第百三十話 『旧友の火を借りて』
「いませんね……あんまり遠くには行ってないはずですけれど」
「あの馬鹿、やる気は出してもそそっかしいところは変わらずか。仕方ない、俺が探して——」
「あ、来たみたいだ」
カナヒトが周りを探しに行こうとしたところで、軽く息を切らせたセリカが、小走りに後ろの方からやってくる。
「ご、ごめーんっ! みんな待ってた!?」
「どこ行ってやがった馬鹿。時間ギリギリだぞ」
「暗くて道に迷っちゃって……」
「遠く行きすぎなんだよ馬鹿! 道くらい覚えろ馬鹿!」
「そんなにバカバカ言わないでよぉー!」
戻ってくるなりカナヒトに詰められ、涙目になっていた。その緊張が解けるような光景に、イドラとソニアは顔を見合わせてくすりと笑う。
ともあれ面子はそろった。ほどなくオペレーターから出撃の指示が出て、一同は行動を開始する。
「セリカ、例の新しいコピーギフトの調子はどうなんだ?」
「任せて、ばっちりだよ。73号・烈日秋霜——前より火力は上がってるし、これでもっと活躍するんだから!」
「慣れない長物で怪我するなよ、馬鹿」
「ちょっとリーダー!? いつまでバカって言われなきゃいけないの! ていうかあれだけ訓練に付き合ってくれたんだから、あたしがもう慣れてるのなんて知ってるよね!?」
無線の指示に従い、夜の街を南下する。照明弾の明かりがあるため、進む道は明確だ。
既に周囲では他のチームによる交戦が始まっており、そのそばを通ると戦闘の音が響いてくる。星の意志との戦闘をするイドラたちのために、進路を切り開いてくれているのだ。
「いつの間にか、片月の方がにぎやかになってしもうたわ。少し前まで鳴箭が四人、そっちが三人じゃったのにのう」
「ですねえ。なあ美菜ちゃん、ボクらも和やかに談笑といこうや」
「作戦中なんだから黙っててくださいよぉ、この変態関西かぶれ」
「ひどすぎひん? なあひどすぎひん? リーダーもそう思いません?」
「むぅ……じゃがまあ、前より作戦に対して真剣に取り組むようになったのは確かだしのお。そこは悪いことではない。——よし、ここは罵られておけ貴也」
「ボクの味方はおらんのか……?」
これから星の化身とも呼べるような存在に挑もうというのに、どちらのチームも緊張の様子はまるでない。
しかし、決して気が緩んでいるというわけでもなかった。
『片月および鳴箭各員に連絡、前方にハウンド数体の反応を確認。ほかのチームに対処の余裕はない、悪いが押し通ってくれ!』
「了解。蹴散らすぞ!」
「ああ!」
その証拠に、ウラシマからの無線が入ると、一行はすぐに臨戦態勢に入った。
闇の中に佇む、夜よりも暗い使者。赤い目を光らせた四足歩行のアンゴルモアたちが、接近する狩人たちに気が付き牙を剥く。
方舟秘蔵の照明弾があると言えど、それは夜を昼にする魔法ではない。
特にこの旧オフィス街では建物が高くて陰になり、光を隅々まで行き届けるのは不可能だ。そして元々が真っ黒な体表のアンゴルモアたちは、そのかすかな闇に溶け込み、獣のように眼光のみを浮かばせる。
数は十匹程度。多少の改良はあったようだが、相変わらず観測班のレーダーには漏れがあるらしく、イドラたちは容易に囲まれる結果となる。
「おい零! 方舟本部にいる観測班に伝えとけ! いい加減精度なんとかしろって!」
『いいじゃないか、どうせ今日で終わりなんだから』
「その今日が一番肝心なんだろうがぁ!!」
無線に怒り散らかしながらカナヒトは二匹目を斬って捨てていた。器用なやつだと感心しながらイドラはソニアと協力し、向かってくる虎型の個体を切り刻む。
『冗談だよ。観測班主任の髙比良さんに話を聞く限り、従来のアンゴルモアなら、今のレーダーでほぼほぼ見つけられるはずなんだ。やはりアンゴルモア側の性質が変化しているらしい』
「性質が変化——」
戦闘のさなか、イドラは先日のスズウミとの会話を思い出した。
レーダーに映らない個体の割合、狙ったかのようなタイミングで開いた天の窓、それにクイーンの武装。
北部の作戦では、あまりにアンゴルモアの異常が多すぎた。
あれもこれも、今日、いよいよ星の意志そのものが降り立つ前兆だったのだろう。中々絶滅しない人類にしびれを切らしたのだ。さながら殺鼠剤の毒餌を撒いても現れるネズミにうんざりして、巣を見つけ出して直接的な排除をしようとする家主のように。
「なんでそんなに人類が憎いかね——っと。芹香ぁ、そっち行ったぞ!」
「りょー、かい!」
目の前で同胞を斬られ、恐怖を覚えたわけでもなかろうが、アンゴルモアの一匹がカナヒトから離れていく。代わりに標的に定めたのはセリカで、そのハウンドは荒野を駆けるチーターもかくやという素早くしなやかな動きで一気に距離を詰める。
