです」
「うんうん」
男性の話すスピードがゆっくりなので、アスカさんが妙にせっついて相槌を打っているように聞こえる。
「あ、名前はマミルっていいます」
「アタシはアスカよ」
「ミヤっす!」
二人はそう言った後、テーブルの前で台拭きを持って突っ立っている俺を見た。マミルも。
え、俺?
「カ、カツミです」
モゴモゴと言うと、三人の視線が元に戻る。今の俺の自己紹介、必要だった?
「それで?」
「はい、それで、俺、魔力も弱いし、怖いものが苦手なんです」
「あらまー。なんで夜の見回りなんてしてるのよ?怖いでしょ?」
「怖いです!!怖いんですけど、俺、夜行性とまではいかないんですが、夜の方が強いんです!!夜目も利くし」
なるほど。世の中ままならないこともあるな。
「夜更かしさんっすね!」
違くね?
「それであの、あんまり怖くないように見回りしてたんですけど、俺の担当地域で、最近、ちょっと怖いことがあって」
「なによなによ?」
暇なので好奇心を刺激されたのか、楽しそうにアスカさんが身を乗り出した。
「この町の西南の森の中に湖があって。そこの近くに行くと、最近、なんか……すすり泣きが聞こえて」
「あらまー!なになに、女の人?男の人?」
男って、あんますすり泣かなくない?しかも夜に。俺の偏見?
「カツミ!さっきから、つまんないツッコミ入れるんじゃないわよ!」
アスカさんの鋭い声が飛んだ。
え?
「カツミさん、口から出てましたよ、ツッコミ」
ミヤが笑いを堪えつつ教えてくれる。
えっ?!マジで?!どこから?!
「ごめんなさい」
小声で謝って、台拭きを洗いに行く。失礼なことをしてしまった。
「多分、女性なんだと思うんですけど」
「多分?」
「怖くて近寄れなくて!!」
マジか!!見回りの意味なくね?
「あらまー。怒られちゃったんじゃないの?」
「怒られました。でも、毎日毎日、すすり泣きが聞こえるから怖くて!!」
「毎日毎日って、どれくらい続いてるの?」
「一週間くらいです」
そんなに?!
「あらまー」
「昼は、なんともないらしいんです。夜だけみたいで。一応、湖までは行かずに、その周辺は見回りしているんですが、湖だけは……!」
そこまで言うと、マミルは一気に酒を飲み干した。
「でも、とうとう、湖まで行って確認して来いっていうお達しが来てしまって」
そりゃそうだわな。
話を聞くに、律儀に報告してたんだな、怖くて近寄れないのに。
「あらまー」
どうでもいいけど、相槌がずっと、あらまー、だな。
「それでですね、藁にもすがる気持ちで今日、このお店に来たんです」
藁。藁なの?
「あの、一緒にその湖まで行っていただけませんか?」
「やあよ。相談は聞くだけだもの」
バッサリと切って捨てるアスカさん。まあ、夜はこのお店の営業もあるし。俺たち、別に戦闘能力あるわけじゃないし。ムキムキのアスカさんは戦えそうだけど。
「なんとかしてあげたいけどねぇ。誰かに代わりに行ってもらうことはできないの?」
「それが。今回は責任持って自分でやれって。今までも、怖いことあると代わってきてもらってたので」
なるほど。筋金入り。
「俺も一緒に行きます!!だから!!一緒に行ってください!!」
「だって、アタシたち、お店もあるし。そもそも、聞くだけしかできないし。特殊能力は……あるけど、変に使うもんじゃないしねぇ」
そもそもアスカさんの異能は向かって来た異能を無効化するだけだし、俺たちもあんまり安全な異能じゃない。
「そんな!なにかしてくれるから相談できるんじゃないんですか?」
「ただの一般人にできるのは、話を聞くことだけよ~」
ニコニコと笑いつつ、バッサリと切って捨てるアスカさん。かわいそうだけど、できないものはできないもんなぁ。
「お願いします!!何か危険があっても、俺が守りますから!!一緒に行ってくれるだけでいいんです!!」
「うーん。そうねぇ……。そう言われても、夜はお店があるから、アタシたちが何かできるとしたら、定休日だけだし」
「時間も日付も、合わせます!そのくらいは、役所と掛け合います!!」
「アタシたち人間だから、移動手段ないわよ」
「大丈夫です!!俺がなんとかできます!!」
またドラゴンじゃないだろうな?!
マミルの様子に、小首を傾げながらアスカさんが俺とミヤを見た。
「うーん、どうする?」
「俺はいっすよ!」
マジか!!怖くねぇの?!夜の森の中の湖ですよ?!
「そう?うーん……よし、アタシも女よ!!」
「え?!」
マミルの反射的なツッコミに、アスカさんが眉を上げる。
「気弱なくせに、いらないツッコミしてんじゃないわよ!そうね、アタシのこの細腕と腕相撲して、勝ったら一緒に行ってあげる」
無理くね?アスカさんの細腕って、この場にいる誰よりも太いけど。
「分かりました!!ありがとうございます!!じゃあ、ちょっと準備しますね!!」
ん?準備?
そう思うのと、マミルが立ち上がって大きくなり出すのは同時だった。
ちょっと気合いれたなー、って思ったら、どんどんどんどん、マミルが大きくなっていって、天井に頭がついて屈むくらいになった。
同時に、体がムキムキになって、更に、皮膚が硬くなっていったのが分かる。
「……これはアタシも無理だわ。魔族だったわね」
失敗したわ、というような感じで呟くアスカさんの後ろで、ミヤが大喜びで手を叩いて笑っていた。




