第十三話‐②
「さて、仕事の内容というのがですがね……結論から言いますと、ある方の屋敷で行われるパーティーに『潜入』して欲しいんです。」
「せ、潜入…?」
この街から出る為、裏ルートを通る為の通行料を支払う為に私達は情報屋のナタンさんの仕事を手伝う事にした。その仕事内容を早速聞く事になったのだけれど……想像していたものと違い、思わず言葉を繰り返してしまった。
手伝いとあったから雑用とか……そういうものを勝手に想像していたけれど、潜入だなんて……なんだか少し物騒だ。
私の固くなる表情に気付いたのかナタンさんは「そんな不安そうな顔しないで下さい~」と慌てながら苦笑した。そして「ゴホン、」と咳払いを一度すると詳しい仕事内容を語り始めた。
「潜入と言っても難しい事ではありません。ただそのパーティーに参加して頂いて、ある人にあって欲しいだけなんです。」
「ある人…?」
「はい。まぁ、ぶっちゃけると同業者です。その方に会って頂いて、物を受け取ってほしい。それだけです。」
淡々と、シンプルに説明をするナタンさんは懐からするりと巻かれた紙を取り出すと、それを机の上に広げた。ぱっと見は地図だけれど……以前リリィに見せてもらった世界地図と違い、もっと縮尺された地図の様に思えた。
「これはこの街の地図です。今私達がいるのは……ここです。そして、貴方方に参加して貰うパーティーが行われる屋敷が……ここです。」
街の地図……つまりアステリの地図を広げたナタンさんは分かりやすい様に私達が今いる宿屋に指を落とすと、今度はそのまま指を滑らせては地図の端……つまりは南側へと落ち着かせた。
「この辺はアステリにやってきた貴族達が多くいる…所謂富裕層の方々が住まわれる所でしてね、定期的に社交パーティーが行われているんですよ。主催はコロコロ変わるのですが、今回は『ランバルト』卿が主催者なのです。」
「『ランバルト』卿…。」
名前からしてお金持ちというのが分かる気がする。私の呟きにナタンさんは一度「そうですよ~」と笑みを浮かべると引き続き説明をした。
「元々は王都にいたらしいのですが色々事情があり、現在はここ、アステリに居住を構えたとか……あ、今回の仕事ではあまり関係ないので彼の事はここまでにしますね。」
「え?ソイツに会うんじゃないの?」
「違いますよ~リリィさん。ランバルト卿はあくまでパーティーの主催者。私が会って欲しいのは私と同じ同業者です。」
「同業者…という事はソイツも情報屋なのか?」
「はい~。その方は現在、ランバルト卿の屋敷で使用人をしているんです。名前は確か……『エドガー』と名乗っている筈です。」
「なんだか同業者というのに曖昧だね…。」
「偽名、ですからね。本名で呼び合っていたら彼が情報屋であるのはバレてしまいますから。…さて、話を戻しますね。…と言ってもここまで話したら分かって頂いていると思いますが、貴方方にはランバルト卿主催のパーティーに参加して頂き、そこで現在使用人として働いている同業者『エドガー』に会って頂いて、彼が手に入れた物を持ってきて欲しいのです。」
「物…ですか。」
「はい。まぁ、念には念をという事で色々細工をさせてもらいますが……本当にそれだけです。後は金持ちが開くパーティーを楽しんでもらえたらいいですよ。」
「勿論だが……バレたら、ダメだよな?」
「はい!バレたら三年前から潜入しているエドガーの苦労が全て水の泡になっちゃいます~。」
「さ、三年前…!?」
そ、そんな前から潜入しているの!?同じく驚いているシフォンと顔を見合わせては言葉にはしなかったが驚愕の事実を共有した。
た、確かに話を聞く限りでは簡単そうな仕事だけど……失敗したら終わり、だ。私達はまだいい。けれど三年という月日を掛けてエドガーさんがやってきた事が水の泡になるのは……知り合いじゃないけれど、辛いものを感じる。
…なんだか自信が無くなってきた。変なプレッシャー感じちゃっているよ……。
内心ビクビクしている私を他所にナタンさんは再び懐から一枚の封筒を取り出すと、それを広げた地図の上へと音もなく置いた。これは……?
