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勇者は、後のマツリ!  作者: くるす
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第一話


ブーッ、ブーッ、


「………。」


店の一角にある事務所兼休憩室。机に置かれたスマホが鈍い音を立てながら震える中、私は閉じていた瞼をゆっくりと開けた。

震えるスマホを手に取り、設定していたアラームを切る。……もう、こんな時間か。


「ふわぁ……、」


零れる欠伸に私は隠す事なく口をあけた。誰もいない休憩室に欠伸を隠す必要も恥じらいもいらないからだ。

昼の一時間休憩でお昼を食べてから休憩が終わる三分前まで眠るのが私の日課。スマホのアラームを設定し、机に突っ伏して眠るのがスーパー『ぬーとら』に入社してから二年間続けている事だ。


「にしても…変な夢だったなぁ…。」


眠るのに邪魔で外していた店員用帽子を壁に備え付けられていた鏡を見ながら被る。そう、変な夢だった。

どんな夢だったかと問われれば詳しくは思い出せないし語れる事でもない。ただ、変な夢だった事だけは言える。けど正確には言えない。夢とはそういうものなのだろう。

きっと仕事をしている内に変な夢だったかすら忘れて、終わる頃には夢の事すら忘れている。そういうものだ。


「よし、行くか。」


帽子を被り、身なりを整えた私は事務所の外に出る。意味の分からない段ボール箱の山が壁に連なっている狭く短い通路を抜け、閉じられている扉を開ける。


「いらっしゃいませ~。」


扉を出た先に広がる店内。そこに向かって一礼しながら声を出す。これが事務所から出入りする為に必要な店のルールだ。



●●●


私が勤めているのは地元で有名で徐々に店舗を拡大しつつある大型スーパー『ぬーとら』。そこの販売員であり、一応社員だ。

社員といってもオバちゃんパートに比べたら日が浅いく経験も少ない。けれど接客は割と好きな方だし、失敗する事もあるけれど周りと支え合いながら楽しくしている方だ。

つまり、何が言いたいかと言うと割と充実しているという事だ。


「マツリちゃん、マツリちゃん…!」

「ん?どうしました、おトメさん。」


名前を呼ばれ振り返るとパート歴最年長の早乙女さん…通称おトメさんがコソコソと私を手招きしてきた。

私が近づくとおトメさんが静かに耳打ちをしてきた。


「あそこにいるお客さん……なんだか怪しくない?」

「え?お客さん…?」


おトメさんがバレない様に小さく指をさした先、そこにいたのは買い物かごを持った一人の男性。

見た感じはどこにでもいる様なお客さん。けどおトメさんが怪しいと思ったのは買い物かごの中に大きな鞄を入れている所だろう。


「あー……確かに、万引きみたいですね…。」

「しかもあの人、先々月来て出禁になった人そっくりじゃない?」

「言われてみれば……確かに、」


広いスーパーでは結構な頻度で行われている万引き。おトメさんが言う先々月の万引き犯は買い物かごの中に自身の鞄を入れ、かごに商品を入れたフリをして鞄に入れるという古典的且つ大胆な方法で、盗んだ商品の多さと決行した頻度が高かった事から出禁になった。

怪しいと言われている人物は確かに先々月出禁になった筈の万引き犯にそっくりだし、手口も同じに見える。心なしか挙動不審にも見えない事もない。


「私、店長呼んでくるよ。下手したら警察呼ばないといけないしね。」

「ですね。二回目以降は現行犯逮捕ですからね。私はあの人の様子見ておきます。」

「お願いね、マツリちゃん。」


そう言い残すとおトメさんは店長を探しに行ってしまった。残った私は未だ買い物をする男性の様子を離れた所から見守る事にした。

何度か商品を手に取って見るもすぐに棚に戻す男性。普通なら何とも思わないけど、怪しいと一度思ってしまったら盗む物を物色している様にしか見えない。

これで何もなければいいけれど……、


「……あ、」


その願いは手に取った缶詰を鞄に入れたのを目撃して叶わなかった。……あーあー、やっちゃったなぁ、あの人……。


「とりあえず店から出たら引き留めないと……。」


その前におトメさんが店長を連れてきてくれたらいいけど……、

そうこうしている内に男が買い物かごから鞄を取り出し、重ねられたかごの上へと戻した。少し膨らんだ鞄を背負う様に肩にかけると、そのまま足早にレジの横をすり抜け、入り口に向かい始める。


