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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第二部二章 堕落戦線
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第百三十八話 『変化、学習、適応』

『摂理に逆らう者は、滅びなければならない』


 すべてが一様に漆黒の色に染められた、刀剣や斧や槍といった刃物全般。形状として同じものはどれひとつとして存在せず、しかしどれもが同じ意思のもとで操られる。

 すなわち、(かみ)に仇なす敵の排除。

 本来的には人もまた自然の一部であり、その足跡(そくせき)は星に記録されている。その記録から再現された、人類の生み出した原始的な利器の数々が、『星の意志』の抑揚のない声とともに放たれる。


「なんて数だ……!」


 散らばって的を絞らせまいとしたイドラたちに対する、究極の解。ちゃちな小細工など物量で押しつぶすと言わんばかりの猛攻。

 イドラたちは回避に専念することを強いられる。均等に割り振れば一人当たり二十本以上の武器を凌がねばならない。そんな中、陣形の維持にまで気をかける余裕はなかった。

 イドラは咄嗟の機転で近くにいたハウンドを盾にしてみるものの、射出された柄の長い直剣はハウンドごと貫いてくる。


(アンゴルモアにはギフトの攻撃しか効かない——なんてのも、流石に創造主は例外か)


 とはいえ攻撃の威力は減じる。アンゴルモアを弾除けにするのは、敵が減るという意味でも一石二鳥の策だった。

 ハウンドからハウンドへ、素早く移りながら刃の雨をやり過ごすイドラ。

 仲間の方に目を向けると、彼らも余裕のない表情で対処を強いられていた。


「前に灯也が見せてきたアーカイブのアニメーションを思い出すぜ。こういう王様が出てたっけか——っと!」

「うわっ、リーダーよくそんなに弾き落とせるね!?」


 必要最小限だけ動き、どうしても回避の難しい数本は灼熱月輪で弾き落とす。一本二本ならまだしも、五本連続でそれをやってのける剣技は流石の腕前だ。

 反面セリカの方は対照的に、そして活発な彼女らしく、烈日秋霜で迎撃するようなことは狙わず大きく回避行動を取り続けていた。

 だが——


「このまま本数が増え続ければジリ貧だ! 多少強引にでも攻め込むぞ!」

「りょーかい!」

「了解!」


 どちらにせよ。弾くにしろ避けるにしろ、本数がまた増えればいつかは対処しきれなくなる。

 手に負えなくなる前に本体を叩く——

 短期決戦を狙う指示。三者は個別に、佇む黄金の髪の人型に向かって接近する。

 狩人の狙いを汲み取ったのか、そんな『星の意志』が手元に極小の天の窓(ポータル)を展開する。先のような射出用のものではない。

 クイーンと同じく、本人が武装するためのもの。


「白兵戦もこなせますってか? やってみろよッ!」


 真っ先に攻め込んだのはカナヒトだ。裂帛の気合いで踏み込み、星の具現へと斬りかかる。


『——』


『星の意志』は呼吸すらせず、ポータルから引き抜いた得物で応戦する。

 現れたのは——奇しくも、カナヒトの灼熱月輪と同じ日本刀だった。


「な……ッ」


 黒漆(こくしつ)の色の刀身。光を呑むような、三尺ほどの大太刀。

 巨大なそれを軽々と振るい、『星の意志』はカナヒトの一刀を易々とさばいた。


「やぁ——っ!」


 そこへ次に、セリカが赤い西洋剣を手に斬り込む。だがその一撃も、『星の意志』は返す一刀で難なく受け流してみせた。

 舌を巻くような剣の冴え。その人型の太刀筋は完全に堂に入っていた。

 それもそのはず。子のものは親のものだ。

 人類全体が習得した技術、獲得した技能。あまねく修練が、知識と併せ、足跡(そくせき)としてこの星に記録されている。『星の意志』はそこから情報を引き出し、体現しているだけに過ぎない。


「いけっ、イドラ!」

「ああ——!」


 かくしてカナヒトとセリカの猛攻を凌いだ『星の意志』だが、狩人たちの本命は最初から、背後より強襲する赤い天恵だ。

 生白い首筋に向けて、イドラは逆手に構えたコンペンセイターを躊躇なく振り抜く。

 周囲に例の極小のポータルはない。そしてこのタイミング。いかな怪物でも、前方の攻撃を防いだ直後、後方に太刀を振るえはしない。

 回避も防御も不可能だと、薬剤の効果で増した集中の中で確信する。(あやま)つことなく、その首に赤い天恵を突き立てる——はずが、イドラが手に感じたのはガキンという硬い岩壁のような手ごたえだった。


