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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
最終章 忘れじの記憶
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第百四十八話 『茨の道を行く君へ』

 *


 しばししたところで、ヤナギの一声で動ける者がすべて司令室に集められる。

 作戦前と同じ部屋、同じ形で集まったにもかかわらず、前よりも余剰のスペースが目立つ。


「そろったか。ではまず、情報を共有し、状況を整理する」


 ヤナギに目線で促され、イドラはうなずきを返す。

 ベルチャーナの一件は軽く言及するだけに留め、『星の意志』との戦闘の顛末をイドラは一同に話した。

『星の意志』はなんとか倒したものの、その力は突如現れたレツェリに奪われてしまったこと。

 そのレツェリにより、カナヒトが深手を負ったこと。

 そして奮戦虚しく、レツェリには逃げられたこと。

 イドラが語り終えた時、臨時司令部の中には、うすぼんやりと落胆の気配がにじんでいた。


(……無理からぬことだ。結局、作戦は失敗したんだから)


 多くの尽力を徒労にした。肝心要(かんじんかなめ)、作戦の詰めを担当するイドラたちがしくじったことで、それを支える者たちの努力も無駄になってしまった。

 イドラは『片月』の一員として、集まった者たちに頭を下げようとする。

 しかし謝罪を遮り、ヤナギは静かな、けれど力強い声で言う。


「確かに脅威は残されたが、大本の『星の意志』自体は倒すことができた。人類(われわれ)は停滞ではなく、前進している」

「ヤナギ……」

「レツェリ——その男さえ今一度倒すことができれば、長きにわたる戦いは終結する」


 フロアがかすかにざわついた。熱を帯びたヤナギの言葉が、わだかまる暗雲のような空気を払拭する。


「そうだよな、あと一歩だ。あと少しで、戦いが終わる……」

「『星の意志』そのものは倒せたんだもんね、すごいことだよね」


 口々に漏れるつぶやきは、決して悲観的なものではなく。

 火が燃え広がるようにヤナギの意志が伝播する。その場の誰もが、アンゴルモアとの長い戦いが終結することを望んでいた。


「して、イドラ君。そのレツェリという男の目的は見当がつくかね?」

「……なにをしようとしているのかは、わからない。だけどあの男は僕たちの世界にいた時からずっと、不死にこだわっていた」

「不死?」

「ああ。永遠の命……やつはそれを叶えるために行動していた。理由は不明、きっかけがあるのかさえも。ただとにかく、あいつはそのためならなんでもする。危険で凶悪な男だ」


 具体的な方途はイドラには検討もつかないが、凶悪な思想を持つ人間が、強力な手段を手にしたのだ。放っておいていいわけがなかった。

 ヤナギは硬い面持ちを保ったまま、深くうなずく。


「もとより、『星の意志』の力を継ぐ存在を許容するわけにはいかん。よいか——今この時を以って、そのレツェリなる男を方舟は『星の意志』と同様に見なす。よって『星の意志』を討伐する本作戦は、未だ継続中である!」


 作戦の継続。つまり、成否はまだ決まっていない。そうヤナギは宣言した。

 失敗ではなく、まだ作戦のさなかにあるとすることで、士気の低下を防ぐつもりなのだ。


「ついては方舟本部に物資の輸送を要請し、当面は臨時司令部で様子を見ることとする。指示があるまでは各自休息を取るように」


 返事が重なり、部屋が揺れる。

 負傷やその手当てにより、この場に集えなかった者も多くいる。レツェリの簒奪により、実質的に『星の意志』を滅ぼすことはできなかった。

 だが、この場にいる誰もが前を向いていた。芳しいとは言えない状況で、それでも覇気を失わずにいる。

 そしてそれは、イドラも同じだった。


 *


 集会が終わり、人々が忙しなく行動を開始する。

 当面はこの旧オフィス街に留まるということで、改めて拠点の構築が必要だった。滞在は長くても二、三日という見込み——

 来た時と同じく、戦闘班は手持ち無沙汰だ。

 強いて言えば、彼らは休むことこそが仕事だった。激戦を超え、なおも作戦は続行されたのだから、いつになるかもわからない次の出撃に備えて少しでも傷を癒す必要がある。

 イドラとソニアは急ごしらえのテントで並んで仮眠を取る。セリカの方は『星の意志』に受けた傷が浅くなく、医療班に診てもらっていた。

 目を覚まし、モゾモゾとテントの外に出たイドラの視界に飛び込んできたのは、割れ窓の向こうに広がる相変わらずの曇天。

 時刻は昼時。テントは適当な廃ビルの一室を独占して置いていた。なにせ臨時司令部の付近には腐るほど廃ビルがあり、よりどりみどりというやつだ。


『——すまない、少しいいかな』

「先生?」


 窓からちらりと見てみると、臨時司令部の方はまだ忙しそうだ。考えをまとめるために散歩でもしようかと思ったところで、左耳の通信機(コミュニケーター)が通信を受け取る。