「まずい…!追いかけなくちゃ…!」


店内を回っていた時と違い遥かに足早になっている男性。私は慌てて追いかけ、追いついたのは男性が入り口の扉を抜けた所だった。


「お、お客様!お待ちください!」

「ッ!!」

「申し訳ありません、お客様。少しお尋ねしたい事がございまして……すみませんが、一緒に来て頂けないでしょうか。」

「い、急いでるんで…。」

「時間はとらせません。ただ、確認したい事があるんです。だから、」

「……ッ!!う、うるせぇ!!俺に触るんじゃねぇ!!」

「わっ!!」


明らかに逃げようとしている男性の腕を掴もうとすると男性は慌てて腕を振るう。その瞬間、男性が持っていた鞄がするりと腕をすり抜けて地面に落ちた。

その拍子に鞄の中身が地面と転がり出てきたのを私は見逃さなかった。


「ッ!!」

「……ここにある商品、ウチのですね。どうして鞄から出てきたんでしょうか。」

「か、買い物したに決まってるだろう。」

「でもレジ通してないですよね。」

「ッ!!」

「レジを通してるのなら今日の日付のレシートを見せて下さい。捨てたというのなら買い物したレジを教えて下さい。ジャーナル検索してレシートを再発行しますから。」

「…ッう…!!」

「買い物したんですよね?さぁ、教えて下さい。」

「ぐ……、」


私の言葉に明らかに動揺する男性。当たり前だ、鞄に入れた商品はレジなんて通してないんだし、レシートも存在していない。つまり、盗んだとしか言いようがない。

これ以上の言い訳は通用しない。完全に男性を追い込んだ。


「詳しい話は店長を交えてしましょう。一緒に来て頂けますね。」

「……ぇ、」

「え?」

「…うるせぇんだよ!!このアマ!!!」

「ッ!!」


脳が揺れた。一瞬見えたのは男性の拳だ。

痛みが広がるこめかみ部分を押さえながら、視界がぐらつき地面に腰を落とした。

もしかして今……殴られた…?


「何してるんだ!お前!」

「クソッ!!離せ!!」

「マツリちゃん!!大丈夫!?」

「…お、おトメさん……、」


おトメさんの声が近くに聞こえた。店長の声も聞こえたから、おトメさんが店長を連れてきてくれたんだろう。

これで一安心……あれ?


「マツリちゃん?マツリちゃん、大丈夫?」

「………、」

「…ツリちゃん!?……んじして!!」


あれ?なんで声が出ないの?なんでおトメさんの声が段々と遠くなるんだろう。

目の前も段々と暗くなって……見えなくなる。

指の感覚も全身の力も感じない。何も感じなくなってくる。

意識も……段々と……なくなって……、


「………!!」


何も、なくなる。

………、

……、

…、



●●●


ぽちゃん、


「……ッ、」


ふと、冷たい何かが額に当たり、落ちていた意識が戻った。

下ろしていた瞼をゆっくりと開けると視線の先には青い空が広がっている。…いや、もっと言うと岩壁で囲まれた先にある開かれた穴の向こうに青い空が広がっている、だ。

青い空にはゆったりとした白い雲が流れていて、陽の光が岩壁の隙間から生える草についた水滴を光らせた。…さっき額に当たったのはアレか……。


「いたた……、」


倒れていた身体をゆっくりと起こす。全身が痛い。殴られたであろう額部分も痛いけれど、それ以上に身体も重たくて、痛い。

なんでこんなに痛いのだろうか……と思っている中、視界の端に何かいる事に気付いた私は視線をそっちの方へと向けた。


「………、」

「………。」


女の子?

