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不死殺しのイドラ  作者: 彗星無視
第二部二章 堕落戦線
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第百二十三話 『決戦に備えて』

 金髪を後ろで団子状にまとめ、どれだけ走ってきたのか、露わなうなじをわずかに汗ばませている。まだ子どもではあったが、方舟の制服を身に着けていたため、職員であることはイドラにもわかった。

 騒々しい登場に、眉間のしわをさらに一層深めながら、ヤナギは低い声で問う。


「儂は髙比良を呼んだはずだが」

「はいっ、髙比良主任はレーダーの改良で手が離せないとのことで、副主任のあたし、鈴海実利(すずうみみり)が駆けつけた次第っす!」


 欠片も臆せず、スズウミと名乗る少女は返した。声が大きかった。


「……そうか。とりあえず、廊下は走らないように」

「はっ、そうっすね! すみませんでした!」


 ヤナギは諦めたように息を吐く。

 総裁の呼びつけを断るというのが普通ではないことは、イドラにも察せられた。半ば呆れた様子のヤナギにも納得だ。

 しかし、曲がりなりにもそれが許されるというのは、一体どういう立場の人間なのだろうか。イドラは興味を引かれた。


「ええと、スズウミ? キミは……」

「お? おおっ、噂のイドラさんっすね? 地底世界(アンダーワールド)から来たっていう! いやあ、お話できて光栄っす!」

「え、ああ、うん。こちらこそ?」


 動転して変な返答をしてしまった。

 幸いスズウミは気にした様子もなく、「あっ!」となにかに気付いたようにジャンプする。一挙一動がオーバーだ。


「申し遅れました! あたし、アンゴルモア研究部の観測班所属、副主任の鈴海実利っす! 今日はアンゴルモアの現況について、観測班の見解をお話するために来たんす——まあ、呼ばれたのはあたしじゃなく髙比良主任なんすけど、代打ってことで」

「替え玉の許可を出した覚えはないがな」

「あはは……すみませんっす。でも総裁も、主任が一度作業を始めたら満足いくまではテコでも動かないって、知ってるっすよね?」

「まあ、な。まったく困った男だ」


 そのタカヒラなる人物について、イドラは職人気質の頑固な大男を想像する。

 だが気になったのは、アンゴルモア研究部、それと観測班という部分だ。


「アンゴルモア研究部……アンゴルモアについて、まだ知っておくべきことがあるのか?」

「あー、組織図的にはあたしら観測班はアンゴルモア研究部の下っすけど、研究部自体が二十七年前の一件でほぼ壊滅しちゃったんすよね。だから、実情としてはほぼ独立したようなもんっす」

「二十七年前? ああ、第一次北部侵攻、だっけか」


 先日の北部地域奪還作戦で取り返した地域より、さらに北。今では旧北部と呼ばれる地域が、突如アンゴルモアに侵攻されたという話だ。


「ある事情で、当時、観測班を除いて研究部のほとんどは旧北部に拠点を移していた」

「そうなのか? そこにアンゴルモアの侵攻が起きたのか……間が悪いな」

「——、そうだな。残念な事件だった」


 事件という言い方に、イドラはなんだか引っかかるものを覚えた。

 だが追及する空気でもない。なにせ、本題は二十七年前の一件ではなく、今現在のことだ。


「鈴海君。髙比良が来ないのなら仕方がない、観測班の見解については君が話したまえ」

「はいっ、ピンチヒッター鈴海、お話させていただくっす! まず、北部地域奪還作戦から約一週間が経ったっすけど、この数日間について——」


 まずスズウミが話したのは、ここ数日はアンゴルモアの出現数が激減しているということだ。

 言われてみれば、イドラはすぐに納得できた。部屋で塞ぎこんでいた期間、アンゴルモアが出現して討伐に駆り出されるといったことはまったくなかったのだ。


「——ただ、この減少はあくまで一時的なものであると見ているっす。言わば、リソースを貯めている状態っすかね?」

「りそーす?」

「えーと、言い換えるっす。こう……三日後に試験があるとして、でも今日から勉強すると試験の日には疲れちゃうっすから、最初の二日はたっぷり遊んでおく……みたいな!」

「……??」

「高く跳躍するには、膝を曲げて屈みこまねばならないだろう。今はその状態ということだ」

「あぁ、なるほど……」

「なんかすごい申し訳ないっす」


 ヤナギの補足のおかげで、イドラはなんとか理解する。

 スズウミはしゅんとしたが、三秒も経てば元の顔に戻った。


「少し遡った話をすると、最近のアンゴルモアは明らかに様子がおかしいっすからね。ただ、その変化は向こうも余裕がなくなってるからだと思ってるっす。それが星の意志なのか宇宙人なのか異世界の何者かなのか、その辺はわかんないすけど」

