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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
番外編② ソニアの爆発☆クッキング
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『恋のプレゼント大作戦(前編)』

お久しぶりです。八千字程度の短編となります。

「うーん……どうしようかなぁ」


 地底世界にいたころには経験したことのないくらいふかふかのソファに背を預け、ソニアは唇に指をあてて考え込む。

 ここは方舟。恐怖の大王の名を冠する終末の使者に抗う、戦士たちが集う人類最後の砦。

 その、ソニアにあてがわれた自室だった。

 そして時は、最後の作戦が発動する少し前。北部地域の奪還と、顕れた『星の意志』を討つ大戦の合間。

 そんなわずかな、そして代えがたい平穏な時間に、ソニアは人知れず悩みを抱えていた。


「——はあ」


 ソファに座った体勢から、そのままぽふんと身を横たえる。すると自然にため息のような呼気が漏れ、朝の鍛錬で疲労した体はそのまま睡眠を欲して意識の電源を落とそうとしてしまう。

 それは困る。呑気に昼寝をしていても、悩みはなんら解決しない。

 ソニアはえいやっと身を起こす。その拍子にまだ白い髪が揺れた。


「……イドラさん」


 ソニアの抱える懊悩は単純だった。

——イドラの力になりたい。

 師を亡くし、半ば失意を抱えたまま、それでも岩室に閉じ込められていた自分を助けてくれた大切なひと。不死殺し。

 先日の作戦において、ソニアは十全な役割を果たすことができなかった。チームの足を引っ張ってしまった。

 少なくとも彼女自身はそう考えていて、だからこそ、近頃は毎日のようにウラシマに鍛えてもらっている。コピーギフト55号・ワダツミによる剣技の極地、長い旅を経てウラシマが編み出した、水流のスキルを利用した居合抜刀術を習得している最中なのだ。

 この身は既に不死憑きから遠ざかっている。それは喜ぶべきことで、なにより望んでいたことのはずで、しかし力を失うことでもあった。だが、あの剣技を体得できれば、失ったイモータルの力を技術によって補い、もう一度イドラの役に立てるはず。

 ……けれど、それとは別に。


「ほかにも、できること……ないのかな」


 力になるというのは、なにも戦闘に限った話ではない。

 灯也というかけがえのない仲間を失った傷心。今はチーム『片月』のリーダーたるカナヒトのおかげでいくらか立ち直ったようだったが、それでも悲しみが消え去りはしないだろう。

 その負担を、少しでも軽く——

 その傷を、少しでも癒してはあげられないだろうか。


「やっぱり、あれしかない……っ」


 いてもたってもいられず、ソニアは部屋を飛び出した。

 鍛錬は朝のうちに終え、今は昼下がり。まだミンクツの店は開いている時間のはずだ。


「……で、でも」


 しかし問題がある。ソニアはミンクツに詳しくなく、目当ての店がどこにあるのかまるでわからなかった。

 この白い髪を衆目に晒すことへの抵抗は、以前よりずっと薄まったけれど。


「——そこのお嬢さん。どうやらお困りのようっすね?」

「えっ?」


 部屋を出たはいいものの、ミンクツに不案内なソニアが単身で外へ出るわけにもいかず、廊下で途方に暮れかけていると。

 ひとりの人影が、運命のように通りがかった。


「あたしは鈴海実利(すずうみみり)! 十五歳! 若くして研究部観測班の副主任を任される、人呼んで方舟のお調子者……!」


——それは悪口では?