しかも飛び切り顔の整った少女。同性の私から見ても可愛いと思える程の美少女だ。

長く伸びた線の細い髪。整った顔立ちは小さく、瞳は大きい。スタイルも衣服の上から見てもいいと思えるし、アイドル顔負けだ。

まぁ、強いて言うなら腰まである髪の色が桃色で瞳の色が金色という事だろうか。コスプレ少女っていう訳か……けど凄く似合っているし、コスプレにしてはハイクオリティなのでは…?

ん?でもなんで私の前にそんなハイクオリティなコスプレイヤーさんがいるんだ?私は確か職場にいた筈だ。

ていうかそれを言うなら『ここ』はどこなのだろうか。職場…ではないのは確かだ。何せ明らかに外であり、下手をしたら洞窟の中と言われてもおかしくない。

私が寝転がっていたの地面の上だったし、周りは岩だらけだし……どういう事?


「……えた。」

「え?」

「…やっと、やっと会えた!!!」

「うひゃあ!!」


声を出したかと思ったらコスプレイヤーさんが私に抱き着いてきた。あまりにも勢いよく抱き着いてきたものだから、そのまま後ろへと再び倒れてしまった。


「痛……!」

「やっと会えた!成功した!やっぱり私は天才なんだわ!凄い事よ!」

「ちょ…私の上でぴょんぴょん跳ねないで……お、重い!!」

「え?あぁ!ごめんなさい!嬉しくて忘れてた!!」


私の言葉にコスプレイヤーさんは私の上からどくと私に手を差し伸べてきた。


「はい、どうぞ。」

「あ、ありがとう。」


差し伸べられた手に自身の手を重ねるとそのまま引っ張り上げられ、立ち上がった。

立ち上がり、視線がコスプレイヤーさんと交わる。


「ふふ。やっぱり本物だわ。」

「あ、あの…、」

「あぁ、まただわ。ごめんなさい。驚くのも無理ないわよね。こんな美少女が目の前に現れたら言葉を失うわよね。」

「………、」


確かに美少女だけど、自分から美少女っていうはどうかと思う。返すにも言葉が見つからない。

…って言葉を失ってる場合じゃない。ここがどこなのか、このコスプレイヤーさんに話を聞かないと……、


「あの…すみません。ここって、」

「リリィよ。リーアナ・リリス・アプコリィ、略してリリィよ。リリィって呼んで。」

「……リリィさん。突然の事で申し訳ないのですが、ここってどこなのか教えてもらえないでしょか。私、お店に戻らないといけないんで。」

「お店?貴方、自分のお店を持ってるの?」

「いや、私のではなくスーパーです。知りませんか?大型スーパーの『ぬーとら』っていうんですけど…、」

「知らないわ。」


バッサリと切り捨てられた。いくらコスプレしてて自身のキャラ設定を大事にしてるからと言ってこんなにバッサリと切り捨てるものなのだろうか。


「あ、あの知らないって……どういう、」

「だってここにはそんな店、存在しないもの。」

「存在しない……あの、なんのアニメか漫画のキャラになっているか分かりませんが、ふざけるのも大概にして下さい。知らないっていうのはいいとして、存在しないっていうのは有り得ません。」

「これが有り得るのよねぇ。だってここは……、」


グルルルル……、


「え、」

「あら……乙女の会話を邪魔する奴が現れたみたいね。」

「は?それはどういう……!?!」


コスプレイヤーさん……リリィさんの視線の先を追う。するとその先にいたのは犬……にしては猪の様に牙が長く、大きさもライオンと同じ位の大きさだ。


グルルルル…ッ!!


「な、ななな何あれ…!」

「ウルフよ。肉が大好物の見境のないバカ舌魔物よ。魔物の中ではポピュラーな方だけど……もしかして初見さん?」

「は、はぁ!?何言ってんの!?あんなの見た事もないよ!!」


まず日常生活であんな凶暴な得体の知れない動物を見た事もなければ接触する機会もない。ていうかあれは本当に動物なの!?生き物なの!?


「……文献にあった通り本当に何も知らないのね。」


グアアアアアアア!!