「様子がおかしいっていうのは……ああ、クイーンが武装したことか?」

「はい、でもそれだけじゃないっす。そもそもあの北部地域にいたアンゴルモアの数は異常だった……レーダーに映らない個体の割合も含めてっす。それに、狙ったかのようなタイミングで開いた天の窓(ポータル)も」


 忘れもしない。クイーンを倒し、アンゴルモアの群れを掃討したその直後——仲間を失った悲しみに暮れる暇もなく、二十八体ものクイーンが黒き門より投下されたのだ。

 そこに、悪意じみた作為を感じるのは当然のことだろう。

 あれは明らかに、その場にいた王冠狩り(クラウンスレイヤー)たちを殺すための天の窓(ポータル)だった。


(結果的に、レツェリのやつに助けられたみたいな形になったのは癪だが……)


 不可解なのは、アンゴルモアのことだけではない。

 レツェリと、なぜかいっしょにいたベルチャーナ。あのふたりの動向もまったくわからない。クイーンを殲滅したのち、ふたりはすぐに窪地を迂回して去っていった。

 レツェリとベルチャーナはなぜあんな場所にいたのか? 考えたところで答えは出ない。


「加えて言えば、二か月前の第二次北部侵攻——ひいてはコピーギフトの抽出を妨害した、地底世界に出現した『外乱』の件もそうっすね。アンゴルモアは……主観を交えて言うならば、手を選ばなくなってきていると思うっす」

「外乱——僕らの世界で言うイモータルのことだな。それらがつまり、『余裕がなくなってる』証左だと?」

「はい、観測班の見解ではそうっす。もちろん、そうでない可能性もあるっすけどね」


 そうでない可能性。

 アンゴルモアを送り出す『星の意志』や宇宙人などと目されるその勢力には、今日までの六十四年に渡る人類の抵抗を経てなお、十分な余力を残している可能性。

 その時は、いよいよ人類の終焉だ。

 スズウミが『様子がおかしい』と称したようなアンゴルモアの変化が、この先もずっと続いていくのであれば、人類はもう三十年もすればこの地上から消え失せているに違いない。


「ずいぶんと都合のいいというか、希望的観測に聞こえるが……実際のところ、そうでないと困るって具合じゃないのか?」

「あはは、痛いところを突くっすね。もちろん、向こうのリソースが無尽蔵なら人類は終わりっす。ただまあ、あたしら観測班の見解は、あくまでデータに立脚したものだと伝えておくっす」


 結論ありきの推論ではない。そう言われれば、門外漢であるイドラは言い返せない。

 

「この考えが正しいものなら——我々の無限に思えた終末への抵抗も、ようやく希望の兆しが見えたことになる。ここが正念場、ということだ」

「アンゴルモアとしても最後の一手を打ちつつある、か。この見解は、みんなに知らせてあるのか?」

「いや。楽観に陥ってもならんからな。一部の部長や戦闘班のリーダー、あとは浦島君くらいだ」


 ならばおそらく、スドウやカナヒト、それからウラシマも知っているらしい。


「現状の平穏は嵐の前触れそのもの。北部侵攻以上の脅威が、水面下では迫っている。そう考えるべきだと思うっす」

「なるほど、このアンプルとやらもそれに備えてのものか」

「いかにもそうだ。文明の行く末を左右する分水嶺……こちらも打てる手は、すべて打っておきたい」


 ヤナギの目には断固たる決意がある。

 アンゴルモアを世から駆逐する。そして、奪われた地上のすべてを、失われた霊長の尊厳を、人類の黄金期を取り戻す。

 カナヒトの悲壮なそれとはまた異なる、しかし向かう先を同じくする強い意志。これがある限り、いくら年を取ろうとも耄碌(もうろく)することはないだろうとイドラは思った。

 大きな嵐。遠からず訪れるであろう、アンゴルモアとの総力戦の予感を、この場の全員が感じ取っていた。

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