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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
最終章 忘れじの記憶
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第百五十一話 『最終決戦』

「レツェリの仕業……か?」


 世界の変革。あの男の言ったそんな言葉が、現実味を増す。


「ど、どうしましょう」

「とにかく急いで臨時司令部に戻ろう。ヤナギたちも今頃は異変に気づいているはずだ」


 ふたりは濡れたアスファルトを駆け、拠点へ急ぐ。

 黒雲の渦は動きを止めない。イドラの思った通り、司令部の周りは既に騒ぎになっていて、誰もが不安げに空を見上げていた。


「あ……イドラさん、あそこ、ウラシマさんが」

「え? 本当だ——先生っ!」


 司令部の近く、停められたトラックのそばにはウラシマがいる。

 無線で話した通り体はよくなりつつあるらしく、車椅子姿ではなく、カフを備えた杖をついていた。ロフストランド・クラッチと呼ばれる、腕に固定できるタイプのものだ。

 ウラシマはイドラの呼びかけに振り返り、軽く手を振った。


「イドラ君、それにソニアちゃん。ふたりは元気そうだね、安心した」

「先生、この空は一体……」

「わからない。ワタシも運転中、異変に気付いてここまでかっ飛ばしてきたところさ。きっともう間もなく、総裁が招集をかけることだろう」


 近寄って話しながら、ウラシマは天を仰ぐ。

 黒雲の切れ目から、夕焼けに染まりつつある空がわずかにだけ覗いていた。


「まるで空が今にも降ってきそうな……終末の光景。だけど、不安がっていても仕方がない。方舟本部の観測班が今頃は解析してくれているはずだよ」

「観測班——スズウミたち。なるほど、なにかわかるかもしれませんね」

「うん、そう。……キミ、いつの間にか観測班(あそこ)の副主任とも知り合いだったんだね」

「えっ。ま、まぁ、はい」


 なんだか妙な視線を向けられるイドラ。

 そこへ、臨時司令部の方から拡声器で集合の指示が飛び、一行は移動する。

 そして今朝のように——あるいは昨日のように、臨時司令部のフロアに方舟の面々が集う。

 

「オフィス街の南東にて、異常な反応を確認したとの連絡があった」


 昨日から一睡もしていないに違いない。眉間にしわを寄せるヤナギが低い声で一同に告げる。

 同時にスクリーンに地図が映され、座標が示される。


「空を見ての通りだ。とてつもないエネルギーの高まり——座標的には、この雲が渦巻く中心のちょうど直下。まず間違いなくレツェリ、『星の意志』の力を継ぐ男の仕業だろう」


 そこは駅前にある、一種の商業ビルというやつだった。

 スクリーンに新たに現れた資料では、寄り添うような二棟のビルと、それらをつなぐ連絡通路が特徴的。二棟まとめて複合型商業施設であり、空中に連絡通路が架けられている。例によって、地底世界出身のイドラとソニアにしてみれば目を疑いたくなるような建築物だ。

 観測班によれば、その片側の棟、屋上にて反応を確認したそうだった。ならば十中八九、レツェリもそこにいる。

 問題は、アンゴルモアの反応もまた、周囲各地からそのビルの下に集ってきていることだった。


「さながらビルを守る兵隊。幸いなのは、今朝より新たに開いた天の窓(ポータル)は観測されておらず、おそらくレツェリにアンゴルモアを新たに呼び出す能力(ちから)はないということだ。だがそれでも、ビルの周囲はアンゴルモアでひしめいておる」


 天変地異の前兆を思わせるような空の異変。なんらかの目的を遂行しようとするレツェリを止めるには、ビルを囲うアンゴルモアの防衛線を突破せねばならない。


「アンゴルモアを操る力は、扱えてるってことか……」

「なにができて、なにができないのかは我々にはわからん。ともすれば天の窓(ポータル)についても本当は使えて、ただアンゴルモアを温存しておるだけなのかもしれん」


 どれだけ実態が不明でも、『星の意志』同様の存在であると規定した異常、方舟はレツェリを滅ぼさなければならない。

 空の渦は次第にその規模を増している。あとどれだけの時間が残されているのかなど、誰にもわかるはずがない。

 そしてヤナギの口から、今夜、出撃を命じる旨が告げられたのだった。


 *


 もはや、大局的な策などそうありはしない。

 敵はタワービルの(いただき)におり、それを囲うようにアンゴルモアがあふれている。

 ならばその包囲網を突き破り——レツェリのもとへたどり着く。

 包囲を破る槍となるのが、地底世界の者を除くすべての戦闘班の人員。そしてレツェリを打倒するのが、イドラとソニア。

 終末の使者がひしめく中を、本隊が切り拓き、ふたりはその活路を行く。

 ただそれだけの手筈。もとよりアンゴルモアに通常兵器の類は一切通じず、地形的にもタワーの周囲は開けており、細工の通じるものでもない。

 そして、戦闘班の各チームは昨夜の戦闘で負傷者が多数出ている。

 よって今回、チームの枠組みは取り払われた。

片月(へんげつ)』、『鳴箭(めいせん)』、『寒厳(かんがん)』、『巻雲(まきぐも)』、『逆風(さかかぜ)』、『無色(むしき)』。それらの部隊(チーム)はすべて統合され、『方舟』としてまとまって出撃する。