「何を関心してるか分からないけど、なんかめちゃくちゃ私達を狙ってない!?あれ!!」

「そりゃあ狙ってるでしょう。言ったでしょ?肉が大好物の見境のないバカ舌魔物って。」

「何呑気な事言ってるの!?襲われちゃう!」

「大丈夫よ。何せ天才美少女魔術師である私がいるからねっ!!」

「はぁ!?い、今ふざけてる場合じゃな……、」

「来るわよ!!私の後ろにいなさい!!」

「ッ!!!」


ウルフ、と呼ばれた凶暴な動物がこっちに向かって襲ってくる。私は咄嗟にリリィさんに言われた通り後ろに引っ込むとリリィさんが右手を大きく振り上げた。


「さぁ、ショータイムよっ!」


瞬間、何もなかったリリィさんの右手に棒の様なものが現れる。その棒は長く伸びており、先端には宝石な様なものがついている。まるで映画や絵本で見た…魔法の杖の様だ。


「て、手品…?」

「『神栄たる大地の力よ。我が声に耳を傾け、意志を宿しなさい。』」

「ッ!」


ぶわりと何かが空気を振動させる。雰囲気が変わる空間に身震いする中、リリィさんの足元に見た事のない光の円と文字が浮かび上がる。


「な、何あれ……何かの演出…?」

「『出でよ!大地の守り人、ゴーレム』!!」

「ッ!!」


リリィさんの声と共に光の円が光り輝く。あまりにも眩しい光に私は目を細める。が、その光は一瞬のもので、すぐに収まった。

リリィさんの目の前に現れた小さな…手のひらサイズの泥の人形を残して、


「………あれ?」

「…マスコットキャラクター…?」

「あぁ!!しまった!うっかりしてた……私、レベル1に戻ったんだった……!!」

「はい?それってどういう……、」

「こうしちゃいられない。魔法陣の光で狼狽えている内に逃げるわよ!!」

「え?うわっ!!」


リリィさんに手を捕まれたと思ったら、引っ張られる様に走り始める。

リリィさんの言った通り身動きがとれていない動物の横をすり抜けて、その先に伸びる道を進み続ける。


「い、一体何が……!」

「貴方を召喚する時に私の経験値全部使ったから魔術師のレベル1に戻って、高等魔術が使えなくなってんの!分かった!?」

「わ、分かる訳ないでしょ!?いつまでキャラ設定大事にしてるの!?」

「キャラ設定とかじゃないって……説明してあげたいけど、今は逃げる事だけ集中して!!」

「へっ!?」


グルルルル…!


「も、もしかして追いかけてきてる!?」

「振り返ったらダメよ!今は目の前にある道を走り続ける事だけ考えなさい!じゃないと……食われて終わりよ!!」

「な…馬鹿じゃないの!?そんなの嫌だよ!」


グアアアアアアア!!


後ろから聞こえる叫び声。段々と近づいてくるその声に私は恐怖を覚えながら必死に走り続ける。こんなに走ったのは何時ぶりだろうか。

ていうかなんでこんな事になってるの?私、何か悪い事した!?目が覚めたら知らない場所だし、キャラ設定大事にしているコスプレイヤーがいるし、見た事ない動物が襲ってくるし……!!

……ハッ、これって夢では?

うん、夢だったらこんな有り得ない展開説明がつく。そうだ、これは夢なんだ。うん、絶対にそう。そうに違いない……ていうかそうであってくれ!!


「わっ!!」

「ちょ…!」


ズルリと足が滑る。視界が下へと向き、そのまま地面に突っ伏す様に倒れてしまった。


「い…たた……転んじゃった…。」


ん?痛い?……なんで夢なのに痛み感じてるんだろう、私……、


「何してんの!!さっさと立ち上がりなさい!!」

「え、」


グルルルル…!


「ヒッ!!」


目と鼻の先にさっきの動物が立っていた。血走った目に口元から垂れる涎と凶暴そうな牙。動物園で見たライオンやトラ等とは比べものにならない程、恐ろしい。

こ、怖くて……う、動けない……!


グアアアアアアア!!