「これは今回のパーティーに参加する際に必要な招待状です。」
「へぇ。…一般人に出してるもの、ではないよな。」
「流石ジークさん。話が早くて助かります。…これはある名家に出された招待状です。ま、名家は名家でも私達が用意した架空の名家なので、実際は存在しないですがね~。」
封筒の封を切り、中から一枚のカードを取り出す。そのカードには『ネラント家』という文字が見えた。どうやらそれがナタンさんが用意した架空の名家の名前らしい。……そんな簡単に架空の名家を用意する事なんて出来るのだろうか。
…いや、きっと出来ないだろう。これもエドガー、さんという人が三年も掛けて潜入し、ナタンさんと共に作り上げたものなのだろう。…そう思うと更に失敗は許されないというプレッシャーが圧し掛かってくる。
「本来ならこの名家の主が参加する予定だったのですが、都合が合わないという理由で代わりに孫を連れていくという返事を事前に流しました。設定では名家の主は初老なので、」
「な、成程…、」
「なので今回パーティーに参加して貰うのは名家の孫役、その付添人の計二人です。後の方は申し訳ないのですが、私と共に不測の事態を備えてもらいます。」
「えぇ~。皆で参加出来ないの~!?」
ナタンさんの説明にリリィは口を尖らせた。リリィは皆で参加出来ない事に不服の様だが……私は内心ホッとしていた。何せ私はあまり、気乗りしないからだ。
富裕層のパーティー自体、参加した事ないし、したいとも思わない。名家の孫として参加するという事はそれなりに金持ちのフリをしないといけないという事だ。…私の場合だと普通にヘマして失敗しそうだ。
それに…何と言っても失敗してはいけないというプレッシャーが重い。ナタンさんは簡単だというけれど、ここまで用意するまでの時間の掛けようや苦労を知ってしまったら簡単そうな事でも簡単だと思えなくなってしまう。
…出来る事なら私は参加したくない。出来る事なら後者に上がっていたナタンさんと一緒に不測の事態に備える役目につきたいけど……、
「あ、因みに名家の孫役にはマツリさん、その付添人にはクロトにお願いしようと思っておりますので、よろしくお願いします~。」
「え!?わ、私…!?」
「え!?なんで私じゃないのよ!!」
驚く私以上に声を荒げたのはリリィだった。い、いやそんなの今はどうでもいい。な、何故私が……!?
ナタンさんに問いかけたい所ではあるが、それよりも先にリリィがナタンさんに詰め寄っていた。
「なんで私じゃないのよ!気品溢れ、美少女である私を差し置いて……!」
「リリィさんが積極的なのは意外でしたが…こ、これでもちゃんと考えて選んでいるんですよ…!」
「その理由を言いなさい!!」
「わ、分かりましたよ…!わ、分かりましたからい、一旦離れて下さい~!!」
声音を荒げるリリィを私とシフォンが離させると落ち着いたのかナタンさんは「ゴホン、」と咳払いをした。
「…名家の孫という体でパーティーに参加して貰いますが、あくまで潜入です。バレたらいけないのです。つまり…目立ってはいけないんです。そう考えるとまずエルフの御二方はダメです。」
「俺達か。まぁ…俺達は目立つからな。」
「そうですね。」
名指しされたエルフ…ジークとシフォンは分かっていたのか諦めた様に苦笑していた。私はもう見慣れているから何も思わないけれど、二人は他の人達と違いエルフの特徴である長い耳を持つ。道中もすれ違い様に見られる事が何度かあった。目立たない為と考えたら、仕方ないかもしれない。
「エルフ自体、珍しいですからね。申し訳ないです。」
「いや、気にするな。元々山育ちだからな。パーティーなんて慣れない場所に参加したら、俺の場合ボロ出そうだ。」
「私も…。まだ外の世界に出たばかりだし……内心では選ばれなくて良かったと安心してます。」
「いやはや…話が分かる方々で良かったです。……さて、次にリリィさんのなのですが………まぁ、リリィさんの場合は、論外ですね。」
「ハァ!?なんでよ!!」
「ぐえ!!」
ナタンさんの小さな呟きにリリィはナタンさんに飛び掛かり、首根っこを掴んだ。急いで私とシフォンがリリィを引き離そうとしたが納得のしていないリリィの力は凄まじく、ナタンさんの首を掴んでは前後に揺さぶった。
「私はエルフじゃないでしょ!?どこにでもいる普通の美少女でしょ!?気品に溢れていて、金持ちオーラも出てるでしょ!?!論外って何よ!?論外って!!」
「ら、乱暴な事してるのにど、どどどどどこが気品に溢れて……!!」
「なんですって!?!」
「お、落ち着いてよリリィ!話がしたくてもこれじゃ出来ないでしょ!?」
「うるさい!マツリは選ばれてるからいいじゃない!選ばれた人からの言葉なんて貰いたくない!!」
「わ、私だってリリィに譲れるなら譲りたいよ…!」
「と、とにかく離してあげましょう!ナタンさんが苦しそうです……!!」
シフォンの大声に私とリリィはハッと我に返り、その一瞬の隙をついてリリィをシフォンと共にナタンさんから離した。ナタンさんは何度か苦しそうに咳をしていたが、無事そうだ。
「ハァ、ハァ……死ぬかと思った。」
「これ位で死ぬ訳ないでしょ。」
「リリィ…、」
「…リリィさんは、いい意味でも悪い意味でも目立つんですよ。実際この街でリリィさんを知る人は多いです。中には富裕層の方も知っている人がいるでしょうし……名家の孫として参加、はリリィさんには最初から無理なんです。」
「つまり魔術師殿は顔が割れている、と。」
「……むぅ……それなら、仕方ないじゃない。最初からそう言いなさいよ…。」
「言う前に首絞めてきたじゃないですか…、」
「変な言い方したからでしょ。」
「ハァ……と、ともかく、そう考えたら適任なのは顔があまり知られていないマツリさん。そしてクロトが適任なのですよ。」
「マツリは分かるとして……クロトは凄腕の剣士だって街では知られているんじゃないのか?」
「その割には彼自身目立たない様に過ごしてもらっていましたから、案外顔割れてないんですよ?なので…そう考えても二人は適任なのです!」
「………、」
ウインクをしながら笑みを浮かべるナタンさんに私は返す言葉が出てこずにいた。クロトもクロトで反対していないし……というより、反応すらしていない。
ナタンさんの言い分は悔しいが返す言葉が見つからない位、分かる。エルフの二人は目立つから無理、リリィは多くの人に知られているから無理、その点顔の知られていない私や目立つ事のないクロトは適任であるというのは……痛い程分かった。
けれど……それでも積極的に参加したいかと言われたら、答えは否だ。お金持ちのパーティーに参加した事ないから想像しか出来ないけれど、そんな華やかな場所に場違いな私が参加なんて……正直したくない。参加したがっているリリィにこの役、渡してやりたい位だ。
でも……このパーティーに参加して、仕事をしなければ……目的である報酬が貰えない。報酬である通行料を貰わないと……私達は街から出られないのだ。……腹を括るしかないのか……!