 とは口に出さないのが、ソニアの持つ心根の優しさだった。


「え、ええと……スズウミ、さん?」

「そうっす! 初めましてっすソニアさん、なんだか浮かない顔っすね? 困ったことがあるなら相談に乗るっすよ!」

「相談……」

「遠慮なんてしないでくださいね! あたしとソニアさんの仲じゃないっすか!」

「まだ出会って五秒ですけれど……」


 金に染めた髪を後ろに団子状にまとめ、制服の前を開けた、見るからに快活な少女。

 パーソナルスペースの狭い、ぐいぐい来る感じに圧倒されたソニアだったが——


「……実は。なにか、お菓子を見繕いたくて」

「へ?」


 彼女の裏表のなさ、実直さを感じ取ったのか。素直に、心のままを打ち明けた。


「イドラさんのことは、ご存じですか?」

「はいっす。有名人っすからねー、アンダーワールドから来たおふたりは。お菓子……って、イドラさんにあげるんすか?」


 こくん、とソニアは控えめがちなうなずきを返す。

 それから話を続けた。


「以前、デーグラム……わたしたちの世界の町で、イドラさんがお菓子を買ってくれたことがあって。それがすごくうれしかったので、わたしも同じことをしよう……って」

「ははぁ、なるほどっす」

「ですが、ミンクツのお店には詳しくなくて。どこへ行けばいいのか……」


 まだ地底世界で、あの聖堂でレツェリと戦う前のこと。ある日、イドラが町でたっぷりのカスタードクリームと旬のフルーツが挟まれた焼き菓子を買ってきたことがあった。

 甘やかで、幸福な思い出のひとつ。

 今度は逆にソニアの方からプレゼントをすることで、イドラを喜ばせてあげたいのだ。

 おずおずとソニアはスズウミの顔を窺う。初対面で頼みごとをするのも気が引けるが、もし迷惑でなければ、スズウミにミンクツの案内をお願いしたい。そんな心境だ。

 しかし、若き副主任の返答は意外なものだった。


「なら、自分で作ってみるのはどうっすか?」

「え——じ、自分でっ?」

「あくまであたしの考えっすけど、気持ちを伝えるなら、やっぱり手作りに勝るものはないっすよ。だって自分のために手間暇かけてものを作ってもらうのって、うれしいっすからね」


 邪気のない笑顔。自分で作る、というのはソニアの中にはまるでない発想だった。


「作り方がわからないなら、あたしが教えるっすよ。こう見えても一通りのものは作れるっすから!」

「出会ったばかりなのに、そこまでしてもらうなんて」

「いいんすよ。むしろ、手伝わせてほしいっす。観測班のあたしはしょせん裏方——戦場で命を懸ける戦闘班の皆さんには、頭が上がらないっすからね」

「スズウミさん……」


 冗談めかして言うスズウミの表情に、ソニアは一抹の陰を見た気がした。

 おちゃらけたようで、安全圏で仕事をすることに負い目を抱えているのかもしれない。


「……ありがとうございます。そこまで言ってくださるなら、わたし、がんばりますっ。イドラさんのためにおいしいお菓子を作ってみせます……!」

「その意気っすよソニアさん! さあ——そうと決まればキッチンへゴーですっ、材料もあたしの部屋にあるっすから心配ご無用!」


——かくして、アンゴルモアとの戦いにおける幕間。

 鍛錬に勤しむ合間を縫っての、キッチンを戦場としたソニアの戦いが始まった。


 *


「えーと、まずは生地を作るところから。メレンゲはこっちで作っておくっすから、ソニアちゃんはこっちの中身を湯せんして溶かしておいてくれるっすか?」

「は、はい……!」


 並ぶエプロン姿のふたり。初心者ということで、簡単なレシピをスズウミも手伝いながら作っていくことにする。


「ん、いい感じっすね。あとは生地とこれを混ぜ合わせる感じっす。大事な工程っすからね、気合い入れていくっすよー!」

「気合い……! わかりました!」


 ソニアはおもむろに腰の刀に手をやった。


「いきます! 氾濫(フラッディング)——!!」

「なんで?」


 傑作コピーギフト・55号によるスキルが発動し、鞘の中で水流が循環する。ウラシマに教わった水流操作の技術により、それは破滅的に圧力を高め、来たるべき解放に備えてエネルギーを高めていく——


「抜刀ッ!!」

「なんで?」


 そして、極限に達した力が解放される。

 怪物に由来する埒外の膂力ではなく、論理に根ざした一個の技術。その体現。

 百年を超える放浪の旅の中で生み出された、ワダツミのための刀剣技芸(ブレイドアーツ)

 まだ習得途中であるがゆえに、水流操作には若干の甘さが見られたものの、襲い掛かる水の刃はボウルの中身をいとも簡単に消し飛ばす——!


「わああああああああァァァァッ!?」


 普段直接的には戦場に立たないスズウミだ。その一刀にはさぞ驚愕したことだろう。

 湯せんしたチョコがいたるところに飛び散り、キッチンは爆発現場みたいになってしまっていた。

 自身もチョコまみれになりながら、スズウミは問う。


「……なんで刀ァ抜いたんすか?」

「ご、ごめんなさい……! こうすればよく混ざるんじゃないかって……!」


 気合いを入れろ、とスズウミは言った。

 今ソニアがもっとも裂帛の気合いを込めることができるのは、毎朝必死に稽古をしているこの水流居合にほかならない。


「混ざるとかそういう次元じゃないっすよぉ!? だいいち、水が混じるでしょう水がー! ああもう、こんなに飛び散って……あれ、なんかほのかにいい匂い。ぺろり」


 チョコを消し飛ばした水流の刃は、既にただの水へと戻り、チョコといっしょに飛び散っている。スズウミは持ち前の好奇心からか、それを指先ですくって、舌先で舐めとった。


「…………桃の味がする。えっ……なんで?」


 ともかくソニアのお菓子作りについて、前途は多難のようだった。

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