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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第二部二章 堕落戦線
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第百三十一話 『光の下の再会』

『——ッ、上空に反応! 天の窓(ポータル)だ!!』


『片月』と『鳴箭』の七人全員が足を止め、反射的に空を見上げる。

 地より高く、雲より低く。夜闇を呑み込むような漆黒の門が、そこには確かに開かれていた。


「おいでなすったか……!」

「明らかにわしらの足止めを狙っておるのう。やっこさん、北部の時といい、ランダムじみた位置にアンゴルモアを投下するのが非効率だと完全に気付いたらしい」


 北部の一件があった以上、方舟としても想定はしていた。もっとも、かなり起きてほしくはない類の想定ではあったが。

 場合によっては一時撤退、作戦の見直しを行う必要がある。

 固唾を呑んで見つめる先で、二体のクイーンが、それぞれ両手剣と槍を手に黒い裂け目から現れた。

 着地の衝撃でアスファルトがひび割れ、砕け散る。終末の女王は狩人たちを一瞥すると、その細い喉から雑音交じりの雄叫びを発した。


「戦意十分って感じだな。どうするんだ、カナヒト」


 コンペンセイターを逆手に構えながら、イドラは横目でカナヒトを見る。

 現れたのは二体。北部の二十八体現れた時に比べれば、まだ悪夢の中ではマシな方と言ったところ。

 アンゴルモアを天の窓(ポータル)より放つにあたり、星の意志が使うなんらかのリソースは先日の北部の一件で底を突いている、というのが観測班の見解に基づく方舟の予想だった。しかし星の意志と思しき存在が直接現れたことから、その予想はまったく的外れではなかったにしろ、『底を突いている』というのはいささか希望的観測が過ぎたようだ。

 交戦か、撤退か。

 リーダーに指示を仰ぎながらも、イドラ自身、迷うところだった。


「交戦だ。二体ならこの二チームで十分に対処ができる。それに放っておいても、このクイーンたちは他の群れに合流するだけだ。ならそうなる前にここで殺すのが最良——それでいいな?」

「そうじゃな。星の意志と合流するにしろ、他の群れと合流するにしろ厄介なことになりかねん。ふん、群れを抑えてくれている各チームに気を遣うとは、らしくない親切心じゃの?」

「抜かせ。俺は普段から気配りの男だ」

「は?」

「……えっ?」

「えぇー?」


『片月』の三者は思わずといった風に声を上げた。おそらくトウヤももしその場にいれば、同じように当惑しただろう。


「人の気も知らずにお前らなぁ……!」

「奏人、どんだけ人望ないんじゃお前。訊いたこっちが申し訳のうなってきたわ」

「この恩知らずどもめ……灯也のやつがいなくなってから俺がどれだけ気を回してきたと……」

「すみませんっ、これ以上お話ししてる余裕はなさそうです! クイーン来ます!」


 二体の女王が狩人たちに躍りかかる。武装したクイーンの危険さは先日の作戦で身に染みており、流石に軽口を叩くような余裕は誰もなかった。

 両手剣の個体を『鳴箭』、槍の個体を『片月』が担当する。


「焦るなよ、四人で囲んで少しずつ追い詰める。一撃離脱を繰り返せ」

「了解!」


 もちろん油断はならない相手だったが、北部で交戦した時は三人で倒すことができた。今回は四人なのだから、順当にいけば問題なく押し切れる。


(タカモトたちの方はどうだ……?)


 槍を振るう隙をついてコンペンセイターの斬撃を見舞い、反撃を予期してすぐに離れる。そうして戦闘の合間に、イドラは『鳴箭』の状況を確認した。

 向こうのクイーンが使う真っ黒な両手剣は、セリカの烈日秋霜が数本束になったくらいの巨大さだ。それをクイーンが怪物そのものの膂力で振り回すのだから、相手にするのは簡単なことではない。


「わしが抑える。二人は挟み込め」

「なっ……!?」


 だというのに、タカモトは悠々とクイーンの目の前へ出る。

 しかもその手に武器はない。徒手空拳でアンゴルモアに立ちふさがるなど、常軌を逸した自殺行為にしか見えない。

 そしてクイーンは当然のごとく、無謀な阻害者を処刑すべく、ギロチンの刃を落とすように黒い剣を振り下ろす。


展開(エクスパンディング)


 タカモトがその手をかざすと、ガキンという衝撃音とともにクイーンの剣が静止する。イドラは一瞬、タカモトが素手で剣を受け止めたのかと思ったが、そんなことができる人類は存在しない。