「なにかありましたか?」

『喫緊の用事じゃないから、まずは安心してほしい。作戦前に言ってた荊棘之道(けいきょくのみち)のこと、覚えてる?』

「え? ああ、もちろんです。ウラシマさんが地底世界で譲り受けたギフト……確か今は、スドウが解析してるんですっけ?」


 話をしながら、イドラも概要を思い出していく。

 荊棘之道——その名を知ったのはイドラもこちらの世界に来てからだが、長らくウラシマの形見として、お守り代わりに肌身離さず持っていた黄金のブレスレットだ。

 その正体はウラシマが現地で入手した真正の天恵(ギフト)。ギフトはそれを授かった当人にしか扱えないため、通常ならただ壊れないだけのお守りにするほかないが、スドウたちコピーギフト開発部によって解析が行われていた。

 ただ、なんらかの成果が出るまであと一歩というところで作戦に間に合わなかったということを、無線でウラシマから聞かされていたのだった。


『そう。それなんだけれどついさっき、ついに複製品が完成したみたいだ。世界で初めての、数値観測を介さないコピーギフトだとかなんとか……ヤクミンはすごく興奮していたけれど、正直技術屋じゃないワタシにはピンと来てなくてね』


 そうは言いつつも、イドラはウラシマの声音が少しうれしそうに感じた。


「えーと……それは、ふつうのコピーギフトみたいに開発室から地底世界を観測? するわけじゃなくて、現物の荊棘之道からそのコピーを造ったってことですか?」

『その通り、時間とコストさえあればいくらでも量産ができて、しかもコピーに際しての性能の変化も誤差レベル。話を聞く限り、確かにすごそうだ。もっとも現状だと、ふつうに地底世界から抽出する方がコストも時間もかからないそうだけど』

「はあ、それで、その試作品のコピーギフトがどうかしたんですか?」

『うん、今からそちらへ向かって渡そうかと思ってね。どのみちオペレーターの手は余ることになりそうだから、物資の運搬を手伝うことにしたんだ。そのついでさ』


 戦闘班に負傷者が何人も出ている以上、オペレーターは確かに過剰になるだろう。

 しかしだからといって、ごく当然のように臨時司令部まで来ると宣うウラシマには、イドラも眠気が覚める程度には驚いた。


「え——向かうって、先生、体の方は」

『やだな、元々動けないってほどじゃあないさ。徐々に回復してきたし、車の運転くらいは平気だよ』

「そ、そうですか……」


 地底世界で死亡したウラシマは、現実世界で植物状態になっていた。イドラの『順化』したギフト、コンペンセイターで意識を取り戻すことができたものの、まだ本調子ではなく、ずっと車椅子で過ごしていたのだった。

 しかし最近ではソニアの訓練にも付き合っていたようだし、復調しつつあるのは事実らしい。


「とはいえ、物資の輸送くらいならともかく……前線に立つなんて言いませんよね?」

『あははっ、ヤクミンにもまったく同じ心配をされたよ』

「ははは……」


 無線越しの朗らかな笑い声に、イドラも乾いた笑いで返す。

 念を押したのに、特段回答は返ってこなかったことがイドラはなんだか怖かった。


『まあ、じゃあ、そういうわけだから。夕方にはそっちに着くと思う』

「はい、わかりました——あっ、そうだ」

『うん? どうかしたのかな』


 ウラシマが届けてくれる、荊棘之道のコピーギフト。

 ひょっとすればそれが最後のピースになってくれるのではないかと、イドラはふと考えた。

 レツェリを打倒する、詰めの一手——

 であれば。保険をかけておくのも、悪くはあるまい。


「荊棘之道……コピーギフトを持ってきてもらうなら、ついでに——」


 注文を追加する。

 するとウラシマは無線越しに、かすかな吐息を漏らした。

 それは意図がわからない、と疑問を露わにするようなものだった。


『それは別に構わないけれど——なんの意味が?』

「いえ、なに、ちょっとした……」


 しかし、保険と呼べるほどのものでもないのかもしれない。

 大した意味などない。

 ただの——


「……お守りみたいなものですよ」


 なにせイドラはずっとそれを、そのように扱ってきたのだから。

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