対し、セリカはその手の剣を構えた。カナヒトが使うのと同じ正眼の構え。
(あの剣は——なんだ? どこかで昔見たような……)
それはソニアのワダツミや、カナヒトの灼熱月輪とは趣を異にする、両刃の西洋剣だった。
一切反りはなく、鍔や柄にも飾り気はない。ともすれば地味にも映るその剣は、しかしそれがただの刀剣でなく、不壊の性質と固有の能力を備えた天恵——のコピー——であると一目でわかった。
実直な刀身は紅く、ただただ紅い。
炎そのものを封じたような剣。イドラはそれと同じ色を、昔——そう、旅に出る前にまで時間を遡り、見た覚えがあった。
「イドラさん? どうかしたんですか?」
「あれは……」
既にアンゴルモアの包囲は崩壊し、イドラとソニアのそばに敵影はない。
残党とも言えるハウンドも、今まさに、紅蓮の剣によって——
「いくよ! 紅炎っ——!」
——灰燼と化した。
もはや斬撃とさえ呼べぬ一撃。73号・烈日秋霜。紅炎の起動コードで発動するスキルは、刀身にまとう赫々たる炎。
それに触れられ、残党のアンゴルモアは一瞬にして消え去ったのだった。
「……プロミネンス?」
そして、太陽の熱を帯びたようなその火に、イドラはようやく既視感の正体に気が付いた。
「先生、聞こえますか? あのセリカのコピーギフト、まるでイーオフのプロミネンス……」
故郷のメドイン村で、まだウラシマに見出される前、自分のギフトを卑下していた時。『ザコギフト』のイドラが、ずっと憧れていたイーオフのギフトだ。
当時、自分の天恵もあのような力強いものであればよかったのにと、何度願ったことか。
『——聞こえてるよ。イーオフ君のギフト、ワタシはついぞ見られなかったけれど……コピーギフトは地底世界に存在するギフトの写し絵みたいなものだ。偶然イーオフ君のものが選ばれた、ということかな』
「そんなこと……あるんですね」
『ワタシも驚いてる。あの73号が抽出されたのはつい最近——つまり、ヤクミンたち開発部のコピーギフト抽出技術も高まり、さらにイドラ君のおかげで外乱の影響もずっとマシになってから造られたものだ。今のイーオフ君が使う本家のプロミネンスからも、強い劣化はしていないだろう』
「はい。あの炎を見ればわかります。あれは、本物とそう違わない」
もっとも、烈日秋霜の形状自体は、イドラの記憶にあるイーオフのプロミネンスとはいささか異なったが。
しかしそれは、地底世界から抽出する際の変化というよりは、イドラが記憶した年代によるズレだと思われた。地底世界における天恵は、その性能や能力こそ変わらないが、持ち主の成長に合わせて形状はいくらか変化することがある。
イドラのマイナスナイフはその例に当てはまらなかったが、イーオフ当人が成長するにつれ、プロミネンスは幼い子どもでも振るえるようなサイズから、あのような長剣へと変わっていったのだろう。
『やっぱりそうか。興味があって軽く性能だけ目を通させてもらったけれど、あれはワダツミや灼熱月輪にも劣らない逸品だ。傑作のひとつだね』
そんな傑作コピーギフトが難なく貸与されたのは、先日の作戦で戦死者が何人も出て使い手が見つからなかったからだ——とまでは、無線越しのウラシマは補足しなかった。
イドラは奇妙な感情にしばし浸っていた。
生まれ落ちた世界、地底の箱庭から隔絶されたこの現実の地上で、プロミネンスの炎を見ることになるとは。訪れた異邦の地で、企図せず旧友と再会したような喜びがあった。
心強い。
かつて憧れた緋色の天恵が、その複製だとしても、仲間の手にあることにイドラは心底から思った。
「はあっ!」
そして見れば、『鳴箭』の方も流石に精鋭だけあり、ハウンド程度には手こずることなく掃討を完了している。
自慢の大鎌、49号・千手刈手を肩に担いでミナは一息ついた。
「掃討完了ぉ、ですかね。オペレーターさん、もう進んでも?」
『ああ、周囲の反応はこれで消失した。再び星の意志の座標に向かって進んでくれ』
「まぁまた反応漏れがあって、足止めを食らうかもですけどぉ」
『おや。これは手厳しい』
よく憎まれ口を叩かれがちな観測班だが、先日のレーダー改修のおかげか、幸いミナの懸念は現実のものとはならず、それからははぐれたハウンドに遭遇するようなこともなかった。
アンゴルモアの反応はなし。
『寒巌』や『巻雲』をはじめとする他のチームの働きのおかげで、周囲のアンゴルモアの群れはどれも殲滅されるか、現在進行形で彼らに抑え込まれている。
星の意志と目される反応まで、約一キロメートル。
経路は直線。
邪魔をする者など、誰もいない——はずだった。