「ッ!!」


大きく口を開かせ、私に向かって飛び掛かってくる。それが凄まじく、恐ろしくて、目を背ける。

もう、ダメだ……!!死ぬ……!!


ギャアアアアアア!!!


「……え?」


襲われるであろう痛みがやってこない。それどころか動物の痛々しい程の叫び声が聞こえる。

恐る恐る閉じていた瞼を開けると、視線の先にいたのは無残にも倒れている動物の姿と私の前に立つ人の姿。


「………、」

「……ッ、」


全身黒い服装に身を包んだ男性だ。黒い髪に黒い瞳、そして手には血のついた剣。あまりにも威圧的で飲み込まれそうな空気に私は声を出す事すら出来ずにいると、男性は持っていた剣を振り下げ、剣についた血を払った。

……もしかしてだけど……その剣でさっきのを斬ったって言う事?……助けて、くれた?


「あ、あの…、」

「ぁあああ!良かった!危機一髪!!」

「うわっ!きゅ、急に抱き着かないでよ…!びっくりした…!」

「いやぁ、一時は本当にダメかと思ったけど……まさかここに魔物狩りがいて良かったわね。助かったわ。」

「魔物、狩り…?あ…、」


目の前にいた男性は剣を腰にある鞘に入れると、そのまま奥へと向かって歩き去ってしまった。


「…お礼を言うの忘れちゃった…。」

「いいのよ、いいのよ。アイツ等は魔物を狩って報酬を貰ってるんだから。今のも、ここの遺跡の魔物を狩る為に来たのよ。」

「魔物を狩る為に…。」

「そうよ。さっき襲ってきたやつみたいなもの。魔物狩りがここまで来たって事は道中にいる魔物も狩ってくれてるだろうし、ここからは安全な筈よ。さぁ、外に出ましょう。」

「………。」

「どうしたの?もしかして腰抜かしちゃった?そんなに怖かった。」

「…こ、怖かったに決まってる。でも…それ以上に……これは夢じゃないのね。…現実、ていう事…なんだよね。」


転んだ時に感じた痛み。迫りくる恐怖と目まぐるしく変わる展開。何が起こってるのか、ここがどこなのか……私の知る情報量を超えている。夢だと思いたかったのに…夢じゃないのが分かる。

だからこそ訳が分からなくて、怖くて……手が、全身が震えて、止まらない。血の気が引いて、息が……うまく、出来ない……、


「大丈夫よ。」


ふわりと温かいものが私を包んだ。……リリィさんだ。リリィさんが私を抱き締めてくれている。


「怖いわよね。何も知らずに来たんだもの。女の子なら尚更だわ。」

「リリィさ…、」

「でも大丈夫。私がいる。何があっても私がいるから……安心して。」

「………、」


耳元で囁かれる落ち着いた、優しい言葉。抱き締められる安心感に私は声を出さず、頷いた。

大丈夫、その言葉だけで少しだけ……取り乱した気持ちが落ち着いた気がした。


「そういえば、名前。聞いてなかったわよね。」

「名前……私の?」

「そうよ。貴方以外に誰がいるのよ。…貴方の名前は?」

「私は……マツリ。花笠マツリ。」

「マツリ……うん!覚えやすい名前ね。さぁ、マツリ。私の手をとりなさい。ここから出るわよ。」

「ここから出て……どうするの?」

「それは勿論、一番近い村に行くの。大丈夫、貴方の分からない事、知りたい事、全て話してあげる。大船に乗ったつもりでついてきなさい!」

「リリィさん…、」

「リリィで良いわ。私もマツリって呼ぶし。さぁ、行くわよ、マツリ!」

「……うん、リリィ!」


伸ばされた手を私は掴む。

ここがどこなのか、自分の身に何が起こっているのか分からない。けれど分かるのはこれら全てが現実で、夢ではないという事。

そして目の前にいるリリィが共にいてくれるという事だ。それだけ分かれば、少しばかりだけど……安心出来る。

力強く握りしめられた手に私も力強く握り返すと、共に先に続く道へと歩き始めた。



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