 よくよく見れば、タカモトの服の袖口から黒いものが伸びている。それは金属のような光沢を帯びており、タカモトの眼前で盾状に広がることで、クイーンの一撃を防いだようだった。


「てやぁっ!」

「はぁ——!」


 ミナとタカヤによる猛攻を受け、たまらずクイーンは後退する。

 するとタカモトの盾はぐにぐにと流体のように細長く形を変え、袖の中へと戻っていった。


「あれがタカモトのコピーギフトか……!」


 42号、名を墨雲(すみぐも)。液体金属めいた、液体と固体を自在に行き来する異質のコピーギフトだった。

 特筆すべきは硬化した際の防御力だ。クイーンの一撃すら易々と受けきれる者などそうはいまい。タカモト自身の体幹も優れているが、なにより展開した墨雲は不可思議な張力を発する。それにより、タカモトへの負担はほとんど打ち消されていた。


(鳴箭は三人だから心配だったが、あれなら大丈夫そうだ)


 法外の防御。あれこそが、先日の北部地域奪還作戦まで、『鳴箭』が戦死者ゼロの輝かしい経歴を持つ理由だった。

 同じく『片月』も灯也が初の戦死者だが、あちらはそもそもチーム自体が比較的新しい。第二次外乱排除作戦にウラシマが抜擢された際、彼女がリーダーを務めていたチーム『山水』が解体となり、その一員だったカナヒトを新たにリーダーに配置して作られたチームが『片月』だ。

 また余談ではあるが、件の『鳴箭』初の戦死者である大町夢(おおまちゆめ)もまた、かつてはチーム『山水』の一員だった。


「よそ見をするな、イドラ。向こうの心配は要らん。夢を亡くしたあとだ、あのデカブツは意地でも仲間を守るだろうよ」

「みたいだ。なら、とっととこっちも終わらせてしまおう」


 三人であっても、生存力だけで見れば『鳴箭』の方が高いと思われた。

 だが、ならば『片月』の強みは、全体的な火力の高さだ。攻撃は時に防御となる。イドラたちは一糸乱れぬ連携で、クイーンにダメージを蓄積させていく。

 今のチーム『片月』は、ワダツミに灼熱月輪、さらに烈日秋霜とまるで傑作コピーギフトの博覧会だ。方舟が誇るコピーギフト開発部の抽出した良作が、他のチームから不平等だと苦情が入りそうなくらいにそろえられている。

 今のチームで火力が出ないのはイドラだけだ。


「……なんか今、嫌な考えが頭をよぎったな」

「え? どうかしたんですか? まさか、なにか心配事でも——」

「ああいや、大丈夫。僕はほら、傷とか治せるし……ヒーラー的な役割って言うか。きっとそのうち『補整』の能力が必要になったりするし……」

「誰に対しての言い訳ですか……?」


 周囲に他のアンゴルモアがいないこの状況では、クイーン本来の特色であるアンゴルモア統率能力も形無しだ。チェスの盤面を動かすように、少しずつクイーンを詰みへと追いやっていく。

 順調かに思われたその時、世界を闇が覆った。

 照明弾の効果が切れたのだ。次弾が空に打ち上げられるまで、荒んだ街は光なき夜闇に沈む。

 だが、再び照明弾が上がるまでのタイムラグはせいぜい十数秒。その程度であれば、暗闇にあったとしても、方舟の狩人たちにとって致命的ではない。夜目の利くアンゴルモアに比べれば動きづらくはなるが、ほんのしばらく防戦に徹すれば済む。


「——きゃあっ!?」

「ソニア?」


 そのはずが、闇の中でイドラは確かにソニアの悲鳴を聞いた。


「一体なにが……」

『生体反応だ! 気を付けてくれ——誰かいる!』


 耳元で警告を発するウラシマの無線。

 イドラは困惑した。暗闇の中とはいえ、ソニアが簡単に不意を突かれるとは思えない。それにソニアは、照明弾の効果が切れる前に見たクイーンの位置からも離れていたはず。

 生体反応? なにが起きている?

 不安を増大させるような闇の中、再び照明弾が打ち上がるまでの十数秒を経て、夜空に光の花が咲く。


「久しぶり、だね。イドラちゃん」


 立っていたのは浅葱色の髪の少女。赤らんだ頬で微笑むその可憐な表情を、打ち上げられた光が照らしている。


「ベル——チャーナ?」

「うん。ベルちゃんだよー」


 まるでスポットライトを浴びるよう。

 葬送協会のベルチャーナ——北部で遠目に見たのを除けば、地底世界以来の再会だった。

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