「昨日の今日で決戦、か……」


 車両の後部座席で、イドラは苦々しくつぶやく。

 いくつもの車両が並んで南東に向かっており、イドラたちはその列の後端にいる。

 隣に座るソニアが同調するように言う。


「もう少し間が空けば、負傷した方々の復帰も見込めたかもしれないのに。それとも、そうわかっていてレツェリさんはすぐに行動を起こしたんでしょうか」

「あいつのことだ。おそらくそうだろう」

「リーダーがいないのは、正直ちょっと不安だけど……そんなんじゃダメだよね。あたしだってやればできるんだって、リーダーが目覚めたらビックリさせてやらないとっ」


 さらにそのソニアの隣で、セリカが意気込む。

 セリカは今回、本隊に加わってアンゴルモアの壁を拓き、タワーへの道を作る。そのため車を降りれば、イドラとソニアとは別行動だ。


「確かに奏人君がいないのは痛手だけれど、ワタシができる限りサポートする。ふふ、これでもワタシは元々彼を指揮する側だったんだ、大船に乗った気でいてもらっても構わないよ?」


 運転席から振り返り、お茶目にウィンクまでしながらウラシマは微笑んだ。

 その言葉に「えっ」と困惑する『片月』の三者。


「せ、先生? その口ぶりだと、戦場に出るみたいですよ」

「え? 出るよ。ここまで来たんだ、ワタシだって戦うに決まってるじゃないか」

「いやいやいやいや! 病人っ、病人じゃないですか先生は!」


 車内には『片月』の三人と、そして運転手のウラシマ。

 ただしウラシマについては、てっきりタワー近くまで運転するだけだと思っていただけに、イドラは思わぬ発言に慌てふためく。


「もう、そんなに焦らなくってもいいじゃないか。昼間にも言ったよワタシは、体はもう回復してきたって」

「だから訊きましたよ、前線に立つなんて言いませんよねって!」

「うん。だから、笑ってごまかした」

「やっぱりはぐらかされてたんですね僕は……!?」


 ウラシマは最初から戦闘に参加する気だったのだ。きっとスドウも同じようにごまかされたと思われた。


「で——ですがウラシマさん、いくらなんでも戦闘は厳しいんじゃないですか……?」

「クイーンが出たら、その時は流石にほかに譲るさ。でもハウンドくらいならろくに動けないワタシでも問題はない。ソニアちゃんだって、ワタシがある程度動けるのは訓練室で見ただろう?」

「それは……はい。でも、無茶だけはしないでくださいねっ。病み上がりなのは確かですから」

「ふふっ、わかってるよ。ありがとう」


 少し前まで寝たきりだったというのに、戦場に出るなどふつうではない。セリカも驚きのあまり口をぽかんと開けている。

 だがこうなればウラシマは一歩も譲るまい。戦いに出るのはやめてくれ、と言ったところで今さら説得は不可能だろう。

 けれど、釘を刺すくらいはさせてもらう。イドラは後部座席から、じっとウラシマを見つめて言った。


「僕からもお願いしますから、無事でいてくださいね」

「……うん、二度も殺されてやるつもりはないさ。イドラ君とソニアちゃんこそ、気を付けて」


——タワーまである程度近づいたところで、すべての車両を止め、方舟の戦闘員たちは車を降りる。

 ここからは死地だ。タワーのふもとはアンゴルモアにあふれている。

 車両で特攻しても囲まれてしまうのがオチ。ギフト以外で殺せないアンゴルモアには質量攻撃も意味をなさず、車両での突撃も効果はない。

 ゆえに狩人たちは、まるで前時代の戦争のように、徒歩での突撃のために大規模な陣形を組んだ。


「責任重大……ですね」


 陣形の最後方(さいこうほう)で、ソニアがぽつりとこぼす。

 意匠を凝らした巨大なビルと、その下で蠢く侵略者たち。

 遠目でもわかるほど——夜闇をより深い闇で上書きするかのごとく、タワーの下にはアンゴルモアが集っている。

 この人数で突撃するなど、はっきり言って無謀に近い。昨夜の戦闘で負傷者が出たのがあまりに手痛かった。

 しかしながら、方舟の究極的な目的は、この場におけるアンゴルモアの殲滅ではない。

『星の意志』。その力を受け継いだレツェリの討伐だ。

 つまるところ、それさえ叶えることができれば……いかなる犠牲もやむなしと言える。

 戦闘班の全員が死んだところで。アンゴルモアになぶられ、殺されたところで、イドラとソニアをタワーへ送り込み、レツェリを倒すことさえできればそれで目的は達成される。重要なのは殲滅ではなく、イドラたちのための道を切り拓くことだ。

 さらにそれは裏を返せば、どれだけの犠牲を払おうと、イドラとソニアが敗北すればそれらは無駄になるということでもある。今日この場の犠牲だけではない。今日に至るまでの六十四年の間続く人類の抵抗のすべてが水泡に帰し、カナヒトの言葉を借りるのであれば、すべての『死の意味』は失われる。

 トウヤの死も、なんら価値はなくなるのだ。


「緊張、してるか?」


 昨日はソニアからかけられた言葉を、今日はイドラがかけた。

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