「そういえば聞き忘れてましたが……そのパーティーっていうのは何時行われるのですか?」
思い出しかの様にシフォンがナタンさんに問いかけた。そういえば確かに……そのパーティーがいつ行われるか知らない。というより聞いていなかった。
シフォンの問いにナタンさんも言い忘れていたのか「あぁ、そうでしたね!」と笑みを浮かべると顔色を変えずに言葉を放った。
「明日の夜ですよ。」
「あ、明日…!?」
「そんなに驚きます?私、返事を貰うのに時間が限られてるから今欲しいって言った筈ですが……、」
「確かに言ってたけど、明日は急過ぎでしょ!!明日だなんて……準備も何も出来ないじゃない!」
「あ、そこはお任せ下さい。パーティーに必要な物はコチラで全てご用意しますので。」
「ご、ご用意しますって言っても……、」
「大丈夫!マツリさんに似合うドレス、私がちゃ~んと用意しますから!お化粧とかもお任せ下さい!詳しい段取りも明日、お知らせに来ますから!……っと、そろそろ行かないと……ってな訳で、明日、よろしくお願いしますね~!」
「え!?あ、ちょ、ちょっと…!」
私の制止も聞かずにナタンさんは軽い足取りで部屋から出ていった。バタン、と閉められたドアを見送りながら私は宙に浮いた手を重力に逆らわずに落とした。……な、なんて事だ……腹を括ろうとしたけれど、まさか明日だなんて……心の準備も何も出来ないじゃない…!
「ハァ……憂鬱だ…、」
「何溜め息ついてんのよ。たかがパーティーに参加するだけじゃない。何をそんなに気負ってんのよ。」
「リリィは度胸あるからいいよ。私みたいな小心者が金持ちのパーティーに参加とか……場違い過ぎる。それに明日だなんて……、」
「マツリさん…。」
「でも決まっちまったもんは仕方ない。まぁ、マツリの気持ちも分かるが……何事も経験だって割り切ってやるしかないんじゃないか?」
「ジーク…、」
「そうよ。中々経験出来ない事なんだから、仕事云々の前に楽しみなさいよ。そのついでに、仕事するって考えればいいのよ。」
「リリィさんの言う通りかもしれませんね。参加しない私が言うのもなんですが……ナタンさんも何かあれば責任取ると言ってましたし、外では私達もいる事になってますから……楽しまれた方が気も楽になるかもしれませんよ?」
「リリィ、シフォン……、」
「それに、マツリだけ参加する訳じゃないんだから。何かあったらクロトに頼りなさい。ジークよりは動いてくれるでしょ。」
「おいおい、それだと何かあった時俺が動かないみたいな言い方じゃないか。」
「実際そうでしょ。」
リリィの言葉をきっかけに軽い言い合いを始まるリリィとジーク。それをシフォンが「落ち着いて下さい!」と止めに入るのを私は茫然としながら眺めていた。
…楽しむ、か。皆、私が気落ちしているのを励ましてくれているのが伝わってくる。
庶民で、華やかなお金持ちのパーティーに参加なんて場違いで、それでいて失敗が許されない……そういうのが頭の先にあったせいで気落ちしていたけれど、皆の言葉のおかでで少し、気持ちが楽になったのは事実だ。
それに……皆の言葉で思い出したけど、私だけが参加する訳じゃない。
「………なんだ、」
「え?」
「人の顔をジロジロと見ていただろ。」
「あ、ご、ごめん。そんなに見ているつもりはなかったんだけど……、」
気付いたらクロトの事を見つめてしまっていたらしい。……そうだ、明日のパーティーにはクロトも参加する。一人で参加するより心強い味方だ。
特にクロトは……信頼出来る人だから、余計に心強い。
「クロト、明日は色々迷惑を掛けるかもしれないけど……よろしくね。」
「……あぁ、」
否定も肯定もない短い返事。感情の読み取れないクロトのいつもの返事に私は、いつも以上に安心した。




