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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第二部二章 堕落戦線
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第百三十七話 『インテリジェント・デザイナー』

 *


 時は遡り、ソニアがベルチャーナと交戦を始めた頃。

 ちょうど二人が廃ビルの窓を叩き割った辺りで、イドラ・カナヒト・セリカの三人も、目的地への到達を間近にしていた。


『星の意志と思しき反応まで、おおよそ二百メートル。目視はどう?』

「まだです。でも、あそこ、なんだか光って——」

「なんだあれは。人型の……光?」


 己が目を疑うようにカナヒトがつぶやく。

 道の先、なんでもないアスファルトの上を、まるでこのために誂えた豪奢な絨毯を歩くような優雅さで、その存在が歩いている。

 優雅さ、と呼ぶにはいささかの語弊があるだろうか?

 より的を射た表現をするなら——

 神聖。


「あれ、が——星の意志?」


 目にしてみれば、それは侵攻ではなく、権利ある進入のようだった。

 数十体の黒い軍勢を後方に従えて。黄金に輝く長髪を揺らしながら、人型のソレが行進している。

 金の髪と瞳、肌は白く、うっすらと全身が光を帯びている。聖なる存在がまとう光背(こうはい)

 大枠だけ見れば、それはアンゴルモアのクイーンたちと酷似したシルエットをしていた。

 つまるところ、これが原型なのだ。

 すべてのクイーンは、この『星の意志』のレプリカであり——

 それはヒトも同じことなのだと、理屈もなく『片月』の全員が確信した。

 クイーンが人型なのは。ヒトと似た形をしているのは、人間を模しているからではなく。

 クイーンも人間も、同じ存在を原型(ベース)としているがゆえの類似なのだ。

 原初の人。人間の、クイーンの、最初の一。

 唯一の本物は、黄金の()で方舟の狩人たちを認めると、その足を止めた。


『人の子ら』

「っ、(しゃべ)っ……!」


 抑揚のない澄んだ声が、イドラたちの頭に響いた。

 無線で話されるのとも似た、しかしわずかに違う感覚。人ならざる存在だからこそ行える、念話の類だ。


『それと、地底の幻影(イドラ)。実体なき意識世界の住人よ』

「なんだこの声、まるで頭に入ってくるみたいな——」

『滅びよ。そなたらはともに、滅びなければならない』


 無線機を着けたイドラたちの耳元で、ザザ、とノイズが鳴る。

 クイーンの念話がジャミングのように作用して、無線が妨害されているのだ。

 人類の原型が歩みを再開する。クイーンを上回る統率能力により、アンゴルモアの群れが粛々とそのあとに続く。


『この揺籃(ようらん)を汚し、脅かす子。実存せず、鏡像同然でありながらもこの世に干渉する者。どちらもこの星の存続にあたり、不都合を生じる可能性がある。(くびき)を振り払う者、持たぬ者は滅ぼされるが道理である』

「なにを言っているかいまいちわからないが……僕たちを許すつもりはないらしいな。どうせ戦うつもりなんだ、どうだっていいさ」

「よく言った、イドラ。ああも流暢に人語を話すたぁ思ってなかったが——」


 カナヒトは言葉を区切り、未だ一方的に送られ続ける念話を聞く。


『淘汰を受け入れよ。伸びすぎた枝は剪定(せんてい)される。自然の輪を外れれば、滅びるのが世の摂理である』

「——この調子だ。話し合いましょう、って気はさらさらないらしい。だったら聞く必要もねえな、こんなモンは鳥のさえずりとおんなじだ」

「うん……! ここまで来たんだもん、臆してなんかいられない!」


 セリカの気勢に共鳴するように、彼女が持つ73号・烈日秋霜の赤い刀身が燐光を湛える。

 頼れる仲間に、方舟が多大な労力で製造するコピーギフト。そのどちらもをイドラは頼もしく思う。

 最も信頼する少女こそ、傍らにはいなかったが——


(ソニアと、それに『鳴箭』。さらには戦域全体で戦闘班の各チームが、僕たちが星の意志と戦うために道を開いてくれた)


 多くの信頼を、期待を、責務を。蔑ろにはできない。

 かつてないほど気力は充実していた。意識は冴えわたり、体の動作は淀みなく、三度のアンプル注射という奥の手もある。


『抵抗の意思を確認。ヒトよ、滅びを容認しないのであれば殲滅する』

「呆れた、どっち道殺すんじゃねえか。行くぞお前ら!」

「ああ!」

「うんっ!」


 狩人たちが武器を手に接近し、戦端が開かれる。

『星の意志』の周囲にいる数十匹のハウンドが、『星の意志』を守るように前へ出る。クイーンの時と同じだ。


「——伝熱(ヒーティング)ッ!」


 だが、この場にはコピーギフト開発部の傑作が二振りそろっている。

 白く熱を持つ日本刀が黒の軍勢を斬り払い、


紅炎(バーニング)っ!」


 赤く燃える西洋剣が同じく終末の黒を焼き尽くす。

 イドラも絶好調で、獲物がナイフであるがゆえの身軽さで混戦の中を駆け抜け、ハウンドたちを翻弄する。

 陣形が破綻しないぎりぎりを見極める。それができるようになった辺り、イドラもチームプレイに慣れてきたということかもしれない。もっとも、単純に人数が三人に減じ、もちろん総合的な戦力は落ちているのだが、人が少ないぶん連携自体は単純になったのもあるだろう。