「弾かれた……っ?」


 一瞬、『星の意志』の皮膚が岩のごとく硬化しているのかと錯覚する。

 だがそうではない。今、イドラの一撃は敵へと届かなかった。その首に突き刺さる一歩手前で、透明ななにかにコンペンセイターの刃が阻まれたのだ。


『破滅せよ』

「ぐっ——」


 疑問に考えを巡らせていると、大太刀の反撃が迫る。得物も違えば、その膂力も別格だ。

 安易にコンペンセイターで受ければその腕ごとへし折られかねない。イドラは後方へ大きく下がるしかなかった。


「ていやあっ! あれっ?」


 そこへセリカも再度烈日秋霜を振り抜くも、それもやはり、『星の意志』のやや手前で弾かれてしまう。


「リーダー、攻撃が届かないよ! なにこれっ!?」

「イドラ、お前も同じか?」

「コンペンセイターが届く直前で、なにか別のものに阻まれた。透明で……だけど刃が触れた瞬間だけ、かすかに見えた。赤い膜——もしくは、壁みたいなものがある」

「防壁、か。ひょっとして、対ギフト、対コピーギフト用のバリアってことか?」


 カナヒトの考察に、イドラはその可能性が高いとうなずきを返した。同じことをイドラも考えていたのだ。

 アンゴルモアには学習能力のようなものがあった。個々としては愚鈍でも、観測班のレーダーに映らない個体が増えたり、クイーンが自ら武器を使うことを覚えたり、群れとしての対応力は確かに存在した。

 ならばあの不可視の防壁は、アンゴルモアにとって唯一の天敵である、ギフトに対する防御なのではないか。

 事実だとすれば恐ろしい話だ。地底世界は『星の意志』にしてみれば力の及ばぬ未知の外界。だからこそ、その外界で造られた不壊の天恵を地底より抽出、言わばサルベージすることで、人類は終末の使者に抗ってきた。

 だが事ここに至り、『星の意志』はついにギフトを克服したのだ。

 変化、学習、適応。

 地底の天恵を防ぐ絶対の防壁。そんなものを、仮に得たのだとすれば。

 人類はいよいよ終焉を迎えるのではないか?


『小門・展開——二百五十六門』


 慄然とするような狩人たちへ、さらなる絶望が上塗りされる。

 極小の黒い門。夜明け前の闇をさらに濃い闇で侵すように、256のポータルが展開し、そこから256通りの武具が現れる。

 もはや逃げ場は作るまいと、その門たちは『星の意志』を中心として、全方位に開かれていた。


「——」


 イドラたちは言葉を失う。無数の銃口を突きつけられている、あるいは処刑台まで自動で運ばれているに等しい状況。

 だがそれでも、諦めることは許されなかった。背負ったもの、託されたものの巨大さを思えば、心が折れることなどありえない。

 声を出す余裕もなく、一同は死の嵐を迎え入れる。

 先と同じように凌ぐしかない。二百を超える刃の雨でも、360度に放てばわずかな間隙は生まれる。先ほどカナヒトがやって見せたように、最小限の防御で、その猫の額のような安全地帯に滑り込む——


「ぐ、あ……!」


 言うは易く、行うは難し。黒い門から放たれる一本一本、剣のひと振りや矢のごとき一槍(いっそう)、一口の刀すべてが十分な殺傷力を備えている。

 弾き損ねた剣がイドラの肩を裂く。

 避け損ねた槍がイドラの脇腹を刺す。

 距離を見誤った刀がイドラの脚を掠っていく。


「まだ、倒れてたまるか……!」


 膝は屈さず、嵐の過ぎ去った道路にイドラは立ち続ける。

 薬のおかげか痛みはあまりなかったが、全身からは血が流れ出る。それはイドラのみならず、仲間の二人も同じだ。

 もし『星の意志』に人間らしい感情が備わっていれば、死の掃射を受けてなお立ち続ける彼らを見て驚いただろう。彼女の配下であるアンゴルモアたちは嵐に巻き込まれて消え去った。味方もろとも、確実にイドラたちを殺しきる一手のつもりだったのだ。


「でもどーしようリーダー! コピーギフトが通じないんじゃ、倒しようがないよ!」


 満身創痍に近い状態で、セリカが言う。


(セリカの言う通りだ。諦めはしない、けれど……どうすればいいって言うんだ? 手はまだなにかあるのか?)


 手詰まりなのはイドラも同じだ。イドラのコンペンセイターもあの防壁に防がれた以上、コピーギフトのみならず、真正のギフトさえも通じないだろう。


「だがイドラ、お前が刺そうとした時、一瞬だけバリアは見えたんだろ? 芹香、お前はどうだ」

「え? ええっと……うーん、どうだっけ」

「バカ。よく見とけよ」

「ううっ、ごめんってば!」

「しょうがねえ。いっちょ試してやるか」


 浅からぬ傷を負いながら、セリカに恐れや弱気はない。カナヒトも同じだ。

 門を展開した後の隙を突くように、カナヒトはまっすぐ『星の意志』へと向かい、灼熱月輪を振り上げる。

『星の意志』は例の防壁があるためか、防御の姿勢さえ取らない。


伝熱(ヒーティング)ッ!」


 そこへ、遠慮なしの一刀が叩きこまれる。熱を帯び、白い輝きを夜に残す刀身。弧を描く月輪の一撃が、星の具現を守る不可視の防壁へと届き——


「——たわんだ」


 一瞬だけ、赤い半透明のその護りが目にも見えるようになる。そしてそれは確かに、方舟の誇る傑作コピーギフトの一刀を受け、きしむように変形しかかっていた。

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