 このままいけば、イドラたちがアンゴルモアを掃討するのは時間の問題だった。

 しかし当然のことながら、むざむざ手勢が処理されているのを『星の意志』がぼうとしながら眺めるメリットなどあるはずもない。


小門(しょうもん)・展開——』

「待てみんな、星の意志が……!」


 光を帯びたその存在が動き出したのを見て、イドラは警告を発する。ソニアを除く『片月』の面々は一度固まり、『星の意志』の動向に着目する。

 現れたのは、極小の天の窓(ポータル)

 イドラたちにも見覚えあるそれは、空高くからアンゴルモアを投下する通常のポータルではなく、クイーンが武装をその手に呼び出すための言わば武器庫。

 だがクイーンと違い、その極小の天の窓(ポータル)はなにも『星の意志』の手元に現れたわけではなく。空中、彼女のそばで、それも八つ展開された。


『——八門』

「まさか……総員、回避に集中しろ!」


 八つの天の窓(ポータル)それぞれから、黒い切っ先がずるりと顔を出す。

 直剣。短剣。細剣(レイピア)。曲刀。薙刀(なぎなた)。小太刀。大槍。手斧。

 すべてがイドラたちの方を向いていた。それらは例えるなら、装填された弾丸だ。そして撃鉄は起こされている。

 一斉掃射。イドラたちが身構えたのと同時に、銃声も砲声もなく、すべての門からあらゆる武器が放たれる——!


「ぐっ……!」


 飛来する直剣を避け、細剣をコンペンセンターの赤い刃で弾き落とす。

 そして、短剣がイドラの肩を深く貫いた。


「イドラ!」

「——っ、大丈夫、だ!」


 咄嗟に抜き払うと、傷口からどぼりと血があふれ出た。かなり深手の傷だ。

 神経を侵す痛み。イドラは失態に舌打ちした。

 体の調子は悪くなかった。三本の剣が向かってきているのも、目で追えていた。

 しかし対処しきれなかった。一手目の時点で、三手目の詰みが見えていて、だというのに判断が追いつかなかった。


(思いのほか早く使うことになったが……仕方ない)


 腰のケースから、アンプルと一体型の注射器を取り出して首筋に当てる。

 親指に力を入れ、薬液を体内に注入する——

 ジュッ、と音がして、得体の知れない熱が体中を巡る。心臓が早鐘を打ち、視界がクリアになって、ただでさえ今日は冴えていた思考が、研ぎ過ぎた刃物みたいにますます冴えわたる。


(——()い)


 ヤナギはいい物をくれた。方舟の医療部はいい仕事をしてくれた。

 燃料の投げ込まれた炉のように熱い体で、イドラはそう思う。


「起きろ、コンペンセイター」


 そしてその熱を、手の内の短剣に注ぐ。『補整器』が注がれた代償に歓喜の光を放ち、その輝く刀身を差し込むと、傷口も痛みも嘘のように消え去った。

 北部でソニアの腕を治した時と同じだ。肉体の補整。受けた傷は、欠損として補われた。


「これでよし。二人は平気か?」


 イドラはカナヒトとセリカの方を見る。

 返答を聞くまでもなく、姿を見た限り二人は被弾していないようだ。


「うん、平気」

「お前はどうなんだ、イドラ。そのギフトは代償を伴うはずだが」

「医療部に作ってもらった薬のおかげで、いつもよりはかなり楽だ」

「そうか——元気の前借り、みたいなシロモノなんだろうが」


 一瞬、カナヒトの目に労わるような色が浮かぶ。しかしそれもすぐに消えた。

 強制的に活力を引き出すような薬だ。後々、なんらかの反動や後遺症が出かねない。

 しかしそれでも、生きていれば、時には無理が必要なのだとカナヒトはよく理解していた。


(周囲のアンゴルモアも危険だが……数は減ってる。クイーンもいないようだし、さして問題はないだろう)


 精神が高ぶる。薬の効果で高揚感が引き出されている。

 イドラの『補整』した傷は深かったが、言ってしまえば単なる刺傷だ。地底世界に落ちたウラシマの精神を引き戻したり、ソニアの失くした腕を元通りにするよりは、必要な代償は大きくはない。よってイドラにとってはうれしい誤算として、薬で補った活力は未だ残されている状態だった。

 そして、極小のポータルを展開し、いくつもの武器を発射するあの攻撃も、初見と二度目では心構えがまるで違う。


(次はしのぎ切れる)


 撃ち落とし、避け切れる。三本でも四本でも五本でも、一度見た以上対処はできる。

 薬で増した集中の中で、そう確信する。


『小門・展開——』

「次弾来るぞ!」


 周囲のアンゴルモアを斬り伏せながら、カナヒトが警告する。

 一か所に固まれば掃射のいい的だ。イドラたちは先と違い、近すぎず、それでいて遠すぎずの距離を保つ。やはり初見でなければ、ある程度の対処はできる——


『——六十四門』


 そう考えるイドラたちを嘲笑うように、先の八倍の天の窓(ポータル)が